落とし穴143堀:夏の怪談リバイバル
夏の怪談リバイバル
Side:デリーユ
その夜は冷房をつけ忘れたようで、あまりの暑さに目を覚ました時のことじゃ。
「……うぅ、暑い」
真っ暗な部屋の中、ジワリとかいた汗でベッタリと張り付いたシャツの感触が妙に気持ち悪い。
とりあえず、暑いのが原因なのはわかっているので、リモコンに手を伸ばし、冷房を点けようとしたのじゃが……。
ひやり。
何処からともなくフゥッと何やら冷たい風がふいてきた。
まだ冷房は点けてはおらん。
なのになぜ、この冷たさがやってくる?
ひた。
そう思った瞬間、冷気と共に、そんな人が歩くような音が聞こえた。
「……」
何者かと問おうとしたのじゃが、なぜか声が出せず、しかも体も動かせなくなってしもぅた。
こ、これは、俗に言う金縛りとかいうやつか!?
妾は初めての体験に恐怖する。
これでは何もできぬではないか。金縛りなぞ掛けられては、妾であっても身動きも能わず、抵抗できぬただの人じゃ。
「ぁ……ぁ」
助けを呼ぼうにも声すら出せぬ。
その間にも、その冷気が徐々に徐々にと妾に迫りくるのがわかる。
いや、足音が聞こえてくる。
ひたり、ひたり……。
素足で歩いておる音じゃ。
そして、その足音はついには妾の背後へと迫ってきて……。
ズッ!!
妾の眼前に、その恐ろしき顔を滑り込ませた。
何ものをも写さぬ深く落ち窪んだ暗き瞳、何もかもを深く恨んでいるかのようなその表情。青白き肌。
どこからどう見ても生きているとは思えぬその様相。
あまりの恐怖にふうっと気絶しそうになるが……。
その者がガッっと、妾の手を掴んできおって、そのあまりの冷たさに気絶さえもできず、ただその幽霊を見つめるしかでき……。
「えーと、あまり冷やしすぎはどうかと思うわよ? せめて25度ぐらいにしないと」
「はぁ?」
あまりにも妙なことを言われ、思わず間抜けた声が妾の口から洩れた。
「だから、暑いからって冷房の効かせすぎはダメだって。私は冷房で凍死したからね」
なにやら、幽霊が妾の冷房の温度に文句をつけてきおった。
などと不思議に思ぅておったが、ふと、その面に見覚えがあることに気が付く。
「……お主、スズキノリコか?」
「ん? そうだけどって、なんで今更? あ、もしかして、気が付いてなかったの?」
「当たり前じゃ!! なにゆえおぬしが妾の部屋におるのか!! このたわけが!!」
「あいたーーー!?」
と、そんな声が深夜に響き渡るのであった。
「で、何事かと思ってきてみれば、ノリコが来てたのね」
「いやー、よかったですよ。いったい何か起きたのかと思いましたから」
「そうね。ユキさんたちが起きなくて良かったわ。今日はセラリアとエリスと寝てるから、ノリコ、あなた成仏させられてたわよ」
そんなことを言うのは、ノリコの叫び声で集まったラビリス、ラッツ、ミリーの3人だ。
まあ、叫んだといっても、この旅館の防音設備は完璧じゃからな。
廊下にはちょこっとだけ聞こえても、他の部屋の中には人の声など届かんようになっている。
色々やることは多いからのう。
と、そこはいいとして、まずはノリコのことじゃ。
「で、なんでこんな時間に旅館に来たのか聞かせてもらおうか?」
「いや、原稿ができたから普通に届けにきたんだけど。ほら、ミリーの言うように、あのユキ、セラリア、エリスとよろしくやっているでしょう? で、リア充をリアルで見てしまって、思わず負の感情がね……」
それで、あのような怨霊モードになっておったのか。
「というか、ノリコのメンタルは弱いのう」
「うるさい!! 人の幸せを妬んでこその幽霊でしょう!!」
「……う~ん、正論に聞こえるのがいやね」
「で、原稿って漫画の?」
「それ以外にないわよ。一応、私はウィードの漫画雑誌トモトモで売れっ子なのよ」
トモトモ。
スズキノリコがウィードにやってきて発行を始めた漫画雑誌じゃ。
とはいえ、ノリコ以外の作者はみなウィードのモノたちで、絵もまだ稚拙で、まだまだじゃ。
そんな中、地球で同人をやっておったノリコはたちまち売れっ子作家となったわけじゃが……。
「死んでから売れてものう……」
「うぐっ!?」
「ま、死んだおかげでこうして異世界にいるんだからいいじゃない。で、起きていたデリーユに原稿を渡しに来たと」
「……そうよ。ついでに冷房が20度をマークしていたから親切心で止めてあげたらなぜか驚かれたのよ。はい。後でユキに渡しておいて」
「うむ。預かった」
預かった原稿を確認しておく。
ふむ……。
「今回はホラー回か」
「そうよ。夏だしね。こういうのがいいのよ」
……どうやら日本人の思考では、夏といえばホラーのようじゃな。
ユキも好きじゃ。
しかし、それでいちいち驚かされるのものぉ……。
たまには、ユキが驚いてもいいのではないかと……。
と、その時ピンときた。
「そうじゃ!!」
「うひゃ!? な、なによいきなり!?」
「なに驚いているのよノリコ。貴方幽霊でしょう?」
「……ラビリス。幽霊が驚いちゃいけないなんてルールはないのよ。漫画は自由なの」
「ま、漫画が自由なのはいいとして、デリーユいきなり声をあげて、どうしたの?」
「そうですね。何かいいことを思いついた顔でしたよ」
「うむ。ラッツの言う通りじゃ。ホラー回、夏で思いついたのじゃが、いつも妾たちを驚かせようとするユキやタイキ、そしてタイゾウを今度は逆に驚かすというのはどうか思ったのじゃ。今まで、散々驚かされたからのう」
