第1224堀:魔術の基礎

魔術の基礎



Side:ミコス



「ミコス様、ハイデン魔術学院ってどんなところなんでしょうか?」

「えーと……」


ただ素直に好奇心と期待にキラキラと目を輝かせている少女の問いに、現実ってものをイヤというほど見せつけられて薄汚れちまったミコスちゃんは少し悩んでいた。

『学ぶ』ということは、なにも楽しいことばかりじゃないんだぜ、と。

というかハイデン魔術学院は確かに魔術の学び舎ではあるけど、同時にいろいろな国の貴族も集まってるので貴族同士の関係や外交までもが色濃く関わる場所だ。

そこまではっきり伝えちゃっていいのかな……。

と、悩んでたら。


「ミコス様?」

「あ、えーと、そのね……」

「あはは。フソラさん、魔術学院とはいえ魔術の勉強ばかりじゃないんですよ」

「えー、そうなのですか?」

「ええ。今おそらくキーナオ子爵の所で勉強していることも沢山やることになります」

「ええー」


ユキさんが口を挟んできたと思ったら遠慮会釈なくそこまで説明してしまった。

フソラちゃんは告げられた残酷な真実に顔をゆがませている。

言っちゃっていいのかなーと思っているとアオク子爵が笑い出し。


「あっはっは。フソラよ、魔術だけを勉強すればいいと思っていたのか? そんなわけなかろう。『魔術』とは人の英知の結晶だ。様々な知識があって初めて役に立つものだ。故にそれらおろそかにするなら、ハイデン魔術学院への留学は難しいやもしれんな?」

「ええっ!? ち、違います。そんなことは考えてません! ちゃんと勉強します!」

「そうかそうか」


あはははと笑いながらそんなことを言うアオク子爵に、顔をプーッと膨らませながら『頑張る』と言い返すフソラちゃん。

んー、なんかこれってミコスちゃんにも身に覚えがあるよ。

とーちゃんにハイデン魔術学院に行くって言ったらやっぱり同じような……。


「じゃそれも分かったうえで、フソラさんの参考になるように魔術を披露しましょう。確かに勉強は大変かもしれませんが、魔術が楽しいモノということ自体は間違っていませんからね」

「そうです。ユキ様の言う通りです。お父様、『魔術は楽しいもの』なのですよ! だから私は沢山便利で楽しい魔術を覚えてお父様たちに楽をさせたいんです!」

「おおっ。ううっ」


その唐突なフソラちゃんの言葉に思わず目に涙を浮かべてしまうアオク子爵。

なんて親ばかなんだ。

いやー、ミコスちゃんもサクラちゃんたちにプレゼントもらったときとか思わず泣きそうになったけど。


「そうだね。そういう気持ちを忘れないようにしようね」

「そういう気持ちですか?」

「ああ、魔術も勉強もどうしてもうまくいかないときっていうのがあるものだ。だけど、そんな時でもあきらめないというのは当然だけど、そもそも『なんで』魔術とか勉強とかをしているのかというのを思い出すのが大事だ。フソラさんは家族や町の人のために魔術を覚えたいんだよね?」

