落とし穴129堀:働く人のクリスマス予定

働く人のクリスマス予定



Side:カグラ



「ふっー」


私は両手に息を吐きかけて、手を温める。


「もうすっかり寒くなったよねー」

「はい。冬ですね」


私の行動に、ミコスやソロがそう答える。


「そうね」


私は2人にそう返事をしつつ空を見上げると、どんよりと灰色な空が広がっていて、寒さを助長させる。

そう思っていると、急に強い風が吹いてきて、私たちを打つ。


「ううっ!? さむ!! カグラ、ちょっと喫茶店寄って帰ろうよ」

「……ですね。ちょっと暖まって帰りましょう」

「……ええ。今日の仕事は終わったんだし、行きましょう」


ミコスの提案にうなずいて、ユキから提供されている家に真っすぐは帰らず、ウィードの商業区へと足を運ぶと……。


ワイワイ、ガヤガヤ……。


なぜか、年末の冬を迎えて、普通であれば厳かに過ごすことが多いはずなのに、ウィードの商業区は多くの人でにぎわっていた。


「まあ、ウィードが冬の厳しさ程度で、生活が左右されるわけはないと思っていたけど……」

「実際見てみると凄いよね~。貧乏貴族のうちなんて、冬は飢えたり凍えたりしないように、一年かけて溜めてきた備蓄を細々と使いながら、なんとか凌いでたんだけどね~」

「……私は、冬の森にいって、小動物を狩ってました。食べ物がないから」

「普通は、ミコスやソロみたいに、生きるのに必死な時期よね。お父様の公爵領だって、毎年のように、飢えや寒さで死ぬ領民はいるもの」


お父様も毎年毎年、そういうことが無いように必死に手を打っているけど、やっぱり自然は厳しくて上手く行かない。

そして、その現実を私は、お姉さまと一緒に見せられたことがある。

寒さからきっとなんとか守ろうとしたのだろう、子供抱えたまま、一緒に凍死している母親。


『いいかい2人とも。私たちはこんな人たちが出ないように、良く領主を努めなければいけない。そして、自然を甘く見てはいけない。自然は優しくもあり、厳しくもあるのだから』


そう教えられたことを思い出す。

あの時は、大泣きしたっけ。

こんな理不尽なことがあっていいのか、助けてあげればよかったのに、お父様の薄情者と責めた気がする。

冬っていうのは、本来は生きるのにとても厳しい時期。

だけど、ウィードではこんなに笑顔で人々が年明けを待っている。

必死に冬が通り過ぎるのを待つのではなく、新しい年を迎えるために笑顔でいる。


「……すごいわね」

「……うん。そうだね」

「はい。凄いです」


私とミコスは、為政者としての実力の違いを再び思い知らされ、ちょっと自分の力の無さにがっくりしている一方、ソロは純粋に、人々が何も困ることなく、冬を過ごせるように街を作っているユキを褒めている。

そんなことを思っていると、不意に私たちの後ろから一団の子供達が走り過ぎる。


「もうすぐクリスマス会だろー。何か買わないとな」

「でも、お金がないよ~」

「そういう時はギルドに行こうぜ」

「何か仕事があるといいな」


何やら聞きなれない言葉と共に走り去っていく子供たち。


「クリスマスってなにかしら?」


私がそう聞くと、ミコスが驚いた顔になって……。


「え? カグラは知らないの? クリスマス」

「知らないから聞いているのよ」

「うわー。遅れてる。ソロは知っている?」

「え? あ、はい。年末前のウィードのお祭りですよね」

「年末前のお祭り?」


どうやら、ソロも知っているようで、ミコスの遅れているという言葉は真実のようだ。


「はい。たしか12月の24日、25日のことを、クリスマスイブ、クリスマスって言うらしいです。詳しくは知らないですけど、その日は色々パーティーとかするみたいですよ。ほら、あそこのお店のポスター」


