落とし穴144堀:夏の怪談リバイバル 大人の夏休み始まる

夏の怪談リバイバル 大人の夏休み始まる



Side:ユキ



じーわじーわじわわわわわ……。


そんな蝉の大合唱が嫌でも耳に入る時は夏。

気が付けば、蝉どもが憎たらしくて仕方がなく思える季節になっておりました。

ま、社会人にとって夏を告げるというとこの鳴き声くらいなんだけどな。

このクソ集中力を掻き乱す夏の生き物の声を聞くと、夏がやってきたと実感するのだ。


「子供のころは夏休みが夏の訪れだったんだけどな……」

「まぁ、大人ってこんなもんでしょう……」


夢と希望に満ち溢れた夏の訪れも今や遥か過去の話。

俺たちにとってはただ、仕事という日常がひたすら続くだけのことだ。


「子供、学生の頃が懐かしいとまでは言わんが……」

「休みは欲しいですよね」


そう、タイキ君の言うように、今欲しいのは休みである!


休み。


それは社会人にとって得難い理想郷の名である。

会社を辞めればいくらでも休みとれるじゃんかと思うかもしれないが、そうなれば結局生活費を気にして日々を苦しく過ごしていくことになるだけ。

お金が入り、永遠に続く休みがあれば、と何度せつに願ったことか。


学生の頃の休みではダメだ。あれは使えるお金の限界が小さすぎる。

あれではとても夏を満喫できやしない。

しかし、やっと夏を満喫できるだけのお金を持つ大人となった今、なぜか今度は休みが無いというこの悪夢。

世の中、矛盾。二律背反とでもいうべきか。


「まあまあ、二人とも夏休みとまではいかないが、今回4日程休みをもらったんだろう? それを精一杯楽しまなければな」

「あ、タイゾウさん」


2人でベンチに座ってそんな益体もつかぬことを話していると、タイゾウさんがやってきた。


「ま、所詮無いものをいくらグチグチ言っても仕方ないですからね。今日は楽しみましょうか!」

「ええ。休みは明日からですから、実質4日半。時間がありますからね」

「ああ、その意気だ。私たちの夏休みは今始まった。楽しむぞ!」

「「「おー!!」」」


ということで、俺たちはこの夏にできた盆休みというか、わずか4日ではあるが休みを満喫するために集まったのだ。

今この一時だけは、仕事という日常を忘れ、のんびりするんだ!

