Recollection-22 「海」
同日の夜、一家団欒で食事をするイェット。
今日は麦パンに干し魚と干貝を野菜と魚醤で煮込んだスープだ。
リヴォーヴ一家は決して裕福ではない。貧しいながらも恵まれているのは「両親が健在」という事だ。
イグナは両親が、
シンは父親が、
ノーアとシーヤは母親が、
それぞれ他界している。
勿論その境遇を比べるのは適切ではない。
小さな頃からいなければそれが彼等にとって「普通」であり「当然」なのだから。
それでもイェットは恵まれていた。そう思っていた。
テーブルの上には何本かの蝋燭に火が灯されている。壁には灯火具がつけられ、植物油に火を灯してある。
それでもまだまだ灯は足りない位だ。
脚を少し引き摺りながらテーブルに着いたオルブライトノット・リヴォーヴ。
「最近訓練はどうだ?やっぱキツイだろ。」
スープの具を口に含みながら、麦酒で流し込む父。
父は息子との会話を楽しんでいた。
「走り込みと型はキツかったね。でも最近は少し軽い模擬刀になったから、少しは楽になったかな。」
「へぇ、型があったりするんだな。どんな型なんだ?」
父は型に興味があるらしい。
「どんなって、、口で言うのは難しいかな。こう、、、上段の構えから、ゆっくり剣を下ろして、相手に当たる瞬間に、引く?感じで、、。」
「あなた、、。」
母が何故か父の話を遮る。
「そ、そうだな、、。イェットも頑張ってるんだなな。」
「最近は先生隊長に『
ガシャッ!
「、、なんだと、、⁉︎」
「ど、どうしたの父さん、、?」
イェットが父の方を見ると、彼は麦酒の杯を倒してしまい複雑な表情をしていた。不安と驚きを合わせた様な、、。
「、、、そうか、お前が、、。蛙の子は蛙だな。何だか複雑な気分だ。」
父は少し考え込んだ様に見えた後、こう母に切り出した。
「母さん、悪いが明日、イェットを海に連れて行こうと思う。私達の知っている事を話しておかなければな。」
イェットの母も少し複雑な表情を見せる。
「、、ええ、無理はさせない様にね。」
(海⁉︎、、前にあれだけ
イェットは興奮した。
母から貰った2つの首飾りに、明日は海を見ることが出来る、、。
心底楽しみな息子を見ていると、両親は少し罪悪感を持った。
一翌日
日の出と同じ頃、知人から馬を借りて来た父は、イェットに砂避けの
ガガガッ ガガガッ、、、
初めて馬に乗ったイェットは浮かれていた。脚の悪い父がこんなにも馬を上手く乗りこなすのにも驚いた。
「父さん!流石に馬は早いね!」
イェットは抑えきれない高揚感と誇らしい父の背中から普段より饒舌だ。
「喋ると舌噛むぞ!後でな!」
イェットは返事こそしなかったが、笑顔で頷く。
途中、小さな町で休憩をし、更に南へ向かう。馬に再度乗る前に父が言う。
「お前の姿は目立つからな。帰りにこの町に寄る時にも
「分かってる。」
ガガガッ ガガガッ、、、
どれ位走ったろうか?野を越えて、小高い丘の脇を行き、薄暗い岩の隙間を進む。
太陽は頭上まで登り彼等を見守る時間だ。
木々が生茂る、人々が行き来したのであろう形跡のある道をひたすら進む。
ヒヒイィィン!ブルルッ
その時、父が馬を止めた。
先程の木々が生茂る道。
「海」と呼ばれている湖?大きな水溜りは見当たらない。
(確か、聞いたのはこの辺りだったな、、。)
父は息子を馬から降ろすと、予想外の事を言う。
「イェット。ここから本当にゆっくり歩いて、この道を進め。何か感じたら、直ぐに引き返せ。わかったな?」
「? 父さん何を冗談、、」
しかし父の顔は真剣、神妙だ。
(さては、僕を喜ばせようと何か企んでるな?)
