Recollection-23 「初陣」


『海』を2人で見た帰り道、来る途中にも寄った小さな町へ立ち寄る。


翡翠色の髪に不言色の瞳は、この町では非常に目立つ。


イェットは頭巾フードを被っていても、幾人かの視線が気になり目を伏せる事もあった。


そして、気になる事がもう1つ、、。


「ねぇ、父さん?」


「ん? どうした?」


下馬し、町の中心部へ向かう途中、イェットは父に質問した。



「急に、、どうして海に行こうと思ったの?」


それは当然の質問だった。


あれだけ頼み、願い、懇願しても叶わなかった事。それが今日突然叶ったのだ。




「、、、お前に、真実を伝える為、感じてもらう為の口実ではあった。ただ、母さんと約束をしていた。」


父は続ける。


「いつかイェットが大きくなった時、エトナの呪縛の事も含めて、俺達の知っている範囲のエトナの民の存在理由や『真実』を伝えねばなるまいと、、。」


そう言いながら、父は息子の肩に手を乗せ、少し力を込めた。



「その時はお前を一度海へ連れて行き、この目でエトナの呪縛を確かめて、覚悟したかった。それが俺と母さんの約束であり責務だと思っていた。お前にとって辛い結果になろうともな。」




(、、父さんはエトナの民の存在理由や、、『真実』と言った。一体何が、、。)


「イェット、ただでさえ今日は呪縛の存在を知り動揺してないか?」


父は息子の心理状況を心配していた。


無理もない。ある一定の距離より先へ行くと「不可解な死」が突然降り掛かるのだ。


しかし、イェットは意外な言葉を口にした。


「翡翠色の髪と不言いわぬ色の瞳になってる時点で既におかしいよ、、。」


そう言いながら、息子は苦笑いした。


「ふっ、確かにな。ふふふ、、。」


(意外に肝は据わっているな。母さんに似たのか?)


父は苦笑するしかなかった。息子は肝が据わっているのか、鈍感なのか、、。




「父さん、さっきエトナの民の存在理由や『真実』と言ったけど、どういう事?」


イェットは単刀直入に聞いた。


「そうだな、、俺の知る限りだが、エトナの民の出現は『兆候』らしい、、。漠然としているが、何かが起こる、前触れと聞き知った。それから『真実』だが、エトナの秘宝はそん、、


「おい、お前達余所者だろ?この町に何の様で来たぁ?」


「⁉︎?」

「⁉︎」


父と息子は声の方を見た。


如何にも物盗り・盗賊らしい風貌の男3人が絡んできた。


「テメェら、邪魔なんだよ! 確か馬に乗って来てたなぁ。その馬、置いてけぇ。そうすりゃ痛い目見なくて済むぜ。」


まるでこの世界が始まってから、幾度となく使われてきたであろう定型文を毒の様に吐く馬鹿共。しかも難癖のつけ方も無茶苦茶だ。


「、、参ったな、勘弁してもらえないか?息子も萎縮しちまって声も出ないみたいだし、、。」


父は意外と慣れているのか、何とかこの場を取り繕い無難に済まそうとしている。


イェットは取り敢えず様子を伺いつつ周りを見渡していた。


「あ゛ぁッ⁉︎ 黙って馬よこしゃいいんだよ貧乏人共が!」


自分達の事を棚に上げ叫んだこの罵声が余程大きかったのだろう。幾人かの町民も集まってきた。




〔こんな小さな町で喧嘩なんて珍しいねぇ。〕




そして罵声をあげた馬鹿は、懐から刃物、長さ約30cm程の短剣を取り出した。


「勘弁、、してくれないワケ、、ね。」


そう言うと父は辺りを見渡し、手頃な棒切れを2本持って来た。


1本を息子に投げ渡す。


「?、、父さん?」


「イェット。俺が教えられる事は僅かだ。今からの俺の動き、しっかり見ておけ。」


そう言うと父は右手に棒切れを持ち、肩幅に脚を広げて少しだけ前傾姿勢になった。  


(と、父さん喧嘩するつもりか?)


