Recollection-16 「輪」



ザッ ザッ ザッ ザッ


ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ、、、


イェットは今でもディギトゥス・ミニムス山の麓を走っていた。


ドルチスに騙された、と言うか、間違えられたせいで皆より多く走る事になったが、どうやらそれが奏功した部分もある。




シーヤ達が教室を訪れてから、7日が過ぎていた。


イェットは、あの日に起きた2つの出来事を思い出しながら走り続ける。






…7日前


いつもあまり他人に干渉せず、目立つ出立ながら存在感のなかった彼。


すらりとした背格好で美しい金髪をなびかせた、み空色の瞳の少年シン・テナ。


彼に突然、シーヤ、いや、王女様に対しての振る舞いを指摘されたのだ。


「、、んだよいきなり、ってか、誰だよお前ぇ?」


イェットが何とか場を取り繕おうとしたが、イグナは楽しい時間に水を差された気分で突っ掛かる。


「今言った通りダ。この方はこの国の王女様デ、俺も含め対等に会話をしていい立場ではなイ。、、慎めヨ。」


シーヤが会話に割って話そうとすると、み空色の瞳は彼女を睨んだ。


「あなたもあなたダ。王女様なラ、こんな所に姿を出さなくていいと思いますガ?」


ここまで、先生隊長は敢えて口を出さない。




シンの言う事には一理ある。それは分かっていた。


しかし、正論を突きつけられると、つい反論してしまうのが人間のサガだ。


「おい金髪野郎、俺の事はいい。百歩譲ってなぁ。だがテメェも偉そうに王女様に意見してんじゃねぇよ!」


椅子に座っていたイグナが立ち上がる。


「、、お前、何に怒ってるんダ?もしかしテ、自分達だけが特別だとでも思っているのカ?頭の中まで筋肉なのカ?」


シンはイグナに対し、言ってはいけない一言を吐いた。



バチィッ!


「、、、!ッ」


イグナの右拳がシンの左顎を捉えた。


シンは倒れなかった。首は強制的に右側に向かされたが、み空色の瞳はイグナを見据えている。


ドムッ!


「、、、!ッぐ、、!」


次の瞬間、シンが低い体勢から腰を回転させ右拳をイグナの左脇腹に付き刺した。


2人は同時にガクンと片膝を地につける。




「はい!そこまでだよ、シンにイグナ。」


先生隊長は穏やかに、決して声を荒げず2人の仲介に入る。


「だ、大丈夫かよお前⁉︎」


ノーアがイグナに歩み寄り腰を下ろし背中に手を当てて心配そうに見つめる。


「、、ど、どうって事はねぇ、、。油断してただけだ。」


イグナは本気で殴ってはいなかった。ただ、倒す勢いでは殴ったつもりだった。だが、シンは倒れなかった。尚且つ反撃まで、、。


(コイツ、、強い、、。)


イグナはそう直感した。



マリーアンナはシンに近付き、手拭いで彼の口元を拭いた。


殴られた衝撃で頬の内側が歯に当たり口内を切っていた為、口角から血が一筋流れたからだ。


「だ、大丈夫ですか?」


彼女はイグナに殴られたシンが心配だった。何度かイグナが喧嘩して、相手を打ち負かすのを見た事があったからだ。


「、、、、。」


シンは何も言わず目を伏せた。



先生隊長は2人をたしなめる。


「イグナ、なんでも暴力で解決するのは良くないよ。次からは冷静に、相手が何を言いたいのか話し合えるといいね。場を和ませるのが上手な君なら出来る筈だ。」


「、、、はい。」


イグナは少し冷静さを取り戻しつつあった。


「シンも、伝えたい事を伝える場所や時間を考えられたらよかったね。一言多かったのが相手を怒らせた原因だったけど、言いたい事は分かるからね。」


「、、、はイ。」


シンも素直に返事をした。


先生隊長の叱り方が上手かったのもあった。


逆だとまずいのだ。


もし、「言いたい事は分かるけど、一言多かった。」と言われていたら、シンは納得出来なかっただろう。責められている様に感じるからだ。


先生隊長は最後に「言いたい事は分かる。」と伝える事で、文脈の印象を変え、シンを気持ちを汲んだのだ。


先生隊長は、彼等が内に抱える焦燥や葛藤を簡単に解決出来ない、難しい事は重々承知していた。まだ14〜5歳の年端もいかない少年達相手ならば尚更だ。


敢えてアトレイタスは彼等に己で問題提起させ、己で解決する様、「考える力」を養いたかった。なのでギリギリまでお互いに「攻めさせた」のである。


先生とは先に生まれたから先生なのではない。


誰よりもして学び経験し、それを誰かの為に事が出来る者が先生なのだ。



「さ! 1発ずつ殴れたから気は済みましたよね?今日の所はお互い謝罪しよう。王女様もいるし、ね。」


これを言われては喧嘩した当人達はぐうの根も出ない、、。


「わ、悪かったなシン、いきなり殴ったりして、、。」


「俺の方こそ済まなイ。言い過ぎたのは俺ダ、。」



この状況を見ていた12歳の少女であり王女様でもあるシーヤは少し責任を感じていた。


(私がアトレイタスにワガママ言って来たせいかな、、。)