「はい! そうです!」

「うん。じゃあ、悩んだ時は『その気持ち』を思い出せばいい。そして、そんなフソラちゃんのあと押しを俺たちもさせてもらおう。準備もできたみたいだしね」


ユキ先生が立ち止まった先には遠くまで荒れ地が広がっている。

どうやら、魔術を打って問題ない場所に到着したみたい。

もちろん見学に来ているのはアオク子爵とフソラちゃんの2人だけでなく、付き添いの執事さんとか兵士の皆さんもいる。

さらにはミコスちゃんたちウィードのメンバーやコドリッシ外交官もいるからその総数は40人近い。

だからまずは……。


「さてさて、では、キーナオ子爵そしてフソラさん。さらには臣下の皆さん、そのままでは見づらいでしょう」

「「「?」」」


ユキ先生のその言葉にもアオク子爵たちは首をかしげるだけだけど、ミコスちゃんたちには何をやるか分かった。


「まずは、『見やすい場所』を用意いたしましょう」


ユキ先生はそういうと、それらしく呪文を唱えるふりをして……。


「よっと」


という掛け声とともに。


ズゴゴゴゴ……。


と地響きがして、地面が盛り上がって階段状の机と長椅子が登場した。

あれだ、形としては学院や学府にある講堂みたいな机と長椅子。

しかもざっと100人は楽に座れるだろうという感じで。


「「「……」」」


もちろんそれを見たアオク子爵たちは茫然としている。

ユキ先生お得意のパフォーマンスなんだよねー。

これ、学院長先生とかでも無理。

いやぁ、そりゃ今のミコスちゃんの実力ならできるけど。

なんて考えていてもポカンとしたまま現実に戻らないアオク子爵たちをどうするべきかと思っていたんだけど……。


「すっごーい!!」


そんな歓喜の声を上げてユキ先生に向かって駆け寄るフソラちゃん。

護衛のリーアとクリーナが一瞬ほんの僅か視線を鋭くしたけど、特に問題はないと見極めてそのまま動くことはなかった。

実際フソラちゃんはユキ先生の前でキュッと止まって。


「ユキ様、凄いです! あれって乗れるんですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。実際乗ってみましょうか。どうぞお手を」

「はい」


と仲良く手をつないで歩いていく姿は正直兄弟みたいだなー。

あ、アスリンちゃんたちと同じか。とか本人たちにいったら怒るだろうけど。


「わ、ちゃんと乗れる。おとーさまー!」

「お、おおっ!! 私もいいでしょうか!」

「ええ。安全性は問題ないのでどうぞどうぞ」


とユキさんが返事をすると、おつきの一人がサッと上がって一頻り確認した後、子爵と部下の人たちもゾロゾロと上がっていく。

ミコスちゃんたちもまだ広々と空いてるところに上っていく。


「おー、流石ユキ先生。けど、これってどうやったら壊せるんだろう?」

「流石ハイデン魔術学院の生徒だね。ミコスはわかったんだ?」

「いやー、エージルレベルじゃないけど。ちゃんとそれぐらいはね」

「じゃ、答え合わせと行こうか?」

「うへー。えーと、まず変質をかけて土から岩へ、さらに硬化で耐久アップ、付与で対魔力もかかってるかな?」

「うんうん。よく見ているね。あと汚れがつかないようになっているからササっと掃く程度できれいに掃除できるよ」


うん、やっぱありえないぐらい高性能な机と椅子だね。

ちょっと残念なのはユキ先生の作にしては『硬い』って所かな?

