落とし穴番外:もう一品

もう一品



Side:ミリー



「フゥ、今日もつかれたー。さぁて、サッサと帰ってユミたちと触れ合って癒されよ―」


そう、私はいつものように冒険者ギルドの仕事を終えて家路についたところ。

転移の魔術を使えば一瞬で戻れるんだけど、基本的にウィード内では要所要所に設置した転移門を利用して移動するというのがルールなので、私もそれを守っているの。


まあ、こうして道すがら町を見ながら帰るのも好きなんだけどね。

なにしろこのウィードの街は、多くの人が行きかっていて、しかも笑顔であふれている。

この光景を『私たち』が作り上げたんだっていうのが今でも時々実は夢じゃないかと思う時がある。


「……私たちかぁ」


そう、ここに来てしばらくは愛しい旦那であるユキさんのおかげ、ユキさんのおかげって言ってたんだけど、いまじゃ素直に私たちの手でって言える。

それだけ私たちがみんな頑張ってきたということだし、ユキさんがあの時自分のおかげって言われるたびに苦笑いしていた理由もやっとわかってきた。

そう、この『ウィード』は誰か一人だけの力によって作られたわけじゃないんだって。

確かにここに、この場所にこのダンジョンを造り、今や他所の大陸にまでその名を知られるウィードという国の器はユキさんが用意したものだ。

だけど、それだけじゃユキさんがよく言うように『国』にはならない。

そう、人がいなけばね。


その最初は私たちだったし、それをこうして大きくしたのはここで暮らす人たちみんななんだ。

だからこの国はみんなで作った国。

そう、私たちの手でここでここまでやってきたんだ。

などと感慨にふけっていた最中、そういえば今日はある『特別な日』だったんだと思い出す。


「あ、そうだ。お酒買っとかないと」


ユミたちが生まれて随分お酒を飲む回数は減ったけど、それでも禁酒をしたわけじゃない。

ちゃんと節度を持って飲む日を決めてあるし、特に今日はお酒を飲みたいメンバーと一緒にユキさんが作るラーメンをつまみに一杯やる予定なのだ。

そのラーメンは子供たちにも大人気。

なんだけど、塩辛い食べ物なので家での食事としては一週間に一度ってことになってしまっている。

でも、それも子供の成長を思えば仕方がないこと。

とは言っても、実際ラーメンや餃子が大好きな私たちにとって、それはそれはつらいことだった。

なにせ、ユキさんが作ってくれるのはホントすごく美味しいのはもちろん、飲んだ後とか小腹がすいた時とかには私たち自身で作って食べることがあるんだけど、それでも子供たちの手前ラーメンの回数は減っている。

今日はそのラーメンが大手を振って食べられるのだ!


だからそれに合うお酒を準備するのは人としての義務だろう。

そのためにDPを使って地球製のいいお酒を仕入れることもできるけど、でもそんなことしてるとこっちの世界のお金を使わないからたまる一方なのよね。

なにせ曲がりなりにも私もギルド地区の代表を務めているからお給料が発生している。

それもかなりの額。

まあ、『地区代表』をいう一組織の長を務めている上に、『このウィードを作った一人』なんて大仰な肩書まであって、高給取りじゃないとまずいのはわかるけど。


「でも、忙しすぎると使う暇もないのよねー。というか、そもそも買いたいものがあまりないのよね」


そう。私が『本当に欲しいモノ』はユキさんやみんなからもらったのだし、それはお金なんかで買えるものじゃない。

だから趣味のお酒とかにちょっと使って、残りは教会とか孤児院に寄付しているのよね。

ほかのみんなも基本的に同じじゃないかしら?

いや、ラッツとかはそれで個人的に商売しているか。

私もそれには少しだけど資金援助はしているし、うーんそっちの方面でもお金使ってみるべきかしら?

