落とし穴148堀:夏の怪談リバイバル 夏の夜は深く
夏の怪談リバイバル 夏の夜は深く
Side:タイキ
「いやー、食べた食べた。意外とコース料理って量が多かったな」
「ですねー。そして美味しいし」
「これは、十分値段以上の価値があるといっていいだろう」
俺たちは晩御飯を食べ終えて、一息ついている所だった。
「昔は食べ放題の方がいいと思っていたんだけどな。こういうちゃんとしたのっていうのは、言い方が悪いかもしれないが、案外口に合うな」
「わかります。子供の頃というか、学生時代はとにかく質より量でしたからね」
「ああ、それは理解できる。味はどうでもいいというわけではないが、そこそこ食える味なら、沢山食べられた方がいいと思ってたな。まあなにしろ……食べ物が少なかったからな」
「「……」」
よし、タイゾウさんにこの手の話題はだめだな。
戦時中の話が出てくる。
いや、タイゾウさんは戦争前も貧乏だったみたいだし、なかなか十分食べられるっていうのはなかったのだろう。
「……えーと、ご飯も食べたことだし、また風呂にでも行くか?」
「あ、あぁ、いいですね。まだ昼に入っただけですからね」
「そうだな。せっかく温泉旅館にまで来た醍醐味だ」
よし、ユキさんナイス。
さらっと話題をお風呂にそらすことに成功。
まあ、お風呂でさっぱりすれば、さっきの話題もすっぱり忘れて、ゲームに集中できるだろう。
ということで、さっそく露天風呂へ移動。
「貸し切りなのがいいよな」
「そうですねー。あー、気持ちいい」
「ああ、昼の露天風呂もいいが、やはり一番はこの夜空を眺めながらの風呂だな」
俺たちは露天風呂につかりながら、夜空を飾る満天の星を眺めている。
貸切のお風呂の癒しに満天の星。
都会じゃこうはいかない。
まあ、とはいえ、この異世界に来てからは綺麗な星空ならよく見れるけど。
こうして、のんびりとお風呂に浸りながらってのはウィードだからこそだ。
この世界の露天風呂じゃいつ魔物や盗賊に襲われるか分からないからな。
「そういえば、あの滝はそれほど大きくないし、案外と滝行なんてものいけるかもしれないな」
「あー、滝に打たれて、雑念を消すってやつですか? でも、ここじゃあそもそも滝行をする宗教が無いですけどねー」
「確かに、滝行は仏教、あるいは神道での修行方法だからな。まあ、適当に精神集中のためにということでやってもいいかもしれないが、それだと人気が出るか悩むところだな」
「あー、そっか。ま、一応嫁さんたちには話してみます。っと、そろそろ上がりますか」
ユキさんに言われて気が付いたが、ちょっと長湯しすぎたみたいで、お風呂から上がると少しふらっとする。
「これで滝に打たれたら丁度いいかもしれないな」
「あはは……。とりあえず、しばらく休憩していいですか?」
「ああ、ゆっくり休むといい。別段急ぐこともない。今の私たちはお休みなんだから」
タイゾウさんのその一言で自分たちは改めて休みなんだと実感する。
少し余計な時間を取ったって気にすることないんだ!
俺たちは自由なんだ!!
ということで、俺たちがお風呂から上がってまずやったことは……。
「「「ゴクゴクゴク……ふはぁぁー」」」
そう、牛乳の一気飲み。
これこそ風呂上がりの定番。
そして、マッサージ機に横たわりながら、扇風機に当たるという贅沢!
