落とし穴134堀:正月の女の戦い

正月の女の戦い



Side:ソロ



『さあ、今年もあとわずかとなっています。残り3分を切りました。1分からはカウントダウンです。皆さん、声を合わせてください』


そんな声が、ラジオというものから聞こえてくる。

このラジオはウィードで開発された声を伝える道具、機械で、ユキ先生が使っているコールの力を再現したもので、このラジオの機械を持っていれば、誰でもウィード内であれば、ほうそうが聞ける優れものです。

そして、そのラジオを聞きながら、今まさに、今年が終わろうとしています。


『今年も多くのこと出来事がありました。その中でも皆さんの記憶に残っているのは、やはり大陸間交流の始まりでしょう。このロガリ大陸だけでなく、イフ大陸、新大陸という大きな枠で、私たちは互いに手を取り始めた、記念すべき年です』


ラジオから聞こえるお姉さんの言う通り、今年は私にとっては激動の日々だった。

いつも学院のトイレに隠って一人でご飯を食べていた私が、なぜか超有名人のカグラ先輩と一緒に、新大陸の問題に臨んだり、別の大陸に行ったり、エオイドやアマンダと会ったり、私にとっては本当に信じられない1年だった。

ただの一般人枠で魔術学院に入ったはずの私がだよ?

と、そんなことを思い浮かべている間に……。


『いよいよ残り1分が近づいてきました……。60!! 59!! 58!! …………』


ついに今年も1分を切った。


「「「40!! 39!! 38!!」」」


意外なことに、ユキ先生たちも声をそろえて、カウントダウンをしている。

それどころか、気が付けば、カグラ先輩たちも、ソウタさんたちも、ハイレン様たちも、みんなみんな、カウントダウンをしていて……。


「5!! 4!! 3!!」


私も、同じように声をだして、カウントダウンを行っていて、ついに……。


『2!! 1!! 0!! 謹賀新年。あけましておめでとうございます!!』


今年が終わって、新年が始まった。


「「「あけましておめでとうございます」」」


ウィードでは新年を迎えた時はこんなあいさつをするみたい。


「えーと、あけましておめでとうございます」

「うむ。あけましておめでとう。今年もよろしくのう」


私の挨拶に答えてくれたのは、エノル様だ。


「あの、エノル様はこの言葉を言い慣れている感じですね」

「そりゃのう。そこのソウタが、毎年言っておったから」

「ああ、なるほど」

「ま、そんなことより、これからが本番じゃぞ」

「え? これからですか?」

「そうじゃ。これから、神様に今年初めのお祈りをする。初詣をやるんじゃからな。しっかり着飾らなくてはのう」

「ええっ!? 私、綺麗な服なんて持ってきてないですよ!?」


仕事帰りでそのまま来ちゃったし……。


「心配するな。そこはソウタが全部整えておる。おーい、ソウタ。年も明けたんだ、準備をするぞ。というか、どうやっていいのかわしにはさっぱり分からん」

「ああ、そうだな。では、ユキさん、タイキさん、タイゾウさん」

「はい。新年のあいさつはここまでですね」

「女性は大変だよな」

「今年は私たちも着替える予定だぞ」

「はい? 俺和服の着方なんて……」

「心配するな。それぐらいは私が知っている。もちろん、エオイド君もだ」

「あ、はい。ありがとうございます」


どうやら、男性も男性で色々着替えるみたいです。

そんなことを考えていると、メイドのキルエさんとサーサリさんがこちらにやってきて……。


「こちらで着付けをいたします」

「どうぞー。と、リエル様。あまり食べてると、着物がきついですよ?」

「大丈夫、大丈夫」

「もうお腹がポッコリ出てるけど……」

「……トーリ、リエルに言っても仕方がない」


どうやら、あまり食べ過ぎていると、着るのがきつい服みたいだ。

でも、一体どんな服なんだろう?

あれかな? コルセットみたいな感じかな?

そんなことを考えつつ、着替えの部屋に入ると、見たこともない綺麗で不思議な絵が部屋一面にずらっと並んでいた。


「うわー。今年は色々あるねー。ってアレ? なんだろうこの着物」

「……リエルの言う通り、この着物、なんかいつもの違う」

「本当ですね。何かこの一帯だけ物が違うような……」


そう言って、リエルさんたちがある一枚に近寄って見ているので、私たちも近寄って見ると、赤を基調とした綺麗な絵が……って。


「「え、これ服!?」」


思わず、ミコス先輩と一緒にそう声を上げる。

だってこれ、どこからどう見ても一枚の絵にしか見えない。

こんな綺麗な模様、刺繍を全体に施した服なんて見たことない。

そう驚いている私たちに、キルエさんが説明をしてくれます。


「はい。こちらは旦那様やソウタ様の故郷、地球の日本で着られている着物という、日本独特の服でございます」

「え、でも、これってどうやって着るんですか? 袖らしいものがあるだけで、あとは何も無い様にミコスちゃんには見えるんですけど……」

「ああ、ミコス。ほら、袖があるでしょう? 私もここまで見事な着物は見たことないけど。私が着ている巫女服と基本的には変わりないわよ。そうですよね、キルエさん」

「はい。概ねその通りでございます」


あ、なるほど、確かにそう言われると、カグラ先輩が着ている巫女服に近い物があるのはわかる。

そして、裏から見ていたので、一枚の絵に見えていただけか。

表から見ると服だとわかる。おそらくこうして、着物の模様を見せているんだな。


「まあ、巫女服に比べれば超豪華ですけどね。そして、こちらの着物は、ソウタ様からカグラ様たちの為にと選んでくれたものです。あっちの方は旦那様が奥様方に、反対側はタイキ様やタイゾウ様が奥様方に用意されたものです。なので、それぞれ趣が違うというわけですよ」

