第1232堀:準備の準備を開始

準備の準備を開始



Side:ナイルア



チャプンと体を湯船に沈めると……。


「ふぁぁぁぁ……」


と声というか息が抜ける音が体の中から出て来る。

いやー、これ本当に私の声?と思えるほどの変な音だ。

とはいえ、仕方がない。

それだけ……。


「ぎぼぢぃぃぃ……」


湯船に入った私の気持ちを代弁するかのように隣で奇声を上げているワズフィ。

そう、お風呂はホント気持ちいい。

最初はシャワーにも感動したけど、やっぱりお風呂には及ばない。

そしてさらに上なのが露天風呂。

そしてさらにその上にスーパー銭湯というのがあるんだけど、あれは大概ほかにも知らない利用客がいるので、私的にはほぼ独占できる露天風呂どっちがいいかと言われると甲乙つけがたいものがある。


「おお、見事にとろけておるな」


という聞きなれた声に振り返ると、そこには実戦の先生であるデリーユさんが腰に手を当て仁王立ちしている。

一見私たちと同じか下かぐらいなんだけど、すでに一児の母であり、しかもなんと『魔王』なんだって。

ホント意味が分からないよね?

とはいえ、メチャクチャ強いのは事実です。う~ん、世の中わけわからないよねー。

ま、そんなことはいいとして……。


「デリーユさん。お、遅かったですね」

「うむ、ちょいと連絡があってのぅ」


などと言いながらシャワーを浴びて体を洗い出しました。

いやぁ、サラサラの金髪が体に張り付いておっぱいも艶をみせてかなり色っぽい。これが人妻の魅力か~。

ボサボサのピンク髪のただの引きこもりだった私とは雲泥の差だね。

いや、胸は私の方が勝っていると思うけど。


「そういえば、何かあったんですか?」

「いや、何と言うほどのことではではない。ユキたちが無事にゴブリン村での用事を済ませたという話じゃったからな」


あー、確かユキたちはカグラたちの故郷の大陸にある『ゴブリン村』って所に行っていたんだっけ。

『無事に用事を済ませた』って言ってるけど、そもそもユキたちに危害を加えるのって物理的に不可能じゃない?

なにせ『魔王』であるデリーユさんですら、ユキのことは……。


『土俵が違うからのう。戦いにすらならん』


と、言わしめるぐらいなのだ。

その『土俵』というのがよくわからないけど、学府13位だったアーデスを軽く圧倒するだけの実力があるのは確かだし、あのポープリ学長が敬意をもって接するくらいだ。

というか、このウィードのメンバー全員アーデスなんて足元にも及ばないレベルだ。

結局使えそうな比較対象がそもそもいないので全員『意味不明に強い』としか私には測れない。

なんて私が考えていた一方で、ワズフィはゴブリン村のことが気になっていたようで。


「あ、そういえばゴブリン村で『ゴブリンのメス』が見つかったって話をコメットさんから聞きましたけど本当なんですか?」

「んー? 妾はそういうのは専門ではないからのう。コメットの情報の方が正確とは思うが、その件については妾も聞いておるな」

「おー。やっぱりそうなんだ! だったらぜひ一匹ぐらい連れて帰ってきてほしいなー。ハヴィアも同じこと言ってたし」


おー、やっぱり魔物馬鹿たち。

幽霊と人のコンビってフィオラと同じじゃん。

いや、こっちの方がたちが悪いか。

だって、常識ってのがないもん。


「ワズフィ。そ、その考えは改めた方がいい」

「え? なにが?」


流石、研究一筋馬鹿。

この私にだってその発言の問題点は分かる。

だから続けて説明しようかとしたんだけど、ちょうど体を洗い終えたデリーユさんが湯船に入ってきながら……。


「簡単な話じゃよ。『村の住人』を『一匹』と呼んだ上に、『ぐらい』と言って『連れて帰ってきてほしい』。どこをどう聞いても気が触れているやつの発言じゃよ」

「あ。……すみませんでした」


ようやく自分の発言したことの意味に気がついたのか慌てて謝るワズフィ。


「ま、今後は注意することじゃな。確かにこのロガリ大陸やイフ大陸では一般的にはゴブリンはただの魔物じゃ。だが、どこでもそうだとは限らん。カグラたちの所がいい例じゃな。『常識』というものですら場所によって変わるのじゃ。何気ない一言が相手の逆鱗に触れることもある」

