第1571堀:本や書類って目に痛い

本や書類って目に痛い



Side:ユキ



ドレッサがエージルから受け取っていた書類を持ってこっちにやって来た。

その後ろでエージルが大量の本を持ってウィンクしていることからわざと仕向けたというのが分かる。

つまり、それなりに厄介な物だということだ。


「ユキ。いいかしら?」

「ああ、何か見つけたか?」


嫌な予感はしつつも、話しかけられたのなら答えねばならない。

これが普通にドレッサとの仲良しの話なら気にしなくてよかったんだけど、今はそうもいかない。


「これ、おそらくヴィノシアと教会のお金の流れみたいなものだけど」

「なるほど」


俺はそれを受け取って確認してみる。

確かに、文面はリテア教会、リテア聖国とのヴィノシア王国の金銭収支の書類だ。

金額に関しての適否というか、適正なのかは正直俺は判断がつかん。

お布施というか、リテア聖国から教会というか司教やシスターを派遣してもらうための適正額とか知らないしな。

ウィードに関して、リテア聖国が頭を下げて置かせてくださいって言ってたので、そういうのはない。

まあ、ちゃんと多少は協賛金というか、そういう派遣料みたいなのは他国との手前払ってはいるけど、それはウィード価格ってやつだしな。

他国がどれだけの価格でリテア教会を招いているかは知らない。

リテアとしても布教できるだろうし、そこまでお金を取っていないかもしれないとかも予想が出来て、俺にはやっぱり判断がつかないが……。


「これ、ルルアとリリーシュに見せていいと思う?」

「問題だな」


そう、ドレッサが俺にこの書類を持ってきた理由がこれだ。

いや、エージルがドレッサを経由した理由か?

