第888堀:いざ出発!の前の検査

いざ出発!の前の検査



Side:カヤ



「……じゃ、みんな行ってくる」

「行ってきまーす」

「行ってきます」


私たちがそう言うと、みんな笑顔で見送ってくれる。


「ま、敵対してくるとは思わないけど、もしまずいと思ったらさっさと逃げてきなさい」

「ですね。たとえドッペルとは言え、重症や死亡したら精神や体にどれだけダメージがあるのかわかりませんし。特にリエル、ほかのみんなの言うことをちゃんと聞くのよ?」

「くれぐれも無理はしないようにってことですね。ま、あとお菓子は沢山入れてあるからって、食べすぎないようにしてくださいね」


そんなことを言ってくるのはセラリア、エリス、ラッツだ。

うん、ドッペルでのいつもの行動とはいえ、ケガをすれば痛みはあるし、死亡なんてなったらどんなことになるかわからない。

だからドッペルだからって慢心しないようにしないといけない。


「……当然。私たちが優先するのはユキと自分の命」

「大丈夫だってエリス。僕もちゃんと成長してるからさ」

「あはは、ラッツ、ピクニックじゃないんだから」


私たちがそんなやり取りをしている傍らで、モーブたちもしっかり同じように見送りを受けている。


「モーブおじちゃんたちも気を付けてねー」

「何か面白いものがあったらお土産お願いするのです」

「そうねぇ。私はドラゴンのお肉がいいかしら」

「ラビリス。それだと竜人族の方と戦うことになってしまいますよ?」

「アスリンたちの要望はともかく、ラビリスの要望だけは無理だからな」

「ま、そうならないことを祈る」

「しかし、竜人の村ですか。お土産物なんていう商売っ気でもあればいいんですがね」


アスリンとフィーリアはいつものように純真。

ラビリスは相変わらず腹黒、まあいつものラビリス。

そしてシェーラはそんなラビリスのフォロー役。

でも、カースの言うように、お土産が売っているかは微妙なところ。

そもそも人の出入りなんてないんだから、そういうものはなさそう。

まあ、その時は山で見つけた鉱石とか植物か何かを持って帰ろう。


「ザーギス。ちゃんと生きて帰るんだよ。そして調査結果をちゃんと持って帰るんだよ」

「むしろ、たとえ死んでも調査結果だけは持ち帰って下さい。特に鉱石! すごい武器が作れるかもしれないんですから」

「あー……、そのなんだ。ザーギス殿。私は君のような良き友人を失いたくない。無事に戻ってきてくれ」

「タイゾウ殿だけが、私の気持ちをわかってくれてますよ。あ、そこでお願いですので、私が空けている間の研究室の掃除を……」

「さ、仕事が溜まっているので失礼するよ」

「そんな!? そのくらいのご褒美があってもいいじゃないですか!?」


と、ザーギスもやはりいつもの通りだ。

こんなのが研究者としてついてきて本当に大丈夫なのかと疑問は持つけれど、まぁ、ユキが問題なしって言っているんだから、私から特に言うことはない。

で、最後に……。


「予定に変更は無し。竜山の近くの町にゲートをつないで、竜山へのベースキャンプを確保する。そこを拠点として、竜山の訪問というか、攻略を開始する。最初にザーギスが調査をするから、暴走はしないようにな」

