第1225堀:魔術実演の理由
魔術実演の理由
Side:クリーナ
ユキは当たり前のモノのような顔をして魔術の実演をしているが、その内容は実に意地が悪い。
確かに今見せている魔術は全てどこの大陸のどこの国でも『基礎』とされてるものだ。
それを『実演する』に足らしめているのは、ただその出力を上げることで威力や範囲を広げたってだけのもの。
だが、そんな真似は余程魔力の制御と膨大な魔力がないとできない。
つまり、基本的には『私たち』にしかできないのだ。
まあ、極めて類まれな才能を持つ人がいればできるかもってレベルで。
実演してみせたのはそういったモノだった。
ごく普通の魔術をそういったとんでもないレベルで行使して見せることで、しれっとウィードの実力をみせつけている。
そのユキが本気になった場合の魔術はどんなものか私たちも知らないが、想像のはるか上を行くぐらいはわかる。
そんな私の感想をよそに、営業スマイルを張り付けたユキは子爵やフソラたちに今も魔術の実演を続けている。
そのアオク子爵はユキが振るうウォーターの規模を見て顔が真顔になっている。
あの営業スマイル、本来のユキを知っている身としてはアオク子爵が哀れでならない。
相手を信用していないよーって露骨な表れだからだ。
あのスマイルを万一にでも私に向けられたらそれだけで死ねる。
子爵も薄々それを感じ取っているんだろう。
「さて、こうして消火の準備もできましたから、次に行きましょう。フソラさんこちらを飲んでください」
「ふぇ? これはマジックポーションですか?」
「はい。魔力が空っぽでは魔術が打てませんからね」
ユキは先ほどのウォーターで魔力がスッカラカンになったフソラにマジックポーションを差し出している。
こちらにもマジックポーションはあって、基本的な効能もほぼ同じだ。
ただ、製作者によってその効果に上下があるぐらい。
そ、製作者によって。
普通初対面の人から物を貰ってそのまま飲むとか貴族ではまずありえないが、ユキへの信頼なのかフソラはためらいなく飲む。
もちろん、毒殺するなんて馬鹿な真似はしない。
「あ、美味しい。オレンジの味」
「ええ。普通マジックポーションは苦いですからね。口に合ったようで何よりです。それで魔力は回復しましたか?」
「えーっと、はい」
ソフラは自分のステータスを見てちゃんと魔力が回復してることを確認したみたい。
まあ、それは私から見てもわかる。
だけどそれだけじゃなくて、一時的に魔力に様々なブーストが掛かっている。
魔力増量、消費魔力軽減、オート魔力回復増加、うん、いつ見てもあり得ないポーション。
ん、これなら沢山練習ができる。
「よし、じゃあ、次だ」
ユキはそう宣言して、ファイアーボールの実演を始める。
先ほどのウォーターと同じように通常のファイアーボールからどんどん魔力量を増やして、最後には手数や範囲を広げていく。
ジュウジュウ……。
結果、荒れ地はドンドン焼け広がっていく。
とはいえ、用意しておいたため池を利用して延焼は防いでいるので問題はない。
「このように、基礎の魔術でも使いようということです。範囲を絞り込んで逆に火力を上げることもまたしかりです。どうしても規模と威力の両方を上げるということは、それだけ魔力の消費が跳ね上がりますからね」
「すごい! ユキ様すごいよ! ミコス様もすごい!」
「喜んでもらえて何よりです。なあ、ミコス、エージル」
「はい」
「そうだね。魔術に興味を持ってもらうのはいいことだよ」
むう。
今回のサポーターはミコスとエージルの2人だけ。
私も魔術学府の生徒だったからサポーターとして出てもよかったはずだけど、護衛をしてるんだから欲張りはだめか。
「基礎以外の魔術はどんなものがあるのでしょうか?」
「そうだねー。これも発想の問題なんだけど……」
ユキはそう言いながら魔力を使って土をボコッと盛り上げる。
「これはご存じ土の魔術で土壁です。で、魔術というのは基本的に同じ術を属性違いで使うことがよくあります。この土で作った壁を水や炎で再現するとどうなると思いますか?」
「……そのままですが、ファイアーウォールにウォーターウォールでしょうか?」
「はい、その通りです。そしてこの土の壁も炎の壁もそして水の壁でも相手の進行を阻むという機能に違いはありません。さてそれでは、この3つの中でどれが一番魔力の消費が少ないと思いますか?」
「魔力の消費ですか?」
ユキにしては珍しく細かいことまで説明している。
魔術をできるからできるというバカげた説明ではなく、理を一緒に説明しようとしている。
私からすれば簡単な問題だが、フソラにとってはこれまで気にしたこともなかった質問のようで少し考えてから……。
「土の壁でしょうか?」
「それはなぜでしょう?」
「えーっと、それはですね……」
フソラはそう言いながら、その場でユキほどの規模ではないが、自身の魔力量に見合った土壁がボコッと出してきた。
おお、土の属性も使えるみたい。
そう思っていると、次に炎、水の壁を出現させて……。
「土は一度出してしまえばその後特に魔力は要らないですけど、炎と水はこの形を維持するのに今も魔力を消費しているからです」
「はい正解です。ですから、敵に対して壁だけを用意すればよいのであれば、土を利用するのが魔力的に安上がりなわけです。それに、キーナオ子爵たちが座っている場所を水や炎で作られたら困るでしょう?」
「はい。それだと丸焦げになったりおぼれたりします。これがユキ様のいう発想なのですね?」
「そうです。まあ、いろいろな組み合わせや、新しい理論の構築とかもありますけど、そちらはハイデン魔術学院に行ってからのお楽しみですね」
