落とし穴133堀:頑張る人にも年越しを

頑張る人にも年越しを



Side:カグラ



バサバサ……。


そんな音をたてて、積み上がった書類の束が崩れる。


「「「……」」」


しかし、とっさにその音に反応できる者はいない。

なぜなら、みんな机に突っ伏してしまっているからだ。


「ク、クリスマスのしわ寄せがここまで及ぶとは……」

「……思わなかったよね」

「姫様が報告書をしっかり書き上げろって言うとは思いませんでしたよ……」


これも、うっかりハイレン様に頼み事をした罰だ。

ユキにその頼みが伝わり、休みを取ってもらったことで、私たちがユキの家で各国の重鎮とお食事会をしたことが姫様にまで伝わってしまったのだ。

お陰で、姫様からはお小言を貰うことになってしまったし、こうして報告書を書くように命じられた。

まあ、下手すると、また私たちの迂闊な行為としてとらえられて問題になりかねなかったわけだし、被害は最小限ともいえる。

とはいえ、このまま突っ伏していては、いつまでたっても仕事は終わらない。

そして、私がハイデン大使館の中で一応最高責任者だ。姫様は今色々本国で忙しいので私がウィード駐在のハイデン大使ということになっている。

なので、私は顔を上げて、書類の山の片づけを再開する。

今処理しているのは、基本的には交易品の融通の嘆願書だ。

今まで私たちをさんざんバカにしていた貴族たちからのモノもある。

どの面を下げてこの嘆願書をだしたのか知りたいぐらい。


「今更こんなに嘆願書を出されても、物資の使い道はほとんど決まっているのにね……」


ウィードからの輸入品は既に会議で配分は決まっている。

物が物だけに厳重に管理されているのだ。


「というか、お金は支払うから、買ってきてくれってのまであるわね」

「……バカだよねー。勝手にウィードと取引するのはダメって言われているのにさ」


ミコスの言う通り、こういう手紙をよこすのはバカだ。

姫様には絶対に、この類の要求を受け付けないようにと私たちもかなりきつく言われている。

もちろん、姫様の独断ではなく、陛下や重臣たち全員で決めたことだ。

それだけ、ウィードとの取引は魅力的であると共に、一歩間違えば大変なことになるモノが多いと判断しているわけ。

その中でも一番危険なのが……。


「神酒なんて言われても手に入らないのに……」


気が付けば、ソロも起き上がって、落ちている書類を拾い上げて、内容を読み上げる。

その書類こそ、我が国で最も取り扱いが厳重に管理されているモノの1つ。


神酒。


私たちカミシロ家も水龍之命様にお酒を献上していたから、名称としてはこれも神酒に当たるのだけれど、ルナ様が持ってきてくれた神酒は別格なのよね。

……古傷までどころか、欠損、生まれながらの障害まで治してしまうことが、今までの調査で分かってしまった結果、神酒は王家のどころか、最高の国の宝となってしまったのよね。

だからこそ、私たちへの懐柔や脅しがかなりあったわけなんだけど。


「神酒なんて手に入るわけないじゃん」

「そうよね。あの時の神酒は、私たちへのお詫びだったから」

「あはは……。神酒のためといわれようが、あの幽霊学校は二度とごめんです」


ソロの言葉にウンウンと頷く私とミコス。

私たちが手に入れた神酒は、ルナ様の戯れで作った幽霊学校にお試しで行った結果手に入れたモノなのよね。

馬鹿共は簡単に手に入れたように思っているんでしょうが、あれは本当に命がけで、ソロの言う通り二度とごめんよ。

と、そんなことを考えつつ、溜まっている仕事を再び片付けていると、書類の中に妙なものが混ざっているのが目にとまった。


「えーっと、なになに? 来年より、干支を導入? 最初の干支はいのしし? どういうこと? って、ミコス!?」


私がその書類を読みあげていると横から、ミコスが顔をのぞかせてきた。


「ミコスちゃんに見せてごらんなさい。なにか、いい記事の予感がするよ」

「予感って……。そういえば、あんたウィードの情報集めて広報に出すって仕事もあったわね」

「そうだよ。ウィードの文化とか技術を紹介するため、簡単にまとめて記事にするようにって姫様から言われているんだよ。ここ最近、外交官補佐の仕事で忙しくて手が回らなかったけど、そろそろ記事を出してくれって言われてるんだよね。まあ、書くことは山ほどあるんだけど」

