第878堀:ここまでやってきた

ここまでやってきた



Side:ユキ



「……死ぬ。本当に死ぬ」


俺は周囲にそびえたつ書類の山々の隙間にできたほんのわずかな谷底で倒れ伏している。

これが、野垂れ死ぬという感覚なのだろうか?

というか、このまま寝れたらとても幸せなんじゃないだろうか?

そう思って、俺は目をつぶってしまったのだが……。


「ほれ、ユキ。辛いのはわかるが、さっさと起きて仕事をせい」

「私としては、甘やかしてあげたいんですけど、ごめんなさい。ユキさん。起きてください」


そう言いながら、俺の体を揺らし、現実逃避の邪魔をする、デリーユとミリー。


「はいはーい。ユキさん。起きないようなら、今日はカグラとミコスを呼びますか? それともスタシアかエノラ? それとも連続でエージル? ああ、ドレッサたちがいいですか?」

「起きます」


リーアの脅し文句に飛び起きる。

流石に今日も夜を頑張るとか、死んでしまう。

というか、全員が全員飢えた獣のように迫ってくるから、立ち向かって倒さないとダメなんだよな。

日々昼は山の様な仕事、夜は迫りくる嫁さんたちとで、大変すぎる。

そんな中、今日は久々に一人の夜だ。

なので、俺はその平和を維持するためにも頑張るしかない。


「それにしても、ここしばらくシーサイフォの問題にかかずらっていたとはいえ、何ゆえにここまで書類が増えるかね?」


顔を上げた俺は溜まっていた書類の一つに目を通す。

その内容は、主に他国からの面会要請書類だ。


「今更、俺と面会してなんになるんだよ。しかもこっちから出向いてくれとか」


散々首脳会議はやっているだろうに。

俺がわざわざ出向いてまで話すことなどないだろうに……。

そう思っていると、ジェシカが首を振りながら口を開く。


「ユキ。分かっていて言っているでしょう? ウィードは今や大陸間交流の要。ウィードとの間の交流、友好度が今後の国家間の力関係に直結します。その友好度を上げるために、ウィードの外交官や高官を招いて、自国を知ってもらう。というのは当然です。で、リーア、続きを言ってみてください。なぜ外交官ではなく、ユキを呼ぶのかの理由を」


まあな、それぐらいは分かってる。

だが、ジェシカの言う通り、そういう時基本的に招くのは外交官や外務大臣であるソウタさんとエノルさん。

なのにわざわざ、他国の王族を招きたいというのは、何としても自国のことを見て宣伝してほしいと言う接待目的なんだろう。

外交官よりも俺やセラリアがすごかったとか言った方が、ウィードだけではなく、外国からの旅行者も増えるからな。

ついでにウィードの王族が足を運ぶということは、それだけ信頼されている、安全だという証明にもなるからな。

そして、ジェシカは最後にリーアにお勉強ができているかのテスト。

さて、リーアはどうこたえる?


「ふぇ!? え、えーと……。つまり、ユキさんに来てもらった方が、国としては色々信頼されているという事が対外的に示せるから? かな?」


おー、リーアも随分頑張っているな。

これなら普通に諸外国を救う勇者として旅をしても問題ないのかもしれない。

まあ、大事な嫁さんを危険な旅に出すとか絶対許可しないんだけど。

そんなことを考えていると、クリーナが口を開いて補足を始める。


「ん。それであっている。でも足りない部分もある。ただ王族に信頼されているという風にしたいだけなら、セラリアを招聘すればいい。それか、セラリア、ユキの連名。その方がより効果が高い。でもそれをせずユキだけと指名してこうして手紙をよこすということは、ユキに何かを仕掛けるつもり」

「どういうことですか!? ユキさんを殺すとかそういうことを考えているんですか!!」

「リーア、落ち着いてください。この状況下でわざわざ自国にユキ様を招いて害そうなどという愚か者はまずいません。おそらく、ユキさんを何とかして篭絡したいというのが本音でしょう」

