第4話 狼を狩る獣④
「は、はじめまして!ぼ、僕!…じゃなかった。わ、私はジラモラン様の専属の使用人のミモリティと言います!!こ、この度は狩人様のお、お役に立てるように…って、うわぁぁ!?」
自分をミモリティと名乗った青年は挨拶も終えぬうちに頭からジラモランの部屋へと転げ落ち、既に散らかっていた部屋を更に散らかしていた。
「…こいつがジラモランさんの専属の使用人か?」
「はい…お恥ずかしながら、3年前にこの屋敷へ働きに来たミモリティです。よく働く好青年ですよ」
「…そうか」
ティアは呆れた顔でミモリティへ手を貸すと、彼が瓦礫から這い出るのを手伝ってやる。
「も、申し訳ありません…。私は不器用な上にドジなもので…」
「そうみたいだな」
ティアは握っていたミモリティと手を離すと、彼の服の所々から見え隠れする白い包帯をちらりと見て日々怪我が絶えないだろうことを覚った。
「とにかく、先ずは事件直後の話を聞かせてくれ。…あぁ、あとセバスは部屋の外で待機」
「私は外で待機…ですか?」
「あぁ、あんたに聞かれたくない話もあるだろうし…な」
「……っ!?」
その言葉にミモリティは少しビクッと肩を震わせたが、一方のセバスはその様子を気に掛ける素振りもなくただ一言告げると部屋を後にした。
セバス退出後、画布と骨董品に囲まれた部屋に残された二人。余裕の表情のティアに対して、ミモリティはというと緊張した様子でキョロキョロとティアと部屋の様子を交互に見つめ落ち着きがない。
ジラモランの部屋は腰掛ける椅子も見つからない状況だったので、胸の前で腕を組むとティアは立ったままミモリティへと声を掛ける。
「そんじゃあ、ミモリティ。覚えている範疇で構わないからジラモランさんの死体を発見した時の話をしてくれ」
「は、はい!あれは…昼頃でした。私たち専属の使用人はご家族の皆様に1人ずつ付き添って日々の生活のお世話をするのですが、その日、私がご朝食を準備して持って来た時にはジラモラン様の返事はいつも通りありませんでした」
「ん?朝食を持って来た時?昼頃の話じゃなかったのか?」
「え?あぁ!すいません!わ、私がジラモラン様のご遺体を見つけたのはお昼頃だったのですが、一度ご朝食を持って来た朝にはもしかしたらもう人狼に殺されていたんじゃないかって思って…すいません、要領が悪くて」
「あぁ、いや大丈夫だ。それじゃあ、昼に発見した時の話をしてくれ。詳しく」
「はい!えっと…、お掃除のためにお昼頃もう一度お部屋の前に来て、そしたら廊下に置いておいたカートのご朝食に手を付けておられなかったご様子だったので体調が優れないのかと気になってしまい、失礼ながらお部屋に入らせていただきました」
「…続けて」
「最初にお部屋に入った時…何と言うか人の気配を感じなかったんです。ジラモラン様はいつもお静かに作業されている方でしたが、あんな静けさは初めてのことでした。それで少し心配になって寝室まで見に行ったのですが…そ、その時…ジラモラン様の…あの…酷い姿を見ました」
「それからどうした?」
「その時は…あまりの光景に言葉を失ってしまって。と、とにかくセバスさんの所へと慌てて急ぎました!その後は私の騒ぎを聞きつけたエルメール様や他のご家族の皆様も集まってしまい騒動になって…。でも、私自身は気が動転して結局何もお手伝いすることもできず、気が付いた時には全てが終わった後でした…」
自分の主人であるジラモランを弔えなかった後悔か懺悔か、今にも泣き出しそうな顔をして下を向くミモリティ。だが、その姿に少しも同情する様子も見せずにティアは淡々とした調子で質問を続ける。
「じゃあ、君がジラモランさんの死体を見たのは発見したその一瞬だけだと…」
「そう…ですね。初めは何が何やら分からなかったんですけど、でもセバスさんやエルメール様たちがお話し合いになっているのを聞いてこれは人狼の仕業じゃないかって…」
「なるほど。じゃあ、次だ。ジラモランさんが生きている間に彼と屋敷内の人間で何か問題はあったか?」
「そ、それは…」
