第1230堀:こっちもこっちで頑張ります
こっちもこっちで頑張ります
Side:ラッツ
カランカラン……。
と音を響かせながら喫茶店の中に入る。
「いらっしゃいませ。ラッツ様」
「はいー。今日もおいしいコーヒーを飲みに来ましたよー」
かわいい子持ちのウサギさんはあるご用とちょっとした息抜きを兼ねて行きつけの喫茶店に来たのです。
「お席は……」
「今日は友達と待ち合わせなんですよー。っとやっほー、お待たせしましたぁ」
私はグルッと喫茶店内を見回して、見つけたその待ち人に挨拶します。
相手も私の声に気が付いて手を振り返してくれます。
「かしこまりました。お飲み物はいつもので?」
「はい。カフェオレ、ミルク多め、ホットで」
『大人な』私ですが、ブラックコーヒーはちょっと苦手でカフェオレの方が飲みやすいんですよねー。
なんてことを思いつつ、約束の人と向き合って座ります。
「はぁー、お互いこうして休みの日なのに、それもお茶をしながらもお仕事の話とか悲しいわよねぇー」
「あはは。それは私たちの立場じゃ仕方ないでしょう。でもまあ、お友達同士ですし、そうじゃない人の相手よりはましでしょう? ね、シャール?」
とお互い国を抱え忙しい身であることを嘆きます。
そう、私の前に座っているのは、シェーラの姉であり、ガルツ王国で財務輸出入管理を行っている第三王女のシャールなのです。
シェーラがお兄さんのお嫁さんに来てひと月あまり、ウィードの独立への支持を取り付けるためにガルツに行ったときから付き合いが始まったんだけど、それ以来仲良くやらせてもらってるのよねー。
「まあね。ほかの国の使者を相手にするときは腹の探り合いだもの。で、そういうことにはローエルお姉さまは役に立たないし……」
「そりゃ、ローエルは将軍ですからねー。でも、そういう駆け引きができないわけでもないでしょう? セラリアも馬鹿ではないって言っていますし」
ローエルというのはシャール、シェーラの姉でありガルツ王国の第二王女。
そして、ガルツに伝わる伝説の盾の使い手でもあり、軍のトップという立場なのよねー。
そこらへん、セラリアとは立場が似通っていたせいか昔からよい友達で、子供たちを見によくウィードに来てはセラリアとバトルをしているんだけど、それを見ていつもお兄さんがため息をついているのがねー。
なにせお兄さんは私たちラブですからねー。ホントは危険なことはしてほしくないらしいのですけどねー。
と、そこはおいといて、そういうバトルマニアではありますが、脳筋で交渉事が全くダメということはないようなんですよねー。
「むぅ。確かにバカとは違うわね。ホント天性の嗅覚で一番急所は避けるわ。でもね、動機も目的も手段も予測される結果も、とにかく何を聞いてもただ勘と言われても財布の紐を弛めないのよ」
「あははー。それはその通りで」
うん、具体的な内容とかビジョンの書類もないのにお金だけ、物資だけ出せと言われてもウィードじゃ通らないですからねー。
そんなのエリスと私の跡継ぎのテファやノンたち、後輩連中がダブルで止めますよねー。
ま、そうしないと私たちが怒りますけどねー。
なんて半分愚痴話をしている間に私のカフェオレが届いて、一口飲んでホッと一息つきます。
「ふう。相変わらずいいお味ですねー。お兄さんが淹れてくれるのもいいんですけど、これはこれでってやつですねー」
「相変わらず旦那さんは家事好きなのね」
「ええ。おいしいですよー」
「また食べにいってもいいかしら?」
「いいですよー。前もって日程を言っておけばお兄さんも喜んで準備してくれますよー」
「そうね。お菓子の相談もしたいし、日程決めたら連絡するわ」
「はいはーい」
なにせシャールはシェーラの姉というのもあって時々旅館の方にも来てはのんびり食事をしていったりするんですよねー。
まあ、お兄さんとも関係は良好なので、家族の付き合いというやつですねー。
「さて、雑談はこれまでにしてさっさと仕事の話を終らせましょうか。その後の時間をゆっくりするためにも」
