落とし穴番外:文化の違い
文化の違い
Side:ユキ
ジュウジュウ……。
そんな音を立てながらフライパンの中で今日のメイン食材が焼きあがってゆく。
なんと、昨日のシイタケのバターソテーが大人気だったため今日も同じ料理でってリクエストされてしまったのだ。
ホントは酒の肴として作ったのだが、豈図らんや子供たちまでが殺到し、あっという間に仕入れてあったシイタケが品切れ。
大ブーイングが起こったため今日も続けて同じ品を出すことになった。
まあ、それ自体は問題じゃない。
最大の課題は、こういうモノは焼きたて、作り立てが一番美味しいので、出来たてを食べてもらいたいし、そうじゃないと一番のおいしさは味わえない。
だから、俺だけでなく……。
「はい。できました。シェーラ様、アスリン様たちと仲良くお願いいたします」
「ありがとうキルエ」
「こっちもできましたよー。とはいえ、食べ過ぎは禁物ですよー。お嬢様」
「わかっていますわ。独り占めして食べたりはしませんわ」
と、こんな感じで料理を作る側が数人がかりでそれぞれが担当する食べる側のチームへ提供することでちゃんと美味しい状態で食べられるようにしているわけだ。
子供たちにももちろん俺がちょっと小さめのシイタケをソテーして渡している。
後は……。
「よし。そろそろ、俺たちも食べたいし自分たちの分を作るぞ」
「「「はい」」」
そう、この料理をいまだ食べていないのはもはや俺たちだけ。
さすがにおなかも減ってるしチャチャッと作って食べてしまおう。
そこは手慣れたもので、パパッと作ってテーブルに行くと……。
「……え、えーと、ユキってたしか王配だったよね?」
「そうだったはずだよ。ですよね、デリーユさん」
「うむ。ユキはウィードの王配で間違いないのう」
「あはは、そんな人が料理人をやってる上に、作る料理がここまで美味しいとなるとホント首をかしげるよねー」
と、シイタケと焼肉を食べながら雑談しているナイルア、ワズフィ、デリーユ、コメット。
そう、今日は家族だけでなく知り合いも加わったお食事会みたいになっている。
ちなみにここは、『師弟の席』だったんだろう。
「ん? なんだ、俺が料理すると問題か?」
「あ、いえ。問題ってわけじゃなくて……。なんで王配が自ら料理なんてしてるんですか?」
「だよねー。普通貴族って使用人に作らせるんじゃない?」
「あー、その認識は間違ってないな。時間を有効に使うためそういう雑事って言うとあれだが。それに、使用人を雇うことで雇用を増やすってのもあるからな」
俺はそう言いながら、シイタケソテーを自分の皿に取って食べる。
うん、バターと醤油が見事なハーモニーで美味しい。
「じゃ、じゃあ、なんで?」
「そりゃ、趣味だからだよ」
「趣味?」
俺の返答にポカンとしている二人。
だがそうとしか言いようがない。
「趣味だよ。趣味。料理とかするとストレス発散になるんだよ。まあ、そのほかゲームとかもするけどな。それにこうしてデリーユとかコメットが美味しそうに食べてるのを見るのも好きだ」
「うむ。妾もユキの料理は好きじゃぞ」
「ほんと、君は色々できるよねー。まぁ、だからこそのあの柔軟性なんだろうねー。ヒフィーも見習ってほしいよー。あ~、美味しい」
デリーユとコメットはそう言いながらシイタケを食べては顔をほころばせる。
料理を作る醍醐味というのはここにあるよな。
まあ、自分一人で救われるっていうのも確かにアリとは思うが。
で、その俺の回答を聞いたナイルアとワズフィはいまだに納得できないようで。
「……ほ、ほんと、変わってるよね。ユキって」
「だねー。ふつー上位貴族って偉ぶるのが仕事だと思ってたんだけど?」
「そりゃ偉ぶるのも仕事の一つではあるけどな。けど横暴に振舞って人を寄せつけないってのはまた別の話だしな。と、ホラ食べるだろ。ホイ追加」
と言いつつ、俺はシイタケの追加を渡すそれぞれの皿に放り込む。
