落とし穴145堀:夏の怪談リバイバル 彼女たちの野望

夏の怪談リバイバル 彼女たちの野望



Side:ルルア




私は目の前にある画面で、旦那様たちが首を傾げつつも再び車に乗り込む姿を見ていました。

ですが……。


「えーと、こんなことをしてしまっていいのでしょうか?」


私は自分の内から湧き上がる罪悪感に、思わずそう呟いていました。

だって……。


「あら、気にすることないわよ。あの人はこういうの大好きでしょう? ルルアだって、幽霊がただ無為に彷徨うだけじゃなく、こうして人と触れ合って満足し、成仏できるのなら、聖女として喜ぶべきことでしょう?」

「……確かに、その通りなのですが」


セラリアの言う通り、この世にとどまり続けている迷える魂を救済することは決して間違いではありません。

ですが、ですが、そのために旦那様たちを利用するというのは……。

しかも、本人たちはただのお休みだと楽しみにしているのに。


「まあまあ、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。お兄さんは元々こういうことには慣れていますし」

「そうそう。まあ、ホントにまずそうだと思ったら助けに行ってあげればいいのよ。ルルアだって体験してみたいでしょう? ユキさんに頼られ、抱き着かれたいでしょう?」


うっ、確かにそれはすごく魅力的です。

普段あんなに毅然として凛々しく、私たちを導き引っ張っていってくれる旦那様が、私に抱き着きながら助けを求める。

……えへっ。


「コホン。確かに、そんなことになればいいですけど。それでも、旦那様を危険な目に合わせるというのはどうなんでしょうか?」

「危険な目に合わせるのは間違いないけど、いざという時の夫の行動を知っておくのは悪いことではないわ。夫はこれまでいつも慌てることなどなく、沈着冷静にトラブルに対処してきたけど、こういう不測の事態でもし取り乱すのなら私たちも今後に備え対策が立てやすいわ。今回はちゃんと安全も確保しているんだし、何も準備の無い他所でいきなりやられるよりはましでしょう?」

「なるほど。旦那様の緊急時の行動を見るためですか、それはいいと思います。しかし、そのためにタイキさんやタイゾウさんまで……」


巻き込んでしまうのは、と言おうとしたのですが……。


「それもちゃんと許可はもらっているわ。後でアイリとヒフィーも合流する予定よ」

「……そこまで根回ししているんですか」

「そりゃ、一応タイキはランクスの王だし、タイゾウはヒフィー神聖国の宰相よ? 関係者に許可をもらわないとダメでしょう」

「よく、許可をくれましたね」

「どちらもいい娯楽になると思いますって言ってたわ。今更お化け程度では驚かないとみているのね。ま、私も同意見ね。さっきの赤いワンピースを二度遭遇させてみたんだけど、反応したのはタイキだけ。しかもそのタイキも気のせいって判断したわね。驚きもなにもないわ」

「まあ、まだ二度目ですし。でも、赤いワンピースの幽霊ですか。私も事前確認しましたけど、あんな幽霊っていましたっけ?」


私の記憶の中に赤いワンピースに相当する幽霊はいないはずなのですが……。


「ああ、それは……」

「いえーい! 私が連れてきたわ!」

「……」


なぜか自信満々にピースをしながら自己主張をしてるのはなんと……ハイレン様でした。


「カグラさん、ミコスさん、これはどういうことでしょうか?」

「え? あ、えーと……」

「ミコスちゃんたちもなんだかよく……わからないです」

「ああ、2人から誘われたんじゃないわよ。ルナ様から、あんたたちがなんか面白そうなことやっているから、行ってみろって言われたの。そしたら、私が見つけたサーシャの就職先もできたってわけ」


