落とし穴135堀:男たちの正月
男たちの正月
Side:ユキ
『あー、寒いわー。あったかいお汁粉か、甘酒が欲しいわー』
『あったかい愛がほしいですー』
そんな声がコール画面から聞こえてくる。
「セラリア、ルルア。俺に今から持ってこいっていうことか?」
『あら? そんな風に聞こえたかしら?』
『私たちはただ現状を言っただけですよね?』
『そうよね。きっと、罪悪感に苛まれた貴方が自ら持ってきたいと思っているのよ』
『そうですね。旦那様はとても優しいですから。寒空の中外にいる私たちに心を痛めているんですよ』
「……今年は福袋の確保には付き合わないっていっただろう。サクラたちの面倒見もあるから切るぞ」
『はくじょーものー』
『だんなさまー』
「はいはい」
俺はそう生返事をしコールを切る。
「良いんですか? 飲み物持っていかなくて?」
「だな。子供たちの事なら私たちで面倒を見てていいんだが。というか、寝ているだけだからな」
「そうですね。女性はこういうところで優しくしないと、あとで響きますよ?」
そう言ってくれるタイキ君、タイゾウさん、ソウタさん。
年が明けて、本日は1月3日。
セラリアたち女性にとっては、最大の決戦場。
福袋販売という激戦区に身を投じている。
俺は子供たちの面倒を見るという仕事を選んだおかげで、袋確保作戦に投入されることを回避したのだが、やっぱりつらくなったのか連絡が来たって状況だ。
「良いんですよ。どうせ本音は、順番待ちしてくれとかいう話なんですから。というか、タイキ君、そもそもあったかい飲み物がアイテムボックスに入ってないと思うか?」
「あ、そんなはずないですね。ということはやっぱり、生贄ですかね?」
「だろうな。この寒空の中、代わりに待っていてほしいってやつだな」
流石に嫁さんは好きでも、こういうことには付き合えん。
福袋の概念を伝えて、ウィードで販売するように提案したのは俺だが、俺たちウィード運営側である嫁さんたちは福袋を買う必要は全くないからな。
なにせ、DPで賄えるし、寒空の中いる必要性を感じない。
最初は物珍しさからかと思っていたが、毎年参加しているところを見ると趣味になっているだけだからな。
恐るべし、福袋の魔力。
と、そんな感じで、タイキ君と話していると、横でタイゾウさんとソウタさんも話をしている。
「福袋か、ヒフィーさんからは代わりに並んでくれというお願いはないのだがな」
「まあ、タイゾウ殿の奥様は私のところのババアと違って夫を立てるよい女性のようですからな」
ヒフィーは夫を立てるタイプだからな。
タイゾウさんを駆り出してまで福袋を複数確保したいとは思っていないのだろう。
じゃあ、うちの嫁さんたちは夫を立てないのかというと、そういうわけではない。
ちゃんと俺を立ててくれるが、問題は嫁さんたちが多いので人海戦術を使えるのだ。
普通なら夫婦で2つの福袋が限界だが、うちの嫁さんたちは人数が多く、今年はカグラたちやエオイドたちも参加させているので、多くの福袋が狙えるのだ。
こういう時の結束力は非常に高く、事前にどこでどんな福袋が出るかを確認して、今日という日を迎えているのだ。
「幸いなのは、徹夜を禁止させたことだな」
「あー、そういえば、前は夜中から並んでたんでしたっけ?」
「そうそう。以前は、福袋を含めた初売りは1日にまとめていたから、初詣のあとに、即座に並びにいくから、約8時間ぐらい並びっぱなしだったな」
「うへー……」
あの根性がどこから湧いてくるのか本当に不思議だったからな。
お陰で、スティーブとかも投入したりして大変だったな。
「ま、今年はこうして、女性陣だけいってもらって、俺は戻ってきた嫁さんたちのお出迎えとご飯の用意さ」
「それは良かったですねー。まあ、ご飯の準備だから大変なのはあまり変わりないのかな?」
「別に、仕込みはしてあるから、それを使って、最後の仕上げをして出すだけだから、そこまで大変じゃないよ」
