落とし穴152堀:夏の怪談リバイバル 女神という名の災難と救い
夏の怪談リバイバル 女神という名の災難と救い
Side:ユキ
「ぎゃぁぁぁぁ!! おばけぇぇぇ!!」
そんな叫び声をあげながら、近くにある物を手当たりしだい投げつけてくる女の名をハイレンという。
一応、新大陸と呼ばれる、俺の嫁さんでは、カグラ、ミコス、エノラ、スタシアたちが信仰するハイレ教が祭る女神様その人である。
それが、ガチで恐怖の叫び声をあげながら、ポンポンと物を投げてきている。
「おい。へっぽこ女神。落ち着け」
「誰がへっぽこ女神よ!! って、あれ? ユキ?」
へっぽこ女神呼ばわりで正気に戻るっていうのはどうなんだろうなと思いつつも、その程度のことをいちいち指摘していては話が一向に進まないような気がするので今はスルー。
まずはこの場を脱出するのが先決だ。
「そうだ。そして、タイキ君もタイゾウさんもいる」
「どうもー。こんばんはって言うべきですかね?」
「まあ、夜なのだからこんばんは。なのだろうな。どうもハイレン殿」
「あ、ども、こんばんは。2人ともって、そうだ! 私はあんたたちに用事があるのよ!」
「そりゃ、よかった。俺もそっちに用事がある」
「え? 何? 私はあんたたちを愕かしに来たんだけど?」
「「「……」」」
よし、やっぱりこの状況は意図的に作られたものということが確認できたわけだ。
犯人は……じゃなくて、バカはさすがによく喋る。
「単刀直入に聞こう。帰る方法を教えろ。時間がかなり経っている筈だ。出られた時には休みが終わりとかシャレにならないからな」
「ああ、そこは大丈夫よ。ルナ様のお力でこの空間の時間は止まっているから。あと帰る方法は分かんない」
「「「……」」」
本当にバカはよく喋る。
なるほど、だからこんな大掛かりな仕掛けにしたわけか。
つまり、持久戦はほぼ意味がない。
当初はルナが飽きるのを待つという考えもあったが、向こうの首謀者にルナがいるのなら、こっちを動かすために敵の増援が確実だということ。
そうなれば、ジリ貧になる可能性が高い。
となると、なるべく早く脱出することが望ましいな。
「よし、裏が取れたし、さっさとこの場所を離れましょう。ルナが何か仕掛けてくるのは目に見えています」
「そうですね。でも、どこに行きますか? ハイレンは何も知らないようですし」
「玄関はダメだったから、次に目指すのは、関係者用出入口だ。土砂に囲まれたこの状況では可能性は低いだろうが、それでも確認する意味はあるだろう。ここで無駄に悩むよりましだ」
タイゾウさんの言葉に頷いた俺たちは早速部屋を出て、目的地に向かおうとすると……。
「ちょっと! おいていく気!?」
なぜか、うるさいのが話しかけてきた。
「置いていくも何も、ハイレンは俺たちを愕かすんだろう? それが一緒についてきてどうするんだよ」
「あー、そういえばそうだったわね」
「「「……」」」
あまりに予想外すぎる反応に、思わず沈黙してしまう俺たち。
はっ、なんてやつだ。
というか、本当にこいつの頭の中はどうなってやがる。3歩歩けば忘れる鳥頭か。
本当によくソウタさんとエノルさんはこれに付き合っていられたな。
俺なら、速攻無視を決め込んで放置だな。
ま、今はこのまま置いていこう。
脅かすって言っているからな。
「……ま、思い出したみたいだな。ということで、俺たちは先に出るから、じっくり脅かす方法でも考えててくれ」
「そうね。じゃ、がんばってー」
バタンッ。
よし、これで自然と別れられた。
無事アレを置いて部屋の外に出られて、ほっと一息だ。
「ユキさん。よかったんですかね?」
「アレを連れて歩けるとはとても思えない。それにさっきも言っただろう? ハイレンは俺たちを愕かす側だ。それが一緒に付いて来てどうするんだよ」
「確かにな。彼女は彼女でやることがあるのだ。まあ、タイキ君の心配もわかるが、ルナ殿が監視しているんだ。まずいことにはすまい。それより、ユキ君の言うように、私たちが手早くこの世界を脱出すれば、自ずとハイレン殿も出られるだろう」
そういうこと。
俺たちがさっさと脱出することがハイレンの為でもある。