「書く内容は選びなさいよ? 下手なこと書いて、ユキに嫌われても知らないわよ」

「もちろんそこら辺はちゃんと調整するって。っと、そこは良いとして、内容は……」


そう言ってミコスは書類を私の手から取り、目を通すが、あっという間に読み終わり……。


「なるほど。簡単に言うと、干支って文化を始めるって。それに伴って、31日の夜にお披露目をやるんだってさ」

「えと? いったいどういう文化ですか?」

「元々は、動物たちが具合が悪くなった神様の元へ駆けつけた順番だってさ。でも、順番のいい悪いって話じゃなくて、お互い協力して、神様の元にたどり着いたってことで、動物ごとにご利益が違うんだってさ。イノシシなら勇気と無病息災だって」

「へー、なんかすごいですね」

「まあ、それにちなんで商品を販売するって書いてあるし、多分セラリア様は干支という文化をつかって経済活性化を望んでいるんじゃないかな?」


なるほど。新たな収入源の確立ってことね。


「国を挙げて干支をやるってことは、その年毎の動物に関する物が売れる可能性があるわけね。よく気が付いたわねミコス」

「ふふーん。ただの噂好きじゃないんだよ。こういう裏まで読み取るのが、ミコスちゃんの凄い所なんだよ。昔とは違ってユキ先生を見て学んでいるのさ」

「すごいです。ミコス先輩! ……でも」

「「でも?」」


なぜか、ソロの表情が暗くなる。

何かミコスが変なことを言ったっけ?

そんなことを考えていると……。


「私たちは、この干支のお披露目にはいけませんよね。今日はずっとお仕事ですし」

「「あ……」」


ソロは光の無い目で無表情にそう言う。

そうだった……。

本日は12月31日。

既に、他の職員は年末休みということでいない中、私たちだけクリスマスの報告書とその間に溜まった書類整理で残業中なのだ。

しかも、終わる予定時刻は、深夜2時ぐらいになると思う。そして明日も朝から仕事なのだ……。


「……忘れてたというか、わざと意識から外してたのよね……」

「皆が休みの中、ミコスちゃんたちだけ働きつづけるんだよね……。あはっ、あはははは……」


私がそういって落ち込んでいる横で、ミコスがなんか泣きながら笑い始めた。

やばい。ミコスが壊れた……。


「あ、ミコス先輩。落ち着いてください! ごめんなさい。私だけが辛いんじゃないですよね!」

「落ち着きなさい! ミコス!!」

「年末はユキ先生たちと暖かい時間を過ごせるかと思ってたのに結局これだもんね! クリスマスには、エノラにユキ先生のプレゼント持っていかれるし、ミコスちゃんなんかこの境遇がお似合いだよ! あははは!!」


最近、働き詰めで限界がきてたみたい。

クリスマスの夜だけはパーティーに参加できたものの、それ以外はずっと仕事だった。ここ二か月ほど休みなしで。

ともかく、ミコスを落ち着かせないと、またユキに迷惑をかけて、姫様から追加の始末書を求められる羽目になる。

それだけは絶対阻止しないといけないので、ミコスを落ち着けようとしていると……。


ガチャ。


「ん? こんな時まで何やっておるんじゃ、おぬしら?」


ドアを開けて、エノル様が入って来た。



「ぐすっ。ひぐっ。休みが無いんですよ……」

「よしよし。ミコスがここまでになるとは、よほどの仕事量だったんじゃな」

「申し訳ございません。ミコスの体調を考えず、無理をさせてしまいました」


私はそう言って、エノル様に謝る。

幾ら仲の良い同級生とはいえ、立場上は上司と部下の関係。

私がユキみたいにちゃんと気を配るべきだった。


「よいよい。こんな状況では熟練の執務官でも音を上げるわ。頑張りすぎじゃ、お主らは。適度に息を抜くことを覚えよ。別にキャリー姫様もカグラたちに意地悪をしたり、無理をさせたいわけでもないからのう。それは分かるじゃろう?」

