第787堀:草原で訓練

草原で訓練



Side:デリーユ



「はっ!!」


妾が気合を入れて、拳を地面にたたきつけると、そこを中心に地面が一気に陥没する。


ズンッ!!


「ひぃっ!?」

「うそっ!?」

「あわわわっ!?」


陥没する地面をみて、カグラたちが慌てて飛び退くが、地が陥没する余韻による揺れに足を取られていて、うまく退避できない。

甘いのう。

妾が動いた時点で、移動を始めなければ回避は間に合わん。


「初動が遅い」


妾はそう言いながら、まずはソロの正面へと一足飛びで近寄り、


「いくぞ」

「ちょっ!?」

「敵は待ってくれん」


3人のアホな会話を無視して、無防備なおなかに拳を叩きこむ。


「ごぼっ!?」


年頃の女性のものとは思えないような声を出して吹き飛び、転がった先でお腹を押さえたまま蹲る。


「うえっ……」


いや、吐いたな。

まあ、気持ちよく入ったからな。

で、その様子を見たカグラは動揺し……。


「ソロ!?」

「カグラ!! だめ!!」


ミコスが注意を促すが、その隙は命取りじゃよ。

同じように一足飛びで接近し、拳を……。


ビュン!!


「ほう」


ピュピュン!!


打ち込む寸前に、脇から繰り出されたエージルの剣戟を回避し、剣の範囲から離脱する。

しかし、後退した妾をエージルは追撃することなく、油断なく片手で剣を握り、小型盾を構えている。


「あの短時間に、3回も振るとはやるのう。流石は現役で将軍を務めているだけあるのう」

「あれをあっさり躱しておいて、褒められても微妙だね~」


うむ。この切り返し方も流石じゃな。

戦いの中でも余裕を保っている。

真剣なのはいいことじゃが、戦いの中であまり真剣になりすぎると、視野が狭くなるからのう。


「さて、カグラ、ミコス、ソロ。あまい気持ちで訓練すると大怪我をするのは、デリーユの一撃を見て、喰らって分かっただろう? 次から真面目にやらないと、私が斬るぞ。いつまで学生気分のままでいやがる」

「「はいっ!!」」

「ごほっ、ごほっ……。はい」


エージルのドスの効いた声で、カグラたちはうろたえ慌てた様子から、目に力が入るのが分かる。

ようやく真剣になったのう。


「よし、ならば、もうちょっとペースを上げるぞ」


そう言って、妾は4人に向かって突っ込んでいくと、先ほどとは段違いの速さで、カグラたちが連携して魔術攻撃を撃ちこんでくる。

流石魔術学院の生徒、実戦を想定しているだけあって、しっかりすればまともな魔術攻撃ができるのじゃな。

しかし、この程度の石つぶてなど……。


「ふっ」


バキッ、ゴスッ、メキッ、パパパッ!!