2人は迷いもせずにそれを口に運ぶ。
「お、おいしい」
「うん。ありえないぐらい美味しい」
「そりゃよかった」
「そ、それで、なんで、ユキは偉ぶってないの?」
「そうだよね。あいつらはそうやって権威とかを示すんだけど。というか、横暴と権威って何がちがうわけ?」
「そうだなー。偉ぶるっていうのが権威を横暴で示してるっていうのは間違ってないな。相手の望まないことを権力を使って威圧することで言うことを聞かせることだからな。それが国を動かすときに大事なこともけっこうある」
この2人は、その権力とか権威ってのを小さいころから身をもって知ってるし、さらにはそれらに基づく横暴でひどい目に合ってきたからこそ、俺という存在は不思議なのだろう。
「じゃ、じゃあ、なおのことユキはなんで? 私、たちとかに偉ぶらないの?」
「そ、別にあんな馬鹿になれっていわないけど。ユキ様はそんなんだと周りから下に見られない?」
「ああなんだ、俺の心配をしてくれてたのか」
「そ、そうだよ。ユキは私たちを助けてくれている。いい貴族って、いうのは分かる」
「だからこそ、ユキ様たちがほかの貴族たちに馬鹿にされて貶められると困るんですよ」
なるほど。
人がいいのも大概にしておけってことか。
2人にとって俺は最後の砦みたいに見えるんだろうな。
でも、そんなことをいいつつも、2人とも俺が料理した肉やシイタケはしっかり食べているのは面白い。
と、そんなことで笑うよりも2人を安心させる必要が……。
「その辺りの心配はいりません。このあり方こそが旦那様の付き合い方の神髄なのですから」
「そうそう。こんな感じで、他国のお貴族様ともお付き合いをする中で心の内をぶちまけさせるんですよ」
キルエとサーサリも食べながら答えてくれる。
「ぶ、ぶちまける? あむ」
「どういうことですか? もぐ」
「あれじゃ、『フェイント』というやつじゃな。持てる力を誇示するのではなく、丁寧にというか、場合によっては下手にでることで相手が勝手に勘違いして威圧してくるんじゃよ。ぱく」
「で、私たちとしては、そんな誠実じゃない相手なんて願い下げだしね。ちゃんと礼儀がなっているところとしか付き合わないっていうやつさ。大陸間交流同盟の関係で単に国力にものを言わせてっていうのは効かなくなっているしね。これもーらい」
「ということだ。俺はわざとこういうやり方をしているんだよ」
俺もそう言いつつ、今度はスッとお肉に手を伸ばす。
今日は焼肉っぽいよな。
美味いからいいけど。
「そ、そうなんだ。で、でもユキはそれが自然に見える」
「うん。むしろ偉ぶるのは嫌って感じがする」
「そりゃそうだろう。俺は元々平民ってやつだしな」
「「はい?」」
おやっ、なぜか二人は目をぱちくりさせている。
「あれ? 俺の経歴は知らなかったか?」
俺がそう聞くと二人はブンブンと首を横に振る。
「旦那様の経歴については、今までの情報かく乱もあって、あまりに真実味がないかと。失礼いたします、あむ」
「あー、そうか」
そういや俺の『個人情報』については物凄く複雑怪奇なことになっている。
もともと、異世界人というのは隠しているし、セラリアたちと会ったときは一介のダンジョンマスターってだけだったが、これも公式には隠している。
で、ロシュールを支援したときはふらっと旅人。
そのあとは有名無実の貴族の位をもらったが、セラリアと結婚して、ルルアが来てシェーラが来て。で、ウィードとして独立することになって俺は公式には王配ってことになったと……。
それで大陸に行けば、傭兵団の団長としてジルバとエナーリアで大立ち回りしてたらいつの間にか立場上継承権のない王族末端指定を受けて……。
「うん。改めて考えるとホントわけわからん内容だな」
「ですよねー。私でもこんがらがるぐらいですから、お二人が理解できないのは当然かと。いただきます」
「とりあえず、2人が認識してる俺の立場ってのは『王配』ってことだろう?」