ちょっと、意地が悪い気もするが、ユキも妾たちを散々驚かしてきたのじゃからな。
ここで意趣返しをしてもよかろうと思ったのじゃが、ほかのみなの反応は……。
「あら、いいわね。ノリコ手伝えるかしら?」
「いいわよ。ユキを驚かせるってのは賛成。アレは落ち着きすぎ。一回マジで驚かせてやるんだから」
と、ラビリスとノリコはすぐに賛成してくれるが……。
「うーん。お兄さんを驚かす。ですか」
「そういうユキさんを見てみたい気もするけど……」
「なんじゃ、お主らは、やっぱりこういうことには賛成できんか……」
ラッツとミリーはユキ大好き度がものすごいからのう。
いや、妾も大好きじゃが、この2人はユキ大事が先に来るからのう。
万が一、ユキが拗ねでもして仕事が止まろうものなら被害甚大なのも特にこの2人じゃしな。
と、思っておると……。
「あ、いえ。別に私はいいと思うんですけど、お兄さんが、幽霊なんかで驚くかなーと」
「そうよね。ノリコが迫った時だって、全然だったんでしょう?」
「……そうよ。カグラたちは散々驚いたのに、あいつは沈着冷静そのものだったのよね」
「だからこそ、なんとしても驚かせたいんじゃ。まあ、妾たちに無理に心霊ツアーに参加しろとは言わなんだが、本人も興味深々のようじゃしな」
そう、これはユキたちの好奇心を満たすためでもある。
幽霊の研究をしたいのなら、まずは心霊体験を実際にするのが一番じゃろう。
「そうね。ユキは逆に喜びそうだし。私もやってみていいと思うわ。驚いたのならそれはそれで面白いし。タイキにタイゾウも普段は冷静だけど、そうなった時にどうするのか見てみたいわね」
「うーん。ユキさんを驚かせるのは結構大変そうよね」
「ですね。まあ、そこはおいおい考えるとして、これは私たちだけでやるんですか? それだと流石にそれはセラリアとかに怒られそうですけど?」
「もちろんセラリアたちも希望者は全員参加じゃ。仲間外れにすると、怒るじゃろうからな」
そこはちゃんと筋は通す。
こんなことで嫁同士の絆が壊れるとは思わんが、こういうところはちゃんとしないといかん。
「というか、皆を仲間にしないとユキが勘づく可能性があるからのう」
「そうね。でも、アスリンたちはわかりやすいし、あの子たちはお泊りってことで連れ出すわ」
「それでいいと思うわ。あとは他のみんなに召集を掛けないといけないけど……」
「それなら。あえて女子会ということで家でやる方が怪しまれないでしょう」
「女子会? なにそれ?」
ノリコは知らなくて当然じゃな。
なので一旦説明をする。
「はぁー。奥さんたちだけで集まって、色々ユキのことで話し合っているのね。できた人たちね。本当に。なんで、そこまでするのっていうのは今まで散々聞いてきたけど。日本での常識の方が異常に思えてしまうのよね」
「なかなか、常識というのは難儀じゃな」
「そうね。その常識さえなければユキはもっと私たちとイチャイチャしてくるのに」
「いや、正直に言うけど、ユキはかなり耐えていると思うわよ。デリーユたちみたいな美女に迫られてなお理性保っていられる方がすごいわよ。そこだけは心から尊敬するわ。ま、話は分かったわ。そこに私たちも集まればいいわけね」
「お願いね。あ、でもお昼だけど、ノリコたちお化けって日中も出られるの?」
確かに、幽霊といったら夜じゃからな。
「問題なく出られるわよ。そもそも幽霊っていうのは、なんというか無意識の合間に入るものだから、日中とか関係ないのよ。私たちを認識できるかできないかって感じ」
「ふむ。なるほどのう。しかし、それなら妾たちがノリコのことを見れてるのは?」
「それは、私の存在をしっかり認識しているからよ。いや、幽霊っていう存在をはっきりと認識したからね。ピントが合うようになったんだと思うわ。あれよ、意識してないと視界に映っている文字でもなんて書いてあるかわからないじゃない?」
「ああ、なるほど。私たちは幽霊を見れるようになったってわけね」
ふむふむとノリコの説明に納得していると、ノリコが少し真面目な怖い幽霊っぽい表情を作って……。
「とはいえ、見えるようになったからといって、あまり意識して探さないことね。私が言うのもあれだけど、幽霊っていうのは基本的に誰にも認識されないものだから、認識した者にとりつく傾向があるのよ。ま、こっちの幽霊はどうだかしらないけど。地球じゃ、そういう認識できるタイプってのは基本的にやばいのが多いからね。特に日中、人々が行きかう場所で、あなただけがそういう風に認識できるのはかなりやばめよ。見つけても無視するようにしなさい」
「ふむ。ノリコが言うと説得力があるのう」
「そうね。ま、でも逆にそういうのはユキたちを驚かせるのに使えるわね」
「いいですね。街中で私だけに見えるお化けに憑きまとわれるって感じですね」
「なんか、わくわくしてきたわね。ユキさんがこういう時にどんな反応するか楽しみ」
ということで、構想もまとまって、夜が明けてから、セラリアたちにこの話をしたわけだが……。
「へぇ。夫を驚かすねぇ。いいわ。私たちも見てみたいし」
そうセラリアの言葉で、ほかの嫁たちも嬉しそうに頷き、そこからどう脅かしていくのか、みんなで作戦を練るのであった。
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