落とし穴131堀:らいねんのえと
らいねんのえと
Side:ジョン
「はぁっ、はぁっ……」
そんな自分の荒い呼吸音がやけに大きく聞こえる。
俺がここまで息を切らせるのも珍しく、かつ、俺が今いる場所はとても静かなので、それも相まってやけに自分の呼吸音が大きく聞こえるのだ。
と、そうして潜んでいると。
ガチャ。
そんな音がして、扉が開く。
とっさに俺は口を押えて、息を止める。
「いないっすね。ちっ、一体どこに逃げたっすか。あのやろう」
バタン。
そんなことを言って、すぐに扉は閉じられて、部屋をちょっと覗いただけのスティーブは遠ざかっていく。
あのバカは、この部屋に俺の隠れられるような場所がないと油断したな。
この部屋は、魔物軍の本拠地にある倉庫部屋の一つだ。
この倉庫部屋は、予備の机などの備品が置いてあり、その折り畳みの机が積み重なる中に、俺を隠すのにちょうどいい空間が存在してたのだ。
お陰で、とりあえず俺はスティーブからの追跡を逃れられたわけだが……。
「一体、何が起こっているんだ?」
俺はこの状況を正しく把握できていないのだ。
いきなり、スティーブが俺の執務室に現れて……。
『いたっすね。河童イノシシ』
『ん? いよいよ頭に皿が生えてきたか? 俺はキュウリマイスターになれそうか?』
『なれるかぼけー!! ま、そこはどうでもいいっす。おいらについてくるっす。セラリアの姐さんがお呼びっす』
『は? なんで直接俺に連絡が来ないんだ?』
セラリア姐さんなら、普通は直接俺に連絡してくるはずだ。
普通の用事ならな。
となると、厄介ごとの可能性が大きい。
だから、俺はそこを問いただしてみると……。
『そりゃ当然っすよ。ジョンをというご指名じゃなかったっすからね。でも、仕事の内容からジョンが適当だと思ったから、おいらが来たっすよ』
しかも、スティーブの話から察するに、俺を生贄にしようという話だ。
こういうタイプの仕事はろくでもないというのが相場だ。
なので、俺は……。
『そんなろくでもない仕事するぐらいなら。畑仕事でもした方が、食料が増えていいわ!!』
と言って、逃げ出したのだが。
『ちっ、やっぱりにげやがったっすね。きゅうり狂いが。全館非常態勢!! ジョン将軍が仕事拒否で逃亡!! 捕らえろ!!』
『そこまでやるか!?』
『やるっすよ。いつもおいらに厄介ごと押し付けている罰っす!!』
ちっ、そう言われると、それはそれで事実なので、文句を言えない。
なのでしょうがなく、俺は必死に逃げたわけだ……。
「……とはいえ、あの野郎。軍を全部使ってマンハントというか、オークハントに乗り出しやがったな。しかも……」
『ジョン将軍を捕まえた奴らには最大5名まで、金一封が約束されているっすよ!』
『『『おおー!!』』』
なんかボーナスという名の、賞金までかけやがった。
おかげで、今や俺の部下も全て敵だ。
笑顔で近づいてきたと思ったら。
『ジョン将軍。スティーブ将軍の命令なんで』
『もう、年末年明けちかいんで、嫁さんや子供に少しは良いモノ食わせてやりたいんですよ』
そんなことを言いながら、笑顔で隠し持ったロープをかけようとしやがった。
やむなく俺は部下の間を突破し、地獄の包囲網が敷かれている、この軍の敷地奥深くで息をひそめることになっているのだ。
「だが、この光学迷彩装置がなけりゃ本当に危なかったな」
このダンジョンはユキ大将の管理下で、警備も厳重。
コール画面で、魔力を発する生物、魔物の位置は丸わかりなのだ。
だが、この光学迷彩装置は、透明になるだけでなく、魔力を遮断するという優れものだ。
主に、敵対するダンジョンマスターのダンジョン攻略の為に用意された補助道具だが、まさか自分のダンジョンでこれを使う羽目になるとはな。
「だが、どこまで逃げ切れば終わりか分からないのがきついな」
逃亡して既に約1時間。
未だに軍施設の警戒態勢は解かれていない。
つまり、未だに俺を探しているということだ。
暇な奴らめ。
こうなると、俺を捕縛するように言った、スティーブを潰すか、それとも仕事の依頼をしたセラリア姐さんに相談してみるかだが……。
「いや、流石にスティーブを潰すと、なんのかんの文句言ってあいつは数日休み取るからな。その間俺たちが大変なことになるから無しだな」
スティーブはああ見えて仕事はできるからな。
あいつがいなくなると俺たちが大変になる。
そこはちゃんと考えないと二次被害が大きいな。
となると、セラリア姐さんに直接話を聞いてみるってことになるが……。
万が一、その仕事の内容が、模擬戦などだった場合は、今日一日訓練で潰れる最悪の事態になるんだよな。