「ろうらく? ユキさんを? そんなの無理だよ?」


リーアは不思議そうにいうが、サマンサの言う通り俺を指名している理由はそういう方面を狙ってだろうな。


「ま、リーアがそう思ってくれているのはありがたいが、世間的には俺はただの女好きってことになっているからな」

「えー!? って、そういえば私も聞いたことがあります。でも、なんでそんな噂が流れているのか不思議なんですよね。ねえ、ジェシカ、なんでかわかる?」

「それは、私たちがユキを知っているからです。ですが、現状を傍から見れば、すでに奥さんは20名を超えていますので、女性が好きだから集めていると思われても仕方ないでしょう」

「ん。ユキの性格を知らず、政治的背景を知らない人たちはそういうこと言う」


そうそう。

傍から見ればただ女にだらしない男としか見えないからな。

……というか、なんで俺はこんな立場に陥ったんだろうな。

そんなせんないことを思わず考えてしまっているうちにも話は進んでいく。


「まあ、そういう与太話を信じるのは一般人だけですが、それでも他国の為政者たちの中には少しでもその可能性があるのならということで、身分の高い娘をユキ様の傍におくことができれば、あるいはと考える者もいるでしょう」


確かに、サマンサの言う通り、今回の俺のご招待の裏にはそういう意図もあるだろうな。

たとえ飾りであっても俺の嫁として潜り込めれば、それだけで多大な利益につながるからな。

俺や嫁さんたちを通じて多くの大国とのパイプができるわけだから、それを狙わないわけにはいかないということだ。


「そういう意味で、俺は嫌だね。これ以上嫁さんが増えるとは思わないが、相手を振るのもそれ相応の対応をしなければいけないからな。沢山女をかこっているんだから、うちの娘も加えてくれてもいいだろうと言われると面倒なだけだしな」

「じゃ、ユキさんはこの面会の申し出は断るんですか?」

「おう、断る! と言いたいところだが、魔力枯渇現象の調査にはもってこいだからな。そこのバランスを考える必要がある」

「あー、そっか。国賓として招かれているなら、合法的にその国の調査もできるわけですね」

「そういうこと。だから、セラリアたちと行き先の候補を絞っていくことになるだろうな」


まったく、また大陸間交流イベントも開催しなくちゃいけないのに、こういう個々の外交先も絞らないといけない。

しかも、接待の躱し方も考えながらだ。


「はぁ、ま、基本的にはうちの娘を是非ってところは、今後、嫁さんたちや、護衛にガードしてもらうことにするから問題ないとして……」

「え? 私たちがガードするのはともかく、護衛ってどういうことですか? 別に誰かいましたっけ?」

「スティーブたちだよ。今回、招聘されて訪問することになれば、正式な王族としてだからな。嫁さんたち以外にも当然護衛が付くことになる。そんな状態の俺に直談判できる奴はそうそういないだろう。というか、むしろ問題は嫁さんたちかもな」

「私たちの方ですか?」

「そうそう。ウィードが出来たときにもあったが……」

「妾たちの引き抜きじゃな」

「ああ、そんなこともあったわね」


そう、嫁さんたちに対する工作だ。

俺も重要人物ではあるが、嫁さんたちもウィードではかなりの重役だ。

俺だけでなく、嫁さんたちに対し、再び何かしらのアクションがあるだろう。

昔、ウィードが出来た時も色々あったしな。

今回もそういうのが出てくるだろうな。


「でも、ユキさん。一応、そういうのは受け付けないって各国に連絡はするんでしょう?」

「そりゃ、今回は王族としての訪問だしな。イフ大陸や新大陸に行った当初は俺たちはただの傭兵団だったり、誘拐されたりで身分もクソもなかったしな。イフ大陸で出会った、ジェシカ、サマンサ、クリーナは、悪く言えばコネクションづくりのために嫁さんに迎えたという側面もある。と、こんな言い方してすまない」