「あ、う、うん」
「でも、納得かな。元平民ってことならそりゃ偉ぶるのはあれだよね。だからそういうやり方になるわけかー」
「まあな。それに偉ぶってたら二人ともこうしてのんびり話しながら食事とかできないしな。ってことで、俺はこっちの方がいいんだよ。いろんな意味でな」
「あははは。ユキに私が、と、突然、こ、声をかけても首を切らなかったのはそのおかげ、かな?」
「だろうねー。ナイルアのあのアピールの話聞いたけど、普通だったら無礼打ちだよ」
「そこ、は考えて、たけどね」
まあ、あの時のナイルアはホントに一か八かって感じだったのはわかる。
このままじゃ、良くても一生逃げまわるかひっそり暮らすかしかなかったしな。
「じゃ、ナイルアのその勇気のおかげでこうしてくだらないことなんかも話せるんだ。沢山食って祝うといいさ」
「そうじゃな。今日は宴会じゃしな。ほれもっと食うがいい。明日からも研究じゃろう?」
「そうだよ。ハヴィアの遺体も見つけてあげたいしねー」
「う、うん。ハヴィア先輩のため、にも」
「あ、そういえば。ハヴィアと一緒に研究してるんだよな? 今のところ問題はないのか?」
とコメットに聞くと。
「ああ、全く、全て、パーフェクトに問題なし。普通に仲良くやってるよ。とはいえ、全員夢中になると完徹どころか連徹なんて当たり前だからね。そこらへんコントロールするのは大変だねー。エージルがいる時はユキが晩御飯って呼びにきてたからよかったんだけど、今はゴブリン村に移動中でいないだろう?」
「あー、そっちでか。というかいい加減自活できないとヒフィーが怒るぞ? ちなみにそっちの二人は普段どういう食生活してるんだよ」
と俺が問いただすと、2人は少し目をそらしつつ……。
「ス、スーパーラッツってべ、べんりだよね」
「あはは、冷蔵庫に冷凍食品を買って放り込んどきゃいつでもおいしいものがいつでもチンで簡単だし……。ま、あとは外食かな」
「わかるわかる。あれさえあればどうとでもなるよねー。まあ、私の場合はガチガチヒフィーが来襲して連れてかれちゃうんだけど」
はぁ~、だめだこいつら。
本当に研究一筋の馬鹿どもだ。
「キルエ、こいつらの給料は全てこっちで預かるって方がいいかな?」
「はい、健康を考えるなら当然かと。それだけではなくお風呂の話もでていないので……」
「ちゃんとお二人とも入浴していますか?」
「「へ? そんなの魔術で済ませているけど?」」
おい、とんでもないことを言い出してきたぞ。
研究一筋すぎてそこらへんまでおろそかになっているとは。
いや、魔術が使えるからこそか。
「とりあえず、直ちに2人とも風呂場に直行だ。飯の続きはあとだな」
「「ええー!?」」
「えーじゃない。クリーナ、サマンサ、手伝ってくれ」
俺がそういうと別席で食べていたクリーナとサマンサが即座にやってくる。
「……ん、二人とも『衛生観念』というのを教えてあげる」
「ですわね。まさか、そんな状態で子供たちと触れ合っているとは」
「ちょ、ちょっと、まって、なんか私たちが汚いみたいな……」
「だから魔術でちゃんとしてるって。そもそもお風呂なんてお金持ちの貴族がたまぁに入れるもんだろう? あの訓練の時は特別に使わせてもらっただけで……」
あー、そういうことか。
「デリーユ。スーパー銭湯とかの案内は?」
「ん? 訓練漬けで、そういえばそういう話はしておらんのう」
「あちゃー。今度連れて行ってあげないとね。とりあえず、一緒にお風呂に行ってのんびりしようか」
「うむ。それがよかろう」
とまあ、こんな感じで、今更ながらナイルアとワズフィはウィードにおける『お風呂』というモノをちゃんと認識して毎日お風呂に入るようになったらしい。
はぁ、文化の違いって本当に大変だよな。
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