それになんか、嫁さんたちも今回は男たちだけでのんびりしたいと言ったら普通に許可してくれたしな。


「で、確か、ユキ君の奥方たちが色々準備してくれたんだって?」

「あぁ、聞きましたよ。なんか今回はいつもとは別の旅館に泊まってくれって言われましたけど?」

「ああ。なんか、ラッツがこれまでとはもうちょっと違った宿泊施設を作ってみたって言ってな。そこの評価だな」


そう、残念ながらただの休みというわけではない。

新しく作った宿泊施設の評価をするという課題があるのだ。

男としての意見が欲しいという話。


「その宿はどこにあるんだい?」

「えーと、商業区の一番端に作ったみたいですね」

「え? 商業区の端って、外れってことですか?」

「いや、まじで一番端。未開発区でもなく、さらにその先に広がる森林地域にある」

「なるほど、老舗というか、むしろ隠れ家的な奴か」

「あー、なるほど。交通の便の良い一等地にあるんじゃなくて、ちょっと離れた知る人ぞ知るリゾートにある高級っぽい感じってやつですか?」

「多分な。モノは見てのお楽しみだってさ。ま、これがヒットすれば、そこへの道すがらにも観光名所を作るとか言ってたな」

「なるほどな。道中をも楽しむというわけか」

「あー、宿場町って感じですか」

「そうそう。そんな感じ」


ラッツもわくわくしながら話してたからな。

しかし、いい加減、このダンジョンはどこに向かっているんだろうかという疑問がわいてくるが。

俺がそれを言う権利もないか。


「で、あとは移動するだけですけど。先に何か買っていきましょうか」

「ですね。こういう泊りの時は色々買ってかないといけないですよね」

「ふむ。向こうに用意されているモノもあるだろうが、夜は長いからな」


お互いにやりと笑って頷く。

男だけでの泊りともなれば、そりゃ色々遊ぶに決まっている。


「今日こそは決着をつけるか」

「大激闘にモリカー、PUBGもありましたね」

「PUBGは3人で一度優勝したいものだ。あ、残り一人はザーギス君に頼んでおいたぞ」

「あいつも来ればよかったのにな」

「仕方ないですよ。仕事、忙しいみたいですし」

「というか、それより調査データまとめたいってやつだけどな」


元々趣味兼仕事だから止め時がないってやつだ。

それで唯一休めるのが、俺たちからのゲームの誘いとか、まあ残念というかなんというか……。


「ま、そこはいいとして、改めて先ずは食料の買い出しだな。まあ、晩御飯は出るから、夜食がメインだな」

「そういえば、これから行く宿には売店とかないんですかね?」

「まあ、あるだろうが、夜は閉めるだろうし、飯が不味いって可能性も捨てきれないから、買っておいて損はないだろう。それに旅館の自販機は高いってのがお約束だしな」

「あー、そうですね」

「そうだな。特に酒は高いから、スーパーで買っていく方がいいだろう」



ということで、俺たちはスーパーラッツへと歩みを進めたのだが……。


「あれ?」

「ん? どうしたタイキ君」


不意にタイキ君が足を止めて、とある方に注目している。

なんだろうと、俺とタイゾウさんも同じ方へと視線を向けたが、これと言って特に何もない。


「なんかあったか?」


俺はそう聞きながら、タイキ君の肩に手を置く。


「あ、いや。なんか真っ赤なワンピース着ている人が目に入って、珍しいなって」


タイキ君は今まで見てた方を指をさしながら、こちらに向かってそんなことを言うので、俺も真っ赤なワンピースを着た人を意識して探してみたが……。


「真っ赤なワンピース? ……うーん、いないな」

「え? いないって、さっきまですぐそこに……」


タイキ君も再び振り返って自らが指をさしている方向を確かめるが……。


「あれ、いない。タイゾウさんは見ましたか?」

「いや、私も見なかったな。そんなすぐ近くか?」

「そこまで近いというわけじゃないですけど、あー、なんか横に入れる道がありますね。もしかして、そっちに行ったのかもしれません」

「ん? ああ、そうかもな」


確かに、横に入れる道がある。

それなら、偶然そういうタイミングになったということもあるだろう。

いつまでもこんなことでぼうっと立っている理由もないからな。


「しかし、真っ赤なワンピースか。案外どこかのご令嬢かもしれないな」

「あぁ、確かにそういう人じゃないと着ないような、本当に真っ赤なワンピースでしたね」

「ま、ウィードだからな、各国の貴族もけっこう来るような場所だし、そういう人もいるだろう。さて、俺たちも買い物すませるか」

「そうですね。すいません。なんか足止めしちゃって」

「なに、気にすることはないさ」


そういうことで、ちょっとした足止めはあったものの、俺たちはスーパーラッツで買い物を済ませ、旅館に向かったのだが……。



「うーん、遠いのも考え物だな」

「ですねー。まさか、車でさえ10分もかかる所とか」

