第868堀:覚悟を決めるが抜けている

覚悟を決めるが抜けている



Side:ルルア



「うーん、もう食べれないわ……」

「……しばらく、お肉は見たくありません」

「けぽっ。あー……」


そんなことを呟きながら宴会場で横になっている、ドレッサ、ヴィリア、ヒイロの三人。

うん、3人とも特に異常は見られませんね。

私が診察していると後ろから旦那様方の声が聞こえてきます。


「あれだけ食べれば当然ね。あなた、やりすぎよ。やりすぎ」

「いやー、いつもみんなよく食べるしな。この前はいつの間にか肉がなくなってたし。というかセラリアも一緒に食べてただろうに。それもかなりの量」

「美味しいから仕方がないわね」

「というか、出した分全部を食べるなよ。俺の分を別に取っておいて正解だったな」


そんな話し声に私が振り向くと、旦那様はどこからか取り出したお肉を焼いて口に運びます。

用意されたお肉が綺麗に無くなったのは仕方のないことです。

私も自分で焼くのが楽しくて、しかも美味しいのでそれなりに食べすぎましたから……。

けぷっ。

と、いけませんね。げっぷなんて妻がするものではありませんね。


「うん。美味い。いやー、そもそも焼肉は料理としては楽なんだよな」

「ですが、後片付けが大変です」

「ま、調理の準備がいらない分、五分五分じゃないですかね? と、片付けますね」

「ああ、頼む」


旦那様の横ではいそいそとキルエとサーサリが後片付けを始めています。

流石はメイド。手慣れたもので、瞬く間にテーブルの上に広げられていた焼肉パーティーの跡がなくなっていきます。

これで、今日のお祝いは終わりですね。

そんなことを思いつつも、私は旦那様の前に行って……。


「旦那様。3人とも多少食べすぎただけです。明日になれば……胃もたれ程度で済むのではないかと」

「そうか。ありがとう、ルルア」


私の言葉で安心する旦那様。


「食べ過ぎで人は死にはしないわよ。見てたからわかるでしょう? あなたも大げさよね」

「いやいや。さすがにあれだけお腹が真ん丸に膨れれば誰だって心配すると思うぞ」


そう言う旦那様の視線の先で横たわっているドレッサたちは、まるで妊婦のようにとまでは言いませんが、結構お腹が膨らんだ状態です。

……確かに、途中経過を見ていなければ、一体何があったかと思うほどのおなかの膨れっぷりです。


「まあ、それはいいとして。ルルア、あとはあの3人はただ普通に休んでも問題ないわけだな?」

「ええ。食べすぎが落ち着くまでは逆にお風呂などは避けた方がいいでしょう」

「そりゃそうだ。じゃ、あの3人を運ぶか。今日はそれぐらいしてもいいだろう」


私もそう思います。

それだけドレッサ、ヴィリア、ヒイロは大役を任されて、それを全うしたのです。

このウィードに来たばかりの頃に比べ、想像もつかないぐらい成長してくれました。

そう思うと、思わず笑顔になります。

それだけ旦那様への愛が強いということですから。


「なるほど。あなたが3人とも運ぶのよね。それぐらいのご褒美はあってもいいと思うわ。あなたも普段からもうちょっと、ご褒美の方向性を考えなさい」

「え? 俺が3人とも運ぶの? なんか効率悪くない?」


そんなことを言う旦那様に、みんなの動きが止まります。

無論私も笑顔のまま固まってしまいました。

そして、その硬直からいち早く立ち直ったのは……。


「ないよー。ユキさん。それないよー。ねえ、トーリ?」

「うん。リエルの言う通り流石に冗談ですよね?」

「……ユキ。次にいう言葉はしっかり選んだ方がいい」


リエルたちのお陰で、私たちも硬直から解放されました。


「……そうですね。旦那様。さすがに冗談が過ぎます。なんでドレッサたちが頑張ったかはわかっているでしょう?」


私がそう言うと、旦那様は少し困ったような顔になって……。


「わかってますよ。とはいえ、なんかもっとマシなのがいるだろうにと思っちゃうんだよ」


そう言いながらも旦那様はちゃんとドレッサを抱えます。

もちろんお姫様だっこというやつです。

旦那様はドレッサたちの好意には気が付いています。

流石にそこまで鈍感ではありません。

というか、元からこういうのには敏感です。

私たちも非常に苦労しましたから。


「マシのう。誰か知っておるか? 妾はユキ以上にマシな男などというものにはまったく心当たりはないのう」

「ん。私もユキ以上の男は知らない」

「ユキ様はなぜか自己評価が低いですのよね。私たちにとって最高の男性なのですが」


デリーユとクリーナの言うように、この世界に旦那様以上の人はいません。

そして、サマンサの言うように、なぜか旦那様はご自分の評価が妙に低いんですよね。


「カグラたちの事といい、ドレッサの事といい、いい加減にしなさいな。今更なし崩し的にっていうにもとっくにそんな時期は過ぎているし、別に誰もあなたを責めやしないわよ。というか、本人たちが一番それを望んでいる。これでドレッサたちが泣くようなことをしたら、無理やりやらせるわよ?」

