落とし穴150堀:夏の怪談リバイバル 廃旅館の正体

夏の怪談リバイバル 廃旅館の正体



Side:タイゾウ



ギィ~~~、ギィ~~~……。


そんな陰鬱な響きと共に奥の廊下の角から現れたのは真っ赤な服の女性。

見るからにこの場に相応しくない女性だ。

いや、それを言うなら私たちもか。


とはいえ、この状況としては、やけにゆっくりと歩みを進めるその姿に、嫌な想像を掻き立てられ、鳥肌が立ち、あれは危険だと本能が叫ぶ。

その本能に従うように私は咄嗟に身を潜めて、あの女性の視界から逃れるよう身を隠している。

ユキ君とタイキ君も私と同じく危険だと感じたのか、やはりその身を隠している。

そうして息をひそめつつ、足音に耳を傾けていると、どうやらこちらには気づかなかったのか、足音は徐々に遠ざかっていき……。


「「「ふぅー」」」


3人とも深くため息を吐く。


「……確認だが、気軽に声を掛けていいタイプだと思うか?」

「いや、やばい方に一票」

「同じくだ」


満場一致で、あの女性は危険な存在と認定。

うかつに手を出していい相手ではない。


「よし。じゃあ、あの女は避けつつ情報を集めるという方針で。まずは、この玄関に広がっている新聞を読んで詳しい内容を。俺が警戒しておきますから」

「「了解」」


幸い、とりあえずの情報が集まりそうな状況に私たちはいるので、その場での情報収集を開始する。


「タイキ君。まずは、その新聞を詳しく見せてくれ」


なにやら難しい文書を読むような風情で新聞に目を通していたタイキ君に声を掛ける。


「あ、はい」


なにやら難しい文書を読むような風情で新聞に目を通していたタイキ君に声を掛ける。赤い服の女性が現れたので詳しく新聞を見ている暇はなかったからな。

さて、改めて新聞に目を通してゆくが、間違いなく1923年の9月25日と記載されている。

内容は関東大震災に関連する記事だ。

9月1日に発生した関東大震災での被害状況などが文語調のカナ漢字文で事細かに書いてある。

大正12年。私の年齢がまだ一桁だった頃のことだな。

確かに、その様な未曽有の大地震があったと親からも聞いたことがある。

間違いない。これは正真正銘当時の新聞だ。


「……他に何かあるかい?」

「あ、えーと……なんか、この新聞の最後の方、小さく書き込みされてるんですよ」

「書き込み?」


渡された新聞の最後の方に、確かに手書きの文字が書き加えられている。

それは……。


『都心の対処により山間部への救助が遅れ、多数の被害が出ている模様。特に幽玄旅館は周囲を崩れた土砂に囲まれ多数の死者が出た上に物資がなく、震災を生き延びた人々も残った物資を巡り殺し合うほどの地獄絵図となった』

「「……」」


まて、この旅館の名前は何だったか。


「えーと、タイゾウさん。この旅館って確か、幽玄旅館でしたよね」

「そうか。タイキ君がそういうのなら、やはり聞き間違いではなさそうだな」


まったく、わざとか? わざとこの名前を付けたのか?

それとも、わざわざ持ってきたのか?