「「「ああ……」」」
流石に、卓球はやらなかった。
また汗をかいて風呂に入り直すのは面倒だ。
とまあ、休みを満喫しつつ部屋に戻ると既に22時を回っていた。
「意外とのんびりしていたのか?」
「どうでしょうね? ご飯を食べに出たのが19時過ぎですし」
「晩御飯、お風呂、休憩を約3時間でやったと考えると、結構ばたばたと言えなくもないな」
「そんなに急ぎ足のつもりはなかったんですけどね」
「まぁ、食べるのも早いし、お風呂も女性みたいに長湯じゃないですからね」
「まあ、そんなものだろう。とはいえ、私たちの夜はこれからだ」
タイゾウさんの言葉に頷く俺たち。
……ネットの海は深夜こそが本番だ。
常人が寝静まった夜に、全てが研ぎ澄まされた達人という名のゲーマーが集う。
その中で俺たちは生き残りをかけ戦い抜かなくてはいけない。
そう、その戦いこそが喜びなのだ。
極限の戦いを疑似体験し、並み居る強敵の中で優勝を狙う。
そしてこの場は当然のごとく、外は闇に閉ざされ、廊下ですらも必要最低限の明かりのみで薄暗くなっている。
ただこの場にいる自分たちだけがこの旅館にいるという特異な状況。
だからこそ、ゲームに集中できる。
いつもは何やかやと周りに気を配らないといけないからな。
……アイリやソエルには悪いが、今この時だけは、二人がいないことは俺にとって喜びだ。
それは、きっとユキさんもタイゾウさんも同じだろう。
薄暗い廊下を抜けて部屋にたどり着いた俺たちは、一言も発することなくPCの電源を入れ、ネット環境を確認し、マウスを用意し、飲み物に食べ物、最後にトイレに行き、完全に準備は完了。
3人とも席に着き、お互いに顔を見合わせて……。
「ここまで整えたんだ。今日は勝ちに行く」
「当然ですね」
「ああ。今日こそは勝ち残るぞ」
「「「応!」」」
声をそろえて意気を上げ、ヘッドホンを装着し、戦いへと飛び込んだ。
その戦いは熾烈を極めた。
『ザーギス!!』
『待ってください! ユキさん。もう、ザーギスは助かりません!』
『援護に行けば君まで死ぬぞ!』
『くっ!! ザーギス! せめて、アイテムは回収してやるからな!』
『もうちょっと、まともな慰め方はありませんかね!? っと、敵が右に回り込みますよ!』
時にはザーギスの屍を乗り越え……。
『くそっ、十字砲火かよ! 誘いこまれたな』
『全く、ザーギスが最初から4スコとスナイパーライフルを取るから』
『最初にいい牌が来ると、ダメだというやつだな』
『なんで私が悪いって感じになっているんですかね! とりあえず、正面突破するしかないでしょう!』
またある時は、ザーギスが無駄にアイテムを揃えたばかりに不運に見舞われ……。
『なんでハンドガンしか落ちていないんだ!?』
『バッグもないですよ。何か、少しでもいい武器は!』
『こっちも全然だ。こういうこともあるんだな』
『私のところには武器は落ちてますので、取りに来てください』
絶望の淵にいた時、ザーギスに助けられたりもした。
そして、ついに……。
『くそっやられた! 二時方向に1人! 俺はほっとけ!』
『カバー入ります! まだ間に合……』
タタタ……!!
クソッ。
カバーに入ったのを狙われた。
体力が、でも向こうも俺の牽制弾が当たったようで銃撃が止んでいる。
ユキさんの復帰まであと15秒。
なんとか持てば……。
『スモーク!! ザーギス君もだ!』
『了解!』
タイゾウさんの一言と共にスモークで援護をしてくれる。
よし、煙に紛れてこれで少しは時間が稼げる。
『まったく、相手はあと2人なんだし、俺は放っておいてもよかっただろう……』
『どうせ勝つなら、全員生き残っている方がいいじゃないですか』
そんなことを話している間に15秒が経ち、ユキさんが復帰する。
回復薬も持ってたので、安全圏まで体力が回復するのを見届ける。
『とはいえ、相手の動きは分からないですけどね』
『ま、少なくとも、私たちの近くではないだろう』
『発砲音からして、あっちだな』
『ですね。でも……』
見渡す限り、それなりに背の高い草原。
こんな状況で敵を発見するのは至難の業だ。
『動きますか?』
『いや、下手に動いて相手に発見されるのは避けたい。数ではこっちが有利なんだ。今は落ち着いて……』
タタタ! タタタタン!!