まあ、どちらにしろこの書類がルルアとリリーシュにとって看過できない物だとすれば、ここから厄介事が発生するということになる。

とはいえ、見せないのもそれは問題の先送りにしかならないのも事実。


「はぁ、ドレッサ。これは俺から見せるよ。多少はリテアのお金の流れは把握しておいた方がよさそうだしな」

「私も一緒に話すわ。その手の知識は海軍のトップには必要でしょ」

「確かにそれもそうか」


これからドレッサは海へ出て新天地に行ったりもするだろう。

あるいは、知っている土地の港町に付くかもしれない。

その時にその土地の宗教と仲良くやれれば軋轢、トラブルは起こりにくくなる。

そして仲良くするために必要なのは、お金だ。

いやー、現金なことだとは思うが、お金があれば、ある程度融通は利くのだ。

ないよりもある方がいい。

とはいえ、適正額でなければいけない。

多くても少なくてもトラブルを呼び込む。

それが分かっているからドレッサは知っておきたいと言っているのだ。

で、丸投げしたエージルはそう言うのは勘弁だっていう意思表示だろう。

勿論、知りうる限りは助けてはくれるだろうが、自分自身がエナーリア聖国で色々あったんだろうし、下手にっていうのもあるかもしれない。


『旦那様? それにドレッサ? 何かありましたか?』

『あら~? どうしたのかしら?』


俺がコールをすると即座に出てくれる。

てっきり治療中かと思っていたがそうでもないようだ。

だが、ちゃんと聞いては置く。


「今、大丈夫か?」

『はい。今は休憩中ですから』

『うん。朝の治療は終わったし~。範囲って便利よね~』

『私ががんばったのよ!』


あー、そうか。

ハイレンが頑張ったのか。

セナルが頭を抱えていることから、予定をぶっ飛ばしたのは予想がつく。


「そうか。負担になってないならいいさ。それで、妙なというか、お金関連の書類を見つけたんだが、送っていいか?」

『お金ですか?』

『お金~?』

『なになに~?』


画面の向こう側は興味津々のようだ。

まあ、お金って無視できる内容じゃないからな。


「リテアとヴィノシア間の金銭のやり取りについてだ」


俺がそこまで言うと、3人とも興味津々の顔からスンッと感情が抜け落ちた。

ルルアとリリーシュはともかく、ハイレンまでそうなるとは思わなった。


『分かりました。送ってください』

『あー、そういうのもあるわよねー』

『私は子供たちと遊んでくるわ』

『こら』


全員厄介事という認識のようだ。


「わかっているとは思うけど、そっちの仕事が滞るようなことはないようにな」

『はい。大丈夫です。それで、この話にドレッサがいるのは?』

「私もその手の献金とかの範囲を把握しておいた方がいいのよ。立場的に、分かるでしょ?」

『あー、そうよね~』


納得してもらったところで、俺が持っている収支報告書を写真に撮って送る。

即座にルルアたちに届いたようで、開いて読む。


『これですか……。あー、本部に問い合わせが必要なところですね。詳しい返事は戻ってからでよろしいでしょうか?』

『そうね~。この規模だと、私たちだけじゃ無理ね~。大丈夫、ちゃんとドレッサちゃんも同席させるから~』

「わかった。じゃあ、そっちは頼む。こっちは引き続き書庫の調査を続ける」

「そうね。お願いするわ」


そう言って、すぐに連絡は終わるが……。


「ルルアたち、今頃リテアと連絡を取っているんでしょうね」

「だろうな。まあ、ああいうのは即座にわかるもんじゃないからな。色々気になるだろうが、ドレッサは引き続き書庫の整理を頼む」

「わかったわ」


ドレッサはそう返事をして、自分が作業していた机に戻る。

それを見てから、俺は受け取った収支の書類に再び目を通す。

明らかに個人間でやり取りする額じゃない。

桁が3桁以上も違う。

教会を誘致するとか、治療、回復魔術師を一人呼ぶだけでもそれなりのコストが必要だということだ。

まあ、医者や回復魔術師だけをポンと送り届ければ終わりではないしな。

その周りの護衛などはもちろん、滞在費などもあるだろうし、場所を確保する必要もある。

つまりだ、お金はかけようと思えばどんどんかけられる。

人材、施設、物資などなど。

だからこそ、この桁。

ああ、プラス組織の運営費もいるから、上乗せも必要だ。

ここまでになると、適切な料金なんてのは、需要と供給にも影響するだろうし、本当にわからん。


「……改めて宗教は厄介だな」

「ま、そういうもんじゃ」


俺のつぶやきにいつの間にかやってきたデリーユがそう答えつつ、コーヒーを渡してくる。


「ありがとう。読むか?」

「いらん。その手合いの金銭収支など、参考にならんからな」

「参考にならないか」

「うむ。その国でないと正否がわからぬしな。まあ、明らかに桁違いとなれば別じゃが、普通はそういうのはわからぬように、適当な名目にして分けておるしな」

「だな。そういう偽装はするよな」


そんなわかりやすい不正をするバカはいないだろう。

何のための報告書かって話になるしな。


「とはいえ、こうして俺たちが持っているというのは手札になるのも事実だ」

「そうじゃな。いまルルアやリリーシュに渡したのじゃ。わかる者にはわかるというやつじゃ」


分からないからといって無価値かというとそうでもない。

こうしてルルアやリリーシュと言った関係者に渡すことで、有用な道具になりうる。

だからこそ、こうして調べては破棄せずに持ち帰るという方法を取っているわけだ。


「まあ、今回に限っては宗教も絡んでおるからな。国の規模に対してとか言っても正しい金額が算出しにくい」

「だよなー。明らかに、小国では捻出できないと判断できないからな」

「そういう意味でも、宗教は稼ぎやすいわけじゃな。悪人が潜むにもというわけだ」

「信仰の有無なんてパッと見てわかるもんじゃないからな。そしてその賄賂まがいのモノも本人にとってはリテアのためと言えばそれで終わりだしな」


これが普通の国や企業と違うところだ。

所謂お気持ちというのがあって、適正というのは外部からは本当にわかりにくい。

信仰のための献金なんて、文字通りその人次第だしな。


「うむ。と、その書類はいいとして、正直どうじゃ? ここを調べて3時間は経っておるが、目ぼしいものはあったか?」


どうやら、デリーユが俺の所にやってきたのはこっちの進捗確認のようだ。

まあ、本をずっと取り出して調べるだけの作業だ。

本が好きでも、読めるわけでも興味がある内容でもないのだから、きっと大変だろう。

……どこかに探せば本があるだけで幸せという変態はいるのはいるかもしれないが、俺やここにいるメンバーはそういう人ではない。


「いやー、見つかってないな。それがあれば全員招集しているな」


ということで、素直に何も見つかっていないと返す。


「そうじゃよな」

「まあ、本が増えるのはいいことだ。そこは間違いない」

「確かにのう、子供たちに読ませるにはよさそうな物語ぐらいはあったな」

「物語ね。そういえば、ここら辺の物語って何なんだろうな。ウィード周りは、ロシュール圏だからロシュールの騎士の話とか、リテア、そしてガルツ系だったけど、小国は小国で物語があるのか?」


大国であるセラリアの母国ロシュールには多くの物語があった。

先ほど言った騎士の物語だったり、隣国ガルツやリテアの物語。

その他冒険者の冒険譚とか、まあ色々だ。

だから、ヒンスアやヴィノシアにもその手の物語があっても不思議ではない。

こういうのは国を盛り上げるためというのもあるから、でっちあげでもいいからその手の話があれば国の名誉や喧伝になる。

こういう伝説があったんだよーってな。

日本だってそういう話は各地にあって、観光地になっているところは山ほどだし。

で、その答えはというと。


「ん~。そういえばあったのう。ちょっとまっておれ」


デリーユは少し考えたあと、自分が作業していたテーブルに戻り、一冊の本を手に取って戻って来た。


「ほれ、おそらくこれじゃろう」


差し出された本には「ヴィノシアの英雄」というタイトルだった。


「これまた露骨な。建国して何年だったんだ?」

「しらん。とはいえ、前の国が忘れ去られるほどじゃから、100年単位ではあるんじゃないかのう?」

「100年は持った国が、最後は内乱か。まあ、良くある話ではある」

「そうじゃな。長く続いた国は建国当初と違い意見の違いがでてくるからのう。とはいえ、こっちは意見の違いというより、馬鹿が上に付いた結果じゃが」

「だな。とりあえず、後で読んでみるよ。というか、今日は一旦やめた方がいいか? リュシも大丈夫か?」


そう言えば、俺の横にいるはずのリュシはドレッサが横にきてから反応が無いがと思って横を見ると、本をうつろな目で読んでいる姿がある。

リエルは本に頭から突っ込んで沈んでいたことを考えると優秀だよな。

とはいえ、読んでいるのかも怪しい。


「これはもう終わりにして、城内探索をした方がいいな」

「そうじゃな」


他のみんなとも意見は一致して、今日の本の調査は終わりヴィノシア城の見学に移ったのだった。


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