「わかってるよ」

「任せてユキさん」


ユキから出発前の簡単な説明があり、予定通りに私たちは久々の冒険へと出かけることになった。

とはいえ……。



「こちらがガルツへのゲートとなっております。皆さん順番に並んでください」


まず最初に私たちがしたのは、竜山の近くにある既設のゲートへの移動だ。

竜山はガルツとロシュールの間にあるものの、どちらかというと、ガルツの方が近いので、先ずはガルツに行ってからということになった。


「うひゃー、さすがに人が多いねー。ねえ、いつもの仕事用のゲートで移動しない?」

「駄目だよリエル。今回はお忍びで行くんだから」

「……そう、公式に依頼を受けたと公言して、竜山で失敗でもしたら非難が集中する」

「それは当然じゃない?」

「それじゃ困るんだよ、リエル。今は大陸間交流前だから、大丈夫か?って思われちゃう」

「そっかー。だから、私たちはあくまで私用ってことで行くわけか」


トーリが言ったように、表向きはこれからの行動はあくまでも個人的な用事。

久しぶりに一冒険者として仕事を受けただけということになっている。

公にウィードとして動けば、失敗したときだけじゃなく、そもそも私たちが行くだけでも大騒ぎになりかねない。

まあ、それならばまだしも、ウィードが竜山に近寄るなんてまかりならんと言い出す勢力も出てくるかもしれないというのまであるからこうなった。


「ま、久々の冒険だと思えばいいさ」

「ああ。複合パーティーでの未踏破地域の捜索だ。依頼人はザーギスってことだな」

「表向きはそうですね」


そう、今回のお仕事は、ザーギスからの個人的な依頼ということにするため、ミリーやグランドマスターが手を回してくれた。


「なら、依頼人をいたわる気持ちを発揮して荷物を持って貰えませんかね? ダミーとは言え、無駄に荷物が多いのは面倒なんですが?」

「別に重たくも無いだろうに。俺たちだって遠征用のガチ装備だぞ」

「……私たちだって持ちたくない荷物を持っている。我慢しなさい」

「……はい」


ザーギスがわがままを言い始めたけど、皆でそう言ってたしなめる。

まあ、扱いが最近ちょっとかわいそうというのはまぁ認めるけど、だからといって甘やかすことはできない。

と、そんなことを話しているうちに、ようやく私たちの番がやってきた。


「次の方、前へ……って、何やっているんですか。皆さん」


普通に通れると思ってたけど、ゲートスタッフであるオークに呼び止められる。


「あれ? 聞いてない? 冒険者としてのお仕事だよ、お仕事」

「はい。ちょっと依頼を受けて出る必要がありまして」

「……上に確認を取ってもらえれば分かる。とりあえず、これが出国許可証」


そう言って私たちはパスポートを渡す。

一般人のゲートでの入出国管理はこのパスポートで行っている。

これが一番管理しやすいからと、ユキやエリスたちは言っていた。


「わかりました。では、ちょっと横にずれてお待ちください。おい、入出国管理本部の方に確認を取ってくれ。要人の出国に関してだ。次のお客様、前へどうぞ」


そう言って指示を出しておいて、直ぐにほかのお客さんの対応をするオークはとても仕事のできる、できるオークのようだ。

で、そんな風に仕事ぶりを見つめていると……。


「あー。リエル様だー。トーリ様もいるー。お出かけ?」

「うん。そうだよ。君もお出かけかな?」

「うん! 今日はガルツおうとにかんこーに行くんだ」

「楽しそうだね。でも、お母さんの言うことをちゃんと聞くんだよ」


顔見知りのウィードの住人らしい子から声を掛けれたリエルとトーリが笑顔で対応している。

私は隣にいた母親と目が合って軽く会釈をする。


「うん。お母さんとお父さんの言うこと、ちゃんと聞くよ!」

「そっかー。偉いねー」

「お待ちのお客様どうぞ」

「あ、呼ばれちゃった。またねー。リエル様、トーリ様、みんなー」


そう言って、手をぶんぶん振りながら女の子は母親に手を引かれてゲートの中へと消えていく。


「かわいいねー」

「うん。かわいい」

「……かわいい」


私たち3人の意見は一緒だった。

あんな笑顔の子供を見て可愛くないとか言う人はおそらく、何かの病気だろう。


