第1233堀:何かをするというのは大変なこと
何かをするというのは大変なこと
Side:ポープリ
先ほど師匠に渡されたその書類のタイトルに視線を向けながら、私はもう何度目になるかわからない深いため息をつく。
「はぁ、マジか、うーん……」
「学長? どうされましたか?」
その私の呟きによるのか表情によるのか、心配そうにララが問いかけてくる。
だが、私は返事の代わりに書類を差し出す。
「えーと、こちらはコメット様が持ってこられたものですよね?」
「ああ。目を通してみてくれ」
「はい。タイトルは大陸間交流同盟内におけるウィード留学生制度の設立ですか」
「うん。まあ、中を見てくれ」
私はそういうと、とっくに冷めてしまったコーヒーを一気飲みしてから、再び新しく淹れなおし、さらにはアイテムボックスにストックしてあったとっておきのアルフィンのケーキを取り出して口に運ぶ。
「うん。おいしい。……でもねー」
まったく、あの書類の内容を思い出すだけで頭が痛い。
さて、ララはどこまで読んだかなーと思いながら視線を向けると。
「……」
それはそれは険しい顔つきで書類を読み進めている。
というか、やっぱりララは優秀だ。
既にもう少しで読み終わりそうだ。
じゃあこっちも終わらさないといけないねと、チョコケーキを完食してかたづけていると。
「学長。この話、本当なんですか? 下手をすると学府の存在そのものに関わりますよ?」
ララがいつにもまして真剣な顔つきで私に詰め寄ってきた。
ま、それだけ内容がハードだったからなー。
「落ち着けララ。魔術に関してはそもそも各大陸で環境が違うし、免許制、あるいは資格制を導入するということを想定している。そのため、ウィードではあくまでも基礎を教えて、その後我が学府に資格を取りに留学生が来ることになる。あるいは、我が学府から学生を送り込むことにもなる」
「それはその通りですが。それによってウィードに学生を取られる可能性が上がるのですよ? もちろん、お金儲けのためにやっているのではないですが、そのためにまた学府が必要がないといわれかねません」
「まあ、そこは問題だよね。でも、その辺りは学府の特徴を生かしてナイルアがやっていたような『魔術道具制作に力を入れる』ことと、『魔力枯渇現象が著しいという環境を利用した研究と教育』を考えれば問題ないとはされているね。というか、別に学府が枯れてもユキ殿たちが支援してくれるから問題ないさ。それに大国の後押しがあるんだからさすがに潰すような真似はしないよ」
そう、既にランサー魔術学府の支援については取り付けているんだし、あえて反故にする理由は別段ないから、そこは心配していない。
「……確かにそうですが、学長がこれまでずっと頑張って築き育て上げてきた学府が」
ま、ララにとってはここが故郷でもあるからね。
その思い嬉しくはあるが、そもそも永遠に存在するなんてものはない。
「そこはまあ、これからの頑張り次第さ。で、私がこの話で問題だと思っているのは、各国の『常識』って所だね。下手をするといったん各大陸ごとにどこかで教え込んで送り出すみたいな話になるだろうね」
そう、問題はそこだ。
どこで教えていくか。
もちろんそれに立候補することもできるが……。
「で、それを利用すればララの懸念もなくなるだろうけど、代わりに……」
「まあ、講師が足りませんね。圧倒的に」
「だよねー。だけど、この分だとイフ大陸の最高学府といわれているこの場所でイフ大陸中の馬鹿どもの教育をしろという話になりかねない」
「そんな馬鹿なことが……」
やっと私の言いたいことが分かったのか、ララも頭が痛そうな顔になった。
「十分ありえるのさ。なにせこの魔術学府は昔から色々な国からの、しかも各国で持て余された曰く付きの留学生までをも教え導いてきた実績があるからね」
「むぅ」
ララもそれが十分理解できたのか一切の反論が出てこない。
そうなんだよねー。
これまでの実績を考えると私たちの所で留学予定の生徒を取りまとめるという話になりかねない。
「ですが、私たちがこれまで教えてきたのはあくまで魔術の才能がある生徒だけですよ? ほかの国でも他分野を含めて留学生の受け入れがなかったわけではありません」
「確かにその通りだけど、どこが好き好んでそんな面倒見るかって話になるんだよ。確かに受け入れて成功させれば名は一気に広まるけど、逆に失敗すれば大陸間交流同盟の中でかなりの汚点になる。かけた予算もパーだ。そのためのノウハウがあればまた別だが、この場合はそもそもかなりハイリスクだからね」
「確かに、それを考えると我が学府に白羽の矢が立つ可能性は高いですね。とはいえ、我々もここで失敗すれば……」
「馬鹿共がまた学府の存在意義に関して文句を言ってくる可能性もある」
「「……」」
しばし沈黙が流れるが、そのままでは埒が明かないので私は話を続ける。
「ということで、いずれにしろ頭の痛いことだよ。とはいえ、さっき言ったことも適用される。ここで魔術師の卵以外の生徒たちもしっかり教育してウィードに送り出せたのなら、学府は確固たる立場を確保できるわけだ」
「うーん……」
ララもやっぱり最初の私のように悩んでいるねー。
いやー、こりゃ本当に悩むよ。
確かに不利な話に聞こえはするが、そもそもこの学府への支持はイフ大陸の大国だけでなく、ロガリ大陸、新大陸の大国も含まれている。
サポートとしてはこれ以上ないぐらい布陣だ。
これでちょっとちょっかいを出されたくらいで失敗するようじゃそれはそれで問題ではある。
そして成功をすれば今後の立場はさらに安泰となる。
