第1227堀:驚きの事実

驚きの事実



Side:ジェシカ



ザッザッ……。


そんな草をかき分けて進む音が響く。

馬上からなので歩くよりも疲労は少ないが、護衛の人たちは歩きなので少し心配になりますね。

何かあったとき馬と歩兵の連携はしづらいでしょう。


そう、私たちは今ゴブリン村へ向けて移動している最中なのです。


アオク子爵の言う通り、物資が予定日に届いたので出発をしたのです。

ちゃんと予定通りに届く当たりそこらへんはちゃんとしているのでしょう。

下手な貴族の所だとあーだこーだといって出発日を長引かせることも多いですからね。

まあ、ユキがフソラ嬢をウィードに誘ったので、ある意味子爵にとっての狙いはある程度達成できているでしょう。

しかし、子爵だけ誘われたという嫉妬を買うことになる。

そこら辺の調整をどうするかですね。


と、そんなことより今は周囲を注意しなくては。

そう思ってまたあたりを見回していると、不意にサマンサと目があいます。


「ジェシカさん。何かございましたか?」

「いえ、辺りを注意していただけです。見ての通り意外と視界が悪いので」

「ああ。とはいえ、見通しをよくするわけにもいきませんからね」

「ですね」


私たちがちょっと実力を出せばゴブリン村まで一直線の道を作ることは難しくはありません。

ですが、それはゴブリンたちの意思を無視することにもなりますし、生態系への影響を考えなくてはいけません。

そうなると……。


「ユキ。空を飛んでは行かないのですか?」


そう、飛翔の魔術を使って空から行けば安全面でも遙かに優れていますし、さらには単なる移動のために無駄な時間を使わなくて済みます。


「ゴブリン村をむやみに刺激したくないしな。ま、それ以上にハイデンとズフィアの案内と護衛の人たちの同行も必要だからな。そこらへんを考えると歩いていくのが最適だろう」

