第876堀:本当のご褒美

本当のご褒美



Side:ヴィリア



「「「……」」」


私たち3人はドレッサの部屋に集まったものの、ただ沈黙しています。

理由は……。


「カグラお姉と、ミコスお姉、スタお姉、エノラお姉、結婚を申し込まれたって……」


ヒイロがらしくもなく、そうボソっとつぶやきます。

そう、私たちがご褒美の焼肉の食べ過ぎで2日程ダウンしているちょうどその間に、カグラさん、ミコスさん、スタシア殿下、エノラ司教がお兄様から、結婚を申し込まれたそうです。

そして、私たちには当然のごとくなにもありませんでした。


「……なんでよ」

「「……」」


ドレッサのその疑問に、私もヒイロもなにも答えることができません。

いえ、おそらくはそもそも相手として見られてなかったということだと思うのですが、さすがにそれを口にしたら終わってしまう気がして、そして自分自身でも認めてしまう気がして、口にすることはできませんでした。


「なんで……、なんでよ!!」


ドンッ!


ドレッサは拳を机に叩きつけます。

その衝撃で、机の上に載っていたコップが倒れ、中に入っていた麦茶がこぼれてしまいましたが、私を含め誰も片づけをしようともしません。


ポタポタ……。


机から滴り落ちる雫の音だけが静まり返った部屋に響きます。

このまま何もしないでいたら何も変わらないというのは分かっています。

ですがその答えをはっきり知ることになるのが、とてつもなく怖い。


「決めた! お兄に聞きに行く!」

「……ヒイロ。わかってるの? 断られるかもしれないのよ?」

「……ここに置いてもらえなくなるかもしれないんですよ?」


そう、私たちがお兄様をそんな目で見ていたなどと知られたら、お兄様は私たちを別の場所に移すかもしれません。

そして、もう二度と……。


「そんなことない。お兄はそんなことしない。ちょっと恥ずかしがり屋さんなだけ。というか、ヒイロたちを部屋まで運んでくれたのはお兄ってみんな言ってた。だから嫌われてるわけない」

「……だから、そんな情けない姿を見せちゃったから」

「……私たちはまだまだ子供だと」

「お兄はちゃんと見てくれてる。だから、くうぼも任せてくれた。ヒイロたちはれでぃーとして見られている。だから聞きに行く。ドレお姉にヴィリお姉は別についてこなくていいよ。ヒイロだけお兄と結婚するから」

「「あっ」」


ヒイロは言うだけ言って、さっさと部屋の外へと飛び出していきます。

しかしそれでも私たちの足は動かず……。


「あーもう!! 仕方ないわね! ヴィリア、私たちも聞きに行くわよ!」

「え? でも……」

「私たちがここでこうして唸っててもなにも変わらないのは事実よ。嫌いって言われたってむりやり振り向かせればいいじゃない! それだけのことよ! それにセラリアたちだって応援してくれるって言ったんだから、大丈夫よ。そっちからも押し込むわ」

「……しかし、お兄様が嫌というのに……」

「そんなこと言われてないでしょう! しっかりしなさい! ヒイロの言う通りよ、私たちらしくもない。特にヴィリア、あんたはユキの為になるんでしょう? 本人の口から聞きもせずに、ただ誰かが結婚をユキから申し込まれたからって、勝手に私は断られたとか思ってるだけでしょう?」

「それは……」


そうですけど……。


「えーい、ヴィリア。あんたは、ユキのこと諦めろって他の誰かに言われたからって諦められるの!」

「諦められません!」


そんなことありえない。他の誰に何を言われたって私はお兄様やセラリアお姉様たちの横に立つ。役に立って見せるって誓ったんだんだから。

私たちをあのスラムから引き上げてくれた人たちに絶対恩を返すんだって!