ま、ユキ先生のことだからそういうのもなんとかする便利魔術はあるだろうけど、今はそこまでする必要はないんだよね。

この場所でこんなものを作るというのは、ユキ先生の、ウィード全体の認識をして貰うため。

そして、今後色々手伝ってもらうためでもある。


「では、皆さんお座りいただいたところで、オレリア、ヤユイ、ホービス。お茶の準備を」

「「「はい」」」


ユキ先生はさらにオレリアたちにお茶の準備をさせる。

まぁ準備といっても、アイテムボックスに入れている常備のペットボトルのお茶を出すだけ。

ちゃんと湯呑とかに入れることもできるけど、今回はそっちを重視してるわけじゃないからね。

そもそも、ペットボトルってだけでも……。


「すご~い。キレイなガラスの入れ物だー。あれっ、でも不思議ー、これってやわらかいー!」

「ふむ、これは不思議ですな。おお、そしてこのフタで中身がこぼれるのを防いでいる。……これは便利ですな」


フソラちゃんはただ喜んでいるだけだけど、子爵はペットボトルの有用性を見出しているみたい。

もちろん、家臣の人たちも同じ。


「お茶も行き届いたことですし、のんびり飲みながら魔術をご覧ください」


でも、ユキ先生はそのことには一切言及すること無くそのまま魔術の実演を始める。

あはは、あとでまとめて話を聞くよってスタンスだけど、じらされた側は焦るんだよねー。


「では、基本的な炎の魔術から。ミコスいけるか?」

「はい。ファイアーボール」


本当に基礎中の基礎である『火炎弾』を発射する魔術をいわゆる通常威力で一発だけ打つ。

ま、これぐらいのことならできる人はこの子爵領にもいるだろう。

魔術師の人たちも家臣の中にいたし。


あ、ちなみに、今日カグラやエノラは仕事で別行動。

カグラはハイデンからの贈り物とか今後の予定の件で納品と書類仕事。

エノラはこの町にある教会へ訪問。

たった二日しかこの町にとどまらないからねー。

先に終わらせることにしている。

ゴブリン村から戻ってきてからここでのんびり話す余裕があるかはわからないし。

でも、カグラがここにいたらミコスちゃんもあっちの席でのんびり座ってられたのかなー?と思っていると……。


「はいっ、ファイアーボールでしたら私もできます」


と、シュピッと手を上げてアピールをするフソラちゃん。


「おお、それは凄いですね。でしたら、実演のお手伝いをして貰っていいでしょうか?」

「え? お父様?」

「ああ、構わないよ」

「はいっ。ではお手伝いいたします!」


ちゃんと子爵の許可をもらったうえで、椅子から降りてこちらに来るフソラちゃん。


「ありがとうございます。フソラちゃん」

「いいえ。それで私は何をしたらいいのでしょうか?」

「まずは、ミコスと同じようにあちらの的にファイアーボールを撃ってみてください」

「はい。むむむ……火球よ穿て、ファイアーボール!」


おお、フソラちゃんは少しラグがあるモノの、私と同じレベルのファイアーボールを生み出し、きちんと案山子的に当てて見せた。

精度も十分。

これなら充分にハイデン魔術学院でもやっていけると思う。

まあ、この程度だとまだ下っ端もいいところだけど。

でも、この年でこの実力は凄いと思う。

正直に言って、あの当時のミコスちゃんよりもよっぽどすごい。


「素晴らしい威力と精度、そして詠唱速度ですね」

「ありがとうございます!」

「ほかにできる魔術はありますか?」

「えーと、これ以外の攻撃魔術は……ないです」

「攻撃魔術でなくてもいいですよ。そうですね、ライトとかはどうでしょうか?」

「ライトですか? はい、使えます。光よ灯れ、ライト」


フソラちゃんは当然という顔で即座にライトを浮かべる。

ほほう。生活魔術も問題なくできるんだね。

まあ、普通はこれができてから、攻撃魔術に移行するんだよね。


「お見事です。では、ウォーターという水を出す魔術もできますか?」

「はいっ。水よ湧き出よ! ウォーター!」


今度はしっかりとウォーターを実演して見せる。

うん、これでライトとウォーターと基礎的なことができるのは確認できたね。


「ありがとうございます。おおざっぱではありますが、フソラさんが行った魔術は基礎中の基礎と覚えていただきたいです。そしてそれを応用することもお忘れなく」

「応用ですか?」

「そうです。例えば、たった今やってくれたウォーターですが……」


ユキ先生はそういうと、フソラちゃんが行ったのと同じウォーターを実演して見せる。

空中からチョロチョロとやや心もとない量の水が垂れてきている。


「魔術ではイメージが大切です。このように通常のウォーターだとまあせいぜい一人分の飲み水ぐらいの量ですが、もっと大量に」


ジョバババ……。


それが、ちょっと勢いの強いホースからの噴射に代わり。


「そして、もっともっと」


さらに水の量が増してドバドバと小さな川ぐらいの水が溢れ出てくる。


「すごーい! ユキ様、もっとできるのですか?」

「ええ。よっと……」


最後はめんどくさくなったのか詠唱をするふりさえやめて魔力だけ増大させ。


ドバパァァァ……。


うゎぁ、もう洪水といっていい量が出ている。

とはいえさすがユキ先生。まわりが水浸しになるようなことは無く、いつの間にか用意していた窪みに水を溜めるなんてことをしてる。


「うわー、池ができたー!」

「ええ。これが魔術のすごいところです。このように基礎的な魔術であっても、使い方によってはこうして土地を潤すこともできますし、もっと大量にそれこそ洪水レベルになれば、敵を押し流すこともできるでしょう」

「「「……」」」


というユキ先生の言葉に一瞬で目が鋭くなる子爵たち。

うん、当たり前だよね。

ただの生活魔術にすぎないウォーターが戦場で使える魔術にもなるっていうんだから。


「んー!! ユキ様、ちょっとしか勢いが強くなりません!」

「あはは、それはまだまだフソラさんの練習不足と魔力不足ですね。これを毎日練習することでより多くだせるようになっていきますし、そして魔力も増えていきます」

「そうなんですね。……ってあれ?」


フソラちゃんがフラフラし始めた。

ああ、魔力不足だね。

なのでミコスちゃんがそっと支える。


「あ、ミコス様ありがとうございます」

「いいんですよー。私もこういうのはよくありましたからー」


うん、懐かしいよねー。

さて、フソラちゃんを休ませつつ、ユキ先生の魔術実演は続いていく。

いったいどこまで見せるつもりんなんだろうね?


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