第1605堀:こっちもやりたくなる

こっちもやりたくなる



Side:クリーナ



私は珍しくアグウストの領事館にいる。

いや来ることなら結構あるというか、ここ最近はよくきているけど、珍しいのは……。


「つまり、ユキ殿は順調に港町を作っているというわけか」

「ま、婿殿の能力を考えれば作るだけなら問題はないじゃろうな」


この2人、アグウスト王国のお姫様であるイニス姫。

そして、私の育て親であり魔術の師匠でもあるファイゲルじじい。

普段は自国で仕事をしているんだけど、時たまこっちに来て近況を聞いてくる。


「人の集まりを多少心配していたが、無用だったな」

「ま、どこも考えることは同じでしょうからな」


2人はこの間の休みにユキたちが私たちを置いてフィーリアたちと食事に行ったときの話を聞いて頷いている。

内容は港町に人が集まるかって話。

私もそこは心配だったけど、話を聞いて納得。

安全が確保できるなら、人はウィードで十分に集まると私も思った。

とはいえ……。


「……集まらない時はユキから連絡が来ると思うから、その時はよろしく」


そう、集まらない可能性はゼロではない。

だから、こういうことは一応言っておく。


「うむ。その時は安心して任せるがいい。妹の頼みでもあるからな」

「その通りじゃ。婿殿の頼み。そして何より、ウィードの頼みを国が断ることなぞなかろう」


そう言って私の要望をあっさりと受け入れてくれる。

ま、これぐらいは当然。

それだけ、ウィードにアグウストは迷惑をかけているのだから。

ちなみにイニス姫が私を妹というのは、対外的には私はアグウスト王の養子になったから。

とはいえ……。


「報告を聞くのはいいけど、ご飯を食べながらというのはいかがなものかと思う」


そう、この2人。

なぜかカレーを食べながら私の報告を聞いている。

おかげで、カレーが書類に飛び散らないか気になってしまう。

もう一度印刷しなおすのも時間をかける分面倒でしかない。

だからやめて欲しいんだけど……。


「すまないな。港町の件で把握したいことがあって急遽来て、昼がまだなのだ」

「そうそう。それでズラブルの皇帝が好きだというカレーを食べるのはいかがかと提案したわけじゃ」

「つまり、じじいのせいか」

「そう邪険にしてやるな。と、私もいえる立場ではないか……」

「うん。イニス姉さまも、私を利用しようとしたのは事実。おかげで子供を産む前に死ぬところだった」


そう、この2人はアグウスト王国に忠誠を誓っているから、国益になるために私を利用している。

それがユキの負担となるのが分かっていたので、私は嫌だったが最終的にはユキが納得し、私をそこまで利用させないということでまとまった。


「あ、そうだ。プロールはなぜいない?」

「そうじゃな。ワシらに顔を見せてほしいモノじゃ」


なぜか、仕事の中で娘の話になった。


「……普通に仕事中に連れてこない。何よりまだ乳飲み子。こんなところまで連れてこない」


首が座ってようやく落ち着いてきたところ。

最近まで、子育てのおかげでユキの側にいられなかったというのもある。

ようやく、こうして仕事に出てこれたがこれだ。

外交関連の仕事が溜まりに溜まって、オレリアたちやプロフがもっぱらユキの補佐と護衛をしている始末。

いや、まあユキの仕事が減っているのは事実だしありがたいのだけれど。

と、そこはいいとして、子供はまだ外に連れ出すような状態ではないのだ。

病院とかならともかく、仕事場に子供を連れてくるような真似はしない。


「そういうモノなのか?」

「ふむ。乳飲み子は育てた覚えはないですからな」


このおバカ二人は赤ちゃんを育てた記憶はないようだ。

確かじじいも私を引き取ったのは3歳ぐらいだっけ?


「はぁ、赤ちゃん、乳飲み子って言われる年頃の子供は約3時間おきにミルクを上げないといけないの。そして泣くのが仕事。訪問客も多々いるのにわざわざ連れてこない。ちゃんと対応してくれる家にいるのが当然」