この惨劇があった旅館を……。

なんて趣味の悪い。

いや、違うか。私達に真剣に対応させるためにこの状況を用意したというべきか。


「タイキ君。ユキ君と見張りを代わってくれ。この話をする必要がある」

「分かりました」


タイキ君はそう頷くとすぐに、ユキ君がこちらにやってくる。


「顔色がよくないですね。なにか厄介なことが見つかりましたか?」

「ああ、飛び切り最悪なことがわかった」


そういって、私は新聞記事を見せながら、調べた情報を説明する。

とはいえ、情報量は大したことがないのですぐに説明は終わり、その内容にユキ君も随分と面倒そうな顔をしている。


「悪趣味ですね。まったく、あの駄女神が」

「普段なら、そこまで言うつもりはないが、今日に限っては同意だな。まあ、それだけ私たちが手ごわいと見られているという事ではあるが」

「はた迷惑なことで。しかし、命の危険はないと思いたいですが……」

「彼女のことだ。私達が本気になることをご所望だろうからな。あまり甘くは見ない方がいいだろう」


相手を甘く見た挙句に怪物に食い殺されたなんて結末は笑えない。

と、ルナ殿の思惑はいいとして、私たちは再び現状の対処に話を切り替える。


「さて、あとはどうやってこの場所を脱出するかだが……」

「新聞にヒントはないんですか? というか、なんでこの場に当時の新聞がこんなに落ちているんですかね? 物資が届かないってここに書いてありますし」

「おそらくは演出だろう。ここはその惨劇が起きた場所だと伝えるためだ。この玄関という場所に散らばっていたのも……」

「最初はだれだって玄関から出ようするというところを鑑みて配置されたと」

「そうだろうな。実に合理的な配置だ。誘導も完璧。旅館の名前についてもご丁寧なことにそちらに看板があるからな」


私の視線の先には「ようこそ幽玄旅館へ」と書かれた朽ちかけた看板が存在している。

この状況で幽玄旅館と新聞の幽玄旅館が無関係だと思うような者はいないだろう。

そんなことを考えつつ、再び新聞記事を読んでみるが……。


「脱出した方法とかは書いてませんね」

「生き残りがいるはずだが、そのあたりの記述もないな」

「まあ、物資を巡って互いに争いをしていたみたいですからね。詳細を書くわけにもいかないでしょう」

「確かにな。地獄絵図とまで記載しているのだ、おそらく起こったのは……」


人同士の殺し合い。

最悪、殺した相手を食らったことだろう。

生き残るためには必要なこととはいえ辛い話だ。


「ま、恐怖体験をするには格好の場所ってことですね」

「そのようだ。さて、これからどうしたものか」

「下に落ちている新聞に他の情報は?」

「全部が同じ新聞だよ。私たちが必ず興味を引くように作っている。ここに脱出に繋がる情報が絶対にないとは言わないが……」

「これを全部調べるのは骨が折れそうですね。そしてなにより……」


ギィ、ギィ……。


ガリ、ガリリ……。


「ユキさん。タイゾウさん。反対側、俺たちが来た通路から別のやつが現れました」


と、廊下を歩くきしむような音とともに、ほぼ口パクに近い状態の小声でタイキ君がそう伝えてきた。

私とユキ君は即座に身をかがめて、タイキ君の方へと集まる。


「まったく、ゆっくり情報収集をしている暇もなさそうですね」

「おそらく、ああいう巡回がいて、一か所に留まれないようになっているんだろうな」

「いや、2人ともえらい冷静ですね。斧を持った血まみれの男が現れたっていうのに……」


タイキ君の言うように、私たちの視界には斧を持った血まみれの男の背中が見えている。

とはいえ、こちらに向かっているわけでもなく、客室の方へと消えていくだけだから別段怖がる理由もない。


「いっそのこと、あいつを取り押さえるか? 3人ならやれそうだが」

「ちょっ、ユキさん。それは状況的に反対ですよ。というか死亡フラグですよ」

「まあ、その気持ちはわからんでもないが、まだそういう行動に出るのは早いだろう。まずは武器なり、ここから脱出する方法を探すべきだ」

「了解です。確かに、あれだけってわけじゃないですからね。というか、今更だけど、さっき見かけた赤いワンピースの女って、タイキ君が前に見かけたって言ってたやつか?」