そんなことを考えつつ、私はここのスーパーラッツへと入っていく。

そう、最近はなんと冒険者地区にもできて、さらに商売の範囲を広げている。

当初は他国からの冒険者などの荒くれものが集う所じゃさすがにスーパーラッツを展開するのは治安上無理じゃないかとみんなが思っていた。


「いやー、最初は私もここだけは無理だと思ったんだけどねー」


私はそんなことをつぶやきつつ、買い物かごをもって店舗内を歩く。

そこではごく当たり前のように冒険者たちと一般人が一緒に買い物をしている。

これも今じゃ見慣れた光景だ。

それもこれも、ユキさん曰く。


『元々防犯の体制は整っているからな。あとは起こりにくくするために、しっかり警備をしてますよということを示すために警察官とかを多くすれば問題ないだろう』


がホントだったからだ。

そう、問題が起こる場所ならそんなことしなくなるように警察官を常駐させればいいじゃないかということだったの。

ということで、このスーパーラッツの横には交番と冒険者ギルドの簡易窓口があり、店で問題を起こせばすぐに対処されることになるわけ。

わざわざここにそれだけ人員を割く価値があるのかという疑問もあったのだけど……。


「今日も買うぞー!」

「「「おー!」」」


そんな掛け声を上げながら冒険者たちがかごをもって店に突入してくる。

もちろん持っていた武器はちゃんと指定の場所に預けて。

ちなみに今入ってきた連中は私も見たことがあって……。


「あ、ミリーの姐さん。買い物ですか?」

「そうよ。そっちも買い物?」

「ええ。今日は稼げたんでさぁ」


そういえば、さっきギルドの買取所で少し騒いでたわね。

珍しい素材が出たとか。


「なるほど。じゃ、今日は飲み会? だったらお店に行った方がいいんじゃない?」

「いやー、夜遅くまでやる予定ですし、大金が転がり込んだわけじゃないから節約もしないといけないんで、こっちなんですよ」

「そうそう、それにスーパーラッツの食品だって十分美味しいですからねー」

「そうそう。肉も塩コショウかけりゃマジでうまいし」

「酒も沢山あるし。ってか、飲み屋で飲むと倍額以上とられるっすからね」


おお、案外今後のことも考えて節約しているのか。

そして、確かにスーパーラッツで買い物する方が安上がりというのは事実だ。

お店で食べるとどうしても高くつくのよねー。

こんな感じでこのお店を利用する冒険者が結構いるのだ。

つまりこのお店はいろんな意味で冒険者のお助けも担っているし、売り上げも警備を増やした分を含めても問題ないくらい十分に稼げているわけ。


「ま、羽目を外しすぎて警察のお世話にならないようにね」

「「「うっす!」」」


と一応一言注意して、お酒コーナーに行ってどれにしようかと選んでいると。


「ユキの兄貴、ミリーの姐さんなら……」

「ユキさん、こっちですよー」

「「「はやっ!?」」」


なぜか驚いている冒険者たち。

馬鹿なの? 夫の気配があるなら妻は何をおいてもすぐに行かなければいけないのよ?


「お、ミリー。仕事終わってるんだよな?」

「はい。今日は終わりました。それで家でのむお酒を選んでいました」


と言いながら私は買い物かごを見せる。


「ちょうどよかった。ラーメンのついでにおつまみ一品増やそうと思ってな。何か食べたいものがあるか?」

「本当ですか!?」


うゎー、ユキさんの料理が一品増えるということは、今日の食卓が豊かになるということ。

しかもお酒のおつまみの追加だし、なおのこと嬉しい。


「んなことで嘘を言ってもしかたないだろう。で、何か食べたいものあるか?」

「そうですねー。少し見て回っていいですか?」

「ああ、何か良さげなモノがあるだろう」


ということで、私とユキさんは一緒にスーパーラッツを回ることになる。

私一人じゃあまり寄らない食材コーナーとかね。


「そうだな、お肉系はどうだ?」

「お肉かー。でも今日はラーメンですよね? チャーシューを別で頼む予定でしたし……」

「あーそっか。チャーシューだけでもおつまみには十分だもんな。それなら野菜系で探してみるか?」

「野菜ですか? 揚げ茄子のお浸しとか?」

「それもいいなー。でも、それって普段飲み屋で食べてるだろう?」

「まあ、そうですね」


そう、飲み屋では意外と野菜系のお通しも多いからそれをアテにお酒を飲んでいることはよくあるし、追加で頼むこともある。


「じゃ、別のもので……といいのがあるな」


ユキさんがそう言いながら手に取ったのは……。


「へぇー、大きめのシイタケですか?」

「ああ、これに塩コショウをまぶして焼いて、バターを落とし、しょうゆを垂らすと美味しいんだ。キノコソテーってところか」

「へー。アレですかパスタでバター醤油味みたいな?」

「そんな感じだな。で、このシイタケは大きいから食べ応えあるぞ」

「美味しそうですね。じゃあ、これにしましょう」


ということで、10パックほどを適当にかごに入れる。

なにせ我が家は家族沢山だからこれぐらいあってもすぐになくなる。

よし、これでおつまみが増えてうれしーと思っていたら、ユキさんとの間に横合いから手が伸びてきてガサガサと大量にシイタケを取ってゆくヤツがいる。


「ユキの兄貴、その作り方詳しく教えてもらっていいですか?」

「ああ、いいぞ。といっても特に難しいモノじゃない。さっき言ったことをするだけだよ。まあ、あえてコツと言えばシイタケにバターや醤油を落とすときはこの傘の部分に入れるんだ。フライパンの方に落とすんじゃなくて、シイタケを器に見立てるってのが大事だな。それで味が濃厚になる」

「「「ふむふむ」」」


あれぇ、なんか私の脇で料理教室が始まった。

というか、こいつら私とユキさんのラブラブ時間を邪魔するとか、ありえないんですけど……。


「けっこう濃厚になりやすいから最初はちょっと少なめにして作ってみるといい。それで食べてみて調整する。これぐらいか」

「なるほど。それなら俺たちでもできそうだ。ありがとうございます!」

「安く旨くがいいからな。気にすんな。じゃ、また今度冒険の話でも聞かせてくれ」

「「「はい!」」」


ウフフ。ホントユキさんって冒険者たちにも大人気なのよね。

最初のころはひょろいとか言われて馬鹿にされることもあったけど、そんなの気にせずいつの間にか仲良くなっているのよね。

なんてことを考えつつ、ワイワイと別なものを買いに行ったその冒険者たちを見送っていると……。


「さ、俺たちもサッサと済ませて帰るか」

「はい」


ってことで私はユキさんと仲良く手をつないで買い物をすませて家に戻り……。



「「「おいしー!!」」」


と、今日も美味しい夫の手作り料理を満喫するのだった。

お酒にはやっぱり美味しい料理よねー。

あー、あまりに美味しくて太りそう。


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