ということで、一概に悪い話でもなければ、よい話でもないという不思議な状況なんだよねー。
「まあ、今すぐ決定して実施するわけじゃない。そもそもどういう教育を施してウィードに送るかというのですら各国と協議して決める話だ。そして最終的に我が学府である程度の教育をしてまとめて送るにしても、その留学生の選別は我が学府だけで行うわけにもいかないさ。何せ、留学生は各国の代表というだけではなく、イフ大陸の代表でもあるわけだしね。いずれにせよ常識のない学生を送り出した側は恥となるだけじゃなく場合によっては国際問題だからね」
「言っていることは重々分かります。それにそもそも学府にもそういう側面はありました。……だからこそということですね」
「うん。我が学府はこれまでずっとイフ大陸の各国の若者を受けいれてなんとか無事やってきている。という実績は周りから見れば今後ともそれを是非ともやってほしいことになるだろうからね。ま、今からその話し合いの一つ前の段階、ユキ殿の所に行って概要、草案をまとめる会議に出る。ララも来てくれ」
「わかりました。確かにそこはしっかり詰めなくては意味がありません。しかし、このイフ大陸に他所に我が学府に代わるものはいないのでしょうか? ランサー魔術学府はその名の通りあくまで『魔術』の学府なのです。そこを他分野までひっくるめてというのも……」
「ユキ殿から事前に聞いた話では、新大陸の方では、ハイレ教が各国を通じて集めるという案が出ている。それにズラブル大帝国の方はユーピア殿が名を出して募集する予定だね。いやー、強権があるところはやりやすいね」
ユーピア殿の方からはワクワクしているって連絡がきた。
ついてはランサー魔術学府の知識も是非ともというおまけつきだった。
ま、あそこはズラブル大帝国一強だからね。
どこが取りまとめるなんて迷うことはないんだ。
まあ、さすがに失敗すれば一応問題にはなるだろうけど、あのユーピアのことだからここぞとばかりに統制に動くだろうしね。
「では、イフ大陸ではエナーリア教がまとめるというのは?」
「まあ、それも一つの案ではあるが……、あそこの大本はエナーリア聖国だからね。そうなるとほかの国はいい顔をしないと思うよ」
「確かに……そうなるとそれ以上にヒフィー神聖国も駄目ですね」
「ああ、なおのこと問題だろうね。そんな小国になぜ?って話になるだろうし、ヒフィー殿もそんなこと望んではいないだろうさ」
なにせあっちは表沙汰にはなってないがこの大陸で問題起こしていたからね。
いずれにせよ大人しくしている方がいいさ。
「とにかく、出かけるのは明日ということで。こちらの希望や案も考えておくようにとは言われている」
「希望や案ですか?」
「そりゃ、私たちがイフ大陸全体の留学生を預かり基礎教育をすることになれば、随分といろいろな面倒ごとを受け入れることになるからね。なにせ建物も増設しなければいけないし、人員も補充することになる。さらには教育する内容も必要だ。何より大変なのが教え込む常識に関しても、ウィードにとっても問題なく、しかもこのイフ大陸でも問題のない常識ってやつを作らなければいけない。さて、何を要求してどんな案を出すべきか」
とにかく山ほど頼むことはあるが、一つ一つ整理して書いていかないといけないな。
「でしたら、先ずは当然我が学府が引き受けることで発生する費用を各国に出してもらわなければいけません」
「それは当然だね。その費用の内訳も細かく出しておかないとお金はだしてくれないからね。ざっと、留学生たちが勉強する建物、宿舎、場所の開拓、家具、えーとあとは何があるかな?」
「人員の補充もしなければいけないですが、それについては学府だけで選別すると問題になるので、ここは各国からも人員を募るべきでしょう。そしてその費用は各国で出してもらえればいいかと」
「そうだね。とはいえ、その人員も必要な知識などの要件に加え面接と実務を見ないといけないとなると、そのマニュアルも作らないといけないかー」
「教育をする者たちへの教育マニュアルですか……。当然と言えば当然なんですが、これ本当に大変ですよ」
「そうだねー。ほぼゼロから作ることになるから、これは何度も会議が必要になるね」
ララと話し合えば話し合うほど、やらなければいけないことが膨大であることが明らかになり、今後のことで頭が痛くなってくる。
これはエナーリアがやるといえば喜んで譲ってやる方が、私たちとしてはいいかもしれない。
とはいえ、各国から推挙を受けてしまったらそれで引いたら問題だし……。
あー、各国とも本当に事前から調整しないとなー。
「あっ、学長。そういえば、こちらの書類を」
と、やっと今思い出したようにララはドサッと書類を私の机の上に置く。
「ん? これなに?」
「何って、定常の学府の書類ですよ。学長としての仕事もキチンとして貰わなくては」
「……やはり辞退する方法を真剣に考えてみるか」
「その可能性は視野に入れるべきですね。これは今後私たちずっと徹夜になりますね」
ララの言葉を微塵も否定できない。
今あげた内容ですら、先が見えないほどの難行だ。
そしてさらにほかの問題にも取り組まないといけないとなると、軽く死ねる。
やはり明日ユキ殿にしっかり相談しないとなー。
師匠には……ああ、あれはだめだ。
「とりあえず、ユキ殿と話すための資料作りはしなくては」
「はい。それはとりあえず私がまとめておきますので、まずは学府の書類の方をお願いします」
「あぁ、わかった」
気がつけば時計は既に9時を回っている。
これは、徹夜確定かなー。
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