落とし穴132堀:年末だからこそ国は忙しい
年末だからこそ国は忙しい
Side:タイゾウ
カリカリカリ……。
そんなペンを走らせる音だけが、静まり返った部屋の中に響く。
既に聞きなれた音だ。
私やヒフィーさんがいつものように書類仕事をしているだけのことだ。
「「……」」
お互い喋ることなく、目の前の書類を片づける、こなすことにひたすら集中する。
この書類一つで、ヒフィー神聖国の国民の生活が左右されるという重要なものだから、決して気を抜いてやるわけにはいかない。
それに、今日はある選択の答えが出る日なのだ。
カリ……。
私の方は書類仕事が終わり、記念すべきモノとなったその書類を国家元首である我が妻ヒフィーに恭しく渡す。
「ヒフィーさん。これで終わりです」
「タイゾウさん。ありがとうございます。では、失礼して」
ヒフィーさんは、即座にその書類に目を通し、ほかの書類と比べていく。
そして……。
カリ……。
最後に署名して彼女のペンの動きも止まる。
「……」
「ヒフィーさん、結果はどうでしたか?」
「……やりました。やりましたよ!! 本年度の決算は黒字です。ようやく、ようやく、安定してきました」
「それは良かったですね」
「はい。今まで、ユキさんたちの裏からの支援に支えられてきましたが、本年度はようやく、自力でやっていけるようになりました」
ヒフィーさんは満面の笑顔でそう答える。
これまで、ヒフィー神聖国は財政面で火の車だった。
それが、ようやく今年になって初めて、その財政面が黒字になったのだから、喜びは一入だろう。
元々、戦争を想定して色々予算を使ってきたツケというのも、財政難の原因の一つだ。
しかし、それよりも大きく財政を圧迫していた原因は……。
「大陸間交流が始まって、冬場の食糧、薪、そして衣類の確保が容易になりましたし、購入額もかなり安く抑えられたのが大きいですね」
そう、冬の備えのための費用だ。
この世界で、冬を越えるというのは命がけだ。
いや、地球でも変わりはないか。
とはいえ、魔物などがいて、流通の発達が乏しいこの世界では、冬を越すのはかなり準備が必要で、そのため費用のいることなのだ。
おひざ元の聖都だけでも、何とかするのは大変なのに、ヒフィーさんは手が届く限りの町々、果ては村々にまで支援の手を伸ばすから、いつも財政が苦しかった。
まあ、だからこそ、ヒフィー神聖国の聖女としての名が高まっていたのだが。
それが今年は、ユキ君たちの裏からの支援もなしに、黒字になったのは喜ぶべきことだろう。
「この流れを今年だけではなく、今後長く続けたいものですな」
「はい。この大陸間交流なしでは、国家の安定は望めません。何としても、大陸間交流の瓦解だけは防がなくては」
「そうですね。これはヒフィー神聖国にとっても大事な生命線。本当にユキ君は上手くやりましたな」
「ええ。ダンジョンのゲート機能を使って、このような大規模な流通システムを作り上げてしまうとは。初めて話を聞いたときは、まだまだそうとう先の夢かと思っていたのですが、彼らは実現してしまいました」
確かに、誇大妄想もいいところの話ではあったが、それを成し遂げてしまった。
とはいえ、ちゃんとした予定を立てて、一個ずつこなしていき、この結果を手繰り寄せた。
「まあ、それには我々も協力したからというのはありますが。それに、ユキ君たちの本当の目標は……」
「……この世界アロウリトの魔力枯渇現象の原因を見つけて改善するためですね。そのためにダンジョンを争いに使うのではなく、人々が便利になるように使用するとは、想像もつきませんでした」
ダンジョンと言う物はこの世界では魔物があふれ出してくる災厄の象徴ととらえられているからな。
だからこそ、そのような物を平和利用しようという発想は、この世界の人々にはなかったわけだ。
「さあ、思い出を振り返るのはここまでにして、これから予定通り、私たちはウィードに向かいます」
そう言って、ヒフィーさんは書類をまとめて立ち上がる。
「残念ながら、新年のお祭りを楽しむ……というわけにはいきませんな」
「はい。昨年までは、ユキ殿の身内としてのんびりできましたが、今年からは違います。ウィードで行われる年末と年始のイベントは、私たち国家を運営する者たちにとって、来たる一年の行く末を占う重要な顔合わせ場所となります」
ヒフィーさんの言う通り、今回の年末年始からは、ただ単にお祭りを楽しむだけでは済まない。
まあ、ロガリ大陸の国々は前から参加してたのだろうが、今回から大陸間交流に参加しているイフ大陸、新大陸の面々が加わって顔を出しにくるはずだ。
来なければ、今後の交流交易で風下に立つことになるからな。
顔を出さなければ、お付き合いはしないと宣言するようなものだ。
「しかし、ウィードの年末年始がイフ大陸の年末年始と違っていて助かりました」
「まあ、元から大陸間で明確に共通の日付はなかったですからな」
大陸間交流が始まるに当たり、共通の日付、暦管理を新たに決めたのだ。
まあ、当初どこを基準にということで揉めはしたが、結局の所ウィードを基準にとなった。
「大抵、どこの国も、新年の始まりは静かに過ごしますからね。新年のあいさつは5日から10日の間です」
「まあ、ウィードのように騒ぐだけの国力はまだないですからな」
「ええ。いつかウィードと同じように、新年を何の心配もなく祝えるといいのですが。では、さっそくいきましょう。今日は、12月29日ギリギリになってしまいましたね」
「ユキ君からの話では、既に25日から出向いている国もあるようですな」
「まったく。気の早いことです」
