第874堀:覚悟を決めてもう一度

覚悟を決めてもう一度



Side:ユキ



「……いや、思わずその場の勢いで逃げ出してしまったが、たとえ間違いだと分かっていても、やっぱり拒絶されると心に来るな」

「まあ、そうですね。って、わかってたんですか」

「いや、正直、今冷静になって考えてやっとわかった。あの時はとてもじゃないがあの場にはいられなかった」


本当に滑ったと思った。

いやさ、カグラとミコスがどうせハイレンのバカな行動に振り回されているだけで、俺が結婚申し込みさえすればそれで終わりと思ってたわけだ。

そういうノリの方が、俺としても気楽だしさ。

だが、その結果は……。


『カグラ、ミコス。俺と結婚してくれ』

『『いやっ!!』』


という見事な轟沈。


「振り返れば、俺の告白は断られないだろう。っていう恐ろしい自信を持っていたんだ。カグラとミコスが断ることなんかありえないだろう。喜んでくれるって勝手に思いこんでいた。俺キモイ。どこの自信過剰の変態か」

「いやー、その気持ちはわからないでもないですよ。というか、あの状況でその場にいられる人もそうそういないと思います」

「だよな」

「で、あの時の事は混乱によるんだってわかっているなら戻ったらどうです? きっと、カグラたち号泣していますよ?」

「……そこまでか?」

「なに疑り深くなってるんですか。って、まあさっきの事ですよね」

「……あんなことがあったのに、周りの評価を信頼するのはおかしい。あれだ。あの子絶対お前のこと好きだぜって言われて告白してしくじった学生を思い出す」

「うわー……。そんなことあったんですか」

「あった。俺はその時の現場を見ていた。いや、まあ、ノリもあったがそれなりに自信があったそいつが崩れ落ちるところは目も当てられなかった。冗談めかした雰囲気がもう少し多ければ、笑い話にでもなったが、そうじゃなかったからな。みんなで慰めて謝っても泥沼だ。幸いだったのはさすがに殴り合いとかそういうのにまではならなかったことか。そして、相手の女子も気を使って誰にも言わなかったことだな」


あれで、相手の女子がクラスに言いふらしてたら、まじでいじめに発展してたと思う。

ま、そこはいいとして、今はカグラたちの話か。


「という、過去の出来事を思い出して、少し精神的にダウンしている」

「なるほど。過去のトラウマってやつですか」

「大人とはいえ、俺は人に告白を何度もできるほどメンタルは強くないぞ。というか、ドラマでもそうタフじゃないだろう?」


というか、そこまで連続で告白できる奴はちょっと精神的におかしいと思う。

まあ、いないとは言わないが。


「ま、確かに。でも、カグラとミコスは泣いていると思いますよ? これはマジで。本気で2人はユキさんのことが好きですからね」

「迷いも無く断言してくるな」

「いやいや、今までの言動を見て違うって言えるやつの方がすごいですよ。今まで何度2人を助けてきたんですか。普通の恋愛ものとかラノベものならとっくにゴールインしてますよ」

「それは恋愛ものとラノベのパターンだからな。ここにいる俺は残念ながら現実だ」

「事実は小説よりも奇なりってありますよ。というか、俺たちの状況がそもそもぶっとんでますし」

「確かになー」


今更だが、俺たちの状況自体おかしい。

だから、こういうこともあるか……。


「で、いつまでグダグダしているつもりですか? いい加減、カグラたち呼びますよ? ユキさんがまだ精神的に痛いのはわかりますけど、カグラとミコスの方がずっと深刻ですからね。自殺とかされちゃたまんない」

