Recollection-19 「絆」

10月19日の「エトナ祭」まで、あと10日となった頃。


太陽が今日の役目を終えて西へ帰ろうとしている。


少しずつ景色を変える木々の中、夕刻のサングイネンバ川の方から美しい歌声が聞こえてきた。


催事では必ず歌い子として活躍する長く艶のある黒髪に垂れ目で空五倍子うつぶし色の瞳、そばかす顔が特徴のマリーアンナ・トトが歌の練習をしている。


一通り歌い終わると、良く通る声で話しかけられた。


「相変わらず歌ぁ上手いなぁマリー。練習し過ぎて喉壊すなよ?」


歌い終わったタイミングでイグナ・シーガードが声をかけた。


「イグナ君⁉︎ こんな時間に来るなんて珍しいですね。」


「水浴びだよ、水浴び。マリー、ほらやるよ。今年はもう味わえないかもだぜぇ?」


そう言うとイグナは数本の蜜草をマリーアンナに渡した。


「やー!ありがとう!私ここに来る途中探しましたけど見付けられませんでしたよ。」


マリーアンナは空五倍子色の瞳を輝かせた。  


2人はお互い顔馴染みで友達だ。学び舎で顔を合わせるのもそうだが、共通の友人、イェットとノーアがいる。


学び舎ではいわゆる「仲良しグループ」である。


マリーは左手の人差し指と親指で蜜草の根っこの部分を捻り切り、茎の部分を口に含む。


「んー!ひゃまーいれふ!」


多分、「甘いです!」と言っているのだろう。


イグナはふふっと笑うと、自分も根っこを噛みちぎり、プッと吹き出した後、茎を咥えた。


一通り1本の蜜草を楽しむとイグナは言う。


「草の中を闇雲に探しても見つからんぜ。見つけるコツは先ず「羽虫」を探すんだ。」


甘さにそばかすほっぺを紅潮させて溶けそうな顔をしているマリーアンナはうんうんと頷く。


「その羽虫達の飛んで行く先に蜜草は結構あるんだぜ、覚えといて損はないだろ?」


マリーアンナは溶けた顔でうんうん頷いている。



「、、、マリー、王女様の事、嫌いか?」


「!!⁉︎」


プッフウ!


「あでっ⁉︎ 何すんだよぅ?」


マリーアンナは余りに率直な質問に目を見開くと同時に蜜草を吹き飛ばした。それがイグナの顔に当たる。


イグナはぶっきらぼうでガサツに見えるが、よく気がつく鋭さがある。




「、、、自分でもよくわからないんです。」


「多分よぉ、それは『じぇらすぃー』ってやつだな。」


「『じぇらすぃー』?何ですかそれ?」


聞き慣れない言葉、というか初めて耳にする音というか、、。


「この間さ、俺、シンと喧嘩したろ?その後アイツと何回か話してさ、アイツが教えてくれたんだ。」


「シン君と仲直りしたんですね!」


「まあ、な。アイツにもアイツの考えがあるから話を聞かなきゃと思ってよぉ。ま、先生隊長の受け売りだけどな!」


「偉いですよ!イグナ君!」


「おう! で、アイツが言ってたんだよ。アイツが怒った理由。それがじぇらすぃー、、、ま、だな。」


「!!、、、。」


その言葉は、マリーアンナの胸に刺さった。


気付かない振りをしてきた。気付きたくなかった感情。


「これは、シンの言葉をそのまま言うんだけどなぁ、、。」




一3日前


ハア、ハア、ハァッ、、


イグナは息を切らして片膝を着いていた。


「や、やっぱお前すげぇな、ハァッ、、何だ今の技、、ハァッ、、。」


「今のは『後ろ回し蹴り』だヨ、、ハァッ、ハァッ、イグナも流石だネ、、ハァッ、、初めて見て防御するなんテ、、。」


2人はあれからお互いの話をする様になっていた。


生まれの事、家の事、学び舎の事、、。


話してみれば何て事はない、俺たちは「似た者同士」だった。


「シン、確かこれ『クァラーテ』とか言ったよなぁ。お前の国じゃ皆使うのか?」


「そう言う訳じゃないヨ。一部の人たちが武器を持てない時に身を守る為に考案された格闘術サ。」


クァラーテとは、シニスタラム国で剣術と同程度重要とされている、武器を持たずに、手足や肘、膝、頭、指先などを武器に見立てて戦う格闘術である。更に投げや極め、締め技もある「打・極・投」を突き詰めて、武器を持たずとも敵を戦闘不能にする技術だ。