俺は悪い言い方をしたことに謝る。

でもそういう側面もあって、嫁さんに迎えたのは間違いない。

だけど、そこはできた嫁さんたちで……。


「今更ですね。というか、そういう意味があるのは最初から承知しています。そもそも、私の場合はユキたちに戦いを仕掛けて負けた上に、ジルバ王都に踏み込まれましたし、私自身、当初は何とか篭絡して取り込めないかと考えてましたからね。それが、このような結果になったのは驚きです。ユキに感謝こそすれ、悪くいう理由はありませんね」

「ん。むしろ、イフ大陸で調査をするにはそういう有力者の協力は必要不可欠。これを利用されたとは思っていない。むしろ私たちが利用したという感じ」

「確かにクリーナさんの言う通りですわ。ユキ様は何も謝ることはありませんわ。正しくそして愛を持って私たちを救ってくださいました。それだけですわ」

「ああ、ありがとう。ということで、今回の各国訪問は立場が違うから。こちらからはそういうコネクションづくりは必要ないしな」

「ということは、そういうのは結局ないんじゃないですか?」

「そうじゃのう。まあ、可能性はゼロではないということかのう?」

「デリーユの言う通り。こういうのは安心してたり過信しているとだめだ。常に警戒しているのが大事だ」


カグラとミコスたちはともかく、スタシア殿下にエノラの例もある。

意味不明な経緯から発展しないとは言い切れない。

下手に関わるのは禁止で行く。

と、そんなことを話していると、首を傾げていたリーアが口を開く。


「でも、ユキさん。その前に、どこに行くかって話になりますけど、シーサイフォから海路でつながっている、グスドの方はどうするんですか?」

「グスドの方は、シーサイフォから要請がない限りはこっちから率先して動くことないな」

「そうなんですか?」

「ああ。シーサイフォもグスドとの連絡は取るつもりみたいだが、まずは大陸間交流同盟に参加することを優先するみたいだしな。だから、こうして書類仕事が忙しいんだが」


新大陸同盟の方に、新たに海洋国家が加わったからな。

ロガリ大陸、イフ大陸共に、気になるところだろう。


「ということで、まずはその大陸間同盟会議を開いて新大陸同盟にシーサイフォが参加する旨を伝えたうえで、今日の各国訪問の話をする。魔力枯渇に関係する情報があるかは、俺たちよりも、各大陸で幅を利かせている大国の方が情報を持っているだろうしな」

「ふむ。確かにのう。ただシーサイフォを同盟に加える話だけでなく、そっちの情報も集めるわけか」

「確かに、ここまで大量に訪問希望が来てるといちいち選んでいるゆとりもないわよね。まあ、私も国名程度は多少は聞き覚えのある国もあるけれど、さすがに魔力枯渇に関してとなると……」


ミリーは一枚の書類を手に取って見てみるが、やはり首を横に振る。

ま、小国の名前はたとえ知っていても、魔力枯渇現象のことまでは分からないよなぁ。


「幸い。エージルが俺の奥さんになったこともあるから、コメットと協力して、大国から提供される情報を聞いて、ある程度目星は付けられるだろう。というか、俺たち素人があたりを付けるよりましだ」

「うむ。そのとおりじゃが。エージルの方はさっそくガンガン使うつもりじゃな」

「そりゃそうだ。ようやくここまでやってきた。魔力枯渇現象を大陸全体で、いや3大陸共同で調べられる時が」


そう、ようやくだ。

ようやく、俺の本来の目的への大きな一歩を踏み出すことが出来る。

無論、エージルだけじゃない。

みんなの協力あってこそだ。

グスド王国のことは気になるが、まずは3大陸の情報をまとめるのが先だ。


さてさて、魔力枯渇現象につながるような何かは出てくるのかね?


そう思いつつ、俺は書類を手に取るのであった。


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