「そういうのは、嫁さんたちが阻止するとは思うが、まあ、そろそろ行くべきか」


俺はそう言って、公園のベンチからやおら腰を上げる。

だが、やはり俺の気は重い。


「1日に同じ女性に結婚申し込むとか、やっぱりダメくね?」

「普通ならそうですけど、今回は違いますよ。さ、行きますよ。それとも、奥さんたちに連絡しますか?」

「わかった。大人しく行く」


嫁さんたちまで堂々と関与してきたら、記録でも取られて後日悶絶するに決まっている。

はぁー。モテない人生を送っていたはずなのになぁー。

何をどう間違えたんだろう。

いや、嫁さんたちのことが間違いっていうわけじゃないんだが。

そう思って、タイキ君の後についていきながら、ふと公園の出口付近に目をやると……。


「セラリア、デリーユ、というか、ミリーとリエル、トーリ以外みんないるな。どうした?」


なぜか嫁さんたちが勢揃いで待ち構えていた。


「どうしたって、それ本気で言ってる? いまさっき、カグラたちから連絡がきて貴方を探していたのよ」

「うむ。というか、魔力を遮断してダンジョンのサーチからまで逃れるでないわ。おかげで探すのにどれだけ苦労したか。もう少しで総動員体制で探すところじゃったわ」

「旦那様。しっかり反省してくださいね? いきなり旦那様が消えたりしたらみんな不安になるんですから」

「いや、正直すまん」


ここは素直に謝る。

感知されないようにするのはやりすぎかとは思ったが、とにかくそっとしてほしかったのだ。


「ま、振られたらそういう気持ちになりますよね」

「お兄ちゃん振られたの?」

「振られたのです?」


ぐっ。

アスリンたちの素直な指摘が胸に痛い。


「2人ともそれは誤解よ。カグラとミコスがユキとの結婚を断ると思うかしら?」

「意味が分かんない。カグラお姉ちゃんと、ミコスお姉ちゃんが結婚断るわけないよ」

「何かの間違いとしか思えないのです」


2人がそう言うと、ほかのみんなも頷く。

そこまでカグラとミコスが結婚申し込みを受ける確率は高いというのか!?

なんか逆に不安になってくるよなー。


「……ユキ。逃げちゃダメ。一度断られて怖いのは分かる。でも、きっとカグラとミコスの方がもっとつらい」

「カヤ様の言う通りですね。たとえその場の思い込みによる間違いだったとはいえ、旦那様の申し出を断ったのですから、彼女たちが心配です」

「ん。ユキ。カグラたちのところ行ってあげて」

「ですわね。ユキ様。あの二人の下へ」


……嫁さんたちからさっさと別の女のところへ行けって、さすがにそれはどうよ?


