第788堀:あれからどうなってこうなった?

あれからどうなってこうなった?



Side:ミリー



ズズン、ドーン、ドカーン……。


そんな大爆音を最後に辺りが静かになる。

もうもうと土煙が巻き上がっているが、それも徐々に晴れていき、視界が開けていくと……

目の前には、私の剣を首に当てられたデリーユがいて、そんな私のあご下には拳が当てられている。


「やるのう。てっきり、事務仕事に、子育てと忙しくしておって、鈍っていると思ったが」

「そうでもないわよ。というか、相変わらずよね。魔王様」

「はっ。何をいうか。冒険者ギルドの受付嬢が魔王と打ち合える方が異常じゃろう?」

「それはもう、愛の力ですから」


そう言って、お互い微笑んでいると、ユキさんから声がかかる。


「はい。そこまでー。引き分けな」

「引き分けだよー」

「引き分けなのです」


声がした方向を見てみると、ユキさんだけじゃなくてみんなが駆け寄ってくる。


「思ったよりずいぶん豪快にやったな。おかげでシーサイフォ軍の宿営地の準備をしている伯爵の一派は目が点になっていたぞ。ナイス」


そう言われて、準備をしているあたりを見ると、多くの兵士がこちらを唖然としながら見ているのがわかる。


「アスリン様とフィーリア様の時も大層驚いていましたが、今回はその比ではありませんね」

「まあ、ここまで酷くあれこれ吹き飛ばせば、驚きもしますよ」


サーサリがあたりを見回しながら言うので、私も一緒に辺りを見回すと、綺麗な草原だった一角が、でこぼこの荒野と化していた。


「カグラとエージル将軍の魔術戦も驚きましたが、まさか、ただの近接戦でここまでになるとは」


訓練を推奨していたキャリー姫も驚いているようで、みんなと同じように辺りを見回している。


「いえ、姫様。私の魔術ではとてもここまでは……」

「僕も同意だね。まあ、魔剣と僕の魔力を全てかき集めればできないことはないけど、一度きりだからね~。ここまで大盤振る舞いはできないよ。というか、2人はまだまだ余裕があるしね」


と、私たちの前に訓練を披露していた2人はここまではできないという。

なんか私たちが無茶苦茶やったみたいな流れになってない?


「別に、これぐらいはウィードではいつもの感じよね、デリーユ」

「うむ。まあ、専用の訓練場所でやるからのう。これでも抑えているぐらいじゃ。なあ、皆?」


デリーユがそう言うと、ウィードのメンバーは全員頷く。

そして、他のメンバーは沈黙する中、辛うじてスタシア殿下が口を開く。


「まあ、以前、ハイレ教総本山に乗り込んだ時にはある程度、ウィードの訓練の過烈さは理解していましたが……」


ああ、そういえばスタシア殿下はウィードに訓練しに来たことがあったわね。

そして、それに続くように、カグラたちも思い出したようで……。


「ミコスちゃんたちの時とは段違いなんですけど……」

「こんな訓練だったらもう死んでます。でも、あの訓練も怖かったですけど」

「そうね。恐怖の家とか、ゾンビだらけのダンジョンとか、夜の学校とかは別の意味で物凄いものだったわよね……」

「……ああ、学校は酷かったわ」

「エノラは、あの時が初めてだったからね」

「あれはすごかったです」

「そうよね」

「ええ。あれはすごかったわ……」


そう言いながら顔を青ざめさせている。

まあ、あの恐怖の家やゾンビダンジョンは意図的かつ重点的にやったものだからね。

最後の学校の方は、ルナが勝手に遊んでただけ。なんだけど、怖さはぴか一よね。


「ま、訓練って言っても方向性が違うからな。スタシア殿下やカグラたちが訓練した目的は生き残るためと、悲惨な状況下で冷静さを保つためだからな。ほれ、学校近くの町での事件後、しばらく具合悪かっただろう?」