セラリア姐さんは負けず嫌いだし、かといってわざと負けても怒る。
真剣にやって勝たないと納得しないタイプなんだよな。
だから、ひたすら長引く。
姐さんの体力が尽きたら、あるいは晩御飯の時間になったら終わるのだが、それまではひたすら模擬戦。
まあ、これも剣とかで条件を同じにした模擬戦なら、姐さんは剣の使い方が上手いから、早く終わる可能性もあるんだが。
姐さんがやりたがるのは、俺たちの本来の戦い方を打ち破って勝つことだからだなー。
銃と剣。それがどれだけ不毛かわかるだろう。
いや、姐さんも流石に俺たちが銃の時は、銃を使うが、そこは練度の差があるからな。
そう簡単に姐さんに撃ち合いで負けることはない。
戦場も俺たちの方がよく訓練に使って知っているからな。
と、結局姐さんと話すのも地雷な気がするんだよな。
「となると、大将に直談判か」
こういう姐さんたちの横暴を押さえられるのは、大将だけだ。
まあ、押さえられないことも多々あるが、度が過ぎるようなことは止めてくれるからな。
「さて、作戦は決まったが、どう連絡を取るべきか……」
ここを脱出するか? そうなると追いかけられるのは当然だな。
スティーブたちが参戦するとなると、逃げ切るのはかなり厳しい。
「じゃ、コールか? しかし、盗聴、逆探知を気にしないといけないか……」
難しいところだ。
盗聴、逆探知はいまだに仲間内の訓練でしか行われていないので、ここの連中は油断している。
しかし、絶対ばれないというわけではない。
だが、逆に言えばばれる可能性が低いという意味でもある。
光学迷彩装置を使っての軍事施設脱出という方法もありそうだが、当然その手段は潰されている。
部屋の窓から、外を見てみると、沢山の狼系や蛇系の魔物がいて、周囲を嗅ぎまわり監視をしている。
光学迷彩装置の弱点は臭い、超音波、温暖認識だ。
意外とこの装置も弱点が多い。
いや、ここまでの性能なら、普通は喜ぶべきことだが、傾向と対策を知っているウィードの連中を相手にするには、弱点が多すぎる。
「となると、やはりコールで連絡しか残っていないか。まあ、バレたらバレたでその時だ」
俺はそう覚悟を決めて、大将に連絡を取ることにする。
コールの出力は最小限に絞り、一応対策はする。
大将、頼む。出てくれ!!
そんな俺の願いは通じたのか……。
『ん? ジョンどうした?』
幸運にも大将が意外とすんなり出てくれた。
『って、なんかノイズがひどいな。魔力枯渇範囲での訓練中か? 事故でもあったか?』
「いや、そうじゃない。実は……」
俺は事の経緯を説明する。
いきなりスティーブのバカが俺の捕縛を命じたこと、それで一時間近く逃げ回っていることなど。
命令元はセラリア姐さんらしいということ。
一体何が起こっているのかさっぱり分からないというと……。
『うーん。何やってるんだあいつら? 金一封ってレクリエーション代から出すつもりか?』
「予算のことはさっぱりだ。とにかく、大将俺はどうしたらいいと思う?」
『とりあえず、セラリアから事情を聞いてみる。ただの戦闘訓練だったら大人しくあきらめろ。というか、四天王全員で相手して、一度コテンパンにしてやれ』
「いや、嫁さんに結構きついな」
『セラリアのバトル好きはなぁ。スティーブたちの仕事が進まないということで被害が大きい。あ、セラリアの仕事も滞ることにもなるのでクアルが怒ってるからな。こっちからも、灸を据えてくれと頼まれてるんだよ』
「ああ、なるほど」
俺たちがセラリア姐さんの相手をして時間を取られるってことは、セラリア姐さんも女王業務が滞っているってことだしな。
大将の許可もあるし戦闘訓練だったら思いきりやって、凹ませよう。
『じゃ、ちょっと待っててくれ。さらに逃亡するかは結果次第でお前が決めていいから。まあ、施設や兵士に被害は出すなよ?』
「りょーかい。でも、馬鹿共が襲って来たらその限りじゃないからな。早めに頼むよ大将」
『おう』
そう言って、大将との連絡を終了する。
一時の静寂。静かにこの倉庫で過ごす。
どうやら、コールの逆探知はされな……。
「ここら辺から、コールの発信があったっす。きっと、きゅうり狂いがここら辺に隠れているっす。光学迷彩装置を使っている奴を探すのにいい訓練っす。金一封もあるから、気合い入れて探すっすよ!!」
「「「おー!!」」」
と、部屋までスティーブたちの声が響く。
ちっ、やはりコールを逆探知されたか。
幸いかどうかわからんが、正確な位置が分かっていないのが救いだな。
というか、逃げる俺を捕縛するのを訓練の一環にしてやがるとはな。
こうなることも織り込み済みか。
あのやろー、これは後で迷惑を被ることになってでも、殴っておくべきか?