「今の子供で思い出したが、リエル嬢ちゃんたちの子供はいいのか?」

「あ、うん。もちろんユキさんたちがちゃんと面倒見てくれているよ」

「はい。だから何も心配はないです」

「……とはいえ、子供たちと長く離れているのは苦痛だから、さっさと仕事は終わらせる。さっきの子も何も心配しなくていいように」


万一にもドラゴンが暴れて、子供たちが泣くようなことはあってはいけない。

と、そう決意を新たにしていると、問い合わせに行ってたゴブリンがこちらに駆け寄ってきて……。


「確認取れました。お通ししていいとのことです」

「了解。お待たせしました。トーリ様たち、確認が取れましたのでお通り下さい」

「ごめんね、急で」

「いえ。皆様もどうかご無事で」


そう言ってオークとゴブリンは敬礼をして……。


「「いってらっしゃいませ」」

「「「いってきます」」」


こうして、私たちも彼らに見送られて、ガルツへと繋がるゲートへと足を踏み入れた先で見たものは……。



「いらっしゃい! いらっしゃい! ガルツに来たらまずはこれを食べないと始まらないよ!」

「これが、ガルツが誇るシュークリームだ!!」


なんか、シュークリームのお店が大量に出迎えてくれた。

というか、甘いカスタードクリームの香りがして……。


ひゅう。


ふいに風が私たちに向かって吹いて来たと思ったら……。


「「「うっ!?」」」


その風に乗って多量の甘い香りが私たちに直撃。

予想外の強い香りに思わず気分が悪くなってしまった。


「うわー!! シュークリームだー!! お母さん、お父さん!! シュークリームだよー!!」

「え、ええ。そうね」

「うっ」


先に行ってたあの子は嬉しそうにしているが、その両親も私たちと同じようにその甘い香りに当てられているようだ。

アルフィンのお菓子攻めで理解していたが、やはり、お菓子も大量にあれば凶器と化す。

それを改めて実感していると……。


「おお。いたいた。おーい!」


そんな聞き覚えのある声がしたのでそちらを見てみると、シェーラとは似ても似つかぬガルツが誇る威風堂々たるお姫様がまるで子供の様に一生懸命手を振っていた。


「ローエルじゃん」

「やぁ、リエル元気そうだな。子供たちはどうだ? あれから大きくなったか?」

「なったなった。今度会いに来てよ」

「おう。なら、今から行くか、シャール。シャエルにも会いたいしな!」


そう笑顔で妹のシャールの方へ振り返ったローエルだったけど。


「おバカ姉さん!!」


バシン!


と、ハリセンで頭をはたかれていた。

いやぁ、とてもいい音がした。



「いったー!? なんだお前! リエルたちの子供には興味がないのか!? それともキルエの子供であるシャエルを見たくないのか!?」

「人を血も涙もないような言い方をしないでくださいませっ!!」


そう言って、シャールがもう一発、腰の入った一振りで。


ズパーン!!


良いのが顔面に入りました…。

普通なら、ケガを心配するところだけど。


「ふふ、非力な我が妹よ。この程度では姉は微塵も揺るがんぞ!」

「何を威張っていますか、まったく。話がそれていますわよ。私たちは今回の竜山の調査に同行するのですから」

「「「は?」」」


何かすごいセリフが聞こえた。

一瞬聞き間違いかと思ったんだけど……。


「おお、そういえばそうだった。今回は大々的に支援は出来んが、やはり証人もいるだろうとのことで、私たちが付き添いだ」

「……なるほど。そっちの意図は理解したけど、ユキたちには?」

「もちろん伝えておりますわ。まあ、いましがたのことでしたから、おそらく……」


そうシェールが言いかけているところに、モーブに連絡が来たみたいで……。


「おう。ユキ。なんかローエルとシャールのお姫さんが……」

『ああ、ガルツ王と話したら証人として連れて行ってくれって言われた。その方が竜山に行くのにも助かるだろうってな』


ということで、私たちの冒険にローエルとシャールが加わることになったのだった。



……大丈夫かな?


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