「あれは……思い出したくないわ」

「ひどかったよねー」

「しばらく、ご飯が食べられませんでした」

「確か、総本山で私がやられていたような拷問が行われていたのよね? それを何も準備無しに行って目にしたらそうなるわよ」


私もその資料は見たけど、まあ嫌悪感MAXでひどい状況だったわ。

娘も生まれたばかりの時で、もう最低って感じだったのよね。


「で、今回の訓練は純粋に、運動とかそう言う意味が強いからな。あれだ、体力測定」

「体力測定ですか?」

「そうだ。キャリー姫もその目で見てわかったと思うが、俺の嫁さんたちが辺りの被害を考えずに動くとこうなる。これは、密かにとか、相手を殺さずにというのとは、趣旨が異なるのは分かるか?」

「なるほど。私たちが受けた訓練は、実戦向け。今回の訓練は限界を知らしめるための訓練ということでしょうか?」

「そういうことだ。まあ、もちろん最初にキャリー姫が言ったように、反抗精神溢れる伯爵さまへの牽制が一番の目的なんだが……。本気を出せばこれ以上もできるだろう。なあ、ミリー、デリーユ」


そう言って、ユキさんが聞いてくるので……。


「まあ、あれ以上となると、ちょっと頑張らないといけないですけど、イケるわよね、デリーユ」

「うむ。しょせん単に壊すだけじゃからな。まあ、大規模に魔術を使わなくてはいけなくなるが」


素直に答えておく。

でも、大規模に壊すだけのことで、使い勝手が悪いのよね。

それで、私たちの答えを聞いたキャリー姫たちはというと……。


「これ以上ですか。本当にユキ様と敵対しなくてよかったです」

「ですね。そうなればハイデンだけでなく、フィンダールも滅亡は必至だったでしょう」

「ハイレ教もよ。というか、カグラも良くユキ殿たちを説得できたわね。奥さんや子供さんも一緒に召喚したんでしょう? 普通王族の誘拐罪で死刑じゃない?」


エノラの言う通り、当初はぶち殺す気満々だったわ。

なにせ、ユキさん、アスリンやヴィリアたちも、そして妊娠していた私たちに加えて、サクラたちもだからね。


「……説得というか、ユキの温情で助けられたというか、簀巻きにされたというか……」

「……そんなことありましたね。あの時ばかりは、お馬鹿を装っていてもこれは不味いと思いましたもの」


そういえば、あの時のお花畑なお姫様は演技だったのよね。

それを考えると、あんな状況でそれを貫くって凄いわね。

セラリアたちが姫として称賛するわけだわ。

あの時は必死にお腹のユミを守るので精一杯で気が付かなかったけど、今思い出すと、並の度胸じゃないわね。


「ま、昔のことはいい。こうして協力しているからな。で、お馬鹿姫って話で思い出したが」

「……お馬鹿姫」

「姫様、自分で言ったことですよ」

「いえ、分かっていますが、人から言われるとなかなかずきっと来ますわね。あ、話の腰を折って申し訳ありません。続きをどうぞ」

「いや、俺もちょっと気遣いが足りなかった。それで、話の続きだが、当時は叡智の集って連中がいて、現王家派と旧王家派が入り乱れて混乱していただろう? そこらへんはどうなったんだ? ハイレ教にいたアクエノキの関連の対応で俺たちは全くノータッチになっていたが」


あ、そういえば、キャリー姫がお馬鹿姫を装っていたのは、その旧王家派と現王家派の衝突を避けるためよね。

その黒幕だった叡智の集は解散というか、ユキさんたちにまでちょっかいを出してきたからハイデンにいた連中は始末したけど、結局のところ、元々問題であった旧王家派と現王家派の和解が出来たわけじゃない。

そもそも、国っていうのは、そういう派閥があるものだからね。

私も最初は何もしらない小娘だったけど、ユキさんと旅というか、色々な国をめぐってそれを理解した。

どこもかしこも人々にはいろんな思いがあって、それを達成するために動いている。

良し悪しはあるけれどね。

と、そこはいいか、今はハイデンの国内情勢の話だ。

結局、叡智の集というアクエノキの裏からの侵略が去ってから、ハイデンがどうなっているのかということ。


「……そうですね。叡智の集の連中はどちらかというと、現王家派に属しており、あの時の騒動で、随分と現王家派が減り、逆に旧王家派が盛り返しました。まあ、私が活躍したこともあるでしょうけど」

