Recollection-5 「不可視の戦い」
普段なら心地よいと思える木々や草むらが奏でる音も、緊迫感の中では恐怖心を煽る。
シーヤを護る為、あの6年前の「遭遇」の時と同じく彼等はシーヤの前後左右に2m間隔で展開していた。
彼女は少し不安げな表情で、胸の前で両手を交差させている。己を落ち着かせているのかもしれない。
サアァァァァァ、、、
サアァァァァザッサアァァァ、、、
イェットとイグナには分からない「何か」を4人の大男は感じ取り、対岸の高場の同じ場所を睨みつけている様に思える。
その兜の上からでは表情は分からない。しかし、彼等は前傾になり構えて、いつでも動ける様に取った体勢から伝わるのだ。
先程の僕等が体験したそれとは違う『何か』が、今確実に起きている、、!
「な、何が、、
イグナが声を発した瞬間、彼の目の前に大きな手が影を作る。
押し黙るイグナに対し、サイが、僅かに聞き取れる声量で言う。
「(相手の目的にもよるが、その声色という情報を与えると、命を狙われる危険があるのだ。今は静かに、な。)」
優しさを孕みつつも、その静かな迫力に、イグナは只頷くしかなかった。
コンッココン チッ コッ、、
⁉︎
イェットとイグナは聴き慣れない音を耳にする。
音の方を見ると、ユウが人差し指の先と中指の第二関節を使い、兜を突いて音を立てていた。
これは四神護衛隊の4人のみが使える「
ユウが発していたその音が終わると、他の3人は兜をコンッと中指の第二関節で叩いた。
「誰かは知らないが、お前達の存在は我々に知れているぞ!馬鹿ではないお前達ならば我々がコルメウムの四神であると理解しておろう!出てきたらどうだ?」
ユウが叫んだ。
これはユウ達、四神の戦術である。敢えてお前達と表現し、最初から複数人いる事を想定しているのだ。相手が一人なら只の勘違いになり、複数人ならば相手は何故分かったのかと動揺させられる。どちらに転んでも有利になる。
尚且つ、馬鹿ではないお前達という布石を打ち、相手に対し行動を制限させたのだ。
盗賊などの馬鹿であれば四神を侮り嘗めてかかる為、虚勢をはり大声を出す事が多い。動物と同じで弱い者程吠えるのだ。そんな輩が遠距離攻撃でも姿を現して攻撃してきても素手で打ち勝てる自信がある。
馬鹿でなければ、コルメウムの四神の伝説を知る筈で、相手は無様に負けて誇りを傷付けぬ様、攻撃せず姿を表すか身を隠すしかない。
状況的不利を「口撃」により心理的に先制した。
サアァァァァァァァ、、、
サアァザッ ザッ サアァァァァ、、
動いた。
どうやら後者の様だ。
フード付きのマントに身を包んだ人間が一人、対岸の高場から現れた。男だと分かる出で立ちだ。
顔も目元以外は隠されている。表情はお互い読めない。
ユウが問う。
「よく出てきた勇気ある者よ!して、どの様な要件か?我々に問いたい事があるのだろう?」
シーヤを護る為に、質問を続け可能な限り戦闘を避けつつ情報を得る。相手が何者で目的がまだ分からぬからだ。
ユウ以外は黙っていた。下手に動いて相手を刺激しない為だ。
また、イグナを制した理由同様声色を憶えられて街中等で後をつけられ、一人になった所を狙われる恐れがあるからだ。
どうやらそれらの兵法を心得ているのか、相手もあまり動かない。
、、、時間だけが平等に進む。
「エトナノヒホウとは如何なるものか?」
突然声が上がった。
!!!!
四神は一瞬動揺した。
この一瞬の動揺が答えに等しかった。
相手はわざと時間をかけていたのだ。
人間とは沈黙の後に質問をされると考え込むため、答えを返すのに時間が掛かる。
何故なら普段の会話ならばある程度流れから内容の先が読めてくるからだ。しかし沈黙の後では流れもなく、尚且つ極限の緊張下では出せないものがある。
そう、それは『言えない真実の誤魔化し』だ。
話の流れがあれば、その質問をされる予兆からはぐらかす答えも言える事が多い。
しかし、流れなく言えない真実を質問された時、その状況下では人間は黙り込んでしまい誤魔化す言葉を見失うのだ。
「、、その沈黙、確しかと答えと受け取るよ。」
男は7人から目を逸らさずに後ろに下がり、視界から消えていった。
「、、これは一勝一敗というところでは?」
構えを解いたゴウが言葉を発した。
うんうんとユウは頷いていた。
「相当の手練れだ。こちらが得られた情報は少なく、相手に与えてしまった情報は多い。勝負で言えば負けだ、な?」
サイは相手の力量を見るのに長けている。
「エトナノヒホウを狙う輩か、、。本当に参るのう、、。」
ゼンのこの言葉でイェットとイグナは我に返る。
(エトナの、、秘宝?あの男の目的がそれだとして、何があるんだ?)
イェットはそんな思いと同時に、何も出来なかった自分に歯痒さを覚えていた。イグナも同様だった。
(な、何も、、出来なかった、、、動く事さえ、、、)
(お、俺ァこんなにも無力なのか、、、。)
少年達は、少女と同じく四神に『護られて』いたのだ。
そんな事はないのに女の子の前で醜態を晒した気分で、少年達は自分に苛立ちを感じ、その両拳は強く握られ項垂うなだれた。
(、、、畜生っ!)
少年達は、強くなりたいと臓腑の底から思った。
そして、早く大人になりたいと。
そんな自分達の事で手一杯の彼等は、シーヤの不安げな表情を見落としていた。彼女は胸の前で、ぎゅっと力強く不安を掻き消す様に自分の左手を右手で握った。
彼女は、
忘れたい、
辿り着きたくない
『約束の時』に呼ばれている気がしていた。
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