第875堀:男たちの飲み会

男たちの飲み会



Side:タイゾウ



「……ということがあったんですよ」

「なるほどな。だから、ユキ君はこうして突っ伏したままになってるのか」


私はタイキ君から今までのいきさつを聞いて納得していた。

ユキ君があんな状態を見せるのは、せいぜいゲームに負けた時ぐらいだ。

いや、ゲームの真剣勝負に負けた時だけだな。

具体的に言うならポケ〇ン。

普通ならよくありそうだが、我々身内とはいえあんな状態を見せるというのは、彼の立場では珍しい。

ゲームという遊びでのことならともかく、こういう仕事関係や、奥さんたちのことに関わることで、あそこまで取り乱しているのは本当に珍しい。

自分の動揺を見せれば周りにどれだけ影響を与えるか知っているからだ。


「しかし、突っ伏すだけなら、家でだってできるでしょう? なぜわざわざ私たちを集めて飲みながらなんてことに?」


そう言いながらも旨そうにビールを飲んでいるのは、研究仲間のザーギス殿だ。

彼もまたタイキ君に呼ばれて来たようで、私と同じように今の説明でようやく状況を把握した所だ。

だが、来たからには飲まなければもったいない。

私も頂こう。


ゴクゴク……。


喉に流れ落ちるビールが美味い。

と、その間にタイキ君が説明を続ける。


「いや、家にいてはユキさんちっとも休まらないですからね。昨日は散々カグラとミコスの相手をしていたみたいだし」

「ああ、モテる男はつらいってやつですね」

「そういうことか。大変なのだな複数の女性を迎えるというのは」


本来ならば、この不貞の輩がと説教するのだが、今回ばかりというか、この世界の情勢から見れば当然のことだからな。

日本だって昔は重婚は意外と多かったしな。

そもそも、そういうことをしなければ、血を守れない時代があった。

だから、おかしいことではない。

とはいえ……。


「とはいえ、先生と慕う生徒に手を出すのはどうなんだろうか? というのはわずかながらあるな」

「ぐふっ!?」


そう言った瞬間にユキ君からそんな声が漏れる。


「タイゾウさん駄目ですよ。本人はそこも気にしているんだから」

「ああ、すまない。まあ、普通の先生と生徒の関係なら咎められるべきことだろうが、ユキ君の場合はちゃんとご両親に挨拶もしているしな。私の時代にも婚約という形までではあるが先生と学生の結婚というのもあったしな」

「ま、そう言われるとそうですよね。俺たちの時代にも普通に先生と生徒だったっていう人はいますし。ザーギスはどう思う?」


ここで、タイキ君は現地の人であるザーギス殿の意見を聞くことにする。


「ふむ。私自身はそういう恋愛関係はあまり関心がないのですが、こっちの世界では結婚というのはそもそも家族や自身の生き残りをかけたものというのが多々ありますからね。普通の恋愛結婚というのはなかなか厳しいでしょう。特に身分の高い者ならなおのこと。そういった点から考えれば、今回のカグラ殿とミコス殿の結婚は本人にとっても、家族にとっても、国にとってもいいことですから、なんら文句はないでしょう」

「確かに」


この世界は地球よりも生きるのに厳しい。

だからこそ、生涯を共にする相手には生きるのにふさわしい力を持つ者をということになる。

ただの好き嫌いで相手を選ばれては、家族も困るというわけだ。

まあ、地球だって嫁いで苦労すると分かっている相手に自分の子供を好んで預けようという親はいないだろう。

その点から見れば、ユキ君ほど安心して娘を任せられる相手もそうそういないだろう。


「しかし、そういった理屈は分かっていないわけでもないだろう? なのにユキ君は何をそんなに気に病んでいるんだ?」

「確かに、奥さんたちも仲良くして許可を出しているのに、そこまで落ち込まなくてもいいでしょうに」

「そういえばそうですよね。ユキさん的には何処にそんなに落ち込んでいる理由があるんですか?」


私たちが言うように、ユキ君は聡い。

彼女たちが嫁ぐ理由も、許可も下りている以上、何も懸念することはないはずだが……。


「……なんというか、また受け入れてしまったというか。許可があって、向こうも好いてくれているのはいいんですよ。だけど、このままこれが当たり前になるのが怖いというか……。すいません、なんかまとまっていませんね」


ここでようやくユキ君が言葉を発した。

とはいえ、まだ突っ伏したままではあるが。

と、そこはいいとして、ユキ君の心の内に関して答えてやらねば。


「ふむ。いや、言いたいことは何となくわかった。あれだ。女性を手に入れるというのは語弊があるだろうが、そういうのが普通となるのが怖いわけだ」

「あー、なるほど。確かに、今のユキの噂にはやたら女性を集めている変態男というのもありますからね」

「聞いたことありますね。でも妬みの類でしょう」


と、私たちがそういった話をしているとユキ君がようやく顔を上げて、ビールを軽く飲みつつ、口を開く。


「……多分、タイゾウさんの言う通りですね。こうして、常識を確認していないと、いつか女性がなびいてきて当然とか思うバカ野郎になりそうで。ま、変態男な噂は認めますけどね。あれだけの美女たちを嫁さんにしておいて、俺は集めてないとか変態じゃないとか言ったところで説得力もないですからね」

