Recollection-18 「空似」



7日前の出来事を思い出しながら走っていたら、余りの空腹に走るのを止めて歩く。


(僕も、イグナ位の体格になりたいな。」


14歳のイェットの身長は約163cm。イグナで約171cm。


イグナの体格は恵まれている。まだまだ大きくなる筈だ。


いつも通りの習慣を終えて仮宿舎に戻ると、いつもの顔ぶれがお出迎えしてくれる、筈だった。


イグナの姿が見当たらない。


彼も、家の仕事の手伝いで訓練に来られない時だってある。


「うまぁっ!これはナイスだよノーア!」


「やばぁっ!流石ノーヤ!」


、、、何かプロディさんとドリーさんの変な叫び声が聞こえる、、。


「おいぃ!おっせぇぞテメェ!後片付けが終わンねーンだから早く食えやぁ!」


癖っ毛を後ろで結った、榛摺はりずり色の瞳の一際背の低い毒舌の女の子が叫ぶ。


ノーアの身長が約142cm。

小柄で可愛らしい女の子だが、本人はそうは思ってない。


「悪いノーア、急ぐよ。ところで、イグナは?」


「そういや今日あいつ来てねぇな、、。風邪でも引いたのかな?」


ノーアは気付いていないが、彼女はイグナの事となると、少し女の子らしくなる。


本人に言うと怒るだろうから言わずにいよう。


今日の朝食は牛の干し肉と芋を牛乳で煮込んだものに、塩と胡椒で味付けされたものだった。


朝食にしては手が込んでる。


それを一口含むと、干し肉の旨味を吸ったスープが程よい塩味で、胡椒がアクセントとなりレトロネーザルアロマが更に食欲をトレビアーン。


簡単に言うと


旨ッ!


「ちょ⁉︎ノーア!胡椒じゃん!どーしたのコレ美味しいな!」


僕は興奮気味に素直な感想を述べた。


ノーアは手を後頭部に当てながら


「いやぁー! 珍しい香辛料を売りに来てた商人がいてさ。安く黒胡椒を譲ってくれたンだ。」


「へぇ!確かに香辛料なんて中々手に入らないからね。今度僕も母さんに頼んで買ってもらお!」


「黒い服着てデカイ鞄背負ってるヤツだったぜ!、、それより早くイグナ来ねぇかなぁ。折角作ったのによう。」


ノーアは料理上手だ。きっといいお嫁さんになるな。






そこへ2人の指導者がやって来た。翡翠色の髪に飴色の瞳で隻眼の男と、黒髪に黒い瞳の無口な男。


「おはようございます!」


見習い達は椅子から立ち上がり挨拶をする。


「おざぁーっす、、。」


ノーアも気のない挨拶をする。




「、、、準備をしろちょっと待て。」


「はいっ!エッ⁉︎」


見習い達は準備に取り掛かろうとしたが、ちょっと待てと聞こえた様な気がした。


取り敢えず隻眼の男フォエナの方を見ると、彼の飴色の瞳が何かを睨みつけている。




、、、鍋だ。


すると隻眼の男は指先をある者に向けた。




「、、わ、私⁉︎」


その指先はノーアに向けられていた。


ノーアは自分で自分を指差し唖然とする。


「、、、準備をしろ。」


(、、な、何のだよ⁉︎、、コイツの言ってる事わかンねーよっ⁉︎)


ノーアは狼狽していた。フォエナの意図が読めない。




、、今、何が起きているんだ、、⁉︎


固唾を飲んで見守る見習い達。







「、、、、くれ。」







「、、ン?」


ノーアは聞き返してしまった。


見習い達も一瞬「エッ⁉︎」となる。








「、、、、、下さい。」


隻眼の男は、鍋を指差しながら、ノーアとは真逆を向き、地底から響く様な低い掠れた声でそう言った。



「あぁー、はぃ。エッ⁉︎、、はい、、。」


ノーアは額に汗を滲ませながら、いそいそと準備をする。


椅子に座りテーブルに着く隻眼の男。


その右手には木で作られた匙が握られた。


その隣に無口な男も座り。腕を組んで目を閉じている。




「ど、どうぞ。」


ことり、と木皿に盛ったシチューを隻眼の男の前に置く。


トントンッ


「ン?」


音の方を見ると、無口な男がテーブルを指で叩いていた。


すると、その指が男自身を指す。


(しゃべれやバァーカ!)


