第877堀:自然な結果
自然な結果
Side:エージル
「いやぁ、私たちがいない間に随分と話が進んだみたいだね。と、その前におめでとうかな?」
「ええ。ありがとうコメット」
「ありがとうございます。コメットさん」
「うれしーよー! ヒイロは今、無敵!」
「あっはっはっは! 確かに無敵だね」
そう愉快そうに話すコメットとドレッサ、ヴィリア、そしてヒイロ。
私たちが海の底で楽しく研究……じゃなくて、監視業務をしている間に、事態は大きく動き出したようだね。
ま、この3人はずいぶん昔からユキのことを慕っていたし……。
「よかったじゃないか。ここじゃ、お祝いってほどのモノは出せないが、まぁケーキでも食べてくれ」
「はい。ありがとうございます。エージルさん」
「エージルもありがとう」
「やったー!」
素直にお祝いできる。
しかし、しかしだ……。
「でも、カグラ、ミコス、エノラにスタシア殿下までとはユキも大変だねー」
「おかげで私たちへのプロポーズまでが遅れたんだからいい迷惑よ」
「まあまあ、お兄様やお姉様から話を聞けば納得の理由でしたし」
「お兄は人気者だから大変。でも、スタシアお姉がお兄のお嫁さんになるなんて思わなかったし、確かに確認したくなる」
「あっはっは! それで、辞退されるつもりがいつのまにかプロポーズになっているっていうのがすごいよね! いや、びっくりだ!」
そう、不思議なのは、なぜかカグラたち新大陸のメンバーの方が、僕より先にユキのモノになってしまっていることだ。
順番的に僕のほうが先じゃないか?
まあ、彼女たちもユキが大好きなのはわかっていたけど、それでもなんというか、僕が先に見つけたんだからというやつがね……。
「ま、話は分かったけど、それなら、3人は新婚さんってことになるんだろう? なんでユキのそばを離れてこっちに来てるんだい? まさか、わざわざ結婚の報告のためだけに来たってわけじゃないだろう? 私たちだってちょくちょくウィードには戻っているんだからさ」
確かにそうだ。
ここまでわざわざ結婚の報告をしに来る必要はない。
まあ、ヴィリアとかは律儀だから報告に来ても納得だけど。
ドレッサとヒイロはそんなことしそうにない。
あ、いや彼女たちが失礼って話じゃなくて、ウィードで済むことを、わざわざこっちに来る理由がないって話ね。
「ああ、こっちに来たのは結婚の報告もあったけど、そもそもは現状の把握とか今後の方針の話し合いに来たのよ」
「今後の? それはユキから聞く話じゃないかな?」
「今までならそうだったのですが、これからはそうもいかなくなりました」
「……どういうことだい? ユキに何かあったのかい? 僕は何も聞いてないけど?」
ユキの身になにかあったのなら、幹部クラスにはすぐに連絡が来るはずだ。
それには僕も含まれている。だけど、そんな連絡受けた記憶が無い。
「ジルお姉。別にけがをしたとかじゃないよ。シーサイフォの同盟参加が本格化して、こっちの監視業務まで手が回らなくなったって」
「ああ、なるほど。こっちは表向き、一応終わったことだからね」
コメットの言う通り、ここでの課題はシーサイフォとしてはもう終わりを迎えている。
まあ、経過監視というのはあるけど、そんなことを直接ユキが取り仕切ってると怪しいわけだ。
何かトラブルなどの隠し事がありますよって言っていることになるからね。
「それで、ユキの名代としてドレッサたちが来たってわけか」
「ええ。私たちは一応、この海域監視の司令官と幹部だからね。コメットやエージルとの連絡を任されたわ。もちろん、ユキへの直接報告はしてもらって構わないんだけど……」
「忙しいから、連絡が取れるか微妙ってやつか」
「そういうこと。まあ、緊急事態なら聞いてくれるだろうけど、多少の問題であれば私たちの手で処理をしてくれって言われているわ」
確かに。こんな研究と言ってしまうと自分の存在意義にかかわるけど、国のトップが単なる一研究報告をわざわざ見に来るなんてのはよほど物好きで、暇でない限りはありえない。