イグナは、素直にシンの強さを認め、その技術を密かに教わっていた。


理由はあの日、イェットが見せた動き、『纏霞』の基礎と言われていた何かにあった。


対等だと、友達だと思っていたアイツが、いつのまにか自分を置いてどんどん先に行ってしまう気がした。


幼い頃からイェットに対して感じていた羨望。それは髪や瞳の見た目だけではない。 


貧乏で荒んだ生活を送り野蛮だった俺を嗜め、どんな時も優しく、どんな時も分け隔てなく俺と接してくれた。


周りの皆はガタイのデカくなった俺を敬遠して何も言わないが、アイツだけは親の様に叱ってくれた。


単純に、親友として、男として格好よかった。


俺はアイツみたいに優しい男になりたい。


アイツが自慢できる親友でいたい。


イグナは誰よりもイェットを信頼し、誰よりも理解していた。


イェットが彼に対してそうである様に。




きっとシンは、そんな俺達に苛立ちを覚えたのだろう。


シンは幼少期、シニスタラム国で貿易商を営んでいた父が友人であり同業者の策略に遭い、その職を追われた。


職と信用を失った父は、シニスタラム国を逃げる様に去らざるをえなかった。


コーポリス国に行き着いた彼等家族は、金髪と青い瞳というその見た目から、城内でも距離を置かれた。


髪と目の色が違うってだけで、同じ人間なのに、だ。


ある日、慣れない生活や仕事が続いた父は、一通の手紙を遺して


自ら死を選んだ。


遺書には、こう記されていた。




「サクラ、シン、先に行かせてもらい申し訳ない。弱い私を許してくれ。


シン、私の様に誰も信用、信頼できない男になるな。必ずお前の力になってくれる人はいる。その為に、お前が先ず誰よりも自分を信じて自信を持て。俺の様に、裏切られるのではなく、信用、信頼される男になって欲しい。母さんを護れる男になってくれ。


サクラ、こんな私を支えてくれてありがとう。先に行くが、君には来て欲しくない。それでも、いつか会う日が来たら。私と、君と、シンで旅に出よう。


幸せを探す旅へ。


では、またいつか


      マツ・テナ」


この手紙を読んだ10歳のシンには、母を置いて先に逝った父の遺した言葉に納得出来なかった。理解もしたくなかった。


時間が経つにつれ、内容を理解する程、怒りが込み上げた。


騙され、搾取され、追いやられ、距離を置かれ、やがて死を選んだ父。


俺はそうはなりたくなイ。


周りの奴等を信用しなイ。


誰も信頼しなイ。


友達なんていらなイ。




そうすれば裏切られる事モ、、、なイ、、、。




これがシンの深層心理に眠っていた感情。


それがどうだ、学び舎で幸せそうに、何も知らないで楽しそうに笑い声をあげているアイツ等、、。


シンは心を閉ざした。


そうした筈だった。




しかし、本当は違った。


そんなアイツ等が、単純に、本当に単純に「羨ましかった。」


特にイェットとイグナは違って見えた。


2人は会話せずとも目を見ただけで分かり合っている時があった。


まるで見た目も、性格も違う彼等なのに、兄弟の様に、親友の様に、家族の様に2つで1つの様な、、。


お互いに信じ合い、頼りあって生きている。


鼻っから「裏切る」とかが2人の間にはないのだから。





「、、馬鹿だロ? 男にジェラシーを感じるなんてサ。」


シンは少しだけ寂しげに見えた。


「馬鹿なんかじゃねぇよ。お前はお前の力で、考えで今までどれだけ辛くても生きてきたんだろ?で、ここまで強くなった。最高に格好いいじゃねぇかよ⁉︎」


真顔でそう言うイグナに、シンはもう驚かなかった。


「暑苦しい男だナ。でも俺はそんなお前が嫌いじゃなイ。、、、。」


そう言うと、シンの口角は上がった様に見えた。



(それニ、俺はお前達を信じてるんダ。)



シンは、これは口に出すのは止めておいた。


暑苦しいからだ。自分も。



「ところでよ、シン、、。」


「? 何だヨ?」


「『じぇらすぃー』って、何?」


イグナは照れながらシンに聞いた。


それを質問されたシンは


声を出して笑った。


心の底から、涙が出る程笑った。


「テメー!そんなに笑うなよなぁ、、。恥ずかしいだろぅ?」


「ハハハハ! ごめんイグナ、『じぇらすぃー』っていうのはネ、、、。」







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