「ま、そうでもないと郊外にある隠れ家の旅館という感じはしないだろうがな」


そう、俺たちは車で旅館へと向かっていた。

まあ、商業区自体それなりに広いから、元々車での移動もないわけではないが、さすがに歩いていくには遠い距離となるとなかなか面倒だ。

ま、ここは送迎バスか何かを用意して、車というものに乗ることを楽しみにするということも考えているんだろうなというのは分かる。

未だに、ロガリの大国以外では車の普及は進んでいないからな。

と、そんなことを考えていると……。


「あれ? また、赤いワンピースの人だ」

「は? こんなところにか?」


タイキ君が急にそんなことを言い出したので、俺は早速車を止めて辺りを見回してみるがそんな姿は見つからない。

タイゾウさんも同様に辺りを見回しているものの、やはりどうやら見つからなかったようで、こちらに困ったような視線を向けてくる。


「というか、そもそもこんなところに人がいるのか?」

「確かに。既に森の中だ。人とすれ違えばわかるだろう。で、どこで見たんだい、タイキ君?」

「あっ、えーと、あの林の中なんですけど。……いないですね」


タイキ君が赤いワンピースを見たという辺りは道端ですらなく、街道沿いの林の中で、とても人が歩けるような場所じゃない。

草木が生い茂って邪魔だからな。

でも……。


「わざわざこんな所で、無意味にタイキ君が道行を止めるわけないよな」

「確かにな。まあ、嘘とか冗談の可能性もあるが……どうだい、タイキ君? 今なら怒らないであげよう」

「いやいや、冗談なんかじゃないですよ。今から遊びに行こうっていうのに、こんなことで冗談言うわけないですよ」

「だな。嘘を言っているとは思えない」

「同じく。しかし、タイキ君のいう赤いワンピースの女性は見当たらない。……うーん。まあとりあえず、ダンジョンの機能で調べてみてはどうだろうか? それで反応がないなら、本当に誰もいないのだから誰かが迷い込んでいる心配はないだろう」

「そうですね。ちょっと調べてみますか」


タイゾウさんの提案にのってMAP画面で辺りの情報を確認するが、それらしい人の情報はない。

となると答えは……。


「反応なし。状況から考えると、タイキ君の気のせいってことになるかな」


一般的に考えればこれしかない。

気のせいだ。

とはいえ……。


「そうですか。俺、疲れてるのかな? いや、疲れているんだろうな。さっき見た赤いワンピースの人って、どうも商店街で見たのと同じ人物のような気がしたんですよ」

「確かに、それなら気のせいの可能性が高いな。私たちは商店街で買い物をした分時間を喰ったとはいえ、ここまでわざわざ先回りする理由などないだろうからな」

「なんか、印象に残ってたから、あの赤い花でも目に入って、勘違いしたんじゃないか?」

「……うーん。まあ、そうかもしれないです」

「「「……」」」


勇者としてこれまで頑張ってきたタイキ君が気のせいという言葉をこんな短時間に連発するとか、普通ならあり得ないよなぁー。

となると……。


「……幽霊関係か?」

「ふむ。しかし、幽霊たちの管理はちゃんとしているのだろう?」

「ですよね。しかも赤いワンピースとか、そんな強烈なのはいませんでしたよね?」

「まあな。可能性としては花子ちゃんぐらいだが、あの子はどう考えても違うしな。というか、今はピーク時期であいつらも忙しいからな」


以前ルナたちに呼び寄せられた幽霊たちは全員、お化け屋敷や夜間警備の仕事についている。

特に夏場は、お化け屋敷が大盛況で大忙しだ。

その上、そもそも幽霊の中には能力が物凄いやつもいるから、管理はちゃんとしている。


「……やはりちゃんと全員いるな。となると別のやつか?」

「ふむ。まあ、私たちが知らない幽霊がいても不思議ではないだろう」

「確かに、出るのが地球の幽霊だけってわけじゃないですしね。こっちの世界の魔物ではない幽霊っていうのがいても不思議じゃないですけど。でも、そんなのがウィードにいますかね? しかもここ、新開発地区でしょう?」


タイキ君の言う通りなんか曰く付きの場所というならともかく、この地域にはまだそういう事件が起こったことがない。

なので幽霊が出る理由もないはず。


「だよなぁ。ま、次見たら注意するってことで。今日は楽しい夏休みの初日だ。楽しもうじゃないか」

「まあ、幽霊が出たら出たで楽しいからいいとしよう。いい経験だ」

「それもそうですね。今更新たな幽霊とか出てきたところで、それはちょっとした夏のいいスパイスってことで」


そんな感じでちょっとした妙なことはあったが、ウィードというかこの世界に来て、妙なことなんて山ほど経験してきたので、殆ど気にすることなく俺たちは旅館へと向かうのであった。


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