第1570堀:城の書庫へ

城の書庫へ



Side:ドレッサ



コツコツコツ……。


そんな私たちの足音が響いている。

普通なら何ともないことなんだけど……。


「ぬふふ、ここまでくると幽霊とかでそうだよね~。カグラ、そこらへんどうだい?」


エージルの言う通り、雰囲気たっぶりな廃城に近いこの中を歩くとそういう想像をしてしまう。

そして、ここにはその手のエキスパートであるカグラが存在してる。

自然に私たちはカグラの言葉を待つように視線を集める。


「何みんな見てるのよ。私は別に幽霊を見つける専門家じゃないわよ。むしろ、ここの警備をしている兵士さんに聞くべきじゃない? ねえ、ユキ」


確かに、カグラは巫女の力はあっても幽霊を呼び出したりできるわけじゃないみたいだし、ここは現場の話を聞くべきよね。


「あはは、申し訳ない。女性なものでそこらへんは気になるようです」


でも、流石に幽霊は居ますか?なんてことを聞くのは冗談レベルの話だし、ユキは困った感じでとりあえず聞いている。

確かに、ウィードの旅館にお化けは居ますか?なんて聞かれれば普通は侮辱しているように聞こえるわよね。


「いえいえ、その手の噂があるのは私たちも把握しております。婦女子の方々が気になるのは当然でしょう。なにせ、私たちもこの雰囲気は苦手ですし、やはり時折盗みを目的とした輩も入るのです。それを見間違えたりもしましたし、あながち間違いというわけでもないのです」

「入るというと、あの警備を抜けてですか?」

「いえ、今まで捕まえてきた連中は、あの堀を泳いで、壁に縄を付けて登っていましたね」


うへぇ。

確かにできないことじゃないだろうけど、そこまでして忍び込みたいのね。

まあ、お金になるものがあると思えば、やる人も出てくるか。

そしてそれを発見した兵士たちはさぞかし驚いていたでしょうね。


「なるほど。確かに、私たちがここに来たのです。他の人たちが宝探しに来てもおかしくはないでしょうね」

「ええ。とはいえ、この城はヒンスアの所有となっていますので、不法侵入に盗みと犯罪になってしまいますが」

「しかし、あの人数で夜警もとなると大変ですね」

「何とかやっております。幸い先ほどの盗人を捕まえてルートが分かったので壁上に配置をし、見張っている状態です」


こともなげに言っているけど、人数からすればギリギリの運用よね。

一人でも倒れれば穴が出かねない。

とはいえ、中には大したものはないのは分かっているし、そこまで気合を入れて警備する意味はあるのかとは思うけど。

と、そんなことを話しながら歩いていると、一つの扉の前で止まる。


「こちらが、書庫です」


そう言って一緒に来ていた兵士が両開きの扉の前に立って開ける。

その先には、確かに書庫が存在していた。

しかも、かなり保全のいい状況で。

まあ、だからこそ、私たちは資料があると踏んでいたんだけど、思ったよりもかなり良い状態で驚いていた。


「ここだけ、別のように綺麗ですね」

「はい。どうやら城に残った有志の人々が書類や書籍の保全のために通路を塞いだようなのです。つい最近ようやく道が開けたのです」


なるほど?

つまり、冒険者ギルドと同じことか。


「何を思ってこのような行動をしたのかは分かりません。ですが、ユキ様たちがこうして来てくれたことを思うと、報われたのではと思います」

「そうですね。中の内容については?」

「いえ、私たちはあくまでも警備、町の治安維持のために来たものであり、本を読むためではありませんので、専門家が派遣されるまでは触れることはありませんでした。どんな書類があるか想像もつきませんからね」


確かに、こんな手を使ってまで守った書類や本。

中身はどんな爆弾かわかったもんじゃないわね。

簡単に触った本が重要な物だったり、呪いのモノだったりしかねないし。


「正しい判断だと思います。ですが、こうして本が揃っているなら、お宝探しはまた後になりそうですね」

「あはは、確かに。とはいえ、怪しそうなところは分かっていますので、後でご案内します。何せここと同じように塞いであるので。こちらは書庫だったという情報はあったので真っ先に開放したのですが、待てど暮らせど、人が来ないもので。まあ、宝が眠っているとも、眠っていたとしても大した額ではないということなのかもしれませんが」

「その可能性はありそうですね。とはいえ、泥棒に荒らされていいのかというと、上に立つ者としては容認できません。ヒンスアの面目に関わりますからね。ここでそんなことを許せば、他の町も泥棒を容認しているように見えますし」

