第2話 狼を狩る獣②

「さてと…それでは紳士淑女の皆さん、手っ取り早い解決策と面倒くさい解決策の2つがありますがいかがいたしましょう?」


 ティアは手にしていた所々に傷が目立つ大きな旅行カバンを高級な絨毯の上に無造作に置くと、対峙した5人の貴族たちにそう尋ねた。


「早い方がいいに決まっているでしょう!誰が人狼に化けているのか分からないこんな状態で安心して過ごせるものですか!!」


 いの一番にそう叫んだのは5人の中では一番に年配の女性であった。彼女は豪華な椅子に座ったままで、ティアに噛みつかんばかりに身を乗り出して叫んでいた。


「母さん…落ち着いて…」


「ロロピアー!ジラモランが殺されたのよ!あんなに…、あんなに酷い殺され方…!あぁ!あの子が、あの子が何をしたっていうの…!!」


「母さん…」


 愛する息子を人狼に殺された悲しみからか、母であるカリオは今度はさめざめと泣きだした。その姿を見て彼女に寄り添うのは長女のロロピアー、そして末っ子であり四男でもあるフレジオの二人で残りの次男エルメールと三男アルフレックの二人はその光景にうんざりといった表情である。


「分かりました。それではお母様のご意見を尊重し、古典的ではありますが一番に早い解決策でいきましょう」


「…分かりました。それでいいわよね、母さん?」


 ロロピアーに肩を摩られながらこくこくと頷くカリオ。その様子を見てティアは徐に腰に下げていた一本の短刀を抜きさった。


 銀色に怪しく光る短刀は、その刃の長さは短くはあったが容易に人一人の体なら貫けるのではなかろうかという代物であり、その不気味な刃を見てその場に居た人々が顔を強張らせた。


「貴様ぁ!ふざけているのか!我々の前で刃を見せるなど!無礼にも程がある!!」


 そう叫んだのはアルフレックである。ティアが短刀を抜くや否や腰に下げたサーベルに手を掛けティアを威嚇する。また、アルフレックのように声を上げなかったが、エルメールもサーベルに手を掛けていた。


「まぁまぁ、落ち着いてください。何もここで猟奇殺人をしようってわけじゃないですよ」


「当たり前だ!訳があるならその場で説明しろ!!それ以上我々に近づけば、その手を切り落とす!!」


 見ず知らずの、しかもただの噂程度でしか聞いたことのない狩人という怪しげな職で生きるティアを警戒してか、この中では一番に正義心の強そうなアルフレックが声を上げた。勝手に呼びつけておいた上にそんな対応までされても文句一つも言うことなく、ティアは少し呆れた表情で銀の刃を皆へと見せつけた。


「古くから伝わる人狼を暴く方法にこの“銀”があります。人狼は人に化けた獣、つまりは紛い物に過ぎず、皮は人であっても中身はどこまでもうす汚いただの獣でしかない。だが、そんな奴らの皮は鉄の様に固く、その肉は超人的な再生能力を持つ。であるからこそ、鉄の武器では首を刎ねるか心臓を貫くしか対策がない。つまり、お二人の持つサーベル程度では、人狼を暴くにはここに居る皆さんの首を刎ねるか心臓を貫くしかない。まぁ、試してもらってもいいですが、本物の人狼にたどり着くまでに何人の罪のない人が死にますかね?」


「…ぐっ!」


「とまぁ、そんな大量虐殺をしなくても人狼を選別する方法がこの銀の刃と言うわけです。銀には嘘を見抜く力があると言われ、人の振りをした嘘を被る獣には有効的というわけで、我々狩人はこの銀製の武器を愛用しております」


「なるほどな。詳しいことは…分からんが、してその銀の武器を使ってどうやって人狼を探し出すのだ?」


「えぇ、これから皆さんの手にこの銀の短刀を刺していきます」


 無表情でそう話したティアの言葉に、エルメールを始めとする貴族たちの表情から血の気がサッと引いていくのが露骨に見て取れた。


「か、狩人さん?その“刺す”というのはどのくらいなのでしょうか?…掌に軽く?血は出ますの?」


 先の鋭い銀の短刀に明らかに怯えながら尋ねるロロピアーに対し、ティアは無表情のまま回答する。


「まさか、それぐらいで人狼が判別できるなら我々狩人の仕事は必要ありませんよ。まぁ、軽く手を貫通する程度ですね」


「……あぁ」


 そのあまりにも無慈悲な言葉に今度はロロピアーがふらりと倒れかけ、そんな彼女の体を傍に居たフレジオが懸命に支えた。その一方で、一度は怒りを抑えたアルフレックの怒りが再度爆発する。