「なるほど……」


違いといわれても模様が違うくらいしかわからない。

そもそも、こんな豪華なものを着る予定って……。


「え、これを私たちが着るんですか? こんな高そうなものを!?」

「はい。こちらはソウタ様が用意してくださったものですし、着ていただけないと、逆にソウタ様たちが困ることになります」

「キルエ先輩の言う通りですよ。こういう好意は素直に受け取っておくほうがいいです。まあ、もともと逃がすつもりもありませんけど」


そんなことを言いながら、キルエさんとサーサリさんが笑顔で近づいてきて、私たちは抵抗することもできずに大人しく着替えることになりました。



「……意外と動きにくいですね」

「振袖ですからね。装飾が多い分重く、魅せるための服ですから。おしとやかさを心がけてください」

「はい……」


そう言ってキルエさんが離れると、姿見の鏡には綺麗な着物を着こんだ別人のような私が立っている。

化粧と洋服、じゃなくて着物でここまで変わるんだと自分でも驚くぐらいの変わりっぷりだ。


「あら、似合うじゃない、ソロ」

「あ、カグラ先輩。って……」


いつの間にかカグラ先輩も着替え終わったようで、声をかけてきたので振り返ると、そこには何というか黒髪が良く映えた綺麗な女性が立っていた。あ、いや、カグラ先輩だった。


「物凄く似合いますね」

「ありがとう。でもね、着物って基本的に胸にさらしを巻くからきついのよね……」

「ちっ」

「ん? 何か言った?」

「いいえ何も」


カグラ先輩には、胸がきつく感じるらしい。

……私と同類だと思ってたんだけどな。

まあ、お風呂とか入った時に意外とあるなとは思ってたけど。

ちっ。

そんな感じで、心の中で悪態をついていると……。


「いやー、ミコスちゃんには着物はきついねー。胸が本当に……」

「ちっ」

「ん? ソロ?」

「いえ、とても似合っているなーって」

「え? そう? いやー、ミコスちゃんて美人だからねー」

「自分でいう?」


ミコス先輩はバインバインだから、なおのことくるしいでしょーよ。

私はちっとも苦しくないですから~。

という、言葉はかろうじて口にすることなく、なんとか飲み込んで、ミコス先輩の着物姿を褒める。

ううっ、やっぱり美人だよねー。

私みたいな、平民とはちがって……。


「あ、ソロも似合ってるじゃない」

「へ?」


そんな声をかけられて振り返ってみると、そこには着物姿のアマンダさんがいた。

綺麗な赤髪が映える赤い着物だ。


「アマンダさんも似合ってますよ」

「そう? ありがとう」


うーん。なんで私の周りにはこんな美人ばかりがいるんだろうか。

というか、アマンダさんがいるってことは、エオイドさんも来てるんだよね。

男の人も着替えるって言ってたし、早く見てみたいなーと思っていると。


「私たちは着替えたし、そろそろ行こうか」

「え? 行くってどこに?」

「あれ? 知らないの? 振袖に着替えたら、次はお参り行くんだって」

「お参り?」


そんな感じで首を傾げていると、キルエさんたちも着物姿でやってきて……。


「アマンダ様の言う通り、教会に出向き、お祈りすることです」

「ですねー。今年一年の抱負を祈ったり、願い事したり、そんな感じで神様に挨拶っていう意味もあるんですよ」

「「「神様に……」」」


そう言って、私たちはいっせいにある一角へと視線を向ける。


「どうですか。ルナ様、リリーシュ様!!」

「へー、意外と似合うものね」

「はい~。似合うわよ~。ハイレンちゃーん」


あの人たちに祈る?

っと、いけない。神様だった。

で、その様子を見ていたラッツさんが口をひらく。


「なはは。わかりやすいご利益が欲しいなら、ルナに直接要求する方がいいでしょうねー。叶うかどうかはしりませんけど。でも、お祈りっていうのは、自分に今年は何かを頑張るって決意をする意味合いですからね。そして、お参りに合わせてお店も色々でていますから寄っていきましょう」


へー、それは見てみたいかも。

ウィードのお祭りと一緒に出ているお店って見るだけで楽しいんだよね。美味しい物も多いし。


「ついでに、お参りのあとは、商業区を巡って、福袋の情報を集めるのよ」

「「「福袋?」」」

「そう!! 年明けにでる、お得な幸せを呼ぶ袋なのよ!!」


そう福袋のことを言うミリーさんの目には何か狂気を孕んでいる。


「あ、そうか。今回はカグラたちもいるんだし、さらに色々な福袋が狙えるんだね!!」

「こらリエル。自分の分は自分でだよ」

「……エオイドとか使えそうだから、アマンダに協力してもらう」

「いいですね。カヤ。その案、いただきましょう」

「なるほど、頭数をそろえるにはいいじゃろうな。最近、ユキや、タイキ、スティーブたちは逃げるからのう」


ユキ先生たちが逃げるって?

というか、ミリーさんだけでなく、ほかの皆さんも何かすごくやる気になっている。

そして、極めつけは……。


「そうね。今年の戦力は十分。夫たち男どもは今年は手伝わないとか言ってるし、ここは新たな戦力であるカグラたちを迎えて、この重要な戦いに臨むとしましょう!!」

「「「おー!!」」」


セラリア様がそう宣言して、ルナ様やハイレン様までそろって声を上げる。

えっ、戦力? 私って何か妙なことに巻き込まれてない?

というか、お参りは?


こんな感じで私たちは、よくわからないまま、ウィードの教会へと向かい、避けては通れない、福袋決戦へと望むのであった。


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