落とし穴146堀:夏の怪談リバイバル 宿の中

夏の怪談リバイバル 宿の中



Side:タイゾウ



「ま、入ってみればわかるさ」

「そうですね。あ、ここまでしっかりした旅館だとテレビあるといいですね」

「そうだな。あとはコンセントと延長コードが都合のいい所にあるといいがな。さすがに3台ものPCを起動するのは大変だからな」

「コンセントはさすがにあるでしょう」

「今どきの旅館は、客室でも自由に使っていいコンセントあるんですよ」

「ほぉ。そういうものか」


こういう旅館であってもいろいろ見えないところでは近代化していくのだな。

いや、技術の進歩というのはこういう昔ながらの建物にも適用されていく。

素晴らしいことだ。それだけ便利になるということだからな。

そんなことを話しながら、私たちはいよいよその旅館の玄関に着き。


がらがら……。


と、引き戸を開けて中に入ると、そこには……。


「おー、立派な旅館だな」

「気合入ってますねー」

「ああ、しっかり作りこんであるな」


外観にも劣らず、中もしっかり老舗の旅館として作りこんである。

しかもこれを、西洋的文化で生まれ育ったセラリア女王やエリス君たち、ユキ君の奥さんたちだけで設計したというから驚きだ。

まあ、随分とユキ君が日本文化を浸透させているからか。

そんな感慨にふけりながら玄関の作りを眺めていると、奥からパタパタとこの旅館の女将さんと思しき人と従業員が……。


「いらっしゃいませ。お出迎えが遅れて申し訳ございません。そしてようこそ。幽玄旅館へ」

「ようこそー」


そう言って、現れたのは和服に身を包んだ、ユキ君の奥さんであるキルエ君とメイドであるサーサリ君だ。

二人ともしっかりと和服を着こなしていて、全く違和感がない。


「いや、今日はわざわざ俺たちの休みのために駆り出して悪いな」

「どうも、お世話になります」

「同じく、お世話になります」


ユキ君たちと一緒にまずはこの場所に招いてくれたことに関してお礼を言う。

当然のことだ。

この宿の客としてこの場にいるとはいえ、それで横柄にしてもいいというわけではない。

礼を尽くさない相手に、相手も礼を尽くすわけがないからな。

お互いに節度を持って接するのが大事だ。


「いえ。いつも頑張っていらっしゃる旦那様。そして、タイキ様、タイゾウ様がくつろげる、休息の時間はあって当然のことです。そしてそれを支えるのも、妻でありメイドの使命でございます。それに……」

「私どもが作ったこの旅館がちゃんと有用なものかを試していただくって意味もありますからね。そこまでお気になさらずに」

「そのため、多少なりとご不便を感じさせるところがあるかもしれません。なので、何かありましたら、気軽にお呼びつけください」

「旦那様たち日本人の皆さまの方が、本来の旅館との差異に気が付きやすいかと思いますので、どんどん言ってください」


ふむ。ただ単に旅館に泊まるだけというわけではないと思っていたが、なるほどな。

私たちの意見が欲しいという事か。

まあ、日本の建物を模したものだ。日本人に聞くのが一番だと思ったのだろう。

とはいえ……。


「わかった。まあ、素人意見でよければ言わせてもらうよ」

「ですね。さすがに和風建築の良し悪しとかまではわからないですからね」

「私も専門外だからまともな意見はだせない。だが、キルエ君たちの力になれるよう僅かながらでも協力させていただくよ」

「ありがとうございます。それだけで十分でございます。旦那様、そしてタイキ様、タイゾウ様のご意見というだけで貴重でございます」

「ですね。じゃ、先輩。ここで長話もあれですし」

「そうですね。まずはお部屋へご案内いたします。こちらです」


ということで、私たちは旅館の奥へと案内される。

普通のというにはたいそう豪華な作りの旅館だ。

中庭までも存在していて、園庭も綺麗に整えられている。

それで、部屋への道すがらキルエ君が色々説明をしてくれる。


「まずは、あちらが遊技場となっております。そして反対側の部屋が宴会場となっており、団体のお客様への食事処となっております。少人数のお客様の場合は、お部屋での食事と、あちらにあるテーブルとイスが並んでいるビュッフェスタイルの会場での食事が可能となっております」

「お部屋での食事は静かに過ごしたい人に、ビュッフェスタイルはこの旅館の料理を食べつくしたい人向けですね」


なるほど。

食事一つにとっても、いろいろな選択肢があるのだな。

いや、そういう選択肢があることを知らなかったわけではないが、改めて教えられると、それぞれに違う面があるのだなと理解した。


「今回はビュッフェスタイルはやめておこう。俺たち3人のためだけにいろいろ出すのはもったいない」

「ですね。部屋の食事にしましょう」

「はい。かしこまりました。メニューはお部屋に置いてありますので、後でご説明いたします」


そして、あとは最奥の方に露天風呂だけでなく多彩なお風呂が楽しめる健康センターまでとはいかないが、それなりのお風呂があるようだ。

あとでお風呂に行くのが楽しみだな。

無論、部屋の方にもお風呂は存在しているらしい。

至れり尽くせりの環境だな。

このようなところ、普段の私なら絶対訪れることのない場所だが、プレオープンの試験も兼ねているというのは、仕方がないと思わせる為だろうな。

ユキ君もタイキ君も私に気を使ってくれたんだろう。

いかんな。人に気を遣わせるまでの頑固は直さなくては。

と、そんなことを思っていると、部屋に着いたようで立ち止まり……。


「ここから先が客室となりますが……」


ここまでスラスラと説明してきたキルエ君だが、不思議なことになぜかそこで言い淀んだ後に、やおらカードキーを取り出して……。


「先輩が持っているマスターキーでお部屋を見て回って頂いたうえで、お好きなところを選んでください。営業中の旅館ではあり得ないんですけど、今回はプレオープンなんで、できれば全ての部屋を見てほしいわけです」

