第1228堀:ゴブリンの村

ゴブリンの村



Side:ユキ



アオクの町を出て既に2日。

にもかかわらず移動した距離はたったの約20キロ。

いやー、本当に森の中って進むの大変だな。

空を飛べばいいのではといってくれたジェシカの案を採っていればとマジで反省してしまうほど道中は退屈だった。

エージルとかは、道々珍しいものを見つけては採取してたけど俺はそこまで興味がないからただただ延々と馬に揺られるだけだった。

しかも馬上なので流石に本を読むとかゲームとかもできないから、かなりつらい道中だった。

ゼッタイ帰りは飛んで帰ろうと決意したね。


で、その退屈極まりない道中もようやく終わりを告げるようだ。

木々の向こうには素朴ではあるが確かに人工物があった。

そう、門だ。森が途切れた先には門が存在していた。


「あちらがゴブリン様たちが住む村でございます」


物静かにそう告げたのは、アオクの町にあるハイレ教会から案内役としてやってきた神父さんだ。

エノラの古くからの知り合いだそうで、今回の訪問を聞いて案内兼仲介役として立候補してくれた。

さすがエノラも推すだけあって気持ちのいい神父さんで、この人なら問題がないと思える人柄だ。

しかもただの人格者というだけでなく、狂信者たちがやって来た時は毅然とたたき出していたそうだ。


ちなみにコドリッシさんはアオク子爵と今後の話をしている。

元々ヅフイア王国への外交官ということもあって、ただ移動するだけの時間を利用してきちんと仕事をしているのだ。

とはいえ、ゴブリン村については完全に管轄外なのでこうしてハイレ教の人に任せている。

いやー、本当に多国をまたぐと大変だよな。


ああ、こういう面倒を防ぐためにもウィードにも『留学生制度』を作って各国の認識を高めてゆけばあとあと楽になるか。

フィオラの件に伴って、ロガリ大陸では俺に個人的に面会を求めたお姫様たちをそのまま魔力減少調査団として育て上げたので多少ましだが、それでも所詮多少ってだけだ。

留学生制度を作ればなおの事よしってわけだな。

こりゃ本格的に考えるべきか。


こんな風にゴブリン村みたいな稀有な情報源がある場所に簡単に行けるのは俺たちの目的にも合致するしな。


などと考えている間にゴブリン村の門前に到着していた。

先ぶれとして行っていた騎士といっしょに一人のゴブリンが門前に立っていた。

背格好や顔つきは明らかにゴブリンだが、スティーブと同じようにチャンと服を着ている。

一応ステータスも確認するが間違いなくゴブリンだ。

しかも多少なりとロガリ大陸の野生のゴブリンよりも強くはある。

などとそのゴブリンの情報を集めている間に、先ぶれの騎士と共にこちらまでやってきて。


「こちら、ゴブリン村の村長のご子息でイノセン殿と申します」

「は、初めまして。イノセンと申します」


イノセンと名乗ったゴブリンは緊張した面持ちで丁寧にこちらに頭を下げる。

うん、礼もこのイノセンというゴブリンは出来ている。


「初めまして。ウィードの王配、女王の夫をやっているユキと申します。この度は急な訪問にも関わらずご対応いただきありがとうございます」


礼には礼を。

丁寧にあいさつを返す。


「いえ、何もない村で、何かと不便なことや粗相があるかもしれませんがご容赦ください」

「大丈夫ですよ。文化の違いは承知の上です。ですが、そちらがやってほしくないこと、禁忌などは教えていただければと思います」

「あ、はい。えーと、何が駄目ですか……」


俺の質問に首をひねって考え始めてしまったイノセン。


「ああ、そこまで難しく考えなくていいですよ。こちらも色々粗相をするかもしれないので、その際は遠慮なく注意をしていただければ訂正やお詫びはいたしますということです。はるか遠方の地から訪れたので、こちらでは当たり前だとしても何が駄目とかわかりませんからね」