イェットは、昨日から続く嬉しい誤算から、父の真意を軽く受け止めていた。
普通に歩を進めるイェット。
その時だった。
ズグン、、、ッ!
「、、⁉︎、、がッ?」
イェットの身体に異変が起きた。
ズグン、、、ッッ!!
「い、、、息、が、、っ⁉︎」
ズグンッ! ズグンッッ!!
(心臓が何かに掴まれる様な、、、!ぐッ かはッ⁉︎)
「ッッ‼︎、、、がはぁッ⁉︎っかッ‼︎」
「イェット‼︎まずい!」
父は直ぐに息子に駆け寄り、いた場所から引き摺り下がる。
「やはりお前にも『エトナの呪縛』が、、。」
少しその場から下げられただけで、僕の身体は楽になっていた。
「やはり⁉︎、、と、父さん、、『エトナの呪縛』って、、。」
イェットは今起きた事と父の言葉を結びつけようとした。
「、、、わかったか?エトナの民に選ばれた者は、何故だかわからないが、、、コルメウム城を中心に一定距離を越えると、、。」
「し、死ぬ、、の?」
「、、、そうだ。」
(ま、まさか、、、。小さな頃から海を見たくて何度も父さんや母さんに頼んだのに連れて来てくれなかった、、、父さん達は、知ってたんだ!こうなってしまう事を、、。)
「な、何故知ってたの?」
「昔な、アトレイタスと部下数人が隣国へ使いに出た時に、、同じ事があった。
、、先を馬で駆けていた部下が苦しみだし落馬して、、、死んだそうだ。、、」
「そ、その人も、、。」
「ああ、エトナの民だった。アトレイタスも危なかったそうだ。」
「そんな、、そんな話って!」
何故黙ってたの⁉︎と叫びそうになったが、父の悲しそうな顔を見て気付いた。
何故なら、父と母は知っていたからこそ僕を護ってくれていた。だから僕が海に行こうと言ってもはぐらかしてきたのか。
「、、イェット、黙っていてすまない。これがお前に課せられた『呪縛』だ。」
父は息子に頭を下げた。多分僕の顔には文句が出てしまっていたのだろう。
イェットは暫く黙り込んでいた。何とか自分を納得させる言葉や考えを己の中で探した。
「、、父さんは何も悪くないじゃないか。それに、、海が見られないからと言って拗ねる様な歳じゃない。」
息子は強がってみせた。
「、、ありがとう。イェット、動けるか? 罪滅ぼしとはいかんが、帰りに少し寄りたい場所があるんだ。」
「? うん。大丈夫。」
「よし、じゃあ行こう。」
そう言うと、父は息子を馬に乗せて来た道を戻り始めた。
ガガガッガガガッ、、、
暫く来た道を戻り父が馬を停めたのは途中通り過ぎた小高い丘。
「イェット、ついて来い。」
「わかった。」
そこで馬を降り、勾配のきつい坂道を登る。
登り切って、丘の頂から見えたもの。
それは、地平線に広がる「青」だった。
「と、父さん、、!あれが、、⁉︎」
「そう、『海』だ。行くことは出来なくても、見ることは出来る。これで我慢、してくれるか?」
イェットは眼前に広がる果てしない青を眺めながら、少し冷たい風を頬に感じていた。
「我慢も何も、、、ありがとう、父さん。」
「、、そうか!」
父さんはふふっと苦笑いした。
イェットは確かにまだ腑に落ちない部分もあった。でもそれは誰が悪いのでもない。「エトナの民」に選ばれたもの皆が、この『呪縛』に囚われている。
それは一体何故なのか、、。
息子は『エトナの呪縛』の不可思議、そして父の優しさに触れ、何とも言えない感情の狭間に立つ。それでも息子は顔を上げ、その表情には僅かながらも笑顔を表し心中で呟く。
(それでも今は父さんに感謝しよう。僕の為に『海』を見に連れてきてくれた。誇りに思うよ。こんなにも、あの『青』よりも広い心を持った父の息子である事を。)
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