第873堀:イツカミタユメヘト

イツカミタユメヘト



Side:カグラ



「ふっふっふ。聞いて驚きなさい! つい今さっきね、エノラがユキから結婚の申し込みを受けたのよ!!」


ハイレン様のその言葉に、私は目の前が真っ暗になった。

私はやっぱり選ばれなかった。

結局ユキのモノにはなれなかった。


わかっていた。

いくら取り繕っても、私はユキやその奥さん、そして子供たちを誘拐した極悪な犯罪者に過ぎない。

だから、そもそもこの恋が実るはずなんてなかった。


ただそれだけの話。


でも、でも……。

涙が止まらない。

期待していた。

ユキは優しかったから、あんなひどいことをしてしまった私をいつも気遣ってくれていたし、奥さんたちも私を許してくれた。

だから、私も……。そんなバカみたいな希望があった。

処刑されなかっただけでもすごい温情なのに、それなのに誘拐した本人と結婚したいとか、そんな都合のいいことができるわけもないのに。


がんばった。がんばったつもりだった。でも、元から絶対に無理だった。


「いやー、最後は可愛かったわー。あ、スタシアも結婚の申し込み受けたみたいよ。いやー、すごいわよね。ユキのどこがいいかは私にはよくわからないけどさ、みんなカグラやミコスみたいにすごくいい顔なのよ」


そして、スタシア殿下もユキから結婚を申し込まれて快諾したとハイレン様が言う。

あはっ。バカみたい。

私は本当に嫌われていただけじゃない。

ユキは大人として、誘拐犯である私にまで気を使ってくれていただけ。

それなのに私は勝手に盛り上がって……。


「……私なんかじゃ、ダメなんだ」

「……ははっ。所詮男爵の娘だし」


あ、そうか、ミコスも同じなんだ。

ま、ミコスも男爵の娘だしね。

やっぱりユキとは釣り合わないわよね。


「ハイレン様」

「な、なんでしょう……か!?」


だけど、せめて知っておきたいことがあった。


「何がいけなかったんでしょうか?」

「私たち、一所懸命がんばったんです」


で、結局何がダメだったのか。

いや、そもそもすべてがダメだったんだろうけど、それでもちょっとでも改善できることがまだあるのなら、まだ私は、私たちは希望にすがりつきたかった。

ユキをあきらめたくなんかなかった。


「そ、そうね! それは私も良く分かっているわ!」

「……なら、なんでユキは私のところには来てくれないんですか?」

「……芋娘だからですか?」


ハイレン様がその理由を知るはずもないのに、でも思わず問わずにはいられない。


「ち、違うって。ほ、ほら、ユキって恥ずかしがりやだし?」


ユキは恥ずかしがりや?

顔が見えないようにすれば何とかなるのかな?

あっ、そういうことか。

私はハイレン様の答えのおかげでビビッと閃いた。


「スタシア殿下みたいに顔に傷があればいいんですね? それがユキの好みなんですか?」

「あーそうだよ。カグラ、きっとそれだよ」

「へ?」


その考えこそが正しいんだと、自分の中にすっと入ってきて腑に落ちたので、さっそく実行するために目の前にあったナイフを手に取り、顔へ突き立てようと……。


「ストーップ!! ダメ、ダメだからね!!」

「うん、リエルの言う通り、そんなことしちゃだめだよ!」


私はリエルさんに手を抑えられ、完全に止められていた。

ミコスもトーリさんに止められている。

腕は全く動かない。

……そんな弱ささえもが、ひどく悲しい。もっと強ければユキに嫌われなかったのに。

そして、ずっと応援してくれていたはずのリエルさんと、トーリさんまでもが私たちを止めるということは……。


「リエルさん、何で止めるんですか? 私たちじゃ、ダメなんですか?」


もう、リエルさんたちまでもが私たちのことを嫌いになってしまったということ。

苦しい。胸が苦しい。


「いや、違うって、そんなことしてもユキさんは喜ばないし、選んでくれないよ!?」


でも、リエルさんの表情はすごく悲しそうで、私たちのことを真剣に心配しているみたい。

あれ? なら、何で止めるんだろう?