まあ、本音はどちらかというと、ハイレンを連れてこの旅館を移動することになれば確実に難易度が高くなりそうだからな。
結果としては上手くゆくとソウタさんやエノルさんは言っていたが、あくまで結果、つまり最後は、だ。
その結果にたどり着くまでに、すごい苦労がいるということ。
こんなルナが糸を曳いている幽霊サバイバル会場でアレの面倒まで見る気にはなれない。
「ま、それにあれでも一応女神様なんだ。幽霊ぐらいどうにかするだろうさ」
「ああ、そう言えばそうでしたね」
「うむ。女神殿の心配する前に私たち自身の事が優先でいいだろう。さて、雑談はここまでにして、私たちは裏口を探すとしよう」
タイゾウさんも同様の考えだったので、俺たちは再び廃旅館の探索を再開する。
しかし、まじでリアルホラーゲームだな。
以前の学校といい、この旅館といい、ルナのやつはなんかホラーに深い思い入れでもあるのか?
ま、そんなことよりも、目的地は裏口だ。
おそらく、厨房とかそこら辺が怪しいな。
そう考えた俺たちは客室が集まる一角を出て、キルエとサーサリから案内された記憶を頼りに、ビュッフェと宴会場がある場所まで戻ってきた。
「宴会場は外れだな。あそこは人が集まって騒ぐ場所だ。となると……」
「ビュッフェの所ですね。近くで作っているでしょうから、厨房があるはずです」
「よし行ってみよう。刃物か何かでもあれば、武器にもなるからな」
ということで、ビュッフェだった筈の処へと足を運ぶのだが……。
「……ビュッフェの面影はまるでないな」
「ないですね。なんででしょうか?」
俺とタイキ君が見つめる先には、昨日見たビュッフェの面影は何一つなく、ただ椅子と小さいテーブルが置いてあるだけだ。
「いや、なくて当然だな。ここはウィードの幽玄旅館ではなく、1923年の幽玄旅館なのだ。当然ビュッフェなどという場所は存在しない。当時、この場所は待合室か何かだったのだろう」
不思議に思っている俺たちの疑問に答えるタイゾウさん。
なるほどな。待合室と言われると納得できる。
しかし、そうなると……。
「こっちは外れってことですかね?」
「まあ、そうなるな。この付近に厨房はなさそうだ」
とはいえ、このまま踵を返すのもあれだな。
そう思いつつ、俺は待合室に足を踏み入れ、テーブルや椅子を確認してみるが、やはり特に変わった点はない。
「やっぱり何もないか」
「ないですねー。でも、ここまであちこち見て何もヒントがないと逆に不安になりますね」
「まあ、斧男を捕らえているからな。ルナ殿の誘導に反しているとも言えるからな。ヒントが見つからないのは当然かもしれん」
そう、その可能性は考えてはいた。
この場所はルナが用意したということが、先ほどのハイレンの言葉からわかった。
だが、既にその時には斧男を捕えていて、ルナの考えたホラーのストーリーからは外れていたという予想が立てられる。
だから脱出手段が見つからないということだ。
「まあ、宴会場を探しても何も見つからなければ、あの赤い服の女が消えて行った部屋に行ってみましょう。それで、ルナの希望通りになるはずです」
「それはそれで嫌な予感がするんですけどねー」
「そこは、宴会場を捜索してから考えようじゃないか。案外裏口が見つかるかもしれない」
そんなことを言いながら俺たちが宴会場へと向かおうとしていたら……。
「いやぁぁぁぁー!?」
なんかまた客室の方から叫び声が聞こえてくる。
この声は、間違いなくハイレンだ。
そして、その叫び声はどんどんこちらに近づいてくる。
「あいつは何やってるんだ」
「こんなに叫んで大丈夫ですかね?」
「何かがいるのであれば、集まってくるだろうな」
と、廊下の奥を見つめていると、ハイレンがこちらに泣きながら走ってきて……。
「「「げっ!?」」」
さらにその後ろからは、10人近くのまるでゾンビのように生気を失った人々がハイレンを追いかけてきている。
幸いなのは、そいつらは走っていないということだろうか。
どこからどう見ても、友好的そうじゃない。
ここはさっさとハイレンを見捨てて……。
「あ、ユキ!! たすけてぇぇぇ!! なんか鍵みたいなのを拾ったらいきなり出てきたのよぉぉ!!」
「絶対それ、脱出のカギだろう!!」
ナイスというか、なんというか。……物凄いなお前!
