第872堀:口は禍の元
口は禍の元
Side:トーリ
「あー、平和だねー」
「良いじゃない。ウィードが平和なのはいいことだよ」
私とリエルはそんなことを話しながら、商業区をゆったりと歩いている。
今日は警察の仕事としてではなく、オフでのんびりとしたウィンドウショッピング。
こうして、仕事抜きでウィードを見て回るのはすごく楽しい。
私たちが頑張って作ってきた町は今日も活気であふれているから。
お仕事中はどうしても、何か異常は無いかとピリピリして見回っているからね。
まあ、リエルにとっては刺激が全然ないからどうも退屈そうだけど。
「僕も一緒にシーサイフォに行きたかったなー。海の魔物とか見てみたかったし」
「それはだめだよ。リユルやユーリ、子供たちを放っておくの? そんなことしたらユキさんに嫌われるよ?」
「冗談だって。でもなー、こうして子育てと町の散歩ばかりだとなー。もうシーサイフォの問題も終わったんだし、ハイデンあたりへちょこっと遊びに行くぐらいはいいかな?」
「まあ、それぐらいはいいんじゃないかな。キルエやサーサリも問題ないって言っているし」
と、そんなことを話しながらあちこち歩いていると、正面から、カグラたちがやってくるのが見える。
それにリエルも気が付いて……。
「あ、カグラたちだ。やっほー!」
そう言って手を振ると、カグラたちもこっちに気が付いたようで駆け寄ってくる。
今日は、珍しくハイデンメンバーだけのようで、スタシア殿下もエノラ司教もいない。
「今日は、ハイデンメンバーだけなんだね。買い物?」
「あ、はい。シーサイフォに出張していた間に、すっかり様変わりとまではなってないですけど、ちょっと来れないと色々変わってますから」
「だよねー。僕たちもこうしてちょくちょく見に来てるんだ。楽しいよね」
確かに、この商業区の特に表通りの入れ替わりはめまぐるしいものがある。
その変化が楽しいよね。
で、その話にミコスも嬉しそうに入ってくる。
「ですよね。いろいろ新しい発見があって楽しいですね。あ、そういえば、リエルさん、トーリさん、何か新しく出たお店とかありますか?」
「そうだなー、何かあったっけ? トーリ?」
「もう、リエルは本当にぼーっとぶらぶらしていただけなんだね。えーと、確か表通りから3番通路に移動したクレープが美味しい喫茶店があるはずだよ。広告で固定客ができて客足が落ち着いたから、3番通路へ引っ込んだってポーニが言っていた」
「あー、あのクレープ屋さんですか。美味しいですよね」
そう、ソロも顔を綻ばせながら言う。
へえ、そんなに美味しいんだ。
「私は食べたことないな。ねえ、良かったら、一緒に行かない?」
「いいねー。ミコスたちも一緒にこない?」
「いいんですか?」
「うん。みんなで食べたほうが楽しいからね。それに、シーサイフォの話も直に聞きたいしね」
「あー、それ。僕も聞きたい」
「はい。それでしたら喜んで」
ということで、私たちはそろって喫茶店に行って、クレープを食べながらシーサイフォでの話を聞くことになった。
「……そういう感じで、シーちゃんには何とか勝てました」
「へー、すごいじゃん。シーちゃんってドラゴンだよね。でかい蛇みたいな」
うん。リエルの言う通り、シーちゃんはすごく大きい。
それを相手に単に生き残ったんじゃなくて、ちゃんと勝ったんだからすごい。