その時、イェットが近づいてきてシーヤに伝える。


「シーヤ、今日は君が来てくれたお陰でシンと話すいい機会になったよ。彼、ずっと1人で行動してたからさ。」


「、、私、来てよかったのかな?」


「勿論だよ! 僕はまたあい、、、来て欲しい。」


「本当に⁉︎ 嬉しい、、また来るよ絶対!」


「うん、絶対!」


イェットはシーヤの肩にポンと手を置いた。



(こんなにか弱い、細い身体だったのか⁉︎)


イェットはその時本当にシーヤが普通の女の子である事を痛感した。


そして、凄く単純な、率直な疑問が湧いた。


シーヤは王女様だけど、本当に普通の女の子だ。コルメウムの伝説と言われている四神が彼女を護衛するって事は、命を狙われていたりするのか?


四神と共に城に帰るシーヤの後ろ姿を見ながら、イェットは何とも言えない不安に駆られた。


その謎も、その日より20日後に少しずつ姿を現し始める。



一騒動あった今日の学習も終わり、皆それぞれの用事の為帰宅準備をする者、訓練に行く者、仕事の手伝いに行く者それぞれだ。


その中に、帰宅しようとするシンの姿があった。


「シン!」


イェットは思わず駆け寄った。


今日の事は自分もはしゃいでいたのが気になったからだ。


「、、何か用カ?」

シンは相変わらず冷たい表情だ。


「いやあの、イグナの突きを喰らって倒れなかった奴見たの初めてだからさ、、。凄いよ。」


イェットは何も考えずに行動してしまったので、つい思いついた事を口走った。


「!、、イグナ、手加減してたヨ。動きで分かル。だから俺も手加減はしたつもりだヨ。」


「あの右の腹打ち、いい角度で入ったよね。イグナが喧嘩で片膝ついたの初めて見たよ。強いんだね。僕には出来ないし格好いいよ。」


シンは正直意外だった。


(いつもイグナの腰巾着デ、ノーアやマリーアンナと馴れ合っているだけノ、見た目が目立つ奴。俺とは違うけド、目立つ奴、、。そんな風に思ってタ、、勝手ニ、、。)


「、、鉤突きって言うんダ。」


「かぎづき?」


「おおーい!イェットォ!先生隊長とフォエナさんがお前に用があるってよ!」


「あ!今行く! シン、また明日詳しく教えてよ。じゃあ、またね!」


イェットは焦りながら彼等の元へ走っていった。


(、、俺はなんであんな事ヲ、、。)


シンは今日、何故苛立ち熱くなったのか自分で分かっていた。


しかし、心の奥底にあるその「思い」を吐露するには、余りに彼等とはまだ距離があり過ぎた。


(、、俺ハ、、。)


その時だった。


「おい!シン!」


イグナの声だ。


「次は負けないぜ!身体ぁ鍛えて待ってろよ!じゃ、明日な!」


シンは唖然とした。


(次は負けなイ? 勝負はついていない筈ジャ?、、、!)


シンは気付いた。


(イグナはこんな俺に歩み寄ってくれテ、また話す機会を作っタ、、のカ?)


あの言葉、、。


「じゃあ、またね!」

「じゃ、明日な!」


あぁ、そうカ。

俺、彼等みたいニ、、。


金髪のみ空色の瞳の少年は、自分が幼稚だった事に気付いた。




イェットが先生隊長とフォエナの所に着くと、翡翠色の髪に飴色の瞳で隻眼の男がイグナに言った。


「、、、お前は先に行け。指導はオスクロに任せてある。」


「は、はいっ!」


イグナは駆け足でディギトゥス・ミニムス山の仮宿舎へ向かう。


フォエナがアトレイタスに告げる。


「、、、コイツ、『纏霞まといかすみ』の基礎、技術の要である『刻削ときそぎ』が出来てます。」


「! 本当か⁉︎ 、、、流石『幽霊ゴースト』の、、。イェット、今日は場所を変えよう。話さなければいけない日が来たね、私が望もうが望むまいが、やはり来てしまうんだね、、。」


先生隊長がいつになく真面目な顔で僕に言った。



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