「……なるほどな。確かに、それを普通と思ってしまうのは危険だな。そして人というのはえてしてそういうことに慣れていくものだ。ユキ君の心配はごく当然なモノだな」


人というのはちょっとした当たり前の幸せを忘れがちだ。そして、えてして傲慢になる。

権力者や力ある者は常にこれと戦わなくてはいけない。

常に自分を律し続けなければ、いつの間にか我がままをし放題になるからだ。

そして、結果、身を亡ぼす。

それは、歴史が証明している。

多くの国が興りそして滅んでいったのはそういった当たり前を忘れた傲慢からだ。

とはいえ……。


「でも、ユキさんが美人を見たからって手を出すようには全く見えないですよねー」

「ですね。タイキ殿の言うとおり、ユキが女にだらしないというのは噂だけだというのは私たちがよく知っています」

「ま、そうだな。ユキ君のその心配はわかるが、口さがない噂を過度に気にしすぎるのは良くないと思うぞ」

「そうですかね?」


私のアドバイスに多少納得したのか、ユキ君はつまみを食べながら首を傾ける。

よし、これは行けそうだな。

なにもユキ君が悩むことではないのだよ。

愛はある、財力もある、これで何も問題はない。


「タイゾウさんの言う通りですよ。今回はそれで逆にカグラ、ミコスとトラブルがあったでしょう? もっと自分に自信を持っていいと思いますよ?」

「いやいや、嫁さんがいるのに、ほかの女性にモテているって自信を持つのはどうよ?」

「「「……」」」


そう言われると返す言葉もない。

伴侶がいるのに、ほかの女性に恋慕されていて、それを誇るのは確かに不貞と思うのは仕方がない。

こういうのはネジが外れた人物なら楽しめるのだろうが、私たちはしょせん凡人だ。

だから、こういうのは……。


「とりあえず、状況に応じた節度を持っていればいいだろう。それに、先ほども言ったがユキ君がそこまで気にする必要はないだろう」

「いや、タイゾウさんはなんで、そこは気にする必要がないって言うんですか?」

「それは、私たちはもちろん、ユキ君には自慢の奥さんたちがいるだろう? 彼女たちや私たちがいて、ただの不貞なぞ認めるわけないさ」

「ですね。流石に無茶苦茶やってたら止めますよ」

「同じくですね。そんなことされればウィードも乱れますからね。その点は心配いらないですね」


そう意見が一致する私たちを見てユキ君も……。


「……なるほどな。道を踏み外したときはタイゾウさんたちが止めてくれるか。それに、さすがにこれ以上嫁さんが増えることもないだろうし、ちょっと気にしすぎましたね」


やっと安心してくれたのか、表情が柔らかくなる。

ま、普通ならそう簡単に奥さんが増えるわけもないしな。

……とはいえ、ユキ君の場合簡単にとは言わないが、これまで着実に増えている実績があるのだが、それをわざわざ今指摘する必要もない。

ここは年長者としてお酒に付き合ってやるのが道理だろう。



そうして次第に話はシーサイフォの話となり……。


「……というわけで、メノウという転生者には特に悪意とかは感じなかったので放置していますね」

「ふむ。レベルを偽装か。そこだけが気になるところだな。とはいえ、やる気ならば襲ってきただろうし……。タイキ君も同じ意見か?」

「ええ。普通のこっちで苦労している日本人って感じがしましたね。ザーギスはどうだ?」

「そうですねぇ。私は実際会っていないですし、そういう人物鑑定も得意ではありませんからね。とはいえ、状況から見る限り、本当に私たちを超える実力があるのでしたら、既に新大陸はシーサイフォの支配下になっていたでしょうし、結局、実力的にも開発力にも、それ相応というところでしょうね」


転生者のメノウという人物に対しては、ほぼ満場一致で無害という結論が出た。

大人しい相手をわざわざ刺激する必要もないからな。

あとは、無事に大陸間交流への参加を認めてもらうだけだ。


「そういえば、シーサイフォで思い出したが、ブルーホールはアレからどうなっているんだい?」


ブルーホール。それは海にできたシャフト状の穴。

海における自然の神秘の一つである。

そして、海の魔物の生態を知るにいい場所だ。

研究者としての心がうずくじゃないか。


「アレからですか。特に変化はないですよ。空母を置いて、海域の監視と調査ですね。毎週データは上げるように言っていますし、何かあればすぐに連絡が来るようになっています」

「そうか。そっちも詳しく調べないとな」

「ええ。興味深いですからね。海というのは」


その気持ちはザーギス殿も同じらしく、わくわくした様子で頷いている。

いや、隣のタイキ君もだ。

やはり、海にはロマンというのがあるのだろう。


「コメットとエージルが主力で調べていますんで、あいつらに聞けば新情報は聞けると思いますよ。というか、タイゾウさんもザーギスもブルーホールへの移動は許可しますんで、暇があれば現場を見に行ってください。それで何かわかればこちらも助かりますし」

「おお、それはありがたい。さっそく行ってみることにしよう。ザーギス殿、明日はどうですか?」

「あー、同行したいのはやまやまですが、コメットがそっちに行っている分。私は研究所の管理がありましてね。向こうのことはタイゾウ殿にお任せします。何か面白いことがあれば教えていただければ嬉しいです」

「わかりました。任せてください」


そういう研究の話になると、酒が進んでいたこともあり、気が付けば閉店時間となっていて……。


「タイゾウさん。お酒というか、研究のお話に夢中になるのはいいですが。時間は守らないとダメですよ」

「すみません。ヒフィーさん」


そう言いながら迎えに来てくれたヒフィーさんに素直に頭を下げる。

で、私がそんなことを話している横で……。


「さ、ユキ。帰るわよ」

「ユキ様。帰りましょう」


さも当然のように現れたエノラ君とスタシア殿下に引きずられていくユキ君を見て、あぁ、これからが本番か。

と、思うのであった。


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