「はい。肝に銘じます。あー、なんでこんなバカなこと考えたんだろう?」

「そ、そりゃ、ワズフィは今までずっとやってたのが大森林のちょ、調査だけだったからさ。け、経験がないことはうまく対応できなくて当然。まあ、わ、私みたいに『知識』から察することはできただろうけどね」

「むぐっ」

「なははは。なるほどのぅ。ナイルアが学府1位でワズフィが2位だった理由はそこにあるやもしれぬな」


いやぁ、そこまで持ち上げられても困るけど。


「それで、ユキたちは、も、もどってくるんですか?」

「うむ。じゃが、相も変わらず厄介ごとを引っ提げてではあるがのう」

「厄介ごとですか?」

「ああ、ヅフイア王国で逗留させてもろぅた町の子爵一家をウィードに招待することになったようじゃ」

「厄介? そ、それって、よ、よくあることじゃ?」

「まあのう。他国の貴族がウィードに来るというは珍しくもなんともないの。じゃが今回は目的が別にあってのう。その辺は風呂上がりにでも話そうかと思ぅとったが、もうついでじゃな」

「うん。どんどん話しちゃってくださいよ」


う~ん、私は面倒ごとは遠慮したいんだけどなーとはいえず、そのまま黙っていたら……。


「ま、端的に言わば、今回のヅフイア王国の子爵来訪を機会に、ウィードとして本格的に留学生の受け入れに向け本格始動するつもりなんじゃよ」

「へー。いいんじゃないですか。ウィードに来れば学生たちも色々学べますし」


うん。それは私もワズフィに賛成だ。

ウィードに来るだけでもいろいろ刺激されるだろうし、ここで学べるとなれば誰しも来たがるに決まっている。

それっていいことじゃないと思ってたんだけど、なぜかデリーユさんの表情はけして明るくない。


「えと、何かまずいこと言いましたか?」

「いや、お主らは別段間違っておらん。とはいえ、ユキたちから聞いたことを考えるとのう。と、いいかげんのぼせるから上がるか」

「あ、はい」


ということで私たちは一緒にお風呂から上がってから、引き続き話を聞く。


「それで、デリーユさんが難しい顔をしていたのは何でですか?」

「妾はこういう外交面は得意ではないのじゃが、それでもわかる面倒な話でのう。2人には軽く話しておいてくれといわれたんじゃよ。それでどうしたものかと考えてしまってのう」

「え、えと。とりあえずその話をき、聞かせてくれませんか?」


そう、ちゃんと話を聞かないと何も判断できない。

デリーユさんが留学生のことでなんでそこまで悩むのか?

そしてそれが何で私たちにどう関係するのか。


「そうじゃな。ナイルアの言う通り話さんとすすまぬか。と、飲み物は何がいい?」

「あ、私コーヒー牛乳で」

「私はフルーツ牛乳で」


と答えると、ドリンククーラーから私たちが希望した飲み物をポーン、ポーンと投げ渡してくる。

で、私はそれを落とすことなくキャッチ。

うん、学府にいたころなら絶対落としてただろうけど、今となってはこれぐらい止まっているように見える。

で、受け取ってた瓶のフタを開け、そのまま腰に手を当ててグイッと飲む。

あぁ、火照った体に冷えたフルーツ牛乳が美味しい……。


「ふぅ。それで話の続きじゃが。今回の話は、ナイルアやワズフィたちのように特定の者を受け入れて専門的な勉強をというわけじゃないのじゃ。大陸間交流同盟とウィードの認識を深めるために広く多く留学生を受け入れようというモノじゃな」

「あ、魔術師だけじゃないんですね」

「そうじゃ。もちろん魔術もあるし、それについては大陸間交流同盟公認の資格や免許証の発行なども考えておるが、ほかの分野に関してもという話じゃな。医療や戦闘訓練もな」