ソロに言われて、ポスターを見ると確かに、今年のクリスマスは美味しいケーキと美味しい料理で迎えましょうと書かれている。

そのポスターの中には赤い服をきた白髭の御爺さんやシカみたいなのもいる。


「ふふん。ソロに代わってミコスちゃんが教えてあげよう。クリスマスって言うのは、地球の、ユキ先生の故郷でやってたお祭りの1つで、元は偉い人の生誕祭なんだって。今はその生誕祭でお祈りをするのは真面目な教会とかで、一般の人たちはこうして、家族や恋人と過ごす日になっているんだよ」

「へー。って、それ全部ユキからの受け売りでしょう?」

「そうだよ。ユキ先生とこの前、商業区でばったりあって説明してもらったからね。そして、ポスターに写っている人はサンタさんっていって、今年いい子にしていた子供たちにクリスマスプレゼントを配ってくれる人なんだって」


ちっ、しれっとミコスはユキと会っていたわけね。


「ばったりというか、ユキ先生はその時学校の子供達のプレゼントを買いに来てたんですよ。クリスマスの準備だとかで……」

「あ、じゃあ、さっきの子供達が言っていたクリスマス会っていうのは……」

「多分、ウィードの学校でやるイベントなんだろうね。ユキ先生ってこっちでもしっかり先生しているよねー」

「というか、学院にはあまりいなかったですけどね。ユキ先生たちは」

「ソロの言う通りだけど、授業内容は雲泥の差だったわよね。学院の教員たちが悪いってわけじゃないけど」


ちょっと比べること自体が間違いな気がするレベルなのよね。

それはミコスやソロも同じ意見らしく頷いて。


「だよね。タイゾウ先生の授業とか、毎回満員というか、立ち見の人もいたし、実験も面白かったし」

「ですね。私は年下で参加できず、授業の内容はしらないですけど、それでもユキ先生やタイゾウ先生の話は聞きましたし、ウィードに来てから色々教えてもらうたびに、凄いなーって思ってます」

「そうよね。って、いけない。話がそれたけど、ユキもクリスマスの用意をしているのね」

「あ、そうそう。というか、発案者はユキ先生なんだし」

「ですね」


そこで私はあることを思いついた。

ユキがわざわざやっている祝い事なら……。


「じゃあ、私たちもクリスマスに参加するべきかしら?」


そう。私たちも参加するべきじゃないかと思ったの。

でも、なぜかミコスやソロの反応は芳しくなく……。


「あーどうだろう? 別に強制参加ってわけでもないみたいだし、ミコスちゃんたちが参加できるのかな? 学校とか、この前のゴタゴタで行ってないし」

「ですよね。しかも、お仕事がありますし……」

「そうだったわ」


一応私たちはウィードの学校へ編入生という形をとっているのだけれど、その編入する理由になった不登校の子供達の問題はハイレン様があっという間に解決してしまったし、あれから結構忙しくして、学校に通っていないのに、何をいまさらクリスマスだけ顔を出していいかとか聞けるわけないわよね……。

