落とし穴外伝:2023年末スペシャル 安全な冬を
2023年末スペシャル 安全な冬を
Side:ユキ
気が付けば世の中は年末。
ウィードは既に日本というか地球の文化に対応しているので、騒がしくなっている。
毎年思うが、随分豊かになったと実感する。
何が豊かになったかというと……。
「今年の冬は我慢しなくていいの?」
「おう、腹いっぱい食べろ。そして温かく過ごすんだぞ」
「うん」
そういって、俺は目の前にいる男の子の頭をなでる。
その顔は笑顔だ。
ただ飯と温かい服、部屋があるだけでな。
日本で何不自由なく過ごしている人たちは、何を不思議なことをと思うかもしれないが、こっちの世界では冬というのは死が訪れる季節だ。
まあ、常夏の地域でもない限り、冬が訪れる地域は地球であってもつい近年まで、食料が少なくなり寒さに震える冬というのは、とても生き辛い季節なのだ。
昨今の年末年始の騒ぎもかなり近年になってからだ。
具体的にいうなれば大正、そして明治になってから。
理由は機関車という移動手段が確立されたからだ。
そうでもないと雪の降りしきる中、立往生をして死ぬことになる。
なので、それ以前は神社や寺がある方向へ向かって拝むのがやっとで、食べ物に関しても駅などの流通がしっかりしてないので、ないところはとことんなく、厳しい季節ということで贅沢なモノを食べるというのは無かった。
生きることに精一杯だったというわけだ。
そして、それはこのアロウリトの世界も同じ。
いや、それ以上に厳しい。
何せ魔物がいるんだから。
冬の食べ物を求め広範囲を探索することになれば、そのぶん魔物との遭遇率が上がり、そして寒さによる凍死の可能性も出てくる。
その恐怖がこのウィードには存在していないのだ。
毎年俺はこうして、学校に顔を出しているのだが、新しく入ってきた子供たちは他所から来た子供たちで、ヴィリアやヒイロのようにスラムで生きてきた子たちがほとんどで、毎日食べる物だけでも精一杯、冬なんてのは本当に文字通り死と隣り合わせで生きてきた子たちだ。
だから今の状況を見て、こうして信じられないって気持ちになって聞いてくるわけだ。
「ほら、こっちにこいよ。あっちに校長先生のお土産があるんだぞ。なあ先生」
「ああ。お腹を壊さない程度に、虫歯にならない程度に、好きにもってけ」
「うん!」
そして豊かになったというのは、この状況を当然と知り、導いてくれる子供たちがいるということだ。
ウィードはそんな心配をしなくてもいいってな。
と、そんなことをしていると、プロフがオレリア、ホービス、ヤユイを率いて戻ってくる。
「ユキ様。お菓子やお餅、そして年末のお雑煮の材料の搬入終わりました」
「各学年への配布も終わりました」
「みんな笑顔でしたよ~」
「はい。ユキ様にありがとうって」
「そりゃよかった。こっちも終わったばかりだ。なあ、リュシ?」
「あ、はい。今片付けしてます」
俺の横ではリュシがお菓子が無くなった段ボールを片付けている。
だが、その様子はちょっとおかしい。
それは、ほかのメンバーもわかったようで首をかしげていると……。
「リュシ。あなたはこういうことは初めてですか?」
「あ、はい。学校でのことは初めてです」
プロフは的確に何が問題か読み取ったようで質問をすると、素直に認めるリュシ。
「そういえば、俺のところに来たのは最近だったもんな」
言われて思い出した。
リュシが病院から俺のところに配属替えがあったのは、スウルスの一件があってからだ。
実にその期間せいぜい4か月ないぐらい。
濃密すぎて……。
「もうリュシが入ってきて数年って気がするわね~」
「そうですね。なんかずっと一緒な気がします」
ホービスとヤユイの言葉に頷くしかない。
リュシは短期間に濃い体験をしているんだなーと実感。
「リュシ、学校ではというと他にあったのですか?」
そう思っていると、オレリアがどこでこういう経験をしたのか聞いてくる。
そういえば、そうだ。
リュシがこんな奉仕活動みたいなことをするっていうと……。
「はい、病院でも年末年始とかお祝い時には特別な食事とかプレゼントはしていました。というか職員にも。まさか、この人数で学校にとは思ってなくて」
なるほど。
ルルアとエルジュが運営している病院では、そういう祝い事の時にはささやかではあるが、そういうことはしている。
ま、病院はよほどのけが人や病人でもない限り入院とはならないから総数は少ないんだよな。
むしろそういう祝い日にも出勤している人たちを労うためっていうのが多いしそっちがメインかもな。
それに比べると学校は圧倒的だ。
何せ、学校に通っている子供たち、そして職員たちも対象で総数は400はいる。
「ま、別に全員配っているわけじゃない。各クラスの先生たちに任せているし、物資に関してはアイテムボックスに入れて持ってくるだけだからな」