「なら、確かめに行くわよ! 私たちよりもなんでカグラたちを先にしたのかって!」

「はい!」


そうだ、ただ単にカグラさんたちに告白しただけで、私たちを嫌いになったわけじゃない。

きっと、お兄様には深い深い理由があるんだ。

だからそれを聞きに行く!


私もドレッサのおかげでようやく踏ん切りがついて、部屋を飛び出そうとしますが……。


「ちょっと待ってください」

「なに? また変な言い訳を……」

「麦茶がこぼれて下に置いてある服に」

「ちょ!? 染みになるわ! それ、新作よ!! 早く拭いて!」


ということで、少し部屋の掃除をしてからお兄様を探しに行きました。



そして、お兄様はいつも通り執務室にいて……。


「よしよーし」

「……お兄のばかー」


そう言いながら、泣いているヒイロの頭をなでています。

あれっ、ヒイロが泣いている。

つまり、それは……。

私たちが拒絶されてしまったから?

その光景に、先程のやる気がどんどんしぼんでいきます。

もうダメ、逃げ出してしまい……。


「ユキさん。ドレッサとヴィリアが来ましたよ」


あ、リーアお姉さまに見つかってしまいました。


「まったく、いまだ彼女たちには伝えていなかったとは。そういう鈍感なところはきちんと直してほしいものですね」


気が付けばジェシカお姉様が入り口を塞ぐように立ちはだかりながら、そう言います。

……これでもう逃げられなくなってしまいました。

私たちは、やはりここできちんと現実を知らなければいけないようです。


「ん。彼女たちにちゃんと言う」

「そうですわね。さ、ドレッサ、ヴィリアもこちらに」


クリーナお姉様、サマンサお姉様たちに促されてお兄様の前に連れてこられます。

そして、お兄様はこちらを見て……。


「おう。2人ともお腹の調子はどうだ? 焼肉の影響はないか?」

「……ないわよ」

「……ありません」

「そうか。それはよかった」


そう言って笑うお兄様は、やっぱりいつもの優しいお兄様です。

でも、その膝の上には泣きはらしたヒイロの姿があり、私の不安はますます深まるばかりです。


「ユキさん。そういうのがいけないんです」

「リーアの言う通りです。しかも食べすぎた時のことを話すなど」

「ん。言語道断。レディーに失礼」

「あまり、わたくしとしてはユキ様を非難したくはありませんが、あまり褒められたことではありませんね」

「すみません」


なぜか、お兄様の態度をしかるお姉様たち。

いったいなぜ? と思っていると、やおらお兄様が口を開き……。


「話はヒイロから聞いた」

「「!?」」


やはり既にヒイロが話をしていたみたいです。

それで、ヒイロは泣いている。

つまり……。


「3人がそんなに気にしているとは思ってなかった。俺にとって3人との結婚は既に決定していたからな。嫁さんたちもそう言ってたし。言うのが遅くなって悪かった」

「へ?」

「はい?」


私たちのことはやはり女性としては見れないという話ではないのでしょうか?