「なるほど」


確かに護衛が本来守られるべき私たちに護送されるなんてのは、面目丸つぶれですね。

さらにハイデンはいざしらず、そのようなことが容易にできるということを見せればヅフイアには余計な警戒心を抱かせることにもなりかねないですね。

浅はかな考えでしたね。

そしてなにより、これから初めて接触するゴブリンたちに警戒されては意味がありません。

と、浅はかな考えに反省していると。


『ジェシカ様。上空や周囲の警戒は私たちもいますのでご安心ください』

「ありがとうございます。すみません。霧華たちがいたのを失念していました」


そうです。

私たちだけで護衛をしているわけがないのです。

ユキが出ているのですから、霧華たちもその任に当たっているのは当然ですね。


「ま、張り切るのはいいけど。力を抜くことも忘れないようにな」

「はい」


久しぶりのユキの護衛ってことで力を入れすぎていたようですね。

久々の乗馬を楽しむことにしましょう。

とはいえ、ずーっと森の中をゆっくり進むだけですが。


「スティーブ。そういえば、アオクの町では見かけませんでしたがどちらに?」

「ああ、おいらはゴブリンっすからね。町に入るといろいろ騒がれるんで外で待機っすよ。というかウィード待機」

「なるほど。それほど人気なのですか?」

「人気っていうのとは違うっすね。こちらでは珍しい種族らしいっすから混乱を避けるためにってエノラの姐さんから言われたっすよ。ねえ?」

「ええ。スティーブってこっちの大陸じゃ本当に珍しい種族だから、私たち以上に騒ぎになるわ。しかもユキの護衛でしょ? そんなの周りにばれたら大ヒンシュクよ」

「そういうことですか」

「あはは、よそでは害虫扱いなんすけどねー。ま、これはこれで面倒っすよね」


スティーブが苦笑いしながらそういうのはわかります。

確かに、ここまで扱いに差があるのも珍しいですし、面倒でしょうね。

私もユキと結婚してからは、マーリィ様よりも公式の立場は上になってしまい、特にジルバからの扱いには混乱したり悩むことがいまだにあります。

同じ副官だったヒヴィーアは苦笑いしながらそれが出世だといっていましたけどね。

とはいえ、ヒヴィーアはヒヴィーアでマーリィ様の副官業務が非常に忙しいようで、喫茶店で愚痴ってましたが。

などと話していると、ふとユキがスティーブの方を見て。


「スティーブ。そういえばお前からなにか感じることはあるか?」

「感じることっすか?」

「いやな、この大山脈の麓にひっそり暮らしているゴブリンたちの思考を追えないかと思ってな」

「そんなこと無理っすよ。大将が一番知っているっしょ? おいらは大将の元で育てられたゴブリンっすからね。同族とはいえ半裸の野生児たちの思考がわかるわけないっすよ」


確かにスティーブの言う通りですね。

スティーブはただのゴブリンではありません。

野生のゴブリンと比べればまさに雲泥の差でしょう。

どこの世界に銃器や兵器までも一切の問題なくちゃんと運用するゴブリンなどというものがいるものですか。


「ま、そりゃそうか。しかし、実際村を作っているってことはゴブリンたちはちゃんと知性があって、集団生活をしているんだよな」

「そういやそうっすね。いやー、不思議っすね。普通野生だと洞窟とか廃墟に住んで人を襲って孕ませてっていうのがパターンなんすけどねー」

「俺もそこが不思議なんだよな。野生のゴブリンってのは勝手に増えるからな。そういう被害もなく村という単位として問題なく生活できているのが何とも引っかかるんだよな」

「何か怪しいということでしょうか? 例えば裏で女性をさらっているとか?」

「いや、そういうことをしているならもうとっくに問題になっているはずだからな。そもそもエノラはこれまでゴブリン村でそういうことを確認したか?」

「そんなわけないじゃない。村のゴブリンたちは自分たちだけで完結しているのよ」

「「「?」」」


そのエノラの言葉のとんでもない違和感に首をかしげる私たち。

でも、それって何がおかしかったのでしょうか?と一生懸命考えているところに投げかけられたエノラの衝撃の発言が。


「そういえば、ウィードで見かけるゴブリンって男だけよね? 女性ってどうしてるの?」

「「「はぁ!?」」」


そのあまりに衝撃的な発言に思わず奇声を上げてしまった私たちに護衛の人たちは何事かと警戒しながらこちらを見る。


「あ、いえ。話をしていた中身に驚いただけで、問題ありません。さあ、進みましょう」


と、ユキがいうと護衛の人たちは安心したようでそのまま進み始めるが、私たちはその衝撃の情報に顔を突き合わせて詳しい話を聞くことにする。


「それで、エノラ。さっきの話だと『ゴブリンの女性』がいるみたいな話だが?」

「ええ、そうよ。てか、なんでそんな当たり前なことユキが聞いてくるの? 知らないの?」

「知らん。ロガリ大陸にもイフ大陸にもゴブリンの女性は確認されていないからな」

「え? ほんと?」

「本当だよ。スタシアは知っていたのか?」


次に同じ新大陸で育ってきたスタシアにユキが質問をしてみると。


「えーと、申し訳ありません。ゴブリン村があるのは知っていましたが、詳しい生活様式などまでは全然。ですがまあ、村として存在して普通に生活しているのですし男女がいるのは当然だと思っていました。逆にウィードにいるスティーブたちが男性しか見かけないのは文化的なものかユキ様の召還によるなどの特殊な事情によるものかと思っていたので」


なるほど、スタシアも何が正しいのか間違っているのか判断がつかなかったということですね。

しかし、ゴブリンの女性ですか。

……想像がつきませんね。


「あー、こりゃ一度しっかり調査するべきだな。いや、この勘違い、思い込みが事前にわかってよかったと思うべきか。ハヴィアとかワズフィに伝えると喜びそうだな。エージルどう思う?」

「そりゃ喜ぶだろうね。僕もこの話を聞いてびっくりさ。そもそもゴブリンには男しかいないものと思っていたしね。この事実だけでもここに来た価値はあるだろうさ」

「だよなー。とはいえ、なんでだと思う? 『ゴブリンの女性』が存在するって?」


ふむ。

確かにユキの疑問はもっともですし、エージルという研究者の意見は私たちも聞きたいところです。


「いやー、現場を見ていないから何とも言えないさ。そんな中で『こじつけ』の理由なんて色々つけられるし。まあ、元々ゴブリンは魔石がなくても生物としてやっていけるっていうのはこのハイレンの結界が張っている中で証明されている」


それは今までの調査で分かっている。

そもそも『生物』として生きていける種はそのまま残ったが、スライムなどの完全な『魔法生物』は魔石が無くなった時点で消滅しているのが確認されている。

しかも、その被害にあったのはウィードのスライム部隊だった。

幸い最精鋭のスラきちさん部隊は持ちこたえたがそれでもキツイと言わしめたのだから。


「ここまではみんな知っているよね。だけど、それだけじゃ単に生きているだけで、子孫を残せるわけがない。ゴブリンの寿命っていう因子までは考えたこともなかったけど、エノラやスタシアの言うように『女性がいる』ってことはやはり相手がいないと子孫を残せない。つまり死滅してしまうってことだろうね。だから、いくつかの生物に見られるように『この環境が女性を発生させて。』ってのが僕の持論かな?」

「まあ、ありそうなことだよな。でも、もともとゴブリンはほかの生き物に子孫を残せるだろう? そのままでも良かったんじゃないか?」

「そこが注視するべきとことだろうね。ま、おそらくほかの種族に産ませられなくなったんじゃないかな? 魔石があったからこその男性種のみだったとかってことでは?」

「ああ、そういうことか」


私にはよくわかりませんでしたが、ユキは理解しているようでうんうんと頷いています。


「とりあえず、事前にそれが分かってよかった。特にゴブリンの女性を見かけたからってみんなジロジロ見るような真似は控えるようにな。相手が警戒するかもしれない」

「「「はい」」」

「あと、スティーブ。女性と付き合いたい場合はまず俺に相談しろよ?」

「いや、アルフィンだけで十分っす」


あー、そういえばいまだにアルフィンと『同棲』していましたね。

いい加減『書類提出』すればいいのに。

実質認めているのになんでウィードのゴブリンは面倒なんでしょうか?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る