その上、外交官の仕事もあるし。大陸間交流が始まって私たちも大忙しだし、そんな休みが取れるわけないわ。姫様が休みなんてくれないもの……。


「「「はぁ……」」」


絶望のクリスマス。

いえ、私たちは所詮異国の民。

こんなイベントとは無関係だったのよ……。

ため息と共に落ち込む私たちだったのだが……。


「……なに、全員うなだれてるのよ?」


不意に声をかけられて、顔を上げてみるとそこには、エノラとスタシア殿下が立っていた。


「あ、いや。ちょっと、落ち込んでただけよ」

「具合でも悪いのですか?」

「いえいえ。ミコスちゃんたちは元気ですよ」

「その割には、妙に元気がないわね」

「そ、そうですか?」

「ええ。先ほどの様子といい、何かあったのですか? お互い、同じ大陸の者同士。結束して外交に当たることも必要です。秘め事でなければ相談に乗れますが?」

「そうね。スタシア殿下の言うように、問題の無いことなら、話しなさい。今更気を使う間柄でもないでしょう? ほら、あそこの喫茶店で」


まあ、隠す様な事でもないし、元から喫茶店でも寄ろうという話だったので、温かい飲み物を飲みつつ、クリスマスなのに働かなくてはいけないことを話すと……。


「あー、周りが楽しそうなのに、自分たちだけ働くのは来るわよね。私もよくあるわ」

「私も経験がありますね。皆楽しんでいる時に、警備につくことは多々ありますから」


不真面目とか言われるかと思ったけど、意外にも共感してくれた。


「エノラもそういうことあるんだ。てっきり、司教代理だから、ミコスちゃんたちとは違って、こう俗物的なことは関わらないし、興味もないって思ってたよ」

「私を何だと思ってるのよ。これでも小さい頃はカグラやキャリー姫とやんちゃしたんだから。でも、スタシア殿下も同意してくれるとは思わなかったわ」

「私も人の子ですよ。私も皆で遊ぶということをしてみたかった。まあ、アージュのことがあって楽しめなかったというのもありましたが、それももう解決していますので」

「そういえば、アージュ様とは?」

「セラリア女王陛下、ローエル殿下などに協力してもらって、今では関係は良好ですよ。ですが、お互い忙しい身ですから、お互いクリスマスの休みは取れそうにないです」

「働くって、大変よね。あー、休みが欲しいわ」


そう言うエノラの言葉に皆ウンウンと言いながら、紅茶を飲もうとすると……。


「それなら、私に任せなさい!!」

「「「ぶっ」」」


いきなり、テーブルの横で大声を出されて、驚いてお茶を吹き出した。


「げほっ。ごほっ……。いきなりなによ。驚くじゃない!!」


そう言って声のした方へ振り向くと……。


「ハイレン様!?」


お茶をぶっかけられたエノラは汚れた顔を拭くこともせず、直ぐに立って固まる。

そう、そこには、我が大陸では伝説の女神様である、ハイレン様が……。


「……なんでナース服なんですか? ミコスちゃんに分かり易く教えて欲しいです」


ミコスの言うように、なぜかナース服で立っていた。


「ん? ああ、簡単よ。教会に来る子供たちもいるし、私が個人的にプレゼントをあげたい子も沢山いるからね。教会のお給料じゃ足らないのよ。だから働いてるの」


ああ、なるほど。

ハイレン様にとっては教会に次ぐ天職だと思うわ。

元々、回復術士としてご先祖様たちと一緒に戦ったっていうし。

でも、なぜかハイレン様は不満そうにして口を開く。


「リリーシュ様に頼まれて、病院でナースをね。でも、本当はお医者様がいいって言ってたんだけど、ルルアやエルジュ、リリーシュ様が絶対ダメだっていうのよ。回復魔術での治療のみだって。薬とか使ってみたかったのに」


ああ、それは仕方がない。

薬と毒は表裏一体だもの、ハイレン様は結果的には成功するだろうけど、それに至るまで私たちが苦労するのは目に見えているわ。

ナイス、リリーシュ様たち。


「あのー、それで、ハイレン様。私に任せなさいっていうのは?」

「はっ!? ソロに言われなきゃ忘れるところだったわ。クリスマスのことは私に任せなさい。関係各所に掛け合って、皆をお休みにしてあげるわ。私はウィードじゃあまり立場がないけど、故郷では強いからね!」


えっへんと胸を張るハイレン様。

確かに、ハイレン様から言ってもらえれば、何とかなると思う。


「私も、クリスマスに参加してみたかったのよ。ほらリテア教会はリリーシュ様が御祈りっていうからね。私が独りで学校のクリスマスに参加するわけもいかないし」

「なるほど。それは助かります。ハイレン様に頼んでもよろしいでしょうか?」

「任せなさい。スタシア。クリスマスの用意をしてあげるわ。と、そろそろ買い出しから戻らないと怒られるわ。じゃ、またね。準備が出来たら、コールで連絡するわ」


そう言って、あっという間に外へ出て駆け出していってしまうナース女神様。


「なんだかんだで、本当にハイレン様って女神よね」


エノラが顔を拭きながら言う言葉に、全員で頷くのであった。


さ、クリスマスが楽しみだわ!!



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