第889堀:竜山の情報
竜山の情報
Side:トーリ
私たちは寄ったガルツでローエルさん、シャールさんを仲間に入れて、竜山へと旅立ちました。
「ねえ、シャールさん。ところで、ガルツの出国ゲートの辺りってあんなにシュークリームまみれなの?」
「ああ、あれね。いつだったかしら? ラッツと話した時に、こっちでシュークリーム作らないかってのが出たのよね。それで試しに作ったら、大好評でね」
そういえば、なんかそんな話を聞いたことがあるような……。
「材料も作り方もそれほど難しいものじゃないし。まぁ、それでも問題はあって、材料である卵と砂糖、それに何よりバニラの確保」
「それはどうやってクリアしたの?」
「卵は簡単。鶏をウィードからもらって繁殖しているだけ。まあ、品質は日々上がっているけどね。砂糖も栽培して確保しているけど、バニラだけは無理。ウィードからの輸入に頼りきりね。まあ、ガルツでは無理だけどウィードの熱帯層でなら栽培可能だから一角を借りようかって話もあるわね。と、そこはいいとして、それで材料は確保できたから、国民への安価な甘物として売り出したら、名物になったわけよ」
「なるほどー。でもさー、さすがにあの香りはきつくない?」
リエルの言うように、あの香りはきつかった。
アルフィンのお菓子無限地獄を思い出したもん。
スティーブ連れてくれば良かったとか思ったし。
「……人は慣れるものよ」
何か遠い目でシャールは返してきた。
きっと、色々とシュークリームを作るうえで乗り越えてきたものがあるんだろうなー。
そんなことを思っていたら、モーブさんが話に加わってきて……。
「ま、シュークリームはいいとして、姉妹姫さんたちは戦えるのか? 護衛もいないようだが? これでいいのか?」
モーブさんの言うように、今の2人は誰一人護衛をつけずに私たちに同行している。
言われてみれば、それは一国のお姫様としていかがなものかと思う。
「構わないぞ。ちゃんと許可を取り付けてあるし、ユキの方からナールジアさんの装備をもらっているからな。もちろん私は戦えるぞ」
「私の方は基本的には内政ばかりしているので戦闘はあまり得意ではありませんわね。とはいえ、出来ないわけではありませんが、まあ一応身を守るだけの最低限ということですわね。それに、守りに関してはナールジア様の防具があるので、そもそも直接的な暴力での命の危険はまずないでしょう」
なるほど、安全管理は万全ということね。
ナールジアさんの装備があるのなら確かに問題はない。
強奪も不可能なセキュリティが組まれている。
「ま、防具が優秀なのは分かったが、護衛に関してはどうなっているんだ? トーリの嬢ちゃんたちだって俺たちを付けたくらいだぞ?」
「護衛については、沢山引き連れては目立ってしまいますので、ガルツの方からは私たち2人だけということになりましたわ。まあ、なにせ、我が国では有名な守りの英雄様たちが同行するのですから。どこからも文句は出ませんでしたわ」
護衛がいない理由もわかった。
というか、モーブさんたちが守りの英雄だったの、すっかり忘れてた。
「そうだったよ! モーブさんたちって英雄じゃん!」
「そうでしたね。それなら安心ですね」
「……安心、安心」
「おい。これほどうれしくない誉め言葉もないぞ。トーリ嬢ちゃんたちの方が総合力では上だろうが」
「ユキが俺たちを使うための方便だよな」
「とはいえ、守りの英雄なのは事実ですよ。私としてはモーブさんたちがガルツの姫君たちに認められていることはうれしい限りです」
「そうそう。カースさんの言う通りだよ。それに冒険者としての知識は僕たちよりも上だし、頼りにしているよ」
「はい。リエルの言う通りですよ。それにモーブさんたちだってユキさんの訓練を受けているんですから、弱いなんてことないですよ」
「……ユキの訓練を受けたから大丈夫」
モーブさんは私たちの方が強いとかいうけど、リエルやカヤの言う通り、冒険者としてのレベルが違うし、同じようにユキのあの頭おかしい訓練を受けているから、そうそう負けるようなことはない。
「ああ、あの訓練か……。確かに、あれをクリアすればそれは強くなるだろうさ」
なぜか、ローエルがそんなことをポソッと呟きながら遠い目をしていた。
「あれ? ローエルもユキさんの訓練受けたことあったっけ?」
「いや、直接にはないが、セラリアに頼んで同じような訓練を受けさせてもらったことがある。が、まずとにかくレベルを上げってことで、ひたすら無抵抗の魔物を殺しまくって……。そのあと調整というものすごいことをさせられたからな。あれだな感情が抜け落ちるというか……。」
あー、一番心に来るやつだ。
でも、その訓練を受けているなら、多少のことでは問題ないだろう。
「私も少しだけ参加させていただきましたが、農家の方々の気持ちが分かった気がしますわ、丹精込めて育てた家畜を売り払うのに感情は不要ですわね……。まあ、王侯貴族というのも所詮同じようなものですが、ああして自分の手で敵ではない者の命を刈り取るというのは……」
うん、シャールの方も多大なダメージを受けているようだ。
まあ、あれは慣れないと辛いものがある。
だけど、その訓練をしたのなら、安心できる。
最低限のことはきちんとしているのだから。
「ふっ、そのあとのゴブリンたちとの共同訓練ではぼこぼこにされたけどな」
「ですわね。オカシイ強さでしたし」
そうそう。私たちが強いとか言われているけど、ユキさん直下、スティーブ配下のゴブリンたちと戦うと、もうどうしようもない。