本来、大陸間交流としては1月3日にウィードへ集まろうということになっているのだが、ウィードの新年の一番のイベントは年末の31日と年始は1日から3日までだ。
なので、12月29日にウィードへ向かうというのは、一見早すぎると思うかもしれないが、各国との顔合わせや今後の交渉の事前交渉などがあるので、予定通り動いていては時間が足りない。
なので、早くは25日からウィードに滞在している国もいるわけだ。
額面通りに3日に訪れる国もあるかもしれないが、それは下手をすると交流に積極的でないとみられるだろうな。
そのようなことになったら、大陸間交流をしている国にとって大変な失態だ。
と、そんなことを考えつつ、まずはベータンへのゲートを通る。
一応、ヒフィー神聖国にはウィード直通のルートが存在するが、それはあくまで緊急時のもので、普段はちゃんと他の国と同じように、イフ大陸に存在する、ウィード領、ベータンを経由して向かうようにしている。
「ん? ヒフィー殿ではないか」
「あら、ノーブル王ではないですか」
ベータンの入国管理のところで偶然出くわしたのは、エクス王国の国王ノーブル殿だ。
「タイゾウ殿もご一緒か。となると、新年の集まりか?」
「ええ。そちらもですか?」
「そうだ。ようやく書類仕事が終わってな」
「どこの国も冬場は大変ですな」
「ああ。冬の蓄えの計算や各町や村への配分がな。もちろん領主たちの裁量という部分もあるが、忠誠を保ってもらうためにも、こういう支援は欠かせないからな」
「どこも同じですね。いえ、国が大きければ大きいほど、そういう支援は怠れませんか」
「面倒なことだ。だが、怠れば足元をすくわれることとなる。しかし、この大陸間交流のお陰で物資の確保が容易となったからな。本当に助かる」
そんなことを話しながら、ベータンを経由して、ウィードに到着すると、何やら見覚えがある入国管理の職員がやってきて……。
「ようこそウィードへ」
そう言って、私たちを迎えてくれたのだが……。
「ん? 君は、ジョン将軍じゃないか?」
ノーブル王の言う通り、目の前に立っていたのは、魔物軍で将軍を務めているジョン将軍だった。
「あ、そうですね。なんでこんなところに? というか、その服装は?」
「その服は、和服ですね。祝い事の席で着るタイプですね」
しかも、ヒフィーさんの言うように、なぜかジョン君は和装で出迎えてくれているのだ。
「あー、まあ、それはご案内しながら説明します。こちらへ」
なぜか、ジョン君にしては覇気がない。
あれだな。アルフィン殿を相手にしているスティーブ君のようだ。
いや、アルフィン殿を相手にすると誰でも自身の不運を噛みしめることになるのか。
あのお菓子は……と、まて。
移動している間に周囲の光景の違和感に気が付いた。
「ジョン君たち、オークだけが和服を着ているのか?」
そう、なぜかオークだけが和服を着こんでいる。
ゴブリンやミノタウロス、ほかの魔物たちは軍服を着ているのにだ。
「ええ。そうですよ。なんか、セラリア姐さんが、干支にちなんでとか何とか……」
「「?」」
その言葉にヒフィーさんとノーブル王は首を傾げるばかりだが、私には納得がいく話だった。
「そうか。干支か。来年はイノシシか」
「そうみたいですね。というか、俺はイノシシじゃなくてオークなんですがね」
そう言って、はぁーとため息をつくジョン君。
まあ、本人としては不本意なことなんだろうな。
とはいえ、セラリア陛下の気持ちはよくわかる。
干支を広めようとしての事だろうが、それは魔物がいるこの世界においては、すごくやりやすい話だ。
なにせ、ジョン君のように意思疎通が可能だからな。
「あの、干支とは?」
「聞いたことが無いな」
おっと、ヒフィーさんやノーブル王は知らなくて当然だな。
そこで、軽くではあるが、干支の説明をする。
「なるほど。確かに神々は動物によく好かれるのが多い」
「ええ。病気で寝込んだ神様に駆け付けた順というのは面白いですね。それを干支として祀りご利益をというのですね」
「そうです。そして、来年の干支は「亥」オークのジョン君とはいささか違いますが、それでも同じように見えますからね」
「俺としてはいい迷惑ですけどね。見世物小屋の動物の気分ですよ」
「まあまあ、それはジョン君が神の使いと認められたということでもあるじゃないか」
「……今更、神様の使いって言われても微妙ですからねー」
「「うぐっ」」
ジョン君の容赦ない一言に、ヒフィーさんとノーブル王が胸を押さえる。
「ああ、すいません。俺が言っているのはルナ姐さんのことでして」
「まあ、彼女は奔放だからなぁ……」
流石にルナ殿のことはフォローできない。
しかも、干支の由来を考えると、ルナ殿が寝込んだことでお見舞いに行ったという逸話だからな……。
「しかもこれで、新たに各国への収入源が増えるんじゃないかって言ってましたからね」
「というと?」
「干支が広まれば、その分新たな需要が出るってことですからね。その手の職人や商品がでるので新しい商売の出どころになるって話ですよ」
「なるほどな。なぜ今またと思ったが、新しい収入源か」
「いくら、大陸間交流で色々楽になっても、結局は国民がお金を使わないと経済はよくならないですからね」
「その対策のためですか」
「ふむ。その干支の話。ちゃんと聞く必要があるな」
とまあ、そんな感じで、のんびりとした年越しは望めそうにないなと肩をすくめながら、ヒフィーさんの横に立つのであった。
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