まあ、ユキはこういう研究に理解があるから、よく様子を見に来てくれていたがそれも限度というのがある。
その限度ってやつが来たわけだ。
しかし、そうなると更に私の接点が減るんだけどなぁ。
さてどうしたものか、と考えていると……。
「あと、エージル。あなた、今回の一連のことを報告しろって、エナーリア本国から召還がかかっているわよ。大使館にいる部下の人たちからソウタに、連絡が取れないって話があって、それを私に伝えてくれって」
「へ? でも、一応僕は技術班で……」
「確かに、技術習得で来ているけど、その前にエージルはエナーリアからの外交官でしょうに。シーサイフォの件が終わったって告知があったから、たぶんその件じゃないかしら? というか、一体何日、大使館の方に戻ってないのよ」
「……そういうことか。あーあー、面倒くさいなー。あっ、大体……2週間ぐらい?」
「長すぎよ!!」
「あはは! いや一度研究となるとついついね。そもそも、行きたくないなーってのもあるんだよね。めんどくさいし」
そう、本当にめんどくさい。
心の底からめんどくさい。
「いや、真剣に面倒くさがらないで、さっさと報告してきなさいよ。そうでないとここでの研究も継続できないでしょうに」
「わかっているよ。とはいえ、新大陸での出来事を一から説明するのは、これはこれですごーく面倒なんだよねー。ウィードのことだって、当初伝えたら、ついに頭がおかしくなったか? って言われたし」
「……まあ、それはそうでしょうね」
「幸いなのは、ウィードみたいにこっちの国はぶっ飛んでいなかったことと、いちおう事前に報告書は回していることかな」
とはいえ、実際に話すとなると変わってくるものもあるだろうし、面倒なことには変わりはないね。
頭の固い爺どもに説明するのはやっぱり大変だってことには変わりないんだよ。
それに、今回のカグラたちの結婚の件では、僕も色々追及されることになるだろうしねー。
はぁ……。
これでさらにユキとの接点が減ってしまうわけか。
と思っていると……。
「でも、エージルお姉さま。お兄様との結婚の報告はしなくてはいけないのでは?」
「はい?」
なんかヴィリアがへんなことを言ってきた。
ユキとの結婚報告?
「……いや、僕はユキから、結婚の申し込みを受けたことなんてないけど……」
さんざん首をひねって思い出そうとしてみるが、そんな話をした記憶は微塵もない。
そんな様子を見ているヒイロも首を傾げて……。
「えーっと、ジルお姉は、大陸間交流同盟宣言の時に、お兄から欲しいって言われたって、リーアお姉が言ってた」
「ああ、それは私も聞いたわね。エージル本人はそのことを覚えていないのかしら?」
「ちょっと待ってくれ。それは確か……」
そう、あれはたしか、大陸間交流宣言の当日、会場前でユキの出迎えを受けて……。
『……なんか疲れているか?』
『ま、色々あるんだよ』
王も含めた爺どもが僕のことを、ひんにゅー子供体形とか自殺志願をしたので、望み通りにしてやろうかとしたら、プリズムたちに邪魔されて、そして……。
『そうか、俺にできることがあれば言えよ。カグラの方も色々風当たりが強くてな』
『ああ、彼女たちもか。いや、まあ、ある意味当然の話か』
こんなやり取りをした後、ちょっと夢を見ていた僕は……。
『あ、そうだ。それなら、僕を愛人にでもしてくれよ』
と、口走ったんだ。
しかし、その時もユキはやっぱり冷静で……。
『愛人はいらんが、エージルなら欲しいな』
『は? ちょ、ちょっと……』
『詳しい話は後でだ。まあ、仕事も含むが、エージルのことを信頼しているのが一番だな』
『……まあ、わかったよ。仕事って言うなら多少は納得しておく』
そうそう、こんな話だった。
「っていう、普通にお仕事の話だったよね?」
「え? でも、お兄様のその話し方だと、仕事も含むってことは、別の意味もあるってことですよね?」
「あ」
そうだ。
仕事も含む、そして愛人も違うときたら……。
「あー!? その続き、聞いてない!」
私が欲しいって話を詳しく聞いていなかった!