「なるほどな。大変だな。夜も関係ないのか?」

「ない。赤ちゃんは体相応に胃袋が小さい。だから、一回の飲める量が少ない。生まれたばかりとかはさらに短くて約一時間置きというのもあるぐらい」

「ほぉ、よく知っているのう」

「イニス姉さんはともかく、じじいは私を育てたはず。知らないのはおかしくない?」

「いや、流石にそこまで小さくはなかったし、ほらお手伝いがおったじゃろう?」

「ああ、あのおばさん?」

「料理とかは彼女が用意してくれたからのう」


メイドさんというかお手伝いのおばさんが私たちの面倒を見ていたのか。

よくよく考えればじじいも上級の貴族だからそこは当然か。


「ま、この知識も医学の発展のおかげ。これは各国に伝えている。だから、近年は出生した子供たちの生存率はグンと上がっている」


そう、そういうことを知らない人たちは子供が泣くのをわがままというおバカも少なからずいる。

あとは体が動かないように布で固めるとか、そういう無茶も。

知ってからそういう慣習があると聞いて、絶句したぐらいだ。

つまり、自分の子供を自分で殺しているのと変わらない。

無知は罪なのだとはっきり理解した。


「なるほどな。確かに最近は出生率と生存率が上がっているとは聞いていたが、具体的なことを聞いたのは初めてだ。やはり、こういう所でもウィードの影響は凄いな」

「そうですな。細部に至るまで知識というのは生かされるということでしょう」

「別に細部というわけじゃない。医学は人の生存に直結する。それを知らないというのは2人はダメダメ」

「あはは。まあ、その通りだが、専門家でなくてもいい。こうしてアグウストでの数字は良くなっているのだからな」

「その通りです。私たちは指示をだし国をよくするのが使命ですからな。もちろん、有事の際には戦えるという立場でもありますが」


むう、この2人が言っているのは事実だ。

上に立つ者が全てをこなす必要はない。

実際無理な話だから。

だから出来る人に任せる。


そう言う意味では、ユキはその極地。

出来る人にそれを任せて、その下地を整えている。

研究環境とか資金とか。


「と、話が逸れたな。それで港町の話だ」

「そうでしたな」

「いや、2人がプロールのことを話したから」

「うむ。プロールがいない理由はわかった。サマンサ殿やほかの子供たちにも顔を合わせたいからあとで家に向かう。あと風呂」

「いいですな。あの家のお風呂は気持ちいいですからな」

「……」


この2人を蹴りだしたい気持ちを抑える。

意外とあの家は人の出入りが多い。

家族以外にも、ローエルが来たり、シェーラが来たり、ショーウやユーピアが来たりと。

まあ、他のメンバーはちゃんと礼儀を守っているからいいが……。

いや、この2人もそこらへんはちゃんと守るだろうが、なぜだか身内だからなのか嫌な気持ちが出てくる。


「さて、話を戻すが、港町というか、魔物に関してだ」

「魔物?」

「ああ、調査を当然しているのだろう?」

「それはもちろん。既に冒険者ギルドと一緒に検分も終えた。それは資料を送ったはず」


ついでに美味しくいただいた。


「うむ。それは確認した。そして、その強さに驚いた。ゴブリンだと話にならず、オークでも数が居なければ無理だとな」

「それは当然。海中の魔物に陸上の魔物が海中で対等に戦うのであれば、余程の力差が必要になる。そして逆もまたしかり海中の魔物が陸上で陸地で戦うのも同じ」

「ま、魚が陸上で戦うなぞ無理じゃな。しかし、それを考えているわけではない。わしたちは海上でその手合いの魔物と出会った場合の対応が知りたいというわけじゃ」

「……どういうこと? 今の話だと海に出るという話に聞こえる?」


海上で魔物に出くわすということは、海に出ているということ。

誰でもわかるが、アグウストは内陸の国で、海に面してはいない。

傘下の国はあるが……。


「今回、ウィードが港町を作るという話を聞いて、我が国も沿岸を確保しようという話がでたのだ」

「幸い、イフ大陸は魔物が弱い。しかも強力な魔物についてはランサー魔術学院がある大森林に限られているじゃろ? それを考えると財源としてというわけじゃ」

「なるほど。それで、海にもいるであろう魔物の対処を考えていると」


理解できた。

ウィードが港町を作るのであれば、そのノウハウができる。

ユキは最終的に、海を征く船を作り、航路でもロガリやイフ、ハイデン、ズラブルを繋ぐだろう。

それを考えれば港をつくるというのは間違いではないし、できれば海産物がさらに手に入ることになり、それは食料や資源になり、ウィードを介して売ることにより資金にもなるのだから当然と言えば当然だが……。


「早急にすぎる気がする。いまだにウィードはロガリのごく一部の海に出ただけ。イフ大陸に赴くのは当分先」


そう、今からアグウストが港町づくりに手を出したとしても、ウィードが航路でイフ大陸に来るのはまだまだ先。

海の脅威も詳しくわかってはいないし、危険を冒す必要性があるのだろうかという話だ。

イフ大陸の海がロガリの海と同じとも限らない……というか絶対に違う。

大きな被害が出かねないと思う。

それが分からない国だとは思わないが……。


「そこは理解している。だからこそという意味もあるのだがな」

「どういうこと?」

「ウィードの港ができてから情報を提供してもらおうというのは、安全策としては当然じゃが、それだと先んじることは出来ないんじゃよ」

「……そういうこと。自分たちも海へ恐れず出たという名誉が欲しいわけ?」


あまりにもくだらない話に目が細くなるが……。


「ふむ。クリーナにとってはそう映るだろうが、それはユキ殿がいればこそだろう。わからないことには踏み出すしかない。違うか?」

「……それは、その通り」


私たちがそういう研究を安心してできるのはユキという安全を確保してくる人がいるから。

でも、ユキにもわからないことはある。

そういうのは最大限安全に配慮してやるしかできない。


「ま、名誉が欲しいというのも間違いではないがのう。海への需要が高まっているのも事実じゃ。そしてイフ大陸はほかの大陸に比べて魔物の活動が少ない。そういうことも踏まえて、イフ大陸は先んじて港の建設に乗り出せるのではないかとな」

「……確かにその事実は間違っていない。魔物が弱いというのもドレッサの国ナッサでも確認ができている」


あ、今はエクス王国ナッサ領だった。


「うむ。私たちの傘下の国もそこまで問題はでていないという情報がある。そういう意味でもできるのではないかということだ」

「もちろん、海は広いからのう。強力な魔物が出てきたときの対処について聞きたいというわけじゃ。というか、用意して実戦というべきか」

「兵の訓練をさせたいと?」

「ああ、流石に何も知らないというのはあれだしな。魔物の勉強をさせたいわけだ」

「無論、ただというわけではない。イフ大陸の海洋調査のデータは提出するし、港ができれば利用料も減じるとな」

「……話は分かった。でも、ちゃんと書類は用意して。正式な話にまとめないとダメ」

「そこは当然だな。用意はしてある」


何と準備のいい。

私から渡してもらうために、ここまで話をしたのか。

はぁ、やっぱりまだまだ政治に関しては私も未熟だ。


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