料理なんてのは基本仕込みをしてから、直前にぱぱっと仕込んだものを使って作るのが普通だ。
手の込んだ料理程時間がかかるからな。
事前の準備は怠れないというわけだ。
「なるほどな。ユキ君はそうやって、毎年奥さんたちや私たちのために、いろいろごちそうを用意していてくれたというわけか」
「いいですね。料理ができる男性。そして、私にとっては懐かしのおせちですから」
「ソウタさんたちは初参加ですからね。問題はエノルさんの口に合うかってところですね」
「いや、エノルはウィードに来てから、日本食を好んで食べていますから大丈夫ですよ。結構気に入っています」
そうか、エノルさんは問題無しか。
といっても、子供たち用のオードブルとかも用意するからな。
正直、上品な味より、オードブルの方が俺としては好みなんだが、セラリアとかデリーユはあのお正月の味が好きみたいなんだよな。
まあ、他の物もいろいろ用意しているから、食べられないってことが無いのがいいよな。
「と、おせちの話で思い出しましたが、ユキさん。元旦前から、各国から来ている重鎮というか、国王が多数いますが、そちらは特別な対応は取らなくていいのですか?」
「ああ、それはいいんですよ。予定通り3日から大陸間会議の予定です。恐らく、新年の会議が始まる前に、事前に顔を合わせて、挨拶とか外交をしているんでしょう」
「なるほど。規模が大きくなっても大事なのは根回しということですか」
「ですね。人と人の付き合いっていうのは、いくら時代が進んでもあまり変わりがないようですね」
何も喋らずに意思疎通なんていうのはできないし、こういう挨拶事は大事だということだ。
「あ、タイゾウさん。じゃあ、ヒフィーさんはこの後仕事ですか?」
「いや、顔合わせなどは、事前に済ませているから大丈夫だ。だが、タイキ君はいいのか? ランクスの代表としてこちらに来ているのではないのか?」
「あー、そうなんですけど。僕は主にロガリ大国のみんなに挨拶なんですよね。イフ大陸と新大陸相手に小国のランクスが出ていくのはきついですよ」
「ふむ。そうか。小国という立場になるのだな」
「ヒフィー神聖国みたいに、回復術士の派遣とかで大国に幅を利かせているわけじゃないですからね。勇者ってことで推せる可能性はありますけど、それで推したら、前ランクス王家と同じですから」
まあ、小国に過ぎないランクスが単独で参加した場合、ほかの小国からの嫉妬がひどいというのもある。
散々今まで迷惑をかけておいて、なにを大きな顔をというやつだ。
確かに、タイキ君が勇者として国を立て直したことは事実だが、それで、ランクスという国が、周りの国に迷惑をかけたことが無くなるわけではない。
その負債は地道に返していくしかないのだ。
「というわけで、ランクスのような小国の出番は、大国の挨拶が終わったあとの、各大国での新年あいさつの時ですね。まあ、ウィードに観光目的でただ来ている連中も多いようですけど」
「それはそうだろう。ロガリ大陸は、イフ大陸や新大陸と違って、大陸内の移動に制限をかけていないからな。小国はこの機会を狙って顔つなぎをしようとするのは当然だ」
「そうですね」
タイキ君の言う通り、ロガリ大陸内では既に、ある程度小国にもゲートが設置されているので、観光としてこの正月に来ている小国の要人たちは多い。
理由は、タイゾウさんが言うように、顔つなぎや今後の交渉を少しでも有利にするため。
まあ、純粋に楽しんでいるのも多いんだが。
お陰で、年々増加する年末年始の観光客に、商業代表のノンだけでなく、それに伴う警備の増員が必要な警察署長のポーニ、そしてそれにかかる経費の捻出で会計というか財務管理のテファはそれぞれ頭を抱えているわけだ。
「幸いなのは、いい加減多くの人々がウィードのルールを覚えてきたから、トラブルは少なくなっていることですね。毎年の如く貴族だからーという輩がいるんですが、そういうバカは減っています」