「あー、そういえば似てるといえば似てるかも……」

「ふむ。その赤い服の彼女を追いかけるべきか? それとも罠か?」


私もユキ君に言われて思い出したが、確かタイキ君がそんな女性を見たと言っていたな。

しかもこの旅館に到着する前からだ。

商業区から始まり、道中の森の中で、そしてここ。

同一人物との確証があるわけでは無いし、関係がないと言われればそれまでだが、何となく引っかかるものがある。

とはいえ、あまりに露骨すぎる気もする。


「どう思う?」

「どうと言われても、今のままじゃ判断材料が足りませんね。このまましらみつぶしに調べるよりは目標が出来ていいとは思いますけど。逆に罠の場合は面倒ですね。まあ、それを言うなら、あの斧男を縛り上げるっていうのもあるんですが」

「いやいや、斧男と女性なら女性の方がいいでしょう。わざわざ危険な奴を相手にすることはないでしょう」

「逆だ、目下危険なのは斧男。奴を無力化できれば今後の安全につながると思わないか?」

「あー、そういう考えもあるのか…って、なんかユキさんやたらと好戦的ですね? 普通なら命を大事にって感じなのに」

「ああ、そういえばそうだな。何か理由があるのかい?」


タイキ君の言う通り、ユキ君の今の言動は妙に好戦的だ。

いつものユキ君らしくない。


「え? いや、このまま安全策を取る方がルナの思惑にのりそうというのがありまして。それにタイキ君に言ったことも事実です。脅威度の高い事柄を排除していくのが安全を確保するうえでは最重要です。できるできないはありますが」

「確かにな。こっちは男が3人。しかもそれなりに場慣れしている。相手は斧一つ……。まあ、相手が幽霊や妖怪の類かもしれないというのを考えると危険はあるが、しかし、そんなことを言い出してはきりがないな」

「まあ、それはそうですね。背後を気にしながらの部屋の捜索ってのは面倒ですし」

「だろ。なら、ここは仕掛けるべきだろう。斧は無効化すればいいだけだしな」

「いや、簡単に言いますけど……」

「ああ、それならそこまで難しいことじゃない」

「え!?」

「ま、作戦はこうだ……」


ということで、タイキ君に説明をしつつ、斧男を捕まえる作戦を立てる。

とはいえ、作戦というほどの物でもないがな。

3人とも部屋に隠れて斧男が来る、或いは通りすぎるのを待って強襲。

斧を無効化しつつ、斧男も無力化して捕縛ということだ。



「ホラーの世界で幽霊捕まえようって作戦はなかなかないですよ……」

「普通ホラーゲームなら死亡フラグだからな。返り討ちにあうのがお約束だ」

「とはいえ、ここで脅威の存在を気にしながら情報を集めるというのも確かに厳しいものがある。ルナ殿がさらに敵を追加する可能性もあるし、敵があれだけとも限らない」

「何も対処法が無い中で囲まれてからは遅いから、一人でいる今のうちに対処できる相手かどうかを調べるのは大事だろう?」

「確かにそうですね」


そうだ、ここで斧男を捕縛できれば良し、たとえ敵わなくても相手の能力が分かればそれだけで大戦果だ。

確かに危険は伴うが、それによってある程度安全が確保できる状況を作るほうが私達にとってもメリットがあるという判断だ。


ギィ、ギィ……。


ガリッ、ガリリリ……。


そんな話をしているうちに、再び斧男が近づいてくるのが聞こえる。


「「「……」」」


静かに息を殺して通り過ぎるのを……。


ドパンッ!!


ドカンッ!!


待たずに、ドアを開けた勢いでぶつけ、廊下へと出てみると……。


「ぐぅぅ……」


そこには顔面を強打したのか、あおむけに倒れている斧男がいたので起き上がる前に、


「よし、斧奪って、ぼろの布団で簀巻きだ!」

「「おうっ!!」」


こうして、情報を持っているかもしれない男を一人捕まえることに成功したのであった。

さて、何かしら有用な情報を持っているといいんだが……。


「うがうおあうぁぁ……」


望みは薄そうだな。


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