「了解です」
ということで、私は一旦カフェオレを横によけて、持ってきた書類をシャールに渡します。
「ここで見ても?」
「もちろん」
私が答えると、シャールはすぐに書類に目を通します。
しかし、ページを捲るたびに胸がむにゅーっとテーブルの間に挟まれているのは圧巻ですねー。
ルルアほどではないにしても、私よりは大きいですよー。
なんでこれで独り身なんでしょうねぇ。
なんて考えている間にシャールは書類を読み終えたようで真剣なまなざしを向けてきました。
「……留学制度か。ようやくやる気になったの?」
「まあ、こちらもやっと落ち着いてきたってことですかねー。今までは大陸間交流の調整ばっかりでしたから」
「確かにね。私たちのところもけっこう落ち着いてはきたわね。とはいえやっぱり一定量の馬鹿は湧くのよね」
「まあ、それは世の中の摂理ってやつですねー。必ず何パーセントかは馬鹿なんですよー。ところで、今お兄さんたちが新大陸のほうに調査に行っているのはご存じでしょう?」
「ええ。『ゴブリン村』だっけ? そこを訪問しているのよね。でも、それってこっちの常識だとゴブリンの『巣』の間違いとしか思えないけど」
「ですよねー。でもホントに普通の人の村と変わりがないようですよー。と、そこは後日詳しい報告をするので。で、そのゴブリン村を庇護している国ヅフイア王国というんですけど、やっぱりウィードの知名度は低いようで、行くまで意外と手続きに時間がかかったんですよねー」
「それは仕方ないんじゃない? 国と国のことだし、そもそも新大陸は旦那さんが攫われて、戦って交渉して、また別の場所に転戦してって大忙しだったんでしょう?」
「確かにそうですねー。だから、こういうわけですよー」
と言いながら私はシャールが持っている書類を指さす。
「ああ、今後のためってことね。ある意味必然か」
「はい。落ち着いてきたのでねー。他国に行きたいってことがあった際に認知や理解がないと大幅に時間がかかりますからねー。いまだにうっかり車で乗り付けるだけで大抵大勢の兵士が出てくるんですよ?」
「あははは。それはわかるわ。私も最初はそうだったもの。とはいえ、車を知らしめておくだけでもその分楽にはなるわよね。ああ、そういう意味でも留学制度がいいわけか。他国の要人を会議などに託けていちいち連れてくるより、そういった面倒のない若者たちを招いて『ウィードを中心に大陸間交流同盟が動いている』と教えるわけか」
「その予定です。むろん、魔術、技術に関しても学習機会は設けようと思いますが……」
「で、その中身の問題ね」
「そういうことです」
私が渡した書類にはぶっちゃけて言うと『留学制度をウィードで行いたい』と、それだけしか書いてないんですよねー。
その具体的な細かい内容はさっぱりなんですよねー。
ま、実際にはお兄さんが戻ってから詳しく決めることにはなるんですけど、その前に知人に意見をもらおうと思ってこうしてるんですよねー。
「本音を言えば私としては、ウィードの持てる技術全部を開示してほしいなーって思うんだけど?」
「あはは、それは無理な相談ですねー。あ、シャールだけって限定付きだったらお嫁さんに来てくれればいけますよ?」
「それは実に残念だけど、まあ遠慮するわ。そんなことしたら妹の立場を奪うことにもなるし、私がいなくなればガルツの交易関係しっちゃかめっちゃかよ」
「でも、釈迦に説法だと思うけど、後進は育てておかないと痛い目見ますよ?」
「ええ、それはわかってるわよ。でも、私はエルフだからね。何かと気長になるのよ。お父様やお兄様もそのあたりはとやかく言わないし」
「まあ、寿命が長いってそれだけ有利ではありますからねー。って、話がそれました。で、どれぐらいの内容を教えるのが適切だと思いますか?」
私が改めてそう聞くとシャールは難しい顔をして……。
「魔術に関しては、『魔力枯渇現象も含めて』は当然ね」