ああ、喜ばないっていうのは顔に傷は間違いってことか。

つまり、真似るべきは……。


「……? ああ、エノラみたいに猫耳があればいいんですね。それを、リエルさんとトーリさんがくれると?」

「え!? いやいや、本気でストップ!!」


リエルさんのお耳に手を伸ばそうとすると、なぜかまた止められる。

……ナンデ、ジャマスルノ?


「ハイレン!! 驚いている暇があったらさっさとユキさん呼んできて!!」


え? ユキ?


「ソロも手伝って!!」

「あ、うん! ちょ、ちょっとまってて!!」

「はい!! すぐに連れてきます!!」


連れてきてくれるんだ。

デモ、フラレル……。

ユキの口から直接そんな宣告をされたら……シネル。

そんなことになる前に出ていくべきね。

そう思って私とミコスは席を立とうとしたんだけど。


「あーあー、すっかり病んじゃって。とはいえ、間に合ったわね」

「よかったです~」

「何が起こってるんだよ……」

「どういう状況でしょうね?」


もうユキがやってきてしまった。

……どうしよう。

このまま私はとどめの一言を聞かされるの?


『お前はだめだ』


だめ。そそんなこと言われたら全てが終わっちゃう。

傍にいる理由さえもが何もなくなる。

いや、そんな言葉なんか絶対聞きたくない。


「まあいいか、カグラ。さっさと済ませよう」


なのにユキはさっさと終わらせようと、私とミコスの前にやってくる。

あぁ終わる。終わっちゃう。


「カグラ、ミコス。俺と結婚してくれ」

「「いやっ!!」」


反射的に私とミコスはそう答えていた。

って、まって!! 今ユキはなんて言ってた!?


「……おー。……俺、帰るわ。あぁ恥ずかしい」

「あー……。どんまいです」


やっとユキの言葉が心の中に落ちてきて、私が顔を上げたその時にはすでに、いつもよりずっと素早く喫茶店からユキとタイキは出ていき、外に出たとたんすごい勢いで走って消えていってしまった。


「「「……」」」


何も言えずただ沈黙する私たち。


「あ、あの、さっきユキ……」

「私たちに結婚を申し込みましたよね?」

「あ、うん。そうだね」

「でも、速攻できっぱり断っちゃったね」

「なんというか、どういう誤解からかは理解できるけど、なんとも物凄いタイミングね」

「恋は迷うものですよ~」

「いや、迷いすぎだと思うけどね」

「いやいや、ハイレンがそれを言っちゃだめだからね」


と、横ではそんなことが他人事のように話されているがそれより、よりにもよって私はユキの結婚の申し込みを断った!?


「「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


な、なんてことを!!


「ユキ!!」

「ユキ先生!!」


私とミコスは慌てて、喫茶店を飛び出して、辺りを見回した、既にその姿はどこにもない。

そりゃ、走って行ってたものね。


「ど、ど、どうしようカグラ!! ユキ先生の告白断っちゃったよ!! うわー、いやいや!! 絶対ユキ先生と結婚したいのに!! なんで断るんだよカグラのバカ!! ミコスちゃんの将来返せ!!」

「そ、それは私も同じよ!! でも、あの流れで告白されるとか思わないじゃない!! というか、断ったのはミコスもでしょう! 私の方こそ将来返してほしいわよ!! どうするのよ!!」


これからユキと幸せな結婚をして子供沢山産んで、みんなと仲良く暮らすはずだったのに……。

まさか、自分でぶち壊すなんて……。

そう思ったとたん、全身の力がスーッと抜けてしまい、思わず地面に膝をついてしまったところに。


「はいはーい。カグラちゃん、ミコスちゃん、こんなことであきらめていいのかしら~?」

「リリーシュ様?」


そこには深い慈愛に満ちた微笑みを浮かべた女神さまが目の前で佇んでいた。


「いやです。あきらめたくないです……」

「で、でも私、ユキ先生の告白をキッパリ断っちゃったし……」

「……そうよね」

「……うん」


ミコスの言う通り、私たちはユキの申し出を自ら断ってしまったのだ。

色々錯乱していたとはいえ、その事実だけは変わらない。

これは外交官としてもあるまじき行為だし、そもそもこんな面倒な女、いまさら何か言っても……。

改めて自分の状況を確認して、さらに深く絶望する。

あきらめたくはない。

だけど、そもそもその資格すらが……。


パンッ。


そんな音に顔を上げると、私の両頬に手を当てたままコチラを見ているリリーシュ様がいた。


「あきらめたくないなら。もう一度言いなさい。いや、相手にちゃんと通じるまで言いなさい。違うわね。相手が頷くまで何度でも言い続けなさい」

「え、いや、それは……」


なんか無茶苦茶言っています。

というか、もう一度面と向かって言って、それで否定されたら、怖い……。


「カグラちゃん、ミコスちゃんはあきらめられないって言ったじゃない。なに? 振られたらそれであきらめる程度の愛なの?」

「違います! それでも、ユキの足かせにだけはなりたくないんです」

「うん。ユキ先生がこれからすることは大変な事ばかりだし、私たちのわがままで……」


迷惑はかけられない。


「なるほど。そっちの理由で遠慮があるのね。でも、大丈夫よ。だって、ユキさんはカグラたちに告白してきたの。それは好きだからよ。カグラちゃんとミコスちゃんと一緒にいたいって、子供を作りたいって思っているから。違うかしら? ユキさんって、相手の気持ちを無視して、こういうことを勝手に進めるとは思わないんだけど?」


そこまで言われてやっと、意識がはっきりしてくるのが分かった。

そう、今まで深い暗闇の中にいたのが、辺りも綺麗に光って見える。


「はい、ユキはとても優しいです。……無理に婚約とかそんなことは絶対しません」

「うん! ユキ先生は政治とかでは厳しいけど、私たちのことはいつもちゃん考えてくれます。だから、ミコスちゃんはユキ先生と結婚したいと思った」

「なら、ユキさんが好きって言ってくれたことに、ちゃんと答えを返さないと。さっきのはどこからどう見ても、ちょっとタイミングが悪くて、単なる誤解だったっていうのはここにいるみんながわかっているわよ。ねえ?」


リリーシュ様がそう言いながら周りに視線をやるのにつられて、私も後を追うようにみんなを見ると……。


「どこからどう見てもただの誤解ってわかるわ。だから、ユキさんを追いかけなさい。ほら、カグラ。立ちなさい」

「……ミリーさん。はい」


私はミリーさんに差し出された手を取って立ち上がり……。



「だねー。僕だってわかるよ。というか、ユキさんは何でダッシュで逃げ出したんだろう?」

「リエル。たとえ誤解だとはいえ、結婚の申し込みを断られたんだから、その場にのうのうととどまれる人は少ないと思うよ。でも、カグラたちが嫌われたなんてことはけしてないから、リリーシュ様の言う通り、もう一度ちゃんと言おう。ほら、立って」

「リエルさん、トーリさん」


ミコスもリエルさんとトーリさんの手を借りて立ち上がる。

すると、ソロが私たちに近寄ってきて……。


「床に座り込んじゃったから、汚れちゃいましたね。ちゃんと綺麗にしておかないと、格好付かないですよ。お姫様と王子様みたいなのが夢だったんですよね?」

「ソロ……」

「……あはは、そうだったね。カグラ、行こうか。ソロが折角綺麗にしてくれたんだし」

「そうね。ソロ、みなさんありがとう。私たちは諦めません!」


私がそういうと、みんな満足そうに頷いてくれる。

みんな、私たちを応援し……。


「そうよ! その意気よ!! 頑張れカグラ、ミコス! 私もちゃんと追いかけて、フォローしてあげるからね!!」

「「いえ、結構です」」


ハイレン様。今回ばかりはマジでいいです。勘弁してください。

今度邪魔したら、ヌルヌルタコの刑にします。


「なんでー!? うえっ、なんでリリーシュ様まで私を押さえるの!?」

「ふふふ。流石に邪魔させられないわ~」


ありがとうございます!!

こうして私たちはユキを探しに駆け出すのであった。



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