「サーサリの言う通り、今回はお部屋を見てもらい、選んでいただければと思っております」

「了解。ま、いい部屋をとるか」

「ですね。とはいえ、他の部屋も見てみたいですね」

「無料で泊まれるんだし、これぐらいは手伝って当然だ」


ということで、私たちは泊まる客室を選ぶことになったのだが……。


「こっちは3人だと狭いからなしだな」

「なしですね。どちらかというと、二人での宿泊向けですね」

「ああ。でも、もう一つベッドを持ち込めば3人でも行けると思うが」

「ああ、そういうのもありますね」

「混んでいるときは、そういう方法もありですね」

「ベッド、敷布団を一つ増やすだけで3人部屋になるなら、それもいいだろうな」

「なるほど、参考になります。お客様は必ずしも1人、2人というわけはありませんしね」

「あー、宿屋の共同部屋ってわけじゃないですけど、ただ布団を増やすだけで収容人数が増えるならいいですよね。3人とかなら友人とということで来そうですし」


そんなことを話しながら、部屋を確認していくと……。


「お、ここならいいんじゃないか? タイキ君、タイゾウさん」

「おおー。ものすごく居間が広くて、続きの部屋もある。というか、部屋が4,5室はある! すげー」

「おそらく、大家族用か、まあ調度品を考えると要人用かな?」


私たちがそう評価した部屋は、本当に一人で使うような部屋などではなく、タイキ君の言うように、襖で仕切られている部屋が4つ別に存在し、しかも床の間などもあり、窓辺には縁側まで存在していて、そこから園庭が見えるようになっているという豪華さ。

この部屋は本当に、大家族が来るか、各国の要人がおとずれでもしない限り、そうそう使われることがないような部屋だが……。


「よし、ここにしますか」

「いいと思いますよ。部屋も分かれてますから寝るときは別々にできますし、居間は広くてテレビもある」

「そうだな。ここなら、我々が多少騒いでも他の人の迷惑にもなりにくいだろう」


今回、私たちがのんびり3人でわいわいやるにはちょうどいい部屋だろう。


「満場一致と。じゃ、キルエ、サーサリ、ここの部屋を使うことにする」

「かしこまりました。では、こちらでおくつろぎください」

「ごはんのメニューはテーブルの上にあるんで、10時から21時の間に、そちらの電話でご注文くださいねー」


そう言って、キルエ君とサーサリ君は部屋を出ていく。

2人が部屋から出ていくのを見送ったあと、私たちは居間のほうに荷物を降ろして、テーブルをはさんで座る。


「いや、なんかしっかり作られていて、ほんとに旅先の宿に着いたって感じだな」

「ですねー。旅行に来たって感じになりますよね」

「ああ。こういう気分が味わえるのはいいことだな」


私たちはそう言いながら、部屋を見回す。

新築だからか、心地良い藺草イグサの香りがする。

まさに、純和風建築といったところだ。


「さて、まずは部屋割りだけど……」

「特にどこでもいいですけどね」

「ま、差し当たって、どこの部屋もほとんど変わりはないからな」


この部屋は居間を中心に、寝室用の部屋が3つ繋がっている。

ちなみにトイレや、お風呂は居間の入り口脇から行けるようになっている。


「違いと言えば、まあ中庭への窓があるのが二部屋で、窓がない部屋が一つというところだが……」

「あ、じゃ俺は窓のない部屋がいいです。夜は真っ暗で静かなほうが寝られるんで。窓があるとどうしても、風の音とか、木が揺れる音が気になるんですよね。……ま、長らく暗殺関連で警戒していた後遺症なんですが」

「そういうことなら、奥の部屋はタイキ君が使ってくれ。というか、苦労したんだな」


ユキ君の言葉に私も同意だ。

わかってはいたが、タイキ君は一国をまとめ上げるのに相当苦労してきたのだろう。

それこそ私たちには想像のつかないこともいろいろあったのだろう。

今でも寝るときに暗殺を気にするなど、何度も寝込みを襲われたということだからな。

そう思っていると、タイキ君はすぐに真剣な表情から笑顔になって……。


「って、部屋を決めたのはいいですけど、どうせずっと居間で遊び続けるんでしょうけどね」

「だな。俺たちは寝に来たわけじゃないからな。遊ぶためだ」

「とはいえ、結局は室内でゲームするのだから、わざわざ遠くの旅館にまで来る意味はあったのかという疑問はあるがな」


私はついつい、そう苦笑いしながら言っていた。

当初の目的はゲームをして遊ぶというものだ。

それでも、旅館に来てまで何をしているのだと言われるだろう。


「そうはいっても、ここはウィードですからね。所詮、勝手知ったる自分の庭ですし。まあ、ゲームの本番は夜ですから、先にこの辺りの散策とか、お風呂行ってみますか?」

「そうだな。彼女たちには旅館に関する意見を求められているし、まずはそれだけこなせばいいか」

「でも案外、何か名物作っているかもしれませんよ。お昼を頼むついでに聞いてみましょう」


ということで、私はお昼の注文をするために、電話を手に取り……。


「ん?」


私は不意に外からの視線を感じた気がして中庭に目を向けたが……。


「どうしました? 中庭に誰かいましたか?」

「誰もいないみたいですけど?」

「いや、何か外を横切った気がしたが、スズメのようだな」


中庭の木々に止まるスズメを見て、私はそれが横切ったのだと納得する。

人のような気がしたと思ったが、おそらく気のせいだろう。


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