「いますよねー。一番困る連中ですよね。貴族だから何をしてもいいだろうってやつ」
「いるな。本来の貴族の義務というのを忘れている」
「そういうのは、ある意味、反面教師としてはありがたいんですが、実際処理に当たる当事者はたまったものじゃないですからね」
ソウタさんの言う通り、実際ことに当たって処理する面々にとっては面倒極まりない。
拘束して、関係各所に連絡とって、俺たちに連絡がきて、大国に問い合わせて、引き渡し。
そして、引き渡された大国の方で小国の方へ問い合わせ、事実調査と、概要を口にするだけでも大変だ。
因みに、大陸間交流開催式の時に貴族だといい触れ回って、ラビリスたちの入場チケットを奪おうとしたバカ貴族は、リテアのアルシュテールに引き渡した後、没落したそうだ。
まあ、当然の結末だな。首が繋がっていただけ運がよかっただろう。
いや、案外、しれっと殺されている可能性もあるけどな。
「と、そういう仕事の話はここまでにしておきましょう。今日は正月ですし」
「すまない。ついな」
「ま、私たち全員忙しい身ですからね。ついついこういう話になってしまいますよねー」
「とはいえ、まだまだ7時を回ったぐらいで、やることないですからね。飲むのは集まってからですし」
そう、セラリアたちは朝一番から福袋争奪の戦いにいっているので、それを見送った俺たちは、家でぼーっとしているしかないのだ。
いや、料理とかあるが、それは嫁さんたちの戦果報告を聞いてからだし、かといって今寝ると起きる自信はない。
子供たちのこともあるからな。まあ、アスリン配下の十魔獣連中が子守りしているからそうそう何かあることはないのだが、それでも子供たちのことを完全に任せて寝るつもりもない。
なので、こうしてのんびり雑談を続けているわけだ。
まあ、最終的にはゲームに行きつくんだろうが、まずは雑談ということで、こんな話になっている。
「話は戻りますけど、セラリアさんたちはよく頑張りますよねー。ってそれを言ったらアイリやソエルもか」
「ヒフィーさんからは何も連絡がないのが逆に心配ではあるな」
「はは、それなら連絡を取ってみればいいでしょう」
「それでこっちみたいに、催促されてもしりませんよ?」
「……うーむ。それはそれでな」
流石に、タイゾウさんも福袋待ちの手伝いはしたくないらしく、連絡をするのをためらう。
こんな寒空の中、嫁さん好きだというだけで付き合える夫はそこまでいないだろう。
俺が数年付き合っていたのがすごいぐらいだ。
しかしながら、そろそろ話すことが無くなってきたから……。
「ま、悩んでも仕方ないですし、向こうから連絡がくるまで……。よっと」
そう言って、俺はゲームを取り出す。
「お、やりますか? カートなら負けないですよ」
「ふむ。悩んでも仕方ないか。いいだろう。全力で相手をしよう」
「ゲームですか。いつの間にか、ゲームも進化していますよねー」
こうして俺たちは、嫁さんたちが戦いを終えて戻ってくるまでの間、のんびりとした正月を送ることができたのだ。
そう、この一時の間だけな。
「ふーん。私たちが頑張っている最中に良い御身分じゃない。これは料理は期待していいのよね?」
「……旦那様。私、美味しいおせちが沢山食べたいです」
「わかった。わかったから、そう睨むな」
「タイキ様。流石に私たちを放っておいて、ゲームにいそしむのはどうかと……」
「え? いや、普通にそっちは福袋を買ってきただけだよね?」
「タイゾウさんが、私が帰ってきても無視するなんて……」
「申し訳ありません。つい熱が入ってしまっていただけで、無視したわけではないのですよ」
「おい、爺。わしらが頑張っている間にいい度胸じゃな」
「うるさいわ。己の欲に私を巻き込むな」
と、プチ修羅場を迎えて大変だったりした、男だけの正月だった。
どのみち大変じゃねーか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます