落とし穴153堀:夏の怪談リバイバル 帰還そして夏の続きへ
夏の怪談リバイバル 帰還そして夏の続きへ
Side:デリーユ
妾たちは、ユキたちが泊まっておった部屋の前に集まっている。
あれから無事にユキたちが、部屋の鍵を手に入れたのを確認したからじゃ。
「とはいえ、脅かすというよりも、どこぞのアトラクションになってしもぅたがのう」
妾がそう言うと、隣でふくれっ面をしているルナが口を開く。
「仕方がないでしょう。まさか、ハイレンが誘導に従わないどころか、いきなりドンピシャで鍵を見つけるとか、いくら女神でもありえないわよ」
恐るべしハイレンじゃな。
なんぞ予想のつかぬことをするじゃろうとは思っておったが、まさかいきなり当たりを手繰り寄せるなどとは思わなんだ。
「ま、そういうこともあるわよ。まぁ、私としては旦那が凛々しく戦う姿が見られて嬉しいわ」
「はい。旦那様があのように颯爽と立ち回る姿を見れたことは幸せです」
そういうのはセラリアとルルア。
それに続くように他の嫁たちも頷く。
「まさかここでユキの格闘、近接戦闘を見れるとは思いませんでした」
「うん。かっこよかったー……」
「ほれぼれした。ユキは魔術がなくても戦える最強の夫」
「とはいえ、常ならばユキ様があのように戦うことはあってはなりませんが」
うむ。魔力なぞなくとも素晴らしい動きじゃった。
まあ、その動きになんというかぎこちなさを感じたのは、おそらくは扱いなれぬ斧なぞという得物を持っておったからじゃろう。
いや、逆か。初めての得物を持って、それを手放すことなく敵を全員叩きのめすことが出来ることがどんなに難しいことか。
……だけでなく、タイキとタイゾウに至っては椅子やテーブルを武器にしておったからなお驚きじゃ。
ああいうのはゲームだけかと思っとったが、ああいう能力が制約された空間では逆に質量兵器としてかなり優秀ということじゃな。
そして、今回誰より称賛するべきは……。
「流石! 私の旦那様です!! ねえ! コメット!!」
「あーあー、そろそろ体をゆするのやめてくれない? タイゾウがすごいのは良く分かったからさ……うっ吐きそう」
そう、ヒフィーの旦那であるタイゾウじゃ。
スッと壊れた椅子の足を手にしたと思ぅたら……。
『チェェェストォォォ!!』
と、豹変しおった。
あれぞ侍というのじゃろうな。
刀に似た獲物を手にしてスイッチが入ったようで、鬼の如き動きで敵が動けなくなるまで叩っ斬りおった。
まあ、切ったといぅても、得物がかすった処に斬り筋が入る程度じゃが、当たったやつらは皆不幸にもそのまま崩れ落ちた。
無理もない、タイゾウの剣は二の太刀いらずの示現流。
相手を一刀のもとで斬り倒す剛剣じゃからのう。
……今更思ぅたが、日本人は魔力やスキルなぞなくとも強いんじゃないか。
で、そんな益体もつかぬことをあれこれ考えていたが、ふと気づいた。
「のう。なにやらユキたちは遅くないか?」
「そう言われるとそうね。鍵を手に入れたから部屋に戻るって話を聞いてこっちに来たから、ちょうどここで会うぐらいかと思っていたんだけど、出て来ないわね」
「何かあったのでしょうか?」
そう、ユキたちの帰りが妙に遅いのじゃ。
何ぞ思わぬトラブルでもあったのかのう?
しかし……。
「ルナ。他に隠し玉でもあったのか?」
「……いえ、そんなのないわよ。ハイレンがあっという間にカギを持っていっちゃったから全員投入よ。でも、まさかハイレンには逃げ切られて、しかもユキたちにやられるとか……。あーもう。もうちょっとゲテモノを入れるべきだったわね」
この様子を見る限り、何ぞルナがまた仕掛けたようなことはなさそうじゃな。
となると、問題は、向こうの部屋からこちらへ帰るのに手間取っとるということになるが……。
「ルナよ、こちらに帰るには手に入れた鍵で部屋のドアを開けること以外に何ぞ面倒な手順がいるのかのう?」
「いえ、そんなところで面倒な仕掛けはしていないわ。鍵を手に入れればそれで終わりって内容よ。鍵を開ければ、いつの間にかいつもの部屋に戻っているってオチ。まあ、一般人ならただ妙な夢を見ていたって感じで終わるわね。これなら、新しい宿泊付きで一夜のスリルを味わうツアーとして行けると思わないかしら?」
「流石にこれじゃ強烈すぎるから駄目よ」
セラリアの速攻否定に妾たちも同意してうなずく。
突然あんな環境に放り込まれて正気でいられる者が一体何人いるじゃろうか?
ハイレンのように泣き叫んで動けなくなるのが関の山じゃ。
と、そこはいい。
今聞きたかったのは、ユキの安否じゃ。
「まだ戻ってこぬのはおかしいと分かった。であれば、一度戻って状況を確認……」
ガチャ……。
そう言いかけた瞬間、目の前のドアが開く。
「ったく、とんだ一日だったな」
「ですねー。まあ、でも濃い一日だけで済んだともいえますけどね」
「普通なら。後始末も含めて1か月は時間がとられる案件だな。ともあれ、まずは風呂に……。と、皆さんおそろいで」
どうやらいらぬ心配だったようじゃな。
ユキたちはすっかり草臥れ果てた様子で出てきた。
そして……。
「ねえ!? なんで無視しているのよ!!」
「まあまあ、ハイレン様。落ち着いて……」
なぜか、ハイレンと……赤いワンピースの女までが出てきおった。
ん? いや、赤いワンピースの女は……。
「あっ、サーシャ!? そういえば、いたわね!!」
「ノリコさん。ひどいです……」
そう、サーシャといぅたか。
確か、ユキたちを脅かすためにわざわざ連れてきた要員じゃったが……。
「まあ、それも仕方ないです。ユキさんたち、最初から無視してましたから……」
そうそう。ユキたちは端から警戒して、全く近寄ろうとはしなかったのう。
それから確か……。
「そう言われてもな。あまりにあからさますぎてな。なぁ?」
「ですねぇ。誘われたのについていくとすごく面倒になるのは目に見えていましたからね」
「とはいえ、いつまでも何も情報がなければ、そちらに行く予定ではあったんだが、その前にハイレン殿が鍵を持ってやってきて全て終わったからな」
うむうむ。
斧男を倒したあとは、ハイレンが騒いだかと思ぅたら、一気に終わってしまったからのう。
「そうだな。もともと諸悪の根源はそこのハイレンとかいうやつだ」
「なんで私が全部悪いみたいな言い方になっているのよ!」
「いや、事実だろう」
「むきー!!」
間違いなく事実じゃからな。
ハイレンのミラクルで、ホラーモノから一気にバトルモノになってしもぅたからのう。
あれはあれで随分と楽しめたから、これも妾たちにとってはラッキーじゃがな。
「ぷっ、あはは……。皆さん本当に楽しいです。こんなこと、生前にはありませんでしたから」
「生前? サーシャさん、あなたには記憶があるのですか? 自分がどうやって死んだのかを?」
ルルアはサーシャに生前の記憶があるということで興味を持ったようじゃ。
確かに、珍しい事例じゃな。
普通であれば、アンデッドは生前の記憶なぞ持たぬ。
単に本能に従い人や魔物を襲うだけの単純な生物となり果てておる。
稀に多少、記憶がある者もおり、生前の、死亡するその時までやっておったことを覚えているものもおるが、そういう輩はそれだけに固執しおって会話なぞ成立せぬ。
なので、サーシャのようにしっかり話せる幽霊とは珍しいのじゃ。
そのサーシャはルルアの顔をみながらはっきりと……。
「はい。私は死にました。ですが、どういう風に死んだのかまでは覚えていません。だけど、ほぼ確実に病死だと思います」
「病死?」
その言葉にルルアが首を傾げる?
なぜそう言い切れるのか、と問いただす前にサーシャが再び口を開く。
「私、病気だったんです。外を出歩いたこともなくて。窓の外の人々が行きかう様子をずっと眺めていて、いつか……。と思っていたら、お父様からいただいたお気に入りのこの赤いワンピースを着て、町に立っていました。その前に、ちょっといつもより苦しい発作があったんで、多分……」
「「「……」」」
その説明を受け、みんな沈黙する。
なるほど。確かにそれは……死んでいるという判断が間違っているとは言い切れんのう。
そして、何ともやり切れん話じゃな。
と、思っておると。
「へー、そうだったんだ」
「「「……」」」
なぜか、ハイレンの初めてそれを知ったかのような反応に、皆別の意味で沈黙した。
この女神は本当にネジが一本二本外れておるなと。
ところがじゃ、その程度でこの女神は終わらなかった……。
「でも、これから楽しめばいいんだよ。お化けだからって無視なんかされないし、過去を振り返っても仕方がない。今を楽しもう!」
「……ふふっ。はい、そうですね。まあ、ユキさんやセラリア様からお許しをいただければですが」
今から楽しめばいいか。
簡単に言ぅてくれるわ。
じゃが、それが真実か。
過去を変えることなぞできぬ、であるなら今からを変えていけばいい。
それを、相手の心情を何一つおもんぱからず言い放てるハイレンは、間違いなく女神そのものなのかもしれん。
はた迷惑なのは変わらんが。
「だって。ユキ、セラリア。サーシャがウィードにいることを許してほしいの!」
「よろしくお願いいたします」
……なんという見事なタイミングか。この流れでその様なことを言われ、断れるものはそうそうおるまいて。
死して後ここへ訪れた者をたたき出すような真似なぞすれば、妾たちは非情な統治者といわれる。
「別にいいんじゃね。仕事もあるしな」
「ま、そうね。今更幽霊の一人や二人増えたところでね」
とはいえ、それについてはそこにいるノリコという前例もあるから、なにも問題にならんのじゃが。
単にウィードに新たな住人が増えたというだけじゃ。
「やったね! サーシャ!!」
「はい、ありがとうございます」
ハイレンもサーシャも嬉しそうに抱き合って喜んでいる。
うむ。素晴らしきかな。
女神と幽霊の友情?か。
とはいえ、それでシャンシャンと終わる筈がない。
「で、サーシャとハイレンを表に出して、ハッピーエンドでめでたしめでたしで終わると思うなよ?」
そう言いながらユキはさっと手を伸ばし、撤退しようとしているルナを一瞬で捕まえる。
「ちっ!! そこは、めでたしめでたしでいいでしょうが!! 童話に続きを求めるのは無粋よ無粋!!」
「うるせえ! 状況から見るに、嫁さんを唆してあの大規模異界を作ったんだろうが!!」
おおぅ。見事にばれておる。
ここは、素直に謝ろう。
「「「ごめんなさい。あなたの驚いている姿が見たかったんです」」」
妾たちは即座に謝る。
ユキに嫌われるとか、自殺ものじゃからな。
「あぁ、わかる。好きな人の違う一面はみたいもんな。俺もみんなの違う一面、知らないところは見てみたいからな」
おお、なんという器のでかい夫か!
理解のある夫で本当によかった。
「私も同じよ! だからいいじゃない! いつもあんたは仕掛ける側なんだから、いつもと違う感じで楽しかったでしょう!」
「ちっ、まあそれは事実だからな。とはいえ、あの幽玄旅館のことは……」
「ああ、あれは私の創作だから何も問題ないわよ。亡者もああいう死人も実在しないわ。ま、あれは他の事件からの流用ね」
「そうか、それならいい」
「ですね。我々の心残りはあの人たちでしたから」
「うむ。配役としての存在であったならよかった。あれが実際の事件の人物なら無理やりにでもと思ったが」
確かにな。あの異界の旅館で出てきた死人たちが実在の人物なら、あんな世界に閉じ込めておるんではなく、さっさと成仏させてやるのが妾たちが最後にできる手向けじゃろう。
ま、その心配もないようでなによりじゃ。
「そうか、じゃ、俺たちはゲームに戻るとするか。歓迎会はまた後でな。あ、その時はルナが費用持ちな」
「ですね。まだまだやりこみましょう」
「せっかくの休みですからな。ヒフィーさん、では今日は失礼いたします」
と、そう言ってパタンと扉が閉じられる。
「「「あれぇぇぇぇ!?」」」
普通なら、ここからはみんなで仲良くっていうのが定番じゃないか!?
妾たちの違う一面を見たいってことで、共に遊ぶんじゃ……。
しかし、そんな妾の願いも虚しく、扉は閉じたまま……。
『今度の降下ポイントはここな』
『りょーかい』
『では、私はちょっと離れたところに……』
夏休みはまだまだ続くのであった。
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