「……はい」


確かに姫様は私たちをイジメたいわけではないのは分かる。

というか、姫様が私たちを邪魔に思っているなら、とっくにこの場にいないものね。

でも、姫様の期待に応えられていないこととか、周りが大変なのにってついつい思ってしまうのよね。


「ま、そのためにわしがここに来たのじゃがな。キャリー姫から頼まれておる。年末年明けぐらいはゆっくりしろとな」

「「「え?」」」


3人そろってエノル様の言葉に驚く。


「何を驚いておるんじゃ。キャリー姫とて鬼ではないのは知っておるじゃろう? それにソウタやわしからのご褒美じゃな。ほれ、ついてこい。お前たちの好きなユキ殿との約束は既にとりつけておるからのう、それとも、ユキ殿との約束より、仕事を優先させるかのう?」

「「「行きます!!」」」


ここまで言われてついていかない人はいない。

喜んでついて行こう。


「うむ。では、急ごうかのう。もう、外が暗くなってきておるしな」


そう言われて、窓の外を見てみると、確かにもう暗くなってきている。

年末の半日以上を仕事で潰してしまった感はあるが、この時間に終わったことを素直に喜ぼう。

エノル様がいなければ、このまま私たち3人は寂しく執務室で年越しをしていたんだから。

そんなことを思いながら、エノル様に連れられて、まずは商業区へとやってくる。


「えっと、エノル様。確かユキの所にいくんじゃ?」

「うむ。まあ、年末に顔を出すんじゃ。多少なりと手土産をな。ソウタにも言われた物もあるからのう。ちょっと寄り道じゃ」


あ、そうか。

ユキの所に行くんだから、何か手土産がいるわよね。


「ねえ、カグラ。私たちも何か買っていった方がいいんじゃない?」


ミコスも同じような心配をしたようで、そう言うのだが……。


「ああ、よいよい。今回はわしらが持つからな。もとより、久々の正月を楽しみたいというソウタの願いじゃ」

「お正月をたのしみたい? そっか、ソウタ様は……」

「うむ。ユキ殿と同じ日本人じゃからな。それを聞いてユキ殿は快く受け入れてくれたわけじゃ。同郷の者同士相通ずるモノがあるんじゃろうて。そして、ソウタは、日本人の血を引くカグラと、その友人たちに、どうしても日本の正月を体験させてみたいんじゃろう。わしたちにとってはカグラたちは孫みたいなもんじゃからな。婆と爺のお遊びにつきあってくれい。退屈かもしれんがな」

「いいえ。そんなことは有りません」

「ですよ。楽しいですよ。仕事から解放もされましたし」

「はい。お土産買っていきましょう!」


ということで、私たちはお土産を買ってユキの家へと向かうと……。


「おう。年末のギリギリまで、お疲れさん。さ、上がった上がった」

「ご飯の用意ができてますよ」


そう言って、私のユキがリーアと一緒に出迎えてくれた。


「俺たちがクリスマスに誘ったせいで、色々仕事が増えたみたいで悪かったな。まあ、向こうもそれだけ必死ってことか」

「あ、そ、そんなことないわよ」

「隠さなくてもいいって、ソウタさんたちから聞いてるから」

「そういえば、ソウタ様も来てるんだっけ」

「うむ。もう先にやっているのじゃろう。と、ほれユキ殿、頼まれ物とちょっとした差し入れじゃ」

「ありがとうエノルさん。じゃ、俺はこれから年越しそばの準備をするから、カグラ、ミコス、ソロ。ゆっくりしていってくれ。あ、食べすぎるなよ。着物がきつくなるからな」

「「「?」」」


ユキが私のために料理を作ってくれるのは、うれしいけど、最後の着物の話はなんなのだろう?

着物って、日本人が着る服よね? 私が持っている巫女服とは違うのかしら?

と、そんなことを考えながら、宴会場にゆくと……。


「あ、仕事終わったの?」

「いや、なんでエノラがいるのよ」

「そりゃ、もちろん、エノル様に誘われたからだけど?」


なぜか、さも当然というようにエノラが私たちよりも先にユキの家でくつろいでいた。

なんか。エノラが怪しい気がするんだけど……。


「どしたの? みかん食べないの? 炬燵にみかんって最高よ?」

「そうだよー。カグラたちもたべよー」

「こら、リエル。みかんの皮はかたずけなきゃ駄目でしょう」

「……はい。カグラたちのご飯」


……いや。ただ食い意地が張ってるだけか。

トーリさんたちとは、同じ精霊の巫女だから仲がいいのよね。

さ、それよりもユキのご飯っと。


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