「なるほど。わかりました。その時はそうさせていただきます。では、こちらへ」


そう言ってイノセンは俺たちを先導して開いた門を通って村の中へと入っていく。

するとそこにはこのサイズの村にしては大勢というべきか、それでも精々100名に満たないぐらいのゴブリンたちが集まっていた。

その全員が服をちゃんと着ており、俺たちが知る野生味溢れるゴブリンは一人も存在していなかった。

そして何より、どう見ても女性だろうという体つきのゴブリンが何人もいて、子供ゴブリンの手を引いていたことに驚いた。


だが、その場にとどまってジッと観察するわけにもいかずに、そのまま村の奥へと歩いていく。


「エージル」

「わかっているよ。とりあえず録画が最優先だね。このまま村を楽しむ時間があればいいね」


さすが俺に言われずとも記録映像は残しているようで、万一このまま没交渉になったとしても大丈夫なように手を打っている。


「霧華」

『はっ。ちゃんと周辺警戒も行っております。上空からもドローンが警戒していますので問題ありません』


外周や上も問題なしと。

これで室内や地下以外は丸裸になったと思っていいだろう。

それに何かあっても霧華たちの部隊が対応する。


「しかし、意外言っては何ですが門に比べて建物は新しいものが多いですね」

「はい。それはヅフイア王国やハイレ教会からの支援でなんとかやれています。また、門や防壁についても今後逐次改築の予定です」

「なるほど。そういう支援はしてるんだな」


俺はそう言って隣のエノラに視線を向ける。


「そりゃそうよ。ゴブリンたちも私たちの一族って認識なんだから。でも、他種族との交配ができないからこうして、村単位でまとまっているのよ」


先ほどのゴブリンの女性がいる理由の一つ。

この大陸のゴブリンは他種族との交配は無理だということ。

エージルが可能性として話したことだが、エノラがあっさりと肯定して事実だと判明した。

保護区たる村に集められている理由は納得だな。

下手に分散孤立されてしまうと、ゴブリンという種族が絶滅しかねないのだ。

だが、精霊の巫女の系列として大事にされているこの大陸ではそんなことは認められない。

だから大事に保護してきたんだろうな。

希少種の保存ってやつだ。


「それで、ノイセンさん。この村の住人の人口動態はどうですか?」

「そうですね。ハイレ教の皆様のおかげで何とか今年の子供たちも生まれて、人数も徐々に増えていますよ」

「それはよかったです」


やはりハイレ教会はゴブリン村の人数維持に努めているようだ。

まあ、当然か。

絶滅するかもしれないんだからな。

そんなことを話しながら進んでゆくと、この村の他の建物にはそぐわない大きめの屋敷と呼ぶべき家屋が見えてきた。


「あちらが、村長や私が暮らしている迎賓館となっております」

「迎賓館ですか」

「はい。ハイレ教の皆様やヅフイア王国の皆様。そしてユキ様たちのような客人を迎えるための場所で、そこの管理を私たちがさせていただいております」


さらに近づくと、ドアの前に待ち人がいて……。


「我が一族一同、お待ちしておりました」


立派な杖を突いた老いたゴブリンが口上を述べると、ほかのゴブリンたちもお待ちしておりましたと唱和して膝をつく。

さて、この状況にどうしたものかと思っていると、ノイセンが前にでて。


「ユキ様。ご紹介いたします。この村の村長をやっているノグセでございます」

「ノグセ殿。そして皆様方顔を上げてお立ちください。私たちは対等でございます」


俺がそういうと、先ずはゆっくりと村長が立ち上がり、その村長が目配せをしてようやく周りも立ち上がる。


「ありがとうございます。改めてノイセンから紹介されました村長のノグセと申します」


村長は杖をついていたわりにはすくっと立ったところを見ると、足腰が悪いからではないようだ。

というより、ステータスもノイセンよりもかなり強い。

上位種のゴブリンロード並だ。

ちなみに、立派な杖持ってるからマジシャンかと思ったが違ったよ。


「数日ではありますが、お世話になります。またこちらの常識に疎いので何か失礼があればご容赦と共に遠慮なくご注意していただければと思います」

「はい。心より歓迎させていただきます」


深々と改めてお互いに頭を下げる。

そして迎賓館の中へと案内された。

一通り各部屋を案内されたその後に大きな食堂へと通され、そこで改めて会談を行うことになる。

俺たち一人一人の名前はもちろん、国のこと、そして今回の訪問の目的。

話を聞いたノグセ村長はその目的を聞いて協力を快諾してくれた。


「なるほど。我々自身の調査ですか。生活風景やお話をするというだけなら何も問題はありませんよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「いえいえ。実は我々も一体自分たちが何なのかという疑問はありました。なにより神父様やエノラ司教様のように人とも交われず。ひっそりと暮らすしかなかった。それが改善される可能性が少しでもあるようでしたら喜んで協力いたします」


なるほど。

一応外に出たいという希望はあるわけか。

まあ、この村にずっと束縛されているのは色々な意味でつらい人たちもいるだろう。

俺がそんなことを考えていた一方、村長は興味津々という感じでとある人物に視線を向けて……。


「そちらのスティーブ殿がユキ様たちの所にいるゴブリンなのでしょうか?」


ああ、そりゃ気になるよな。

さっきの自己紹介の時にスティーブも名乗っていて、その時やたらと視線を集めていたが詳しい話はしてない。


「はい。我がウィードでは将軍の職についてもらっています」

「そうっすよ。将軍を務めさせてもらっているっす」

「ほう。将軍というと、かなりの地位と思っていいのでしょうか?」

「そうですね。一応我が国の一軍の長ですね。およそ1万のトップですね」


ま、魔物を数に数えていいのかはわからんが。

そして実働数はもっと少なかったりするんだけど。

とはいえ有事の際にはDPの限り増やせるし。


「スティーブ殿はうぃーどとやらでは人と混ざってちゃんとやっていけているのですね。ちなみに奥方などはどうなっているでしょうか?」

「奥方? ああ、奥さんっすか……」

「「「……」」」


スティーブがどう答えるかこりゃ見ものだな。

今の話から察するにスティーブに嫁さんをという話になりそうだが、それを受けるのか?

嫁さんたちも含めて全員の視線が集まる。


「いやー、幸いおいらでもいいっていう奇特な妻がいてっすね。仲良くやらせてもらっているっすよ」


おし、これで言質を取ったな。

アルフィンのことを『妻』といったな!

俺がスタシアやサマンサに目配せをすると頷く。

録音もばっちりだ。

これでスティーブもようやく腰を落ち着けるだろう。

ま、事実婚みたいなものだし、いい加減ちゃんと書類も提出しろって話だよな。


「ふむふむ。お子さんはいるのですかな?」

「あー、いるっすよ」


おおう、グラドのことを子供というか。

いや、間違いではないだろうが、露骨にこの村長の攻撃を避けるために言っているな。

とはいえ、ここで下手に嫁さんを押し付けられても困る話だしなー。

ここはひとつ手助けをするか。


「ノグセ村長。スティーブに色々興味がおありのようですが、理由を伺っていいでしょうか?」

「む、そうですな。正直なところ私も他所のゴブリンがどのように生活しているのか気になっているのですよ。私どもと違って人々の間に暮らしているということですし」

「ああ、なるほど」


確かに俺たちがこの村のゴブリンたちが気になっているように、村長もウィードに住むゴブリンがどうなっているのかというのは気になるのは当然か。

何か問題を隠していることもありえるだろうし、ここはじっくり話を進めていくとしよう。



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