まあ、決闘の1対1試合形式なら勝てるけど、集団戦、しかも実戦形式ではまず勝てない。
十字砲火で即座に死亡判定にされる。
軍隊ってすごいんだと実感できる。
あれが数の力だって感じ。
そんな事考えていると、ローエルが話を変える。
「ま、そこはいい。とにかく、私たち自身もちゃんと訓練はしているということだ。護衛についてはモーブたちを信頼しているから。そして私たちが選ばれた理由は、セラリアやユキが信頼している腹心であるリエルたちを調査に出すのに、私たちが単にある程度身分が高いだけの者をお供とするわけにはいかないと、兄上が言ったからだ」
確かに、私たちは直接出向いているのに、ガルツの証人というか同行者はそれより身分が低いとなると、それはそれで問題になるよね。
お互いそういう意図がないとしてもだ。
国とか身分って相変わらず面倒だね。
「まぁ、私にとっては渡りに船でしたわ。面倒な外交書類は全部ヒギルに押し付けてきましたから。久々に羽を伸ばせるというものです」
シャールもけっこう大変みたい。
まあ、最近大陸間交流同盟の動きはすごいから、外交や交易を取り仕切っているシャールが大変なのは当然だよね。
ラッツも私たちと同じように既に副代表の立場になっているはずなのに、それでも商業区の仕事で忙しいし。
「なるほどな。大体のことはわかった。書類仕事を押し付けられた王子がかわいそうだが、ま、そこはいい。で、今回の竜山の調査だが、お姫さんたちとしてはどう思っているんだ? 俺たちとしちゃ、結構ハードなことになりそうだと思っているんだが。何か情報とかあるなら聞きたいんだが?」
「そうですね。何か情報があるなら聞きたいです。そもそもドラゴンたちと戦いたいってわけじゃないですから」
ここは大切なことだ。
私たちは竜山の名は知っているけど、何も実情を知らない。
それを補うためにユキさんはローエルとシャールを同行させたんだろう。
「そうだな。まず、竜山自体、本来ガルツとしては、触りたくない危険物といったところだな」
「はい。お姉様の言うように、ガルツは……。いえ、どの国も今まで敢えて静観を決めていたのは、ドラゴンへの対抗手段を持っていなかったからです。下手なことをして国を襲われれば堪りませんから」
やっぱり、ユキさんが言った懸念を持っていたみたい。
まあ、特に竜山のドラゴンに襲われてるってわけじゃないのに、わざわざそこを刺激して藪蛇にするようなことはないよね。
「だが、今回は違う。大陸間交流でのロガリ大陸の立場を安定させるためにも不安要素は取り除かなくてはいけない。だから竜山の調査はこちらとしてはありがたい話だ」
「ええ。ウィードから言い出してくれて助かりましたわ。場合によってはガルツ、ロシュールの連合で事に当たるしかないかという話もありましたから」
……話を持ってきたのはミヤビ女王なんだけど。
まあ、そこは色々あるから今言うわけにもいかないか。
「なるほど。国としては賛成ということですね。では、邪魔などは入ることはない? ということでしょうか?」
ザーギスが期待を込めてそう聞く。
味方の邪魔が無ければ背後を心配せず調査できるもんね。
だけど……。
「残念ながら、ザーギス。世の中そう上手くはいかない」
「私としても色々技術提供をしてくれているザーギスさんには便宜を図ってあげたいのですが、竜山の方には面倒が多いのですわ。それもあって、私たちが同行しているのです」
やっぱり、そう上手くはいかないよね。
「面倒ですか? それは具体的には?」
「竜山信仰だ。竜を神とあがめている者たちは多い」
「あの地域はどこの国の支配も受けていません。町が一つに村が片手で数えられるだけの規模ですが、魔物の被害に遭うこともなく住みやすい所と言われていますわ。まさに竜の加護ですわね。それもあって極めて信仰が篤いのですわ」
あー、神様をあがめているみたいなもんだね。
獣神トラさんみたいに。
そう私は納得していたんだけど……。
「んー? まて、竜山の近くは強力な魔物も多いって話はどうなっているんだ?」
「確かに、魔物被害が無いなら本当に楽園のはずだ。もっと町や村があっておかしくない。だがそんな話は聞かないぞ?」
「ですね。冒険者ギルドの話と、今のお姫様たちの話は矛盾していますね」
モーブさんたちの言う通りだ。
なんか情報が違いすぎる。
というか真逆といっていい。
なんでだろう?
リエルやカヤも不思議に思っているようで、ローエルとシャールに視線を向けると……。
「ああ、そのことか。簡単だ。今ある町と村だけが魔物に襲われないんだ」
「はい。お姉さまの言うように、今存在している町と村だけは被害が無いのですが、他に作ろうとしても魔物の被害にあってすぐ無くなるのです。だからこそ、入植者はおらず、国も手出ししようとは思っていません」
「なんか、不思議なところだね」
「……リエル。多分そういうことがあるから、竜の加護とか言ってるんだと思う」
確かに、元々あるその町と村だけが残るって言うのは何かしら理由があると私も思う。
で、それを聞いたザーギスは……。
「……なるほど。そして、私たちはその竜信仰の篤い町に向かっているということですね。何かしらの理由があるのでしょうが、これは楽しいことになりそうですねぇ」
そう微笑んでいるところを見ると、やっぱりこういう謎を追い求めるのは大好きなんだなぁと思った。
ユキさんも同じようなところあるしね。
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