ちっ、ルナ様が裏で糸を曳いてましたか。

正直ハイレン様が関わるのはどうしても嫌な予感しかしないのですが、確かに旦那様へのことでルナ様が気が付かないわけないですから、これは仕方ないですね。


しかし……。


「サーシャ? 就職先?」


その様な名前は聞いたことがありませんし、そもそも就職先というのも意味が分かりません。


「ああ、サーシャっていうのは、あの赤いワンピースの幽霊のことよ」

「赤いワンピースというと先程の?」


映像に映っていた幽霊ですよね。


「そう。なんか、ハイレンがウィードの商業区で偶然見つけたらしいわ」


え? ウィードで見つかった? つまりそれは……。


「え!? ちょっと待ってください。ウィードの商業区で死者が出たということですか!? 私は診てもいないですし、そんな話自体聞いたことがありませんよ!」

「ええ!? そうなの!? ど、どどどういうこと!? トーリ!!」

「知らないよ!? 私もしらない!」


私の言葉になぜか事件については一番詳しいはずの、警察に務めているリエルとトーリが慌てだします。


「はいはい。あんたたち、落ち着きなさい。あの娘は商業区で死んだんじゃないわ」

「では、なぜ?」

「それは、連れてきたハイレンから聞いた方がいいわね」

「そうですね。で、ハイレン様。どういうことでしょうか?」

「え? えーと、うーん……なんだっけ?」


……この女神様はもっときつく厳しく教育すべきなのではないでしょうか?

今すぐにでもリリーシュ様を呼んで、早速教会で見習いの修行をさせた方が……。

と、そんなことを思っていると、カグラさんたちが私のただならぬ様子に気が付いたようで……。


「ちょ、ハイレン様! ここでそういうボケやド忘れはいらないですから!?」

「治安に関わることですから、すぐに思い出してくださいよ!?」

「うあぁぁ、そんなに揺さぶらないでよ!? 思い出した、思い出したから!! 出ちゃう、お昼ごはんが出ちゃう!?」


人死にが出ているというのに呑気なことを言っているからです。

しかし、カグラさんもミコスさんも旦那様の妻となり、為政者としての自覚が出てきたようです。

ハイレン様への対応もきちんとできているようですし、今後はリリーシュ様に任せっぱなしになっているハイレン様の教育にも参加してもらったほうが良いのかもしれません。

と、そこは今いいでしょう。

大事なのは……。


「ハイレン様、ご飯がお口から出てきてしまう前に、お答えいただけないでしょうか? そのサーシャとかいう幽霊をどちらから連れてきたのでしょうか?」


そう、今聞き出すべきはウィードで人知れず人が死んだかもしれないという事。

……ウィードであっても人死にが無いというわけではありません。

楽園などと呼ばれてはいますが、そこには人の営みが存在していますので、新たなる命が生まれることもありますし、命を終える者たちもやはりいます。

しかし、その死者のほとんどは、私たちが運営する病院や自宅で最期の時を迎えます。

傲慢な願いではありますが、せめて最後はみな安らかに、誰かに見送られて。

そう穏やかな終わりが迎えられるように、私たちが作ってきた中で、無法な殺人が行われたということは、決して許されないこと。


「それがね、なんかイフ大陸の……なんだっけ? あー、ジルバってところから来たって言ってたわ」

「「「は?」」」


ハイレン様の言っていることの意味が分かりません。

なぜ、ウィードの商業区にジルバの幽霊が出ることになるのでしょうか?ジルバから来てウィードで死んだってこと??


「もう、説明不足ね。仕方がないわ、私が代わりに説明しましょう。どうやら彼女、ジルバ帝国からの観光客に憑いてきたのよ」

「観光客に? それはどういう?」

「あれよ、ユキが言っていた取り憑かれていたってやつ。なんかその観光客を呪い殺しそうな感じがしたから、私が引っぺがしたの」

「引っぺがしたって……」


幽霊相手にそう簡単にそんなことができるんでしょうか?