そんな感じで、ユキの魔術実演は終わった。
折角の荒野なのに一面を焼け野原にしたりとかはなかったのがちょっと残念。
子爵にユキの実力を悟られるのはよくないけど、でもユキこそが世界で一番の夫だというのは知ってもらいたいと思っている。
ちなみに、ユキが作ったあの階段状の座席と机については折角だからとそのまま残すことになった。
何かの集会やイベントには使えるだろうということで、子爵が残すことを望んだ。
ん、これでこのアオクの町にユキの実力を示すモノが残った。
ヅフイア王国はユキやウィードのことを『ちゃんと』知るだろう。
そう、ちゃんとした認識を得るためには何らかの情報が必要だ。
これは今後このヅフイア王国で活動するために必要なこと。
大げさかもしれないが、これぐらいでちょうどいい。
あとは……。
私はエージルに近寄って。
「どう?」
ただ一言、端的にそう聞くと。
「おや、クリーナかい。こっちに来ていいのかい?」
「ん、ユキの護衛はリーアとフィオラがやっている。私は技術者として来た」
「ああ、そういえばそうだったね。クリーナって今じゃ護衛や外交官のイメージが強いけど、元々学府のランカーだったね」
「そのとおり。エージルやコメット、ザーギスには及ばないけど、ちゃんとした魔術研究者」
そう、私は『魔術の研究者』という立場もあるのだ。
ユキやタイキ、タイゾウという別世界からの発想でちょっと影が薄くなってる部署だが、魔術の効率化、新魔術の開発などちゃんとやっている。
「私が見るに、特に土壌の魔力関連は異常はなさそうだけど?」
「クリーナの言う通り特に土壌には問題はないよ。だけど、あれだけ盛大に魔力の放出を行っても魔物が湧く気配もないから、やっぱりここはハイレンの結界内なんだろう」
そう言いながらエージルはコール画面を開いて見せる。
既にアオクの町はダンジョン化しているので、いろんなデータを読み取るのも問題なく、そこには先ほどの実験データも記載されている。
その数値を見る限り魔術を使ったことによりここら辺の空気中の魔力は多くなっているが、それが溜まって魔物が発生するような予兆はないようだ。
「でも、これから経過確認は必要」
「そうだね。魔物が発生する要件としては、『人が出入せず』『魔力溜まりができる』必要がある。これはロガリ大陸で確認されている。とはいえ、この大陸はハイレンの結界のせいで魔力溜まりは出来ても、魔物化しないっていう特殊な地域だけどね」
「この大山脈の境の町がその範囲と確認できてるわけじゃない。油断は禁物」
「ああ、もちろんその辺油断する気はないよ。だからこそユキがわざわざ魔力効率の悪い魔術を実演したんだし。近くにゴブリンの村があるってことはこの場所で魔物が発生してもおかしくないってことだからね」
そう、ユキが魔術実演を受けた理由はこういう裏もある。
もちろん、フソラのお願いに応えるとか、ヅフイア王国でのウィードの知名度向上もあったんだろうけど、ただそれだけで終わらせるような人じゃない。
自慢の夫だ。
ふふふ……。
「ま、それはいいとして、クリーナはあのフソラ嬢をどう見た?」
「フソラ? どういう意味で? 彼女はまだ何も始まっていない。ただ魔術を知っただけ」
彼女はまだ入り口に立っただけ。
これからどうなるかは、本人次第。
才能があろうが、磨かなければ意味はない。
「ああ、まだ魔術を扱い始めたばかり。だからこそなんでも受け入れることができると思わないかい?」
「……確かに。下手に魔術を学んでゆくと、価値観が固まることが多い」
魔術師というのは、どこの大陸でも大抵希少であり、特に優れた魔術については秘匿性が高く、しばしば一子相伝なんていうのもある。
国として見れば、優れた魔術や技術は国家独自の物にするというのは分かるが、正直にいうと地球より上というのはない。
まあ、これ自体はそれほど問題ではない。
一番の問題は得てして頭が凝り固まって自らが信じるもの以外何も受け入れない状態になることが多いのだ。
『我が国こそが一番』。
これは国の士気を保つのにはしばしば必要なことではあるが、だからって何もしなくていいことにはならない。
そもそも技術なんて年々更新していくものだし、上を目指すことこそ研究者としての存在意義なのだが、なぜか我が国が一番というわけのわからない自信でもうこれ以上開発しなくていいという馬鹿がでてくる。
そういう手合いが権力者なんかにいる場合話が全く進まずに技術が停滞……。
……なるほど、だからエージルは聞いてきたのか。
「ん、エージルは今後のことも含めてフソラを育てたいということ?」
「そうそう。ヅフイア王国との伝手というのもかねて、味方をより強固にしておくのも悪くないと思ったのさ」
「……フソラをウィードで育てて、アホな思想に染まらないようにするか。それ自体は悪い考えじゃないとは思うけど、ヅフイアだけ優遇するようでまずいんじゃ?」
「確かにね。だから、クリーナにどう思うかって話さ」
むう。
難しい相談だ。
ウィードで教育をするのであれば、フソラはきっと器の広い心を持ってくれる可能性は高くなるだろう。
そしてその伝手からヅフイア王国の関係も色々できることは増える。
今回はユキの妻にってわけでもない。
あれっ、それならいいのかな?
それにヅフイアの方も子爵を含めて嫌とは言わないだろうし……。
「意外といい?」
「そう思うだろう?」
「とりあえずみんなに話す必要はある」
「そりゃそうだ」
ということで、私たちは早速セラリアたちに連絡を取ることにした。
さあ、どうなるのか。
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