「で、そのあとはユキ先生とメノウって転生者と会ったんですけど、これが不思議なんですよね。なんか使者にしてはすごく失礼で、いろんな情報もベラベラ喋るし、霧華さんが話の裏をとっても特に嘘はなかったんですよ。ユキ先生もびっくりするぐらい真実を言っていました」
「そういえばミコス先輩の言うように、あの時はユキ先生にしては変な感じでしたし、メノウとかいう転生者もいくら外交官ではないにしても、いささか失礼が過ぎるように見えました」
「あ、それは私も聞いている。ユキさんやタイキさんは、多分悪意はないって」
「うん。そう言ってたね。おそらく、同郷の人だからってことと、メノウって人の方が年上だから、そういう風にふるまったんじゃないかって。ま、映像では僕たちも見ていたし、そう感じたかな」
まあ、使者としてはとても残念な人だけど。
それは誘いってこともあるだろうってユキさんは言っていた。
ユキさんや私たちに自制心がどの程度あるのかってのを見極めるため。
だから、ユキさんも向こうを試すために、あえて真実を言ったみたい。
普通だと信じられないからね。
私もそれは感じた。
あの、メノウって人の生い立ちは聞いたけど、地球の日本よりもずっと過酷なこっちの世界で既に30年以上も生きていて、得体のしれない国相手にあんな態度を取ればどうなるかぐらいわかってたはずだし。
こっちを試したっていうのは分かる。
で、今までの状況と本人からの話を聞いて総合的に考えると、本当にただの凡人なんだろうって結論に至った。
だけど、この世界で今まで生き延びてきたんだから、それだけ生きる力はあるってことだとユキさんが認めている。
唯一心配なのはステータス偽装していることかな? 新大陸の平均レベルがせいぜい20前後なのに、メノウさんの本当のレベルは何と132。下手な魔王より強い。
とはいえ、私たちよりはぜんぜん弱いから、微妙なんだよね。
誰だって特に強い力を持った見知らぬ相手には警戒するし、意図的な色々な態度をとって反応を見るというのはする。
そこは、今後の交流で分かってくるだろうって判断。
ま、正体を隠しているのはお互い様なんだけどね。
「なるほど。そういう見方もあるんですね」
「確かにそう言われると、ユキ先生を心配していたって感じはありました」
「ですね。敵意みたいなのは感じませんでした」
そんな感じで、シーサイフォでの話をしていると……。
カランカラン……。
お店のドアが開いた音がして、またお客さんが来たのかなーと思ったんだけど。
「いたー! カグラ発見!」
「「「へ?」」」
カグラの名前を呼ぶ聞き慣れた声に振り返ると、そこにはいつものシスター服を着たハイレンがいた。
「なんで、おとなしく大使館にいないのよ。おかげで無駄足踏んだわ」
「え、えーと、今日はお休みでして……。何か御用でしょうか。ハイレン様」
「あ、そうそう。聞いてよ、カグラ。あ、ミコスも。ものすごい事があったのよ!」
「えっ、私もですか?」
「なんで私は入っていないんですか?」
確かに、なぜカグラとミコスの二人限定なのかな。
ハイデン関係の話なら、ソロも一緒のはずなんだけど……。
と、皆ハイレンの言葉の意味が分からず首をかしげていると。
「ま、関係のない話じゃないわね。ソロ、トーリ、リエルも」
「私たちにも関係あること?」
「なんだろう?」
そうなると、ハイデンの話じゃなくて、なにかウィードのことかな?