発砲音!?
敵か!? あわてて俺が当たりを見回すと……。
『よし、やりましたよ!』
『ナイスだ。ザーギス君』
そんな声が聞こえてきて、画面にyour team winと出てきた。
『『は?』』
『いや、運よく相手を発見してそのまま一気に撃ったのがよかったですね』
『思い切りは大事だな』
なんとか勝ち残ったが、ザーギスに最後の華を持っていかれるとは思わなかった。
「ふう。何とか今日のノルマは達成したな」
「ですねー」
「いや、まさか歴戦の兵どもが屯する深夜に勝てるとは思わなかったな」
『ですね。しかし、私はまだ手が震えていますよ。さすがにあの最後、2人まとめて連続で仕留められるなどとは思いませんでした』
そんな感想を言いあいながら、テーブルの上に用意しておいた水を飲んだ時、ふと気が付いた。
「あ、もうこんな時間ですね」
「ん? おお、もう3時か」
「いや、もう3時40分はまわっているな。どちらかというと既に4時に近い」
そう、既に4時近く。
まだ外は闇に閉ざされているが、もう夜明けは近いだろう。
いやー、ゲームって時間忘れるよな。
と、そんなことを考えていると……。
『うわ。もうこんな時間ですか。私はもう寝ますよ。お休みなさい』
即座にザーギスが離脱した。
あっちは明日も仕事だっけ? ああ、今日もか。
大変だな。まあ、多少は大目に見るようにとユキさんが言っておいたみたいだけど、なにしろコメットやナールジアさんがいるからなー。
「俺たちも……休むか」
「そうですね」
「3時間程度ではあるが、それでも寝た方がいいだろう」
ということで、俺たちはそのまま各々の寝室へ……。
向かう事無くその場で倒れ込む。
もう限界だ。適当に座布団を丸めて枕にしてその場で寝る。
「お休み……」
こうして、俺たちの長い一日が終わりを告げたのであった……。
……と、思ったんだけど、なんか寒い。
冷房強すぎたか?
そう思って、やおら体を起こし、冷房のリモコンを手探りしているうちにふと違和感を感じる。
「んー? んん?」
なんか、どうもテーブルがガサガサしている。
ゴミがあるところに手を突っ込んだというのではなく、どうもテーブル自体がなんか粗いモノに変わったようで、やたらとデコボコしている。
そこでようやく、寝ぼけた視界が定まってきて、ようやくテーブルの全容が見えてきた。
確かに、俺が手を伸ばした先は間違いなくテーブルだ。
しかし、物凄くぼろいテーブルに代わっていた。
それだけじゃなく、俺が寝ていた周りもすっかり様変わりしている。
確かに、泊まった部屋と間取りは同じなのだが、あのきちんと整った和室からは明らかに著しく劣化している。
もう長い間放置されたような佇まいになっていて、先ほどまで泊まっていた、あの綺麗な部屋の面影はかけらもない。
とここまで考えが来て、ようやく自分の置かれた状況が異常事態だと気が付く。
「……とはいえ、慌てても仕方がない。まずは、寝ているユキさんとタイゾウさんを起こそう」
幸い、ユキさんとタイゾウさんも同じ部屋で寝ている。
「ユキさん。タイゾウさん。起きてください。なんか変なことになってますよ」
「んー? って、なんだこれ」
「なんだい? んん? ここはどこだ?」
2人ともちょっと声を掛けただけで即座に起きる。
この反応の速さに感謝だ。
俺一人ならパニックになっていたことだろう。
さて、夜はまだ明けていない。
これは、一体どういうことなんだろうな。
ま、おそらく、女神様のイタズラって線が濃厚なんだけどな。
これはこれで、楽しくなってきたって感じだ。
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