そのティアの質問に対し、ミモリティは視線を泳がせてあからさまに動揺した。知っているが自分ごときが話してもいいものか、そんな気配を感じる素振りでもあった。
「気にするな。俺は誰にも告げ口はしない。得が無いからな」
「わ、分かりました」
ティアと対峙するミモリティは主に扉を、その向こうに居るであろうセバスを気にした様子で出来る限り小さな声で口を開いた。
「ジラモラン様と問題があった人は…おそらくこの屋敷に住む大半の人間です」
「何?それはどういうことだ?」
「ジラモラン様は…そのど、独特な方で、周りの人と違うお考えをお持ちというか、自分の道を突き進む方だったんです。それで周りの人とは衝突しがちで…だからご家族の皆さんをはじめとして色々な方ともめておりました」
ティアはその話に声は出さなかったものの、部屋の様子を一瞥して「確かに」と一人納得していた。まるで盗賊に荒らされたか暴風の通り去った後かのようなこんな殺伐とした部屋で生活できる人物ということは、それなりの神経を持つ人物だったということに違いなかったからだ。
「あ、でも、その中でも一番にもめていたのは…おそらく次男のエルメール様とです」
「ほう、それはどうしてだ?」
「く、詳しい話は使用人でしかない私には分からないのですが、ジラモラン様がお部屋に閉じこもるようになったのもエルメール様との間に何かあったからだとか…。あとは、お二人は屋敷内で目を合わせただけでも喧嘩していたとか…。あぁ!そ、そういう話は使用人たちがしていた噂を聞いただけで私が実際に見たわけでは…ありません。…すいません」
「いや、結構参考になった。…そう言えば少し気になったんだが、その傷はどうしたんだ?」
ミモリティの口が徐々に滑らかに成り始めた頃、ティアは気になっていたミモリティの体にある複数の傷に付いて指摘した。正確に言えばそれは目に見える傷ではなく目に見えない傷、つまりは傷を隠すために手や足に巻かれた包帯のことである。
「こ…れは…け、怪我です!ただの怪我!僕はドジなのですぐ自分で怪我を作ってしまって…あははは、お恥ずかしい」
「怪我…ね。そうか、じゃあこれからは怪我しないように気を付けろよ」
「ぜ、善処します。…ほ、他に何かありますでしょうか?そろそろ私も仕事に戻らないと…いけませんし」
「あぁ、それはすまない。じゃあ、最後に1つ。ジラモランさんの寝室に飾られたあの女性の絵は誰の絵か分かるか?」
話の最後、ジラモランが死んでいた彼の寝室の扉の隙間から覗く女性の絵を横目にティアはそう尋ねた。
「さぁ、それは私にも分かりません。あの絵と描かれた女性については尋ねることを禁止されていましたから…。ただ、あの絵にはジラモラン様は何か特別な…思いがあったようにいつも見受けられました。…そ、それでは失礼します」
そう言い残すとミモリティは深々とお辞儀をして飛び出すようにして部屋を去って行った。しばらくして、ミモリティが廊下で誰か他の使用人とぶつかったのか女性の悲鳴と彼の謝る声が屋敷内を木霊した。
「いかがでしたでしょうか、狩人様?何か重要な手掛かりはありましたか?」
そんなミモリティに代わってセバスが散らかるジラモランの部屋へと入ってきたが、ティアは軽く両手を広げて「特に何も」とだけ言うとセバスと一緒に廊下へと出て部屋を後にする。
「もう…ジラモラン様のお部屋の調査はいいのですか?」
「まぁどんな人狼かは大体分かったわけだし、そろそろ人狼が誰かを絞ろうと思ってね。ガルオッシュ家の家族の人たちはまだそれぞれの部屋にいるんだよな?」
「そうですね。そろそろお食事のお時間ですので、それまでにお一方ぐらいはお話を聞けるかと思いますが、いかがいたしましょう?」
「じゃあ、年功序列順で行きますかね」
ティアがそう言うとセバスはすっと彼の前に立ち、無駄のない動きで広い屋敷の中をまた先導し始めた。彼らが次に向かうのは、先代当主の妻にして殺されたジラモランの母、カリオの部屋である。
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