そんな事をノーアは思いながらシチューをよそい、無口な男の前にも、ことり、と置いた。


ノーアのシチューと対峙する隻眼の男と無口な男。


隻眼の男は右手の匙をシチューにネジ込む。


掬われたシチューは、隻眼の男の口へと運ばれていく。


口に含まれたシチューは、彼の舌と出会い、可能な限りの素材の味を届ける。


2口、3口と、匙は働く事をやめる事なく木皿と口を往復する。


無口な男も同様だ。




木皿からシチューが姿を消す頃、隻眼の男はノーアとは真逆の方を向いた。


ノーアの頬に汗が伝う。





「、、、、わりだ。」


「は?」


隻眼の男が呟いた言葉をよく聞き取れなかったノーアは、聞き返してしまった。






「、、、おかわりを下さい。」


「はい、エッ⁉︎ うーンと、エッ⁉︎」


ノーアは狼狽し続けている。


「、、!!」


追い討ちをかける様に現実がノーアに鞭を打つ。鍋が大きな口をあけて真実を伝えてくる。


「、、せン。」


「、、、?」


隻眼の男はノーアを睨みつけた。




「もう、ありませン、、。さっきのが、、最後です、、。」


ノーアは辛かったが、真実を伝えるしかなかった。




ガタンッ!


勢いよく音を立てて立ち上がった隻眼の男は、ノーアとは真逆を向き、少し上を向いていた。


肩が少し震えている様にも見えた。


同時に倒れた椅子は悲鳴を上げた。





(泣いて、、るのか⁉︎)


ノーアはフォエナの行動を訝しんだ。


無口な男は腕で顔を隠して震えている。


(コ、コイツは笑ってやがる⁉︎)


ノーアはイラッとした。


(人が冷や汗流して頑張ってンのに!何なンだよバカ野朗共が!)



すると、隻眼の男は地底から響く様な低い掠れた声で言った。






「、、、準備をしろ。」


(絶対怒ってますやん、、。)  


それはもう怒りを含んだ地底から響く様な低い掠れた声で言うんだもん。


見習い達は、今日の訓練が厳しくなる事を一瞬で理解した。



道具を取りに行った見習い達。


ノーアも片付けを始めると、隻眼の男と無口な男が近づいて来た。


(チッ、まだ何かあンのかよ、、?)


何スか?と言おうとした矢先だった。





「、、、、美味かった。いつもありがとう。エイ、、、ノーア。」


そう言うと、フォエナは丸太の方へ歩いて行った。


無口な男オスクロはにこりと笑顔を見せ、ノーアの頭をポンポンと触り、彼も丸太に向かう。その途中、オスクロはフォエナの肩をポンポンと叩いた。


「罪を一緒に背負ってくれた」親友の肩を。




『いつもありがとう。』


(あの人達、ちゃンと見ててくれてたンだ。)


2ヶ月以上、ノーアは見習い達の為に、イグナの為にほぼ毎日朝食を作っていた。時間があれば、模造刀や砂袋服を綺麗にし、仮宿舎の掃除もした。


自分がそう言うのが好きなのもあった。


母親を早くに亡くし、家事を小さな頃からこなしてきた。家は父子家庭で、親父は優しいが、家事をやるのは当たり前だった。当然だった。


別に感謝されたくてやってたんじゃない。それでも、、。




それでも嬉しかった。




『いつもありがとう。』


この言葉を、ずっと待ってた様な気もした。


ノーアの榛摺色の瞳が揺らぎ出し、大粒の嬉しさが溢れた。止まらなかった。


何故だか、嫌いなアイツの言葉に全てが報われた気がした。


この日、一際小柄な彼女の心は、一際大きな空の様に晴れ渡った。






「その日」まで、あと13日。


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