恨みの念とか執着でその場にとどまり続ける地縛霊とかは聞きますが……。


「ま、そこは私、女神様だし」

「「「あー」」」

「あーってなによ! 私が女神ってこと忘れてない!?」


正直、すっかり忘れていました。

確かに、いくらダメダメでも、一応神様の端くれならばそういうことも可能なのでしょう。


「はぁ。まあいいわよ。どうせ見習いだものね。で、ということで、別にウィードで死んだとかじゃないから、心配しなくていいわよ」


そう言うことなら、よかったです。

あ、いえ。彼女が死んで幽霊、ゴーストになってしまったことは残念ですが。


「納得してもらえたようね。でも、そのまま放っておくと悪霊、ノリコみたいになるからって、ハイレンが預かっていたわけよ」

「誰が悪霊よ」

「いや、悪霊でしょうに」


ノリコさんの抗議に対するセラリアのストレートな返しに、私たちは頷くしかできません。

ノリコはまさしく悪霊です。まあ、旦那様がもう大丈夫と言ったので何も聞きませんでしたが、カグラさんたちを追い詰めた時のあれは、まさしく悪霊のそれでしたから。


「ちぇ、まあいいけど。今日はユキに借りを返すチャンス! 今度こそビビらせる! そして、セラリアたちは助けを求められてハッピー。完璧よね」

「上手くいけばいいですね」


ノリコさんの言葉に苦笑いで返事をするシェーラ。

まあ、ノリコさんは今まで何度も旦那様を脅かそうと頑張ってきましたが、ことごとく撃退されていますからね。


「今度こそは完璧よ。私が近づけばすぐに気配を悟られるけど、今回のサーシャは未登録の幽霊だし、気配は極薄。しかも、ユキも感じ取れていないようだし。成功の可能性は高いわね」

「ま、そうなることを祈りましょう。ついでにユキたちに楽しんでもらえれればいいっていうのがあるし。私たちは今回完全に裏方よ。あの旅館の運営はキルエとサーサリでしてもらうわ。お願いね」

「はい。お任せください」

「ええ。旦那様たちをちゃんとおもてなししますよー」


今回、旦那様たちがくつろぐ予定の旅館はまだプレオープンということになってますし、男たちだけの夏休みという名目ですから、私たちが顔をだすことはありません。

まあ、しっかり映像で監視はさせていただきますが。

と、そんなことを話していると……。


「あ、車が旅館の駐車場に入りました」

「あら、もう到着したみたいね。じゃ、さっそくキルエとサーサリは出迎えに行って。私たちはここで監視を続けるわ。ノリコは頑張ってね」

「「はい、かしこまりました」」


そんな会話をして、キルエたちとノリコが出ていくのを見送る間もなく……。


『へぇ。意外としっかり作ってるな』

『奥さんたち自身で一から設計したって言ってましたよね? それでこれはすごくないですか?』

『ああ、ここまでちゃんと山の中の高級旅館というのを再現しているのはすごいな。まぁ、色々資料は見たのだろうがそれにしても見事だ』


ユキさんたちの動向を覗き見……ではなく、安全を確認するために見守っていました。

しかし、どうやら外観は気に入っていただけたようです。

タイゾウさんの言う通り、色々な資料を見てみんなで作り、それが認められるっていうのは嬉しいですね。

まあ、細部はフィーリアちゃんとナールジアさんがやってくれたのですが。


『あとは中だな』

『案外、中までは追いつかなくて、いきなり洋装だったりするかもしれないですよ?』

『それはそれで面白いな』


はい、タイキさん減点です。

私たちはちゃんと中も作りこみました。

とはいえ、それも冗談で言ったのはわかりますから、べつに怒っていないんですが。

で、そんな雑談をしながら……。


『ま、入ってみればわかるさ』

『そうですね。あ、ここまでしっかりした旅館だとテレビあるといいですね』

『そうだな。あとはコンセントと延長コードが都合のいい所にあるといいがな。さすがに3台ものPCを起動するのは大変だからな』


……ん?

なんか旅館にまで来ておいて、あるまじきことをするといってる気がします。

まさか、こういう旅館にきてまで部屋にこもりっぱなしっていうのはないですよね?


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