「ユキ。色々言いたいことはわかりますが、みんなが望んでいることです」

「はい。ユキさんは勇者様ですから。自信をもって」


そして女騎士と勇者の嫁さんに励まされる。

はぁ、ここまでされたらもう覚悟を決めるしかないか。


「で、俺はどこに行けばいい?」

「それが、カグラとミコスはあちこと走り回ってユキさんを探しているみたいで……って、あ」

「「あ!!」」

「「「あ」」」


なんかみんなで盛大に「あ」と叫んで、とある一点を見つめているので、俺もそちらを見てみると……。


「あ」


俺も同じように「あ」と言ってしまう。

なぜならその先には……。


「ユ、キ……」

「ユキ、ぜっ、せん、せい……」


カグラとミコスが公園の入り口で息を切らせながら立っていた。

ところが、いざ本人たちを目の前にすると体が固まって……。


「はい。さっさと行きましょう」


そう言って、タイキ君が俺の背中を押して、前へと向かわせる。


「では、私もあなたの騎士として」

「私は勇者として」


今度はジェシカとリーアが一緒に背中を押して、さらに一歩また一歩とカグラとミコスに近づき……。


「……お嫁さんに送る気分」

「ん。きっと息子を女にとられる気分」

「お二人ともそんな冗談はだめですわよ。さ、ユキ様」


カヤ、クリーナの微妙な発言とサマンサの誘導でさらに前へ。


「さ、私たちがウェディングガールってところかしらね」

「はい。ではこちらに新婦様がお待ちですよ」

「こっちだよお兄ちゃん」

「こっちなのですよ、兄様」


そして、ラビリス、シェーラ、アスリン、フィーリアに連れられて、今度は……。


「さあ、旦那様。立ち合いは私たちが務めます」

「うむ。野外ウェディングというやつじゃな」

「女王の前での式。豪華よね」


うちの嫁さんでラスボスに近い、元聖女ルルア、元魔王デリーユ、そして元王女であり女王のセラリアが仁王立ちしていてはもう逃げるすべなどない。

覚悟を決めて、カグラとミコスの前へと足を進めると……。


「さ、カグラ様。前へ」

「ミコス様も前に行きましょう」


いつの間にか、キルエとサーサリがカグラとミコスの側に立って側役をしている。

どこまで完璧なメイドさんたちだよ……。

で、そのメイドさんに連れられてカグラとミコスが俺の前へと立つ。


どっちも息は多少整ってきたようで、今度はちゃんと落ち着いてきている。

とはいえ、姿は魔術学院の制服のままだ。

俺も仕事着のまま。

なんともまあ恰好が付かないな。

さて、そんなことはどうでもいいとして、嫁さんたちに怒られる前に俺が声を掛けないとな。


「よ。2人とも、随分探しまわったみたいだな」

「あ、うん。旧校舎の方にも行ったし……」

「本当に探しましたよ。訓練ビーチの方にも行きましたよ」


あー、わざわざ苦手なお化け屋敷や、訓練用のビーチにも行ったのか。

だから、埃で汚れていたり砂がついて潮の香りがするわけだ。

本気で2人が俺を探し回っていたことがよくわかる。


「ごめんな。なんというか、まあ、正直な話、断られて混乱してた」


あの場でフラれた男として、それでもそのまま居座り続けるアイアンハートがなかっただけだが。


「違う。私とミコスが断ったのが原因だから、ユキが謝る必要はない。ごめんなさい」

「ユキ先生。本当にごめんなさい」


そう言って2人は頭を下げる。


「お互い謝ってばかりだな」

「「……」」


俺がそう言っても相変わらずあいまいな表情をする2人。

さて、ここは俺から切り出すべきか。

……今更逃げるわけにもいかないのは分かるが、結局羞恥プレイになったな。

クソ、こういう時は覚悟を決めて行かないと本人以上に周りが気恥ずかしいよな。


よし、気合を入れろ。

ここでまた断られたら、今度こそ終わりでいいだろう!

後ろ向きではあるが、いずれにせよこれで終わりと思えば行ける!

俺はできる子だ!


「カグラ、ミコス、仕切り直しだ」

「はい?」

「へ?」


2人は俺の切り替えについていけないようだが、冷静に戻られても俺が気恥ずかしい。

ここは一気に攻め切る。

今度も動転して変なこと口走られた上に逃げられるとか、俺自身が逃げだすのを阻止するために、2人を一気に抱きしめる。


「ひゃぁ!?」

「ふにゃ!?」


二人は変な声を出すが、もう気にしない。

傍から見れば、女子高生に抱き着く30代の変態野郎だ。

あ、まて、俺の体はまだ若いんだっけか?

違う違う、そんなことより、言うんだ!!


「俺と結婚しよう」

「「……」」


え? なんでそこで沈黙?

やべ、さっさと手を放して脱兎のごとく逃げ出したくなってきた。

心が軋む。


「「……はい」」


あ、答え返ってきた?

なんか、聞き間違えじゃないよな?

……とりあえず、このままも辛いから抱きしめるのをやめて2人の顔を見ると、なぜかボロボロ泣いていて……。


「よかった……うれしいよぉ」

「うん。本当によかったよ。だいすきですぅ」


泣いている!?

これは、成功したのか?


俺はもう耐え切れず周りにいる嫁さんに視線を向けると……。


「ほら、しっかり抱きしめなさい。まったく、しまらないわね」

「相変わらず。生娘のような考えのくせに、最後はいつも手が足らんのう」

「まあ、旦那様ですから」


悪かったですね!!

というか、さすがにこれ以上見られるのは勘弁だ。


「よし、腹が立った。カグラ、ミコス、逃げるぞ」

「へ? ってちょっと!?」

「ユキ先生!? いったいどこに!?」


こうして、俺はカグラとミコスを連れて嫁さんたちの前から逃亡に成功するのであった。

……とはいえ、晩御飯までには戻らないといけないんだけどな。



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