でも、結婚は決定と……。

そんな感じですっかり混乱していると、お兄様の膝の上にいたヒイロがこちらを見て……。


「お兄はヒイロたちとは結婚するつもりでいたんだけど、もうずっと家族みたいなものだから、告白は後でいいって思ってたみたい」

「「はぁ!?」」


ヒイロの発言にドレッサと一緒に思わず変な声を漏らしてしまいます。


「はぁ、ユキさん。だからちゃんと言わないといけないですよ」

「というか、彼女たちだからこそ、一番最初に言うべきでした」

「ん。ユキはこういうところはダメダメ」

「そうですわね。まあ、時間の長さが絶対というわけでありませんが、カグラさんたちよりもずっと待ちわびていたのはわかっていますわよね?」

「すみません。俺としてはいきなり結婚の話が出てきたスタシア、エノラとの話を確認するのが優先事項って思ったんだ。そこがはっきりしてから……」


……お兄様はお兄様で色々考えて行動していたのですね。……とはいえ。


「ばっか!! 私とヴィリア、ヒイロがどんな思いだったか!」

「はい。てっきりお兄様に嫌われてしまったかと思いました」

「ヒイロも思った。だから素直に聞いたらこれだったから、ヒイロが叱っていた」


私たちがどんな思いでいたか。

それをわかってないなんて、ちょっとお兄様はデリカシーがないですね。


「本当にごめん。だから……」


お兄様はそう言うと私たちの前にやってきて、小箱を渡し……。


「こんなことになって幻滅したかもしれないが、こんな俺とでよければこれからずっと一緒にいてください」


そう、お兄様は言ってくれました。

小箱の中はもちろん指輪です。

お姉様たちがいつも大事につけているシンプルでありながら、それでも輝く愛と結婚の証。


私がずっと夢見てきた指輪が今目の前にありました。


うれしい、うれしすぎます。なのになぜか、視界が歪んできて目の前がぼやけてゆきます。


「……ぐすっ。し、仕方ないわね。ユキがそこまで言うなら、お嫁さんになってあげるわよ」

「ヒイロは昔からお兄のお嫁さん!」


どうやら二人も泣いているみたいで目を隠しています。

私も、答えを返さないと。


「はい。ヴィリアは喜んでお兄様のオナ〇お嫁さんになります!」

「あ、ヒイロもなる!」

「ちょっ、二人ともって、私も!! 私もなるわユキのオナ〇お嫁!!」

「まった! 誰からそんな言葉を教わった!」


なぜかお兄様は、先ほどとは違って驚き慌てた様子で私たちに聞いてきます。


「えと、ラビリスが、お嫁さんにもいろいろあってお兄様が喜ぶのはオナ〇嫁さんだって……」

「ラビリスの奴、わざとだな? 畜生、いいか、ヴィリア、ドレッサ、ヒイロ、その言葉は言っちゃだめな言葉だからな。普通にただお嫁さんでいい」

「そうなのですか?」

「主に俺の評判が落ちるから、本当にやめてください」


お兄様の評判が今更落ちるとは思えないのですが、まあ、お兄様がそこまでダメと言うからにはダメなのでしょう。


「……まあ、ラビリスがにやけていたから、怪しいとは思っていたけど。でもリーアたちはとめないわよね?」

「そういえばそうですね。なぜでしょうか?」

「ねえ、ジェシカお姉、さっきのお嫁さんは何でダメなの?」


ヒイロにそう聞かれたジェシカお姉様は別段表情を変えることなく、さらっと言います。


「まあ、単に外聞が悪いからです。言葉の意味としてはいつでも好きにエッチしてもいいお嫁さんですからね。そんなの私たちが成りたいくらいですし」

「だよねー。お仕事とか関係なく、したいよねー」

「ん。淫らな呼び方。だから人前では避けたほうがいい」

「ですが、ユキ様はいささか理性が働きすぎて、私たちから攻めないと動かないですから、それぐらいの覚悟でお嫁さんになりなさいというラビリスからのアドバイスですわね」


お兄様にいつでも!?

そ、それは夢に見た結婚生活かもしれません!

と、とはいえ、お仕事はちゃんとしないといけません!

そう気合を入れて欲望を押し流していると……。


「さ、ユキさん。今日のお仕事はここまでです。ちゃんと、遅れた分の埋め合わせをしないといけないですよ」

「ですね。残った仕事は私たちがしておきますから」

「ん。ユキはちゃんとヴィリアたちの相手をする」

「ですわね。初日からお仕事で離ればなれとかないですわ。では、護衛のお仕事はドレッサたちに任せますわよ?」

「任せて!」

「任せてください!」

「はーい!」


ということで、私たちはお兄様の護衛を朝から晩までしてちゃんとお嫁さんを頑張ったのでした。


あ、そういえば、これが海で頑張ったことへの本当のご褒美だったのかもしれません。


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