「あははは……戦闘」


そりゃー、バタバタと死人が出ます。

と思わず口にしなかった私は偉いと思う。


「そうですか。でもそれで悩むようなことっていうのは?」

「それが山ほどあるのじゃ。授業内容に限っても今の所とりあえず思いつきレベルじゃからのう。だからこそ、ヅフイア王国の子爵たちの意見や、ランサー魔術学府の生徒であるお主たちから意見を聞きたいということじゃ」

「あー、そういうことですか。ですが、私ってあくまで限られた範囲の魔術研究ぐらいでほかに知識といってもねー」

「わ、私も魔道具の研究ぐらいで……」


そう、『教育』とかさっぱり。

てか、そもそも誰かに教えるっていうのは大の苦手だし。

ナールジアさんとかコメットさんぐらいならいいんだろうけど。

でも、あの人たちはあの人たちで色々な意味でぶっ飛んでいるからなー。

そう返事をするとデリーユさんはちょっと難しい顔をして……。


「ふむ、そこは分かっておるわ。聞きたいのは『常識』とかそういうのじゃそうだ」

「「常識?」」

「うむ。大陸間交流同盟でウィードへの留学生制度を作るということは、多くの国から生徒が集まるということじゃ」

「まあ、それはそうですよね。あ、それで『常識』ですか……」

「沢山の国から生徒が来るなら、常識が違うことがあ、ありますからね」

「その通りじゃ。その常識を聞きだして、なるべく問題のないルールを作る必要があるのじゃ。それぞれの常識的にできないことや受け入れられないことなどがあるからのう。例えばゴブリン村からの留学生が来たとして、戦闘訓練や勉強と称して、魔物のゴブリンを説明するというのはどう思う?」

「「あー」」


そりゃー、ゴブリン村の人に喧嘩を売っているようにしか見えないよね。

とはいえ、ロガリ大陸とイフ大陸ではゴブリンは危険な魔物であることは間違いないし……。

それを伝えないでいるのは更なるトラブルにつながると予想ができる。


「「……」」


私とワズフィはそのための労力を想像してしまい言葉を失う。

一体どれだけ話を聞けば大丈夫になるのか、想像すらできない。

で、私たちのその様子をみたデリーユさんがウンウンと頷いて。


「妾の気持ちが分かるじゃろう。じゃが、2人にはこれをこれから解決するために協力してもらうことになる。まあ、訓練とかはちゃんと減らすがの」


あっ、それでも訓練を中止するとかはないんだね。

うん、デリーユさんはそうだよね。


「でも、これって私たちだけで話を纏めていいものなんですか?」

「う、うん。ワズフィの言う通り、各国で協議するべきじゃ?」

「その協議するにしても『元の案』がなければ話し合いも何もないしのう。その場で各々の常識についてなる会議をするわけにもいかんのじゃ」

「それはー確かに」

「ああ、王様って大変だろうなーって、言うのは分かる」


以前は全然意識してなかったけど、ウィードに来てセラリアやユキを見て決して上に立つ人は楽じゃないって理解した。

ああいう人ばかりであれば、下の人は安心して暮らせるんだけどね。


「じゃから、ユキを支える妾たちが『留学生制度』構築の手伝いをする。単純ではあるが難しい話じゃな。というわけで、厄介ごとといぅたのがわかるかのう?」


と再度聞かれ、今度はウンウンと頭を縦に振る。

というか、こんなに厄介なことはそうそうないだろう。


「とりあえず、ユキが戻ってくるまでに2人は各々の地元や自国の常識をまとめておいてくれ。あとウィードに来てここの常識のどんなことにおどろいたとか不思議に思ったとかのう」

「わかりました」

「う、うん。やってみるよ」


こうして私たちにはさらにとんでもない仕事が増えて大変な日々を送ることになった。

いやー、退屈だけはしないけど。

学長。このウィードってすごすぎない?

っていうか、学長に連絡とればいいじゃん!


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