「まあ、当然の話だな」

「ええ。当時は陛下、叔父様に母親を隔離されたかわいそうな王女様という位置づけでしたからね。ですが、叡智の集は裏に、ハイレ教会がいたことで、当時のいがみ合いは一時止まりました。まあ、あんな魔物を見た後でしたからね。そんな危険な連中を内に入れておくわけにはいかないと、協力をいたしました」


確かに、あんな状況でお互いいがみ合っているわけにはいかないわよね。

というか、そんなことをしていたら、ハイデンがどうなっていたかわからないわね。

アクエノキが暗躍していたんだし、魔物の大氾濫でも起こっていたかも。


「まあ、互いに協力した背景には、旧王家派の筆頭である私が叔父様である陛下と手を取り合って協力したのが一番大きいでしょう。筆頭がやりあう気がないのに、下がいがみ合っても処罰されるだけですから」

「なるほどな。で、あの伯爵連中は、その影響を受けなかった運のいい奴らだったわけだ」

「はい。王都、王宮勤めではない地方の貴族たちは、あの問題で被害を被ることも、脅威も知ることなく、今回のことでこの場に集められました。そして、それは新たな現王家派と旧王家派に対し招集をかけたことになったのです」


ああ、ようやくここの連中がカグラたちに対して露骨なバカな真似をしていた訳が分かったわ。


「つまり、こっちに来てからカグラたちの協力要請は拒み続けていたのは、旧来の現王家派ってことね? ただの男尊女卑だけじゃなかったんだ」

「はい。ミリー様のおっしゃる通りです。私も、なぜかと思いつつ話し合いを続けていてようやく気が付きました。彼らはまだ現実を知らないのです。陛下もその事実に昨日ようやく気が付いたようです。男尊女卑だけでは流石にあそこまで反発しないだろうと」

「なんとまあ、随分と情報に疎いようじゃな」


デリーユの言う通り、情報に疎いわね。

って、スムーズな情報伝達はウィードだから可能なことよね。

一瞬で連絡なんて取れるわけないんだし、これぐらい遅れて当然かな?

でも、今後のことを考えると、しっかり情報収集しないとね。

私たちだって情報を集めるためにこうして、自分の足で来ているっていうのに。


「申し訳ございません。今回のことは、シーサイフォ王国の軍が来るということで、集めた地方の貴族の情報伝達の遅れというか、信じない貴族たちによる反発が原因なのです。現王家派にとっては、私という旧王家派の人間が独り台頭しているように見えるのです。もともとウィードで行われた国際交流会議にも参加させなかった連中ですので……」

「「「ああ」」」


納得。

最初から騒動の種として大陸間交流から省いていた連中をシーサイフォ王国が来るということで急遽集めたわけね。

ウィードのことを言葉でだけ伝えられても、誰も信じないわよ。

それだけははっきりとわかる。

まあ、それでも王命に逆らうような行動はどうかと思うのだけれど、それも今後の生き残りをかけたって感じで必死だったわけね。


「さらに、元々伯爵は国境を預かる立場ですので、戦力を現在のように王都へ割いている状況は面白くないでしょう」

「確かにな。その伯爵が守っている国境は問題ないのか?」

「はい。もちろん、そちらの方は問題がないようなので、こちらに出向いて頂いたのです。ですが、ハイデンの現状についていけず、ハイデン全体の足を引っ張ってくれましたので、今回こうして、ウィードの方々の実力を知ってもらったというわけです。これで、今後はやりやすくなるでしょう」


だから、私たちに訓練しろって言ったわけか。


「ユキさん。わかってました?」

「詳細はさっぱりだな。でも、訓練をすることでこっちの実力を見せつけるってのは理解していた。ミリーもわかっているだろう?」

「ええ。ああいう輩には、目の前で実演するのが一番効きますからね」

「冒険者ギルドは大変じゃのう」


デリーユの言う通り大変なのよ。

世間を知らないバカには、冒険者になりたがるのも多いし。


ん? これって私の冒険者ギルドの仕事の延長のように思えてきたけど、気のせいよね?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る