イェットの額から頬にかけて汗が滴る。




(もって1.5秒、、って所か。)

父は相手の目を見た。




「テメェ!俺達とやる気なんだな⁉︎やれるモンならや


ヒュヴァッ




その瞬間、砂煙が舞い父は消えた。



「ッ⁉︎!!?」


見ていた野次馬も父を一瞬彼を見失う。


〔ま、まさかこんな所で『幽霊ゴースト』を見るなんてねぇ。〕




(な、何だ⁉︎ 父さんの今の動き、、あ、あれは『纏霞まといかすみ』、、いや!『刻削ときそぎ』じゃないか⁉︎)


いつの間にか父は3人の男の後ろに立っていた。


3人は気付いていない。


それほど早い動きだった。


ゴスッ! ゴッス!!



ズズウゥン!!


刃物を出した馬鹿のうしろに立っていた雑魚2人は呆気なく倒された。


「な、な、何が起きた?あれ⁉︎ い、いつのまに、、⁉︎」


残された盗賊の1人は、あまりの出来事にただでさえ馬鹿な頭がついていかない。


「イェット! 今だ、やれ!」


父が今までにない厳しい声で息子に命令した。


息子はその声に反応した。





ドヴァアッ

ゴッ

ドヴァッ


イェットの身体が前後に「分身」した様に見えた。


「ぐあっ⁉︎」


残り1人は右手をを庇い、持っていた刃物を落とす。


父は馬鹿が落とした刃物を拾い、馬鹿の首先に突きつけた。


「おい。今なら命だけは助けてやる。行け。報復とか考えるなよ。もし次に俺の前に現れたら、、、殺す。」


父は凄んだ。いや、凄んだのではない、、本気だ。


(て言うか、父さんが纏霞まといかすみとも刻削ときそぎとも違う技術を使った? 目で会えない程の疾さで、、。)


ゴクリ、、、


イェットは固唾を飲む、、、。



「ひぃい!ば、ばば化け物だあぁ!!」


右手を庇いながら馬鹿な仲間を見殺しにして逃げていく馬鹿1人。


完全に姿が見えなくなった頃、ガクリと父は片膝をついた。


「父さん!」


息子が駆け寄る。頭巾フードは技を出した時にずれてしまい翡翠色の髪と不言色の瞳は露わになっていた。


父は古傷のある左脚に手を当てている。


「大丈夫だ心配ない。お前の『爪剥つまむき』、なかなか良かったぞ。刻削に入る前の跳躍をもっと小さく早くすれば更に良くなる。後は修練次第で纏霞も自ずと身につくだろう、、、さ。」



爪剥つまむき



それはアトレイタスがイェットに伝授した技の1つ。


簡単に言うと、ボクシングの「ジャブ」を刻削を利用して剣で放つ突き技である。刻削で間合いを詰めて、相手の手や指を突き、突くと同時に刻削で後退する。


ボクシングとの大きな違いは、顔ではなく、鎧の装甲が薄い手や指を狙う事だ。相手の武器の形状にもよるが、手と指が1番近い距離にあり、敵の間合いに入るのに必要最小限で済む。


手や指を狙い打ち、相手の武器・攻撃力を奪う。さながら相手の爪(武器)をいでしまう様から命名された技。


今回は棒での攻撃だった為、一見地味でシンプルな技だが、地味でシンプル故に「最強・最恐・最凶」の技でもある。もしこれを剣で行えば、、。


イェットはこの父の言葉で初めての『戦闘』に身を投じた事を思い出し、五臓六腑から震えた。一歩間違えれば殺し合いだ。


しかし、それよりも、、。


「いやそうじゃなくて、、何故父さんが刻削を⁉︎ しかも爪剥や纏霞まで知ってるなんて、、!」



「俺の使った技術は『現幻うつつあらわ』、、しっかり見たか? もう2度とできんかもしれないが、お前に見せられてよかった。父さん、格好よかったろ?」


「何言ってんだよ、、訳わかんないよ!、、でも、、凄い、父さんがまさか、、。」   


父の意外な一面を垣間見て息子は驚愕していた。





野次馬もゴミ共を始末してもらえた嬉しさから歓喜の声が上がっていた。


「おい薬屋のにいさん、あの人に効く薬はないのかい?厄介者を退治してくれたんだ。お礼がしたいんだよ!」


「生憎、今日は持ってないんでね、じゃ、また来るかなぁ。」


黒い衣装に大きな箱を担いだ男はフードで顔を隠す様にしてその場を去る。


〔『幽霊ゴースト』に『エトナの民』の少年。マトイカスミにトキソギ、ツマムキ、ウツツアラワ、、か。これは色々と予想外の収穫だねぇ。〕




「その日」まで、あと2日。


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