Recollection-21 「母」
コルメウム城の城下町が普段よりも賑わいを見せ始めた、秋に深まりを感じる肌寒い日。
「エトナ祭」まで残すところ後4日となり、皆その準備を始めていた。
ある者は織物を。
ある者は手作りの食器を。
またある者は干物を。
祭の日に販売して、年末・年越しの為の「備え」にするのだ。
毎年10月19日に行われている「エトナ祭」だが、賑わいを見せ始めたのは約14年前から。
それまでは、エトナ祭は7月7日に行われていた。
町人ですら、実際に目の当たりにするまでは
「エトナの民」の存在。
永きに渡り、エトナの民の存在は口頭や文献で語られ伝えられてきた。
しかし実際に、翡翠色の髪に黄色の瞳の人間などいる訳がない。そう思われていた。
誰もが、その彼等の父や母、祖母や祖父、また曾祖父母すらが、エトナの民を見た事が無かったのである。
そんな極僅かなエトナの民の中でもイェットは最も若い。
何せ生後5ヶ月の時に髪と瞳の色が変わったからだ。
次いで若いのは18歳。
1番年上では50代で髪と瞳が変化した者もいたし、余生僅かながら変化し、その後直ぐに他界した者もいる。
エトナの民になった者達は、特に精選された様な規則性はなかった。
一部の人間は、15年前の10月19日のあの日の出来事を
『クワイレーレ』という。
その言葉の意味が分かるのは、今ではない、先の未来なのかもしれない。
遥か、遥か彼方の、更にその先、、、。
この日、イェットは午後の訓練もなく、母が祭の日に販売するペイストリの仕込みの手伝いをしていた。
この時代に冷蔵庫はない為、日持ちさせ易い食べ物としてペイストリは最適だ。
「母さんのペイストリは人気だから今年もたくさん売れるといいね。」
ユイ・リヴォーヴの作るそれは、毎年完売する人気商品の1つ。
「私の得意な事は、服の仕立てと、コレ位だからねぇー。」
謙遜しながらも、褒められて嬉しそうな母。
余ったら、イグナやマリー、ノーアにもあげよう。シンにも持ってってみるか。あとは、、
「王女様もペイストリ好きだもんね。持ってくー?」
「渡したいんだけど、どこに持って、、、もって、、、え?何の、、はは話?」
「だって王女様、、シーヤちゃん、もうすぐお誕生日でしょ?」
「、、、え?」
「あれ⁉︎イェットもしかして知らないのー?10月19日はシーヤちゃんのお誕生日じゃない。」
、、、し、知らなかった。
「エトナ祭」は、「王女様の誕生日」を祝う行事、誕生祭でもあったのだ。
「シーヤちゃんが生まれる前は、エトナ祭は7月7日だっだんだよー。母さんが物心つく頃からある行事でね。まぁ、ただのお誕生日を祝う祭なのかは分からないけどねー。」
母はペイストリの生地を
(でも、シーヤにペイストリなんか持って行って、本当に喜ぶかな?それに、冷静に考えて、シーヤは王女様、、。)
手伝いの手が止まっている息子をみて、ユイ・リヴォーヴは助言する。
「まぁさー、あれこれ考えても仕方ないからさ、イェットがしたい様にしてみたら?」
「したい様に、、?」
「そう。何事もしてみなきゃ結果や答えなんて出ないでしょー。やらずに後悔するより、やって後悔した方がずーっといいでしょ。」
母さんにしては良い事言うなぁと彼は思っていた。
ユイ・リヴォーヴは台所の開口部を見つめた。
あの日、この開口部から中へ入って来た少女の顔が忘れられないでいた。
私がいたのに、私を見ていない。心此処にあらずの様な、それでいて、誰かを求めている、、寂しそうな、面影があるあの顔。
民家など訪れた事のなかった12歳の少女は、入り口が分からず開口部から侵入して来た。
きっと、私の息子に会いに、、。
「母さんさ、、。」
「んぉうッ⁉︎ 何ー?」
考え事をしていた母はドキリとした。
「もしだよ?もし何か贈り物を貰うのなら、どんなのがいい、、かな?」
イェットは小っ恥ずかしかったが、敢えて聞いた。人生の先輩として。
「そうねぇ、、。あくまで私の意見だけど、先ずは『気持ち』かなー。わざわざ私の為にっていう、気持ち。」
ふむふむと息子は聞き入る。
「もし、、もしも何か形のあるものならば、そうねぇ、、。『思い出せるもの』かなー?」
「思い出せるもの?」
イェットは素直に質問した。母さんとこんな話をするのはなんだか変な感じだ。けど、聞いておきたい。
「そう、値段なんて関係ない。それを持ってると、それをくれた人が頭に思い浮かぶ様な、、。」
そう言うと、母は昔から首にかけている首飾りを意識した。
「思い出せるもの、、か。」
「あ!イェット、ちょっと待っててね。まだ在ればいいけどー、、。」
そう言うと、樽に溜めてある手洗い水で手を洗い、母は自室へ向かう。
あったあったー!と、奥から戻って来た母が何か手に持っている。
「これ、あなた達にあげるよ。渡すか渡さないかは、イェットが決めなー。」
そう言うと、布に包まれた「何か」を渡された。
「見ていい?」
「もちろん!もうイェットのものだよー。」
息子が折り畳まれた布を捲ると、そこには2つの真新しい首飾りがあった。
「これ、、!父さんと母さんのと同じ、、?ううん、色が違う。」
それは、翡翠をあしらった首飾りだった。それが2つ。
裕福とは言えない我が家にこんなお宝が!と、息子は無粋な考えが巡った。
「こんなの貰っていいの?母さんの宝物じゃないの?」
「色々あってねー、渡しそびれたんだよねー。だから、イェットにあげる!」
「、、ありがとう母さん!大切にするよ。」
「シーヤちゃんに渡せるといいねぇー。」
息子は照れ隠しに何も言わずにこりとした。
ユイ・リヴォーヴは思い出していた。彼女の出産祝いに、これをある親友夫婦に贈ろうとした事。
しかし、それは叶わなかった事。
でもこれは天啓、神様が機会を与えてくれた様な気がした。
あなたの娘が、ここへやって来た。あなたの面影がある顔だから忘れられない。
幽霊かと思って叫んじゃう程、似てたんだよー、、。
あなたは今、何処から見守ってくれてるかなー、、
イリヤ、、。
「その日」まで、あと3日。
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