妾の拳で何とでもなる。


「うっそ!?」

「ちょっ、拳で!」

「……ごほっ。こなくそ!!」


カグラとミコスは存外撃たれ弱いのう。ちょっと意外な行動をされると固まる悪い癖があるようじゃ。

だが、ソロの方は先ほど一撃をもらったからか、それとも肝が据わっているのかは分からんが直ぐに次の攻撃をしようとする。

じゃが、3人揃ってではなく、ソロ1人だけの攻撃で、妾の動きを止めることはできんよ。

妾は魔術攻撃をあっさり躱して、カグラたちに再び一撃を……。


ドスッ、ゴスッ。


「うぐっ」

「かはっ」


加えようと思っていたら、エージルが2人を殴って吹き飛ばした上で、妾の拳を防ぎつつ、魔術を放とうとしてくるので、即刻離れる。

そのとたん、魔剣が放電し始めてバチバチ鳴る。


「ちっ。流石はデリーユ。いつまでも触ってないか」

「うむ。感電のダメージはユキ相手で何度も喰らったからのう」


危ない危ない。電撃だけは本当にいかん。

ダメージ自体はあの電力なら特に問題にならんじゃろうが、どうしても筋肉が引きつり上手く動けなくなるからのう。

ユキの魔術防壁によくやられたわ。

で、そんな感じで距離をとっていると、エージルは殴って吹き飛ばしたカグラたちに声をかける。


「いい加減にしろ。お嬢ちゃんたち。ちょっと意外な行動をされたからって一々固まるな。死ぬよ。ソロを見習え」

「は、はい」

「りょ、了解……」

「ぜっ、ぜっ……」



とまあ、こんな感じで、妾たちがなぜ訓練をしているのかというと、やることが無いからである。

いや、カグラたちを鍛えるという必要性はあるから、暇というわけでもないのじゃがな。

で、最初にやっていたシーサイフォ王国の受け入れ準備はどうなったのかというと。


『どうしても、シーサイフォ王国を迎え入れる準備がしたいとのことで、あの馬鹿共、コホン。伯爵以下その他の貴族たちに後を任せることにいたしました。』


と、キャリー姫が笑顔で言ってきて、設営準備などは妾たちの手から離れることになったのじゃ。


あの荷物運びの結果、キャリー姫に協力していなかった連中の顔、面目は丸つぶれ、アスリンたちに荷運びで負けたからのう。

ついでにカメラなどで証拠も残していたので、処罰は避けられない状況になったわけじゃ。


カメラのことなどは、地方から集められた貴族連中はしらんからのう。

一度、叡智の集とかいう連中を叩きだすために使用した後は、シーサイフォ王国の使者との会話記録の為に使っただけで、今回の招集で来た連中は知らなかったというわけじゃ。

最初は、あれだけのことがあったのに、なぜキャリー姫に協力しないかと不思議じゃったが、あの連中、最初から最後までカヤの外だったらしく、その後初めて王都に集められたのが原因じゃったわけじゃな。

だから、カグラたちの成果に疑問を抱き、優遇に不満があったというわけじゃ。

そして、何も知らないからこそ、シーサイフォ王国の復興支援軍も舐めており、のらりくらりとした対応をしたというわけじゃな。

ま、だからと言って、王命に逆らうのはただのアホじゃがな。

けれど、こうして証拠を突きつけられて、クビが飛ぶ一歩前まで行って、残りの受け入れ準備を担当することになったわけじゃな。


『あれだけ、大きな口を叩いていたんですから、見事にこなして見せるでしょう』


と、そんな感じで無茶ぶりをされて、必死にやっているというわけじゃ。

まあ、無論さぼる、逃亡する可能性もあるので、こうして妾たちは監視を兼ねて、この場で訓練しているのじゃ。

連中もここで逃げ出せば後はないから、逃げるとは思わんがな。

さらに、流石に本当に間に合わないようであれば手伝う予定ではあるから、迎え入れ準備が間に合わないなどということはないわけじゃ。



と、そんなことを考えていると、エージルたちが拙い連携ではあるが、攻めかかってくる。


「訓練中に考え事とは余裕だねっ」

「まあのう。戦いながら考えないと、詰むからのう」


特にユキとの戦闘訓練ではうかつに手を出すと終わるという理不尽があるからのう。

妾はエージルの剣を躱しつつ、ミコスたちの魔術に対処していると、不意に声がかかる。


「おーい。そろそろ終わりにして、いったん昼ごはんにしよう」

「ごはんだよー」

「ご飯なのですー」


ユキたちからの声で、もうそんな時間かと、思っていると……。


「土竜!!」

「む?」


魔術攻撃に参加していなかったカグラが、魔術を放ってきた。

もぐらと叫ぶと、一気に足場の固い土が耕したてのような柔らかい土となり、踏ん張りがきかなくなり、バランスを崩す。


「おっと」


その期を見計らって、エージルがこちらに飛び込んでくる。

一言も言葉を発することはなく、ただ斬りに来る。

声をだして気合いを入れるのもいいが、こういう冷静な斬りかたも良い。

だが……。


クンッ。


「うえっ!?」


先ほどまでカグラたちを叱っていた、エージルから驚きの声が聞こえる。

まあ、仕方なかろう。

なにせ、妾はその剣戟を受け流したんじゃからな。

小手で受けるのでなく、受け流す。


ビリッ。


小手を通してエージルの魔剣から出た電撃がこちらに流れてくるが、受け流したので、最小限のダメージで済み、一方こちらに踏み込んだエージルはカグラの魔術で柔らかくなった地面に足をとられてしまい、大きな隙ができ……。


「残念じゃったな」

「ちょっ、まっ……」


ゴスッ!!