「ですねー。ドレッサたちが他の男を見つけるとは思いませんし」

「どんな罰ですか。そういうひどいことはしないと私たちは信じていますよ。ユキさん」


エリスはそう言ってにっこりとほほ笑む。

ま、その通りですね。

今更他の男なんか見れるわけないじゃないですか。


「あー、もうわかった。まずは3人を寝かせてくる」


旦那様もさすがに観念したのか、素直に3人を一人ずつ運び、そのまま再び宴会場に戻ってきました。

その頃には、焼肉の跡もすっかり片付けられていて、みんな……といっても、アスリンたちは既に子供たちと一緒に寝ていますが。


「で、3人とやってくるんじゃなかったの?」

「セラリアは本当にストレートだよな……」

「こうでも言わないと、あなたは動かないでしょう? で、今更3人の話? これについて改善の余地はあなたがちゃんと受け入れるだけしかないわよ」


そうですね。もう旦那様は覚悟を決めてやるべきです。


「あー、そこは近々行動するから……」

「近々? 何日後なのかはっきり言いなさい」

「ですね。もうこれ以上引き延ばしなんかしたらよろしくないです。ドレッサたちもそうですが、カグラたちの立場も微妙ですから」

「そうじゃな。カグラはもとより、ミコスも親父殿からあれだけ支援を受けていながら何もありませんでしたではな。というか、外交面でも新大陸で味方になる繋がりは必要じゃぞ? 惚れているカグラとミコスなら裏切るようなことはありえん」

「……そこが嫌だったんだけどなぁ」


やっぱりというか、旦那様は立場とか国を背負ってなどという婚姻には相変わらず抵抗があるようですね。


「毎度毎度思うが、生娘のような考えじゃのう。そういうところは妾たちと結婚してもちっとも変わらんのう。というか、そういう視点で見れば、クリーナや、サマンサも政略結婚ともいえるが?」

「ん? クリーナとサマンサは違うだろう? 政略結婚は後付けじゃんか」

「ああ、そういえばそうね。だからあまり抵抗しなかったのね」


なるほど。そう言われるとそうですね。

で、そう言われたクリーナとサマンサはというと。


「ん。愛が大事。政治を持ち出すなら慎重になって当然」

「まあ、ユキ様の言うこともわからないでもないですわね。愛がなければ政治的な利用を警戒しなくてはいけませんし」


と、旦那様の考えに理解を見せますが、同時にすごく嬉しそうです。

ですが……。


「ならさ。なんでドレッサたちにはまだ手を出さないの?」

「ですね。リエルの言う通り、ドレッサたちには政治的なことはないですよ?」

「あー、それは、孤児を引き取って手を出してたら、サイテーじゃないか。それにドレッサは亡国のお姫様だぞ? 下手に手を出したら復興のネタにされるってのがあったからな。なあ考えてみろよ。俺が最初からドレッサたちに手を出していたらとか」

「「「あー」」」


……確かに、今までの積み重ねが出来る前に手を出そうとしていれば私たちが止めていましたね。

なんというか納得できるお話です。

特にドレッサがこちらに来た当時はエクス王国への恨みしかなかったですからね。

それに手を出すとか、絶対に止めていました。


「それで旦那様が今回、手を出すと言ったのは、その心配がなくなったからでしょうか?」

「そうだ。と、ちゃんと愛しているし、最後まで一緒にいる。そういう覚悟だ」


私の問いかけに、そうはっきりと答える旦那様。

その告白は、いつか私たちに結婚してくれと言ったときと同じ瞳でなされました。


「旦那様は律儀ですよね。でも、きっとドレッサ様たちもカグラ様たちも喜びますよ」

「サーサリの言う通りです。きっとドレッサ様たち、カグラ様たちは喜ばれるかと。よく決断してくださいました。そして、その誠実さがあるからこそ、みな旦那様に惹かれるのです」

「いやー、サーサリとキルエの誉め言葉はうれしいんだが、俺としては日本人の普通の感性に過ぎないんだがな。というか、なんでタイキ君じゃないんだろうな……」

「「「……」」」


いや、単純にタイキ様より旦那様の方がというのは、それでは駄目ですね。ただの贔屓目ですし。

しかし、何が違うんでしょうか?

いえ、旦那様は最高ですが。


「まあ、単に僕たちやカグラたちにとっては、ユキさんが一番ってことだよ。ねえ、ラッツ」

「ええ。そうですとも。しかし、お兄さん。私たちの前でこうして、私たちに結婚を申し込んだときみたいなことを言ったということは、覚悟は決まったとは思いますが、タイミング的にはどうするんですか?」


あ、ラッツの言葉で思い出しましたが、確かに、今すぐというわけにもいきませんね。

今日はようやくシーサイフォの海の問題が解決したというだけで、大陸間交流がまとまったわけではありません。


「そうですね。ドレッサたちはともかく、カグラ、ミコス、エノラとの結婚は対外的にも大々的にやらないとまずいでしょうし、そうなると、エージルもですよね」


エリスの言う通りです。

カグラたちを迎えておいて、エージルさんを無視したりすれば、エナーリアの立場が不味くなるでしょう。

そこら辺の事もよくよく考えないといけません。


「……そうだな。俺的には、シーサイフォのことを新大陸の王たちに話して、大陸間交流同盟に参加許可をもらって……って、待て、エノラとエージルってどういうことだ?」

「「「は?」」」


あまりにも、あまりな発言に、何言っているんですかあなたは?

みたいな声が私を含た皆から出てしまいます。


「え? なに、そのお前は何言ってるんだって感じは?」


前言を撤回しましょう、旦那様は色恋に敏感ではありません。鈍感さんです。


「そうね。明日のハイデンでの新大陸会議で、カグラとミコスとの結婚予定を話すついでに、聞いてみるといいわ」

「ああ、それがよかろう。キャリー姫も同席しているじゃろうしな」

「旦那様。現実を知ってください」


さて、事実を知らしめて、さらに畳みかける準備をしないといけませんね。

ということで、旦那様が首をひねりながら部屋に戻っていった後、私たちは明日に向けての準備をするのでした。


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