「ユキ様は毎年こんな、あいえ、大変なことを?」
「大変とは思っていないけどな。毎年やっているな。最近は忙しくて、祝い事の時ぐらいしか顔をだしてないからな。酷い校長もあったもんだ」
俺はそういって苦笑いをする。
俺の知っている校長先生は毎日学校にいて、生徒や先生たちと触れ合ってサポートをするという認識だ。
もちろんそれだけじゃないけど、学校にいないのに校長とか馬鹿だろとしか言えない。
「いえ、立派だと思います。でも、普通の状態でも学校は問題なく運営していると聞いていますけど、こういう時期になぜ追加で? しかも自費なんですか? 寄付などは別でもやっていますよね? 冬なのに蓄えないのがどうも不思議で……」
リュシはもっともな質問をしてくる。
それはこの世界の冬の厳しさを知っているからだ。
さて、どう答えたもんかと思っていると……。
「リュシ。それは蓄える必要がないからです」
「え?」
「そうです。今まで見てきたのではありませんか? このウィードでは食べる物、そして住む場所、衣類に困ることはないと」
「そうそう~。ほかならいざ知らず、ここはウィードなのよ~。明日の心配なんてしなくていいの~」
「あ、もちろん働かずに怠けている人とかは別ですよ。でも、特に子供たちにはそんな不安はさせたくない。笑顔でいてほしい。それだけなんです。ね、ユキ様」
そうヤユイが笑顔で見てきて、いやー俺はそこまで高尚なことは……考えているか?
ただ単に明日におびえなくていいってことはあってるしな。
「食料の蓄えはあるしな。子供たちだって今年も頑張っていたんだ。これぐらいはってやつだ。別に減るものっていうと、俺の財布と労働時間ぐらいだ」
俺はそう答えるとリュシはきょとんとした顔をした後に、笑顔になって……。
「あはは、そうですね。ここはウィードでした。そして、ユキ様はそういう人でした。死にかけていた、ただの肉塊だった私を治すぐらいのお人でしたし、これぐらいはやりますよね」
「いやー、リュシは自分のことをそういうのは強くなったと喜ぶべきかちょっとわからないが、ちょっと時間と財布を使うだけで笑顔になる人が多いならそれでいいだろう。俺の人気稼ぎにもちょうどいい。ほら、リュシを助けた時も人気になっただろう?」
そう、これは俺の人気稼ぎのためでもある。
いきなり重い話をぶっこんで来たので、そっちにもっていかないと子供たちがきついだろう。
なのに……。
「「「はぁ……」」」
プロフたちは全員ため息をはき、傍から見ていた子供たちや先生も苦笑いをしている。
「えーと、校長先生さ~」
「どうした?」
「そういう、嘘、全然にあってないぞ」
「そうか?」
「リュシ姉ちゃんを助けたってことは聞いたけどさ~。人気稼ぎはないわ~」
その子供の言葉に全員が頷く。
「はぁ、子供に諭されていては何も言いようがありませんね。まあ、皆さん。ユキ様はそういうおバカな噂を流してはいますので、できれば協力お願いします」
「「「はーい」」」
なんか、こういう時だけ連帯感あるよな。
「あと、リュシ。子供たちの前で自分が乗り越えたとはいえ、ショッキングな話をしない。ユキ様が無理な返しをして、子供たちや先生が苦笑いをしているではないですか」
「あはは、ごめんなさい」
リュシも俺の痛々しい返しに、自分の言葉がダメだったことを理解したようでちゃんと謝る。
となれば、俺から言うこともないか。
「よし、俺が滑ったところで、ちゃんと腹いっぱい食べて、温かくして、年末年始を迎えろよ。大人の言うことを聞いて、夜の外出はちゃんと許可をとって買い食いにいくこと。リリシュ司祭やシスターハイレンに許可証なく見つかると尻叩くように頼んでいるからな」
「うげっ。リリシュ姉ちゃんはともかく、ハイレンは加減しないんだよ」
「なら、正々堂々と出ることだな。じゃ、先生、お騒がせしました」
俺はそういうと、担任の先生は笑顔になって。
「ここは学校ですから、校長が出入りして何も問題ありませんよ。また子供たちに顔を見せに来てください。秘書の皆さまも」
「「「はい」」」
ということで、年末の慌ただしい学校を出るのであった。
「さて、次は……」
「次は総合庁舎ですね。セラリア様とユキ様の連名でボーナスとはほかに学校と同じように、お菓子や食品を配る予定です」
そうだったな。
あっちも年末年始でくそ忙しいから、俺たちが多少はって話だ。
いや、むしろ俺たちが顔を出す方が邪魔かもしれないが……。
「よし、気合を入れていこう。まだまだやることはあるぞ!」
仕事をしている大人たちは年末も本当に忙しいんだ!
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