「貴様ぁ!いい加減にしたまえ!我々貴族がどうして掌に傷を負わねばならんのだ!」


「いや、掌でなくとも足や体でもいいですけれども…」


「そういう話をしているのではない!言っておくが今回の件で我々が血を流すつもりは微塵もない!一滴たりとも、貴様にも人狼にも我らの高貴な血を与えるつもりはない!!いいな!!」


「落ち着け!アルフレック!!」


 物凄い剣幕でティアに言い寄るアルフレックに対し、流石と言うべきかエルメールはその二人の間に入って場を落ち着かせる。その一方で、ティアはというと不服そうな表情で抜いた銀の短刀を腰に仕舞い直した。


「狩人殿。我々が無用な傷を負わない形で人狼を探し出してもらえないか?」


「それは時間が掛かりますが…問題ありませんか?」


 エルメールにそう言われ、ティアはエルメールの後ろに控える他の家族たちをちらりと見て言ったがエルメールは「仕方ない」とだけ言って母カリオや妹ロロピアー、弟アルフレックとフレジオに半ば強引に了解させると時間の掛かる対応で改めてティアに要求した。


 改めて調査方法の方針変更を了承すると、ティアは準備が必要だからと適当な部屋を貸してほしいと進言し、また使用人も含めて敷地内から誰も外出させないようにと忠告した。


 その後、大部屋に集まった貴族たちが各々様々な心持ちの表情でティアを横目に大部屋を後にして自室へと戻って行ったが、最後エルメールだけをティアは呼び留めた。


「エルメールさん、もう一つ。誰か一人使用人をお借りしたい。できれば、今回の事件とここに住む人々の内情に詳しい人を一人」


「…ならセバスを使うといい。この屋敷に仕えている使用人の中では一番の古株であり、父の代から仕えてくれているから人望も厚い」


 そう言うとエルメールのすぐそばに居たセバスは深々とティアへと頭を下げ、その任を承知した。


「最後に1つ…いや、2つほど聞きたいことがあるが、いいかな狩人殿?」


「なんでもどうぞ」


「では1つ、兄…ジラモランを喰い殺した人狼は既にこの屋敷にはもういないということはないのか?外から来た者が兄を殺して逃亡したという可能性は?」


 身内が人狼に化けて兄を殺したという事実を未だに信じきれないのだろうエルメールが少しの希望に掛けてそう尋ねたが、ティアは無情にも首を横に振って見せた。


「それはないでしょう。俺も狩人として長く勤めていますが、そんな例は見たことも聞いたこともない。むしろ、外部から来た人狼であれば俺がここに来るまでに屋敷中の人々は皆殺しでしょう。だが、今回は一人を狙って殺した。それはつまりここに恨みのある者の仕業で、そういった奴ほどまた同じ狩場で人を襲うものです」


「か、狩場…?」


「えぇ、もはやこの屋敷はお兄さんを殺した人狼の狩場です。一度目は怨恨や事故から殺したかもしれませんが、人の味を覚えた人狼は二度目からは欲望のために人を殺し始める。…そうですね、二度目は数日の間でしょう」


「…そうか、なら出来る限り早めの対処を頼む。それで2つ目の質問だが、具体的にはどうやって人狼を見つけ出すのだ?それに見つけたとしてどうやって対処する?」


 エルメールの2つ目の質問に対し、しかしティアは即答で返さずしばし悩んだ。


「それはお伝え出来ない」


「む?それはどうしてだ?」


「エルメールさんが人狼、もしくは人狼に加担する者でないという確証がない。わざわざ敵に手の内を明かすほど俺も愚かではない」


 その不敵な笑みにエルメールは少し後退りすると、1つ咳払いをしてから身なりを整えた。


「そうだな。それはごもっともだ、失礼した。では、セバスがこの屋敷の我々家族の私室以外なら何処でも開けられる鍵を持っているから、用があれば彼に開けてもらうといい。部屋は…すまないが客室ではなく空いている使用人の部屋を使ってくれ。場所はセバスが指示する。あとは頼んだぞ、セバス」


「畏まりました。旦那様」


 それだけを告げるとエルメールも他の家族と同様に自室へと戻って行った。その姿を丁重に見送った後、セバスはすぐさまティアへと向き直す


「それではティア様、まずはいかがいたしましょう?このセバス、長年お仕えしてきたガルオッシュ家の皆様の逸早い安心のため誠心誠意お手伝いさせていただきます」


「それじゃあ、まずは殺されたお兄さん、ジラモランさんの部屋でも見てみますかね」


「畏まりました。それではこちらへどうぞ」


 こうして、ガルオッシュ家の長兄を喰い殺したという人狼を探す仕事が始まった。

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