と、気持ちよく顔面に一撃を入れて、エージルがダウン。

それで午前中の訓練は終わりお昼を迎える。



「最後のは惜しかったのう」

「なにを言っているんだい? あれだけ気持ちよく殴っておいて。どう考えてもあれは誘いだった。あむっ」


そう言いながら、おにぎりをほおばるエージルの鼻は赤くなっている。


「全く、アスリンちゃんの治療が無ければ、僕の可愛い小鼻は血まみれのままだったよ」

「綺麗に入ったからのう」


エージルは顔面に一撃を貰った勢いで綺麗に放物線を描き、地面に落下したあと、しばらく転がって停止したからのう。

正直、やり過ぎたかと思ったわ。

じゃが、そこはさすが将軍であり、魔剣使いである猛者。

普通に生きておった。タフさだけは素晴らしいものがあるのう。


「まったく、ユキが慌てて近づいてきたから、顔を隠すのが大変だったよ」

「そうね。ユキはもうちょっと女性の気持ちを分からないとだめよね」

「そうですね。心配なのはわかりますが、もうちょっとですね……」

「え? あの吹っ飛び方で心配するなとかないだろう? なあ、ミリー、キルエ、サーサリ」

「えーと、女性には死んでも守り通したいものがあるモノで」

「ミリー様の言う通りです。旦那様はエージル様が吹き飛んで心配だったのはわかりますが、本人は普通に起き上がり、大丈夫だといったのですから、そこは察するべきだと」

「ですねー。そのまま倒れたままならアレですけど、拒否しましたからね」


妾としては、今更鼻血出したところを見られても何とも思わんのじゃが、まあ、エージルとしては思うところがあったのじゃろうな。


「エージルお姉ちゃんは思ったよりも重症だったよー。もうちょっと安静にしておかないとだめだよ」

「そうなのです。アスリンと一緒に様子を見た時には危なかったのです。骨が折れてたのです。下手すると失明なのです。兄様に頼る寸前だったのです。デリーユ姉様はもっと手加減が必要なのです」

「うむ。正直すまんかった。実際、あの連携は上手かった」


お陰でつい力が入った。

で、妾がそう言うと、キャリー姫たちが口を開く。


「よかったです。エージル将軍が怪我をした理由が、カグラたちのサポート不足などといわれたらと、冷や汗ものでした」

「普通に外交問題になりかねませんからね。でも、私も参加したかった」


あー、外交問題になる可能性もあったのう。

まあ、エージルはそんなことで問題にするとは思えんが。

そう思っていると、エノラが口を開き……。


「何を言っているんですか、スタシア殿下。あの中に参加とか……。でも、あの動きはすごかったわよね。よく反応できたわね」

「いや、反応できずに、ぼこぼこだったけどね」

「うんうん。ミコスちゃんは後ろから魔術を撃つだけで精いっぱい」

「私は吹っ飛びましたし。というか、地面を拳で陥没させるとか、想像もできないですよ」


いや、わりかしユキは落とし穴系はよくやるぞ。拳じゃないがのう。

と、そんなことを話している間に、ユキがキャリー姫と話を始めている。


「しかし、キャリー姫。こんな風にのんびり訓練してていいのか?」

「ええ。構いませんわ。私たちが監視役といわれて、舐めていますからね。まったく懲りないことです。田舎者はこれだからとは言いませんが、田舎だからこそ男尊女卑の風習がより強いのでしょう。だから、こうして訓練をしている姿をみせれば、手を出してこようとは思わないでしょう」

「なるほどな。現実を教えているわけか」

「ユキ様たちの実力は想像を絶しますからね。それを言葉で言って聞かせただけで判れというのは難しいかと思いまして、このような手段を取らせていただきました。申し訳ございません」


なるほどのう。

確かに、話だけじゃユキの実力は誰も信じないからのう。

じゃが、キャリー姫に上手く使われている気もするのが、ちょっと引っかかるのう。

いくら、新大陸の安定のためとはいえ……。


「いやいや、こっちも体を動かしたかったしな。なら、もっと訓練するべきか」

「ええ。お願いいたします」

「ということだ。これから思う存分訓練だな」

「はい。思う存分訓練を……。え?」

「よし。俺たちも真剣に訓練するか。実戦で怪我とかしたくないからな」


相変わらずじゃな。

なるほど、思い切り訓練をして、ウィードの立場をしっかりとというわけか。


「うん。おもいっきりやろうね!!」

「アスリンはあまり戦闘は得意じゃないからちゃんと訓練するのです」

「そうね。私たちも頑張りましょう」

「はい。そうですね」

「え、ちょっと……」


ユキが使われて終わるわけがないか。

まあ、訓練はちゃんとしないと身にならぬよな。


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