そう、覚悟を決めて飛び出そうとすると……。
「どうしたっすか大将?」
ん、どうやら、大将がスティーブに直接連絡を入れたようだ。
「え? セラリアの姐さんがしたかったことって土木作業じゃなかったっすか?」
なにか、スティーブの言葉に戸惑いが混じっているように聞こえる。
というか、俺たちを土木作業に回すつもりだったのかよ。
「あーあー。なるほど。了解したっす」
どうやら、話が終わったようだ。
すると、今度は、大将からコールの連絡がくる。
『話はつけた。スティーブが襲うようなことはないはずだ』
「目の前で話してたのをきいていた」
『そうか、なら話は早い。じゃあ、そのまま出て行って、セラリアの所に行ってくれ。特にひどい内容じゃない』
「了解。今から向かう」
ということで、俺は光学迷彩装置を解除して、倉庫を出ると、そのすぐ先にたむろしているスティーブたちがいた。
「あ、そんなところにいたっすね。ようやく観念したっすか」
「いや、大将から話はきいたからな。普通に出向くことにした」
「ちっ、聞いたっすか。でも、戦闘訓練よりも厄介ごとになるかもしれないっすよ?」
「その時はその時だ。だが、今は……」
俺はすっとスティーブに近づいて、一発入れる。
「ごふっ!? ジョン……なにを……」
「俺を賞金首にしておいてなにを不思議そうにしてやがる。まあ、これで俺は出頭。金一封は無くなって、全員無駄働きとなったわけだ」
「「「!?」」」
俺の最後の言葉で顔色が変わる部下たち。
そりゃー、誰でももらえるはずのご褒美が無くなればがっくりだよな。
そんな部下をよそに俺は、セラリア姐さんの所へと赴くと……。
「はい。ジョン。これを着なさい」
そういって、笑顔のセラリア姐さんに渡されたのは、祝い事用の黒袴。
どうやら戦闘訓練ではないとは思ってたが、まさか服を渡されるとは思わなかったので、固まってしまった。
「え? えーと、なんでまた?」
「ああ、地球では来年の干支は亥(いのしし)なのよ」
「それがどういう……」
「ジョンは、イノシシでしょう?」
「いや、オークですけど……」
「似たようなものよ。干支って言うのは、ゲン担ぎみたいなの。いのししの肉には無病息災の象徴って意味があるらしくて、特徴としては勇気と冒険だって。私たちにぴったりだと思わない?」
「はぁ」
いかん。完全に暴走している。
「本当に面白いわよね。こういう信仰って。これからは、ウィードの文化に干支をとりいれるわ。これでグッズとかの販売も伸びるでしょうし。産業振興よ。職人たちもいい表現の場ができていいわ。」
いや、大将の何かに結び付けることも相まって、面倒になってやがる。
ここは、さっさと逃げないと、俺の年末年明けがなくなる。
そう思って、逃げ出そうとしたが……。
ガシッ。
恐ろしいほどの強さで掴まれて……。
「じゃ、来年一年、年男の代表、そして干支の象徴として頑張りなさい。始めに、大々的に干支を広めるために、年明け、ジョンは正装して、色々活動してもらうから」
笑顔で年末年始休みなし宣言をされたのであった。
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