「ふっふっふ。聞いて驚きなさい! つい今さっきね、エノラがユキから結婚の申し込みを受けたのよ!!」
「「「は?」」」
カグラたちは大きく口を開けて驚き、私とリエルは顔を見合わせて……。
「ああ、そういえば、ユキさんは今日、結婚の話をしに行くって言ってたね」
「ミリーが付いて行ってごまかさないか確認してるんだったね」
「うまくいって良かったね」
「エノラはちょっと素直じゃないからね」
ユキさん、どうしてもお嫁さんが増えるのには罪悪感があるみたいなんだよね。
私たちは納得しているのにね。
そりゃ、私たち一人一人とのプライベートの時間が減るのはちょっと嫌だけど、仕事にうもれるのはもっと嫌だし。
何より今のままじゃユキさんが無理するのが目に見えている。
それが少しでも緩和されるなら、お嫁さん兼仲間が増えるのはいいことだよ。
と、思っている間にも、ハイレンはどんどん続きを話す。
「いやー、最後は可愛かったわー。あ、スタシアも結婚の申し込み受けたみたいよ。いやー、すごいわよね。ユキのどこがいいかは私にはよくわからないけどさ、みんなカグラやミコスみたいにすごくいい顔なのよ」
「「……」」
ハイレンはすごく楽し気に話しているんだけど、周りでは空気の温度が一気に下がっていく。
というか、カグラとミコスの瞳からは光が消え失せている。
しかし、ハイレンはそんなカグラたちの様子に全く気が付くことなく、さらに話を続けようとするので、慌てて私とリエルでハイレンの口を押える。
「もがっ!? なにするのよ!?」
「ばかっ! 何考えているんだよ!! カグラたち見なよ!」
「え?」
リエルにそう言われてようやくカグラたちの様子に気が付き……。
「え? ちょっとまって、エノラとスタシア殿下に結婚の話をしたってことは、すでにカグラたちには、もう結婚の話は終わっているんじゃ……」
「……あれがほんとに終わっているように見える?」
「……ごめんなさい」
私がそう聞くとハイレンも流石に事態を把握できたのか、すぐに謝る。
だが、そんなことで終わるわけがない。
まずい。ユキさん的には、結婚に不満があるんじゃないかと思っているスタシア殿下とエノラの方に先に確認して、その後カグラにって予定だったんだ。
でも、今のハイレンの話し方だと……。
「……やっぱり私なんかじゃ、ダメなんだ」
「……ははっ。所詮男爵の娘だし」
「「「……」」」
まずい。
どんどん闇が下りてきている。
空気が重い、重すぎる。
「ハイレン様」
「な、なんでしょう……か!?」
ハイレンの視線の先には、涙を流しながら笑みを浮かべるカグラとミコスの姿があった。
しかし、その目は笑っているのに笑っていない。
絶望という文字が似合うとしたら、こんな姿なのだろうと思う。
「何がいけなかったんでしょうか?」
「私たち、一所懸命がんばったんです」
「そ、そうね! それは私も良く分かっているわ!」
「……なら、なんでユキは私のところには来てくれないんですか?」
「……芋娘だからですか?」
「ち、違うって。ほ、ほら、ユキって恥ずかしがり屋だし?」
恥ずかしがり屋というか、遠慮があるというか……。
でも、そんなこと重要じゃない。
カグラとミコスにはそんな上辺の言葉では届かない。
自分たちの気持ちは、努力は結局届かなかったのだという絶望で真っ黒になってしまっている。
そして……。
「スタシア殿下みたいに顔に傷があればいいんですか? それがユキの好みですか?」
「あー、カグラ。きっとそれだよ」
「へ?」
ハイレンが何言ってるのか理解できないという顔をしている間にも、カグラとミコスはクレープを食べるためのナイフを手に持って、顔に……。
「ストーップ!! ダメ、ダメだからね!!」
「うん、リエルの言う通り、そんなことしちゃだめだよ!」
何とか顔面にナイフを突き立てる直前で、私たちはナイフを持つ手を抑え込んだ。
私たちでもマジにならなきゃならないこの力、本気でやるつもりだ!?
しかし、カグラたちの反応は薄くて……。
「リエルさん、何で止めるんですか? 私たちじゃ、やっぱりダメなんですか?」
「いや、違うって、そんなことしてもユキさんは喜ばないし、選んでくれないよ!?」
「……? ああ、エノラみたいに猫耳があればいいんですね。それを、リエルさんとトーリさんがくれると?」
「え!? いやいや、本気でストップ!!」
今度は私たちのおみみにまで手を伸ばし始める始末。
まずい、これは本気でまずいよ。
私とリエルはカグラとミコスをむりやり抑えつつ叫ぶ。
「ハイレン!! 驚いている暇があったらさっさとユキさん呼んできて!!」
「ソロも手伝って!!」
「あ、うん! ちょ、ちょっとまってて!!」
「はい!! すぐに連れてきます!!」
と、二人が慌てて席を立った瞬間……。
「あーあー、すっかり病んじゃって。とはいえ、間に合ったわね」
「よかったです~」
「何が起こってるんだよ……」
「どういう状況でしょうね?」
そこには私たちの旦那さんが立っていました。
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