「ああ、なるほど。だからこそ、私たちがこちらに派遣されたのですね」


どうやら兵士はあまり派遣された意味は考えていないようね。

まあ、兵士としては政治にかかわらずっていうのを守っているようにも見えるし、正しいのかもしれないけど、士気を保てないかもしれないから微妙なところね。


「さてと、お喋りはここまでにしておいて、ここの資料、書籍を調べさせてもらいますがよろしいでしょうか?」

「ええ。私たちの手伝いはどういたしましょうか?」

「んー、見るからに背が届きそうにない場所もありませんし、私たちの警護を残すぐらいでいいですよ」

「助かります。正直書類や本の精査と言われても、私たちにはその価値がよくわからないもので」


そうなのよねー。

別に兵士たちの頭が悪いとかじゃなくて。

その資料や本を利用できる立場にないってことなのよね。

例えば収支報告書を下っ端が持っていても、収入や支出に対して口を挟むことはほぼない。

だって、言ったところでその意見が通ることなんてめったにない。

もちろん、死活問題であれば話は別だけど、そういうのは部隊長が言うし、よほどの横領でもなければ文句も出ない。

むしろ、お金に関して口を出す下っ端とか邪魔よね。

そういうことに意見を通したいならちゃんと財務関連の部署につけって話になるし。


「よい兵士かと。とはいえ、お城の構造や財宝に関しての情報が出ればお聞きすることになるかと思います」

「はい。そういうことでしたら遠慮なく。歴史や税収などの収支報告に関しては満足な返事はできないと前もって言っておきます」

「「あははは」」


お互い顔を見合わせて笑い合う。

どっちも面倒事はごめんだというのは伝わったようでなにより。

こうして兵士たちの配置が決まった後は、お決まりの……。


「違う。違う。これは歴史書の袋行き」

「えーっと、これはなんなのでしょうか?」

「んー? ああ、それは王都の区画ごとのトラブル書じゃな。そうなると……書類か?」


そんな感じで、片っ端から本棚や資料棚から入っている物を引っ張り出しては、確認をして整理をしていく。

とはいえ、先ほど証言があったように書類や本を慌てて集めて放り込んだせいか、内容はぐちゃぐちゃで、大変なのは変わらない。

ギルドの方も執務室一杯にあったとはいえ、こっちはちゃんと書庫として存在していて、それなりの蔵書があり、そこにこの城の別の場所にあった書類などや本も放り込んでいるので、その数はその比ではない。

腐って滅びたとはいえ、この手の本や資料は支部のギルドとは比較にならないほど多い。


「……とはいえ、この手の本に価値を見出していたとは思えないんだけど」


私はぽつりとつぶやく。

何せ本はこの世界にとって高級品である。

手書きで手作り。

ユキの所のように印刷技術が発達してガンガン生産できる物じゃない。

だが、そうそう売れるモノでもない。

勿論、好きな人たちには売れるだろうが、こういう本は内容によりけりだ。

冒険者なら宝が記された、あるいはヒントがあると思われる本や、武器や魔術等の技術書が売れるかもしれないが、そこまで学のある者は多くない。

かといって、お金を持っているであろう貴族、果ては国などだが、普通はその手の技術書を売りはしない。

何せ国力の根幹というべきものだ。

ウィードの技術が全て乗った本を売るかというと、そんなことはありえないと言えば分かりやすいかな。

だから、本は財産っぽくはあるのだが、売れる場所は少ない。


「だからこそ、こうして逃がして封鎖すればあえて略奪しようと思わなかったのかもね」


私は本をパラパラをめくりながら、本たちが無事だった理由を想像する。

それに、本というのは意外と環境の変化に弱い。

濡れれば文字もにじんで読めなくなるし、雑に扱えば破損する。

そうなれば価値は激減するし、内乱の際に持って逃げるというには適さないわね。

宝石とか、貴金属の方がよっぽどマシよ。


「どうしたんだい? 何か興味深い物でもあったかい?」


そんな私のつぶやきが聞こえたのか、エージルがひょいっと顔を出す。

彼女の方を見ると、見るからに私よりも大量の本を処理しているのが分かる。


「いえ、ただ単に本が無事だった理由を考えてただけよ。ほら、こんなに嵩張って価値が分からないし、それなら金銀財宝の方がマシよねって」

「ああ、確かに。この手の本に価値を見出すのは一部の人だけだろうね。お金を出そうって人も。ま、僕たちにとっては宝の山だけど。あとでコピーして、全部ウィードの蔵書行きだね」

「そうね。知識は宝だものね」


そう、価値を見出せない人にとってはただのゴミ。

でも、私たちウィードにとっては千金にも勝るモノ。

勿論、建前上は返すけど、エージルが言ったようにコピー、模写して返すので情報は全部こっちにも手にはいる。

まあ、そこまで有用な情報はないとは思うけど、こうやって集めるのは地味に大事。

ユキと一緒にいればそれがよくわかる。


「と、そういえば、僕の方は面白いものがあったよ」

「面白い物?」


私が首を傾げてエージルを見ると、一つの書類を私に差し出してくる。

それを受け取って内容を改めて見ると……。


「……リテア教会建築費用、こっちはお布施費用、というかリテア聖都に対しての上納金?」

「そうそう、リテアに流したお金の関連みたいだね。パッと見ても僕たちにこれが正しいお金の流れかどうかは分からないけど……ルルアやリリーシュに見せたら何かわかると思わないかい?」

「わかるでしょうけど、今それをやるべきかしら?」


エージルの言いたいことは分かった。

私もエージルもイフ大陸の出身で、リテア教会に関係する費用の適正額なんてのは正直分からない。

なら、分かる人に見てもらうのが当然ではあるのだけれど……。


「まあ、妙な記載があれば怒るよね」

「そうでしょうね。それで調べる手が止まってもいいのかしら?」

「そこは僕たちが判断することじゃないさ。ユキに頼むが一番だと思うけど?」

「あー、確かにそうね。このまま後でっていうのも違う気がするしって、ならなんで私に見せたの?」


そうだ、今の話ならわざわざ私に見せる必要はないはずだ。

ならなんで私に?


「ま、先ほどの兵士なら知らなくてもいいけどね。ここにいるメンバーは基本的に知っておいた方がいいだろう? 特にドレッサは海軍を預かっているんだから」

「なるほど。その通りだわ」


私も海軍のトップとして動いているし、この手の書類は扱っている。

そして私がどこかの国とのやり取りをすることもあるでしょう。

知らないというのは許されない立場だ。

だから、エージルは私にこれを機会に学べって言っているのね。


「うん。あとで、まとめて教えてくれると助かるよ」

「え? エージルも行くんじゃないの?」

「僕は基本的に研究と、母国との折衝だよ。予算に関してはユキからおねだりするだけさ。そっちはパス」


ああ、そういうこと。

お金関連は面倒だから関わりたくないと。

はぁーと思いつつも、必要なことだから私を書類を持ってユキの所へ行くのであった。


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