「あれ? ジルお姉はまだ話してなかったの?」
「アレから色々あったからね」
本当に色々あったからね。
というか、あの話のあとは大陸間交流宣言で大忙し。
ついでにシーサイフォの乱入で、私も即時戦力ということで、大使館の仕事をさぼ……じゃなくて、ウィードに好印象を与えるために、手伝いに行ったわけなんだよね。
そして、仕事が楽しくてあの時のことはすっかり忘れていたよ。
「……私たちと同じように後回しにされていたわけね」
「はぁ、お兄様はこういうところはダメダメですね」
「ん。お兄はこういうところはダメ」
僕の話を聞いたドレッサたちは深いため息を付く。
確かに、その気にさせている女性がいるのに、何も言わず単に待たせているのはダメだよね。
まあ、その大事な話をちゃんと理解しなかった上に、すっかり忘れている僕も僕なんだけどね。
「で、思い出したみたいだけど、どうするの? 先にエナーリアへ行く? それともユキの方かしら?」
「そうだね。ただ爺さんたちに怒られるのはあれだから、まずはユキの所に行って話を聞くことにするよ」
ここで婚約でもきちんと取り付けられれば、爺様たちに文句を言われることもなく、私も幸せを掴めるからね。
「ということで、コメット。僕は行ってくるよ!」
「おう。結果を楽しみにしているよ」
ということで、ブルーホールの監視はコメットに任せて僕は覚悟を決めてユキに話を聞きに行ったのだが……。
「ん? ああ、結婚の事か。エージルは俺でいいか?」
「へ? ああ、僕にとっては願ってもないことだしね」
「じゃ、よろしく。詳しい話はあとで詰めよう」
「あ、うん」
という感じで、さらっと速攻で終わってしまった。
なんか書類に囲まれて忙しそうだし、僕は執務室から出て……。
「って! もっとロマンチックはないのかい!? というかこのパターン、前にもどこかでしたよね! 確か……そうだ、ランサー魔術学府の時だ!」
なんか僕を置いてけぼりにして勝手に話が進んでたあの時に似ているんだ。
「あー、そんなこともあったなー。しかし、ロマンチックって言われてもな。エージルは日頃、研究室か爆睡しているかの二択だったしな」
「……そうだったかなー?」
「まあ、食事に誘うって言う手もあったかもしれないが、そういう手順を踏んだ方が良いか? なんか、エージルはそういうタイプじゃないと思うが?」
「否定はできないね。研究以外は効率がいいのが信条だ」
目的外のことは手早く済ませて、目一杯時間を研究につぎ込むのが大事だ。
「とはいえ、さすがにこれはこれだろう? こう、もっと……」
「もっと? どういうのがいいんだ?」
「……えーと」
なんだろう?
どうしてくれたら僕にとって嬉しいのか?
「花束でも持って、いい服を着込んで愛を語るか?」
「それはない」
僕は即座に否定する。
ユキがそんな姿をしてそういう言葉をささやくとか、うちの国で僕に求婚してきた、ロリコン野郎を思い出す。
もちろん即座に断った。
「だろ?」
「むぐぐぐ……」
確かに、ユキの言う通りだけど、何か納得いかない。
だって、カグラたちは山あり谷ありの大恋愛だったじゃないか。
なんで僕だけ、何の盛り上がりもない平坦な道のりなんだよ!
「まあ、こういうのもありだろう。仕事の合間にってな」
そう言って、ユキが立ってコチラにやってきて、僕の左手をとる。
「むうー。女の子にとっては一生に一度の大事な出来事なんだけどねぇ。で、僕の手をどうするんだい?」
「俺は……もう何度目かなぁ……。ま、だけど、エージルにとって大事なのはわかる。だから、この君の手に」
ユキはポケットから指輪を取り出して薬指につけてくれた。
「……ユキは本当に悪魔だよ。こんなことされちゃ文句も言えない」
「うれしいなら良かった。あとは、リーア」
「はい! ドレス選びですね!!」
ということで、僕はドレスを選びに部屋を出るのであった。
あーあー、またいいようにやられた気がする。
でも……。
左手薬指に輝く指輪を見て、まあいっかと思ってしまう僕はダメな女なのかな?
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