きっとルナもあまりにも予想外の展開に慌てて投入したとみた。
ここでハイレンを見捨てるわけにはいかなくなった。
「タイキ君!! タイゾウさん!!」
俺は斧を担ぎなおしながらそう叫ぶ。
「任せてください。幸いここには武器になるものが沢山ありますからね!」
タイキ君はそう言って、椅子を担いでいて……。
「ま、ハイレン殿を見捨てていくとヒフィーさんに怒られそうだからな」
タイゾウさんは豪快にテーブルを持ち上げてそんなことを言う。
2人とも覚悟を決めたようだ。
というか、この展開は俺にとっては当たり前のことのようらしい。
どんなに慎重に行動していても結局はこうなる。
ああ、まあ今回は、4人のうち1人が一応女性なだけまだ花があると思うべきか?
「だずげでぇぇぇ!!」
いや、あんな鼻水流しながら、こっちに逃げてくるような駄目神を花などとは、とてもじゃないが思えない。
「タイキ君、タイゾウさん! F3!」
「「了解!!」」
今日の夜ゲームやっていた甲斐があるな。
短縮した言葉で即座にフォーメーションを理解して配置につくタイキ君とタイゾウさん。
「ハイレンは俺の後ろにこい!」
そして、俺がそういうと、なんの迷いもなく俺の後ろに滑り込むハイレン。
「「「おぉあぁぁぁぁ……!!」」」
そして追いかけてくる、ゾンビもどきの皆さん。
「いくぞぉぉぉぉ!!」
「「おぉぉぉぉ!!」」
ここまで来たら、もう逃げ隠れするのは無理。
ならば真っ向から叩き潰す!
もう、ホラー要素などかけらもなくて、ただのパニックものか、一歩踏みはずして、ギャグ路線だな。
そんなことを考えながら、俺は目の前に迫るゾンビども相手に斧をふるい、蹴り飛ばし、手あたり次第机やテーブルをタイキ君やタイゾウさんと一緒に投げ、どこかの如くみたいな大立ち回りをするのであった。
そして……一瞬なのか、それともかなりの時間を戦っていたのかはわからないが、気が付けば……。
「はっ、はっ、ん。はぁー、ふうー」
俺は上がった息を整えつつ、斧を杖代わりにその場に立っていた。
「ぜぇっ、ぜぇっ。……いやー、きついですねー」
「ああ、久々に気持ちのいい運動をしたな」
タイキ君もタイゾウさんも無事だ。
お互いにいい感じにボロボロにはなったものの致命傷などない。
これはルナがある程度加減をしてくれてたんだろう。
流石に殺しにかかってくることはなかった様だ。
お陰で俺たちもゾンビもどき共の足の骨を砕いで転がす程度の方法で済んだ。
まあ、過程で頭を潰した奴もいるが、あっち系の死人なら大丈夫だろう。
……一定時間で復活するはずだからしっかり縛っておこう。
「さわやかに一運動したみたいなこと言っているけど、あんたたちやっぱり異常だからね。ルナ様が用意したあの連中、並みのゴーストじゃないわよ。なのに……」
「うっさい。相手が強いからってやられてやる理由なんぞない。というか、鍵」
「あ、はい。でもさ、これって……」
そう言って差し出されたのは……。
「ち、あの駄目神が」
俺たちが泊まっていた部屋のカギだった。
おいおい、そういうオチかよ。
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