「それはもちろん。あと、魔術に関して『大陸間交流同盟による免許制』にしてはというのもありますねー」
「免許制?」
「そうですよー。魔術はどうしても才能によって差異がかなり出るし、どこの誰ともわからない人が強力な魔術を許可なく使うというのは、それだけで脅威ですからねー」
「それで魔術師の管理ということね。でも、盛大に反発が出そうね」
「はい。その可能性はありますけど、『留学して許可をもらえた』ということは別の意味ではプラスになりませんか? 『大陸間交流同盟の基準と常識を満たした魔術師』ということです」
「ああ、なるほど。確かにそれは私たちとしても信頼ができるわね」
そう、この話はお兄さんが魔術に関してずっとぼやいていたことなんですよねー。
魔術は個人の才能でいかようにも威力が変わるし新しい術も生み出せる。
だけど、それがいつも人の役に立つってわけじゃないんですよねー。
これまでずっと起こってきたことですが、人や国を脅かすこともあるのは事実なんですよねー。
それを管理する手段として免許制をとお兄さんは言っていたのです。
でも、これまでは単に私たちが規制を押し付けるだけってなるから、相手が嫌がるだろうとやめていたんですけど、この留学制度によって『大陸間交流同盟のお墨付きである』というお題目があれば話は変わるんじゃないかとー。
そう、制限されるのではなく、『良識ある才能ある魔術師と認められる』ということになるのですから。
「でも、魔術の国のノノア様とかはかなり嫌がるのではないかしら? あと、ほかの大陸では学府とか学院も」
「はい、だからそこともちゃんと事前に協議して、将来的には共通の免許制を導入する予定です。今回はウィードがランサー魔術学府、ハイデン魔術学院、そして魔術の国からの講師も招いた上で免許を与えるという風にしようかと」
「ああ、それならなおのこと、信用が上がるってことね。で、将来的には免許を持っていない魔術師は違法として取り締まることもできるか……」
「はい。それも目的ですねー」
そう、魔術っていうのは言うなればいつでも銃を懐に秘めているようなものですよねー。
ウィードの中ではダンジョンの機能を利用して魔術に制約がかけてあるし、各国でも王宮みたいな重要な場所でも同様みたいですけど、そういった魔術無効空間があるわけではない各国の一般の町では大小はありますが魔術師による事故や事件は絶えません。
それを免許制にすることで抑制することができるというのは為政者にとってはありがたいことでしょう。
「……で、そのことはほかの大国には?」
「まだですね。シャールが初めてですよー。というか、そもそも草案をつくるためにお友達に協力して欲しいということなんですけどねー」
「そう。ナイスね。それじゃ私たちガルツは口を出し放題ってことね」
「まあ、そうですけどー。ただ、口外はこまりますよー。アルシュテールの方とかから文句が飛んで来たら面倒なんでー」
「わかっているわよ。あっちはあっちで回復魔術をとか言ってきそうよね。というかそもそもそれを国が背負っている分いろいろ言ってきそうね」
「当たり前の話ですねー。まあ、角が立たないように詰めて、それで良ければと思っていますよー」
「なら、ルルアとかも交えた方がよくないかしら?」
「おおう。もうそこまで考えてくれますかー」
「当然よ。私とラッツだけで終わる話じゃないでしょう? ルルアやセラリアを混ぜておけばほかの反発もすくなくなるでしょう」
うん、やっぱりこういうところはしっかりしていますねー。
相談相手に選んで正解でしたが……。
「では、『午後ののんびり』はどうします?」
「あー……。そうね、ルルアをとりあえず呼んでケーキバイキングでも行く?」
「そうですねー。休みは満喫しないといけないですからねー」
ということで、私たちはケーキバイキングを楽しみながら、留学生制度のことについて話し合うのでした。
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