第784堀:笑顔の裏

笑顔の裏



Side:シェーラ



「先ほどは、すまなかった」


そう言って、一国の王であるハイデン王を筆頭にキャリー姫やカグラたちまでも私たちの前で揃って頭を下げます。

これは、かなりとんでもないことです。

一国の王が、非を認めるということでもありますから。

それは国の過ちを認めると同義。

これが各国に知られても問題だし、ハイデン内部で噂になるのも問題です。

この王は頼りないと思われてしまうからです。

とはいえ、他国からの使者に対してあんな対応をしてしまったのですから、なんらかの謝罪は必要でしょう。

無礼な国と広められてしまいます。

まあ、今回に限っては間違った行動とはいえないのですが……。

なにせ、無礼を働いた相手はウィード。

ハイデンの今後の繁栄を左右するといっても過言ではない国が相手なのですから。


「いえいえ、頭を挙げてください。あれはただの遊びだった。なあ、ラビリス?」

「ええ。先ほども言いましたように、ただの遊びですわ。ですから、私とユキの肩車も笑って許してくださいな」


ラビリスはユキさんに肩車されたままそう答えます。

他国の王との話し合いの場で、肩車をしているなんて、失礼極まりない行為ですが、今回に限っては相手の失態と自分たちの失態を相殺するという意味でもあります。

そもそもラビリスがこんな風に場をわきまえずに、ユキさんに甘えることはないですから。


「……そうか。本当に遊びで済ませてくれるか」

「ええ。この件を問題にしても、今後の大陸間交流が滞るだけですからね。しかし、ウィード以外の国に対してはそうもいきませんから、本格的に交流が始まる前に、何とかしないと不味いことになります」

「いや、私もあそこまでとは思わなかった。できる者に性別など関係ないのだがな」


そうハイデン王は国内の疑問を口にすると、ユキさんも外向きの言葉をやめて、問いかけます。


「そもそも、なぜあんなに女性への反発がひどい? バイデのキャサリンの時はこれ以上だったと聞くが、元々この国を作ったのは初代ハイデン王、ソウタさん、エノルさん、そしてハイレンだろう? 別に男性だけで築きあげて……いたな」

「ああ、エノル様は当時すぐにソウタ様と式を挙げられて、その後は初代ハイデン王とソウタ殿が頑張って国を作ってきた。ハイレン様は女神になってしまったからな」


ああ、そういえば、そうですね。

よくよく考えれば、ソウタさんたちが作ってきた国の歴史は、男が表舞台に立ってしまっていますね。


「そこから、女は男を立てるべしというのが当たり前になってしまったと聞く。まあ、事実、女性が活躍した話など、ハイデン建国以来でいうならば、唯一そちらのスタシア殿下ぐらいだな」

「はっ、恐れ入ります」


そして、スタシア殿下が唯一といわれるほど、女性の活躍が少なかったのですか。


「ですが、私たち女性は魔術に優れハイレ教を……」

「それは魔術に優れたものだけだ。特に精霊の巫女様方。エノラ殿などだな。それ以外のモノはあぶれたということだ」

「……」


エノラさんが意見をいいますが、結局のところ特別な人だけが優遇されたというだけで、一般的な女性の進出は進んでいないみたいです。


「まあ、こちらの歴史はどうでもいい。いずれにしろ、先ほどのようなことがほかの大陸の国相手で起これば一大事だな」

「そうだな。そこは早急に何とかしないと。何かあれば大問題だ。そして、その問題ゆえにシーサイフォへの対応ができるか怪しい感じがするな。そこらへんはどうなんだ、キャリー姫」


ユキさんがそう言うと、横に座っているキャリー姫に視線が集まります。

彼女は、カグラさんたちに私たちを呼び出すように指示した後、先に協力を要請していたはずですが……。


「残念ながら、協力を渋る者が多数います」

「……この非常時にか」

「はい。陛下。どうやら私たちが表立って活躍していることが非常に妬ましいようですね。あとは、私が前王の子供にすぎないのに、何様のつもりだというのもあるのでしょう」

「私が出向いて、言うことを聞かせることもできるが……」

「それでは、却って反発を生むのが目に見えます。その結果、陛下の治世を乱すことなります」


キャリー姫の言う通り無理やりというのは、却って臣下の不信感をあおる行為。

こういう国を見ると、我が故郷であるガルツは上手くやっていたんだなと思います。

まあ、ローエルお姉様が国防の要でもありましたから。うまくいっているところもあるのでしょう。


「だがな、これではシーサイフォ王国への対応ができない」

「そこで、スタシア殿下やエノラ司教の提案が生きてきますわ」

「……提案? ああ、そうか。そこでユキ殿たちに来てもらったわけか」

「はい。私たちだけでは協力を渋る者たちも、まさか、フィンダール、ハイレ教、そしてウィードの要人を前にして協力できないとは言えないでしょう」


ああ、なるほど。

だからキャリー姫はハイデン王を連れてあの場に来たのですね。

私たちが協力要請に立ち会えるように。


「なるほどな。それであれば、各国に悪い印象を与えたくない連中は頷くしかないな。それでも拒否する連中は、不敬罪でどうにでもできるか」

「そのとおりです。陛下。ウィード、フィンダール、ハイレの要人を伴って、協力を要請する許可をいただけますか?」

「こちらとしてはありがたい限りだが、支援の条件はなんだ?」


そう、各国の要人を無償で勝手に使えるわけがないです。

何かしら条件を付けるのが当然ですが……。


「私からは何とも言えませんが、そこまで過大な条件になるとは思えません。あってもシーサイフォ王国の情報をという感じでしょうか」

「ハイレ教としては、そもそもシーサイフォ王国のことが気がかりなので、特に条件を付けるようなことはないでしょう。まあ、多少の寄付金を頂ければという話にはなるでしょう」

「妥当なところだな。それで、ウィードは何だ? というか、そろそろ肩車をやめていいんだぞ? きつくないのか、ラビリス殿?」


そして、ハイデン王の視線はユキさんではなく、未だに肩車をしてもらっているラビリスに声をかけます。

でも、ハイデン王。それは間違いです。ユキさんの肩の上はご褒美なんです。

ユキさんの香りがして、暖かくてとても気持ちいいんです。


「別に構いませんわ。この姿勢に慣れていますので。で、ウィードとしては、ハイレン様のことも含めて魔力に関する調査権ですね」

「以前からその希望は聞いているが、漠然としすぎているな。具体的には?」

「他所の土地に調査へ行く際にハイデンの口利きが欲しいですわ。金銭的にはウィードは困っていませんから」

「なるほど。そのことについては構わないが、その時に、何か歴史的価値のあるものや、財宝などが見つかった場合は……」

「そういう細かい調整はシェーラとお願いいたします」


そう言ってラビリスは私の方を見ます。

確かに、このメンバーでは私が交渉役に立つのが適当ですね。

私が新大陸の窓口のようなものですから。


「まず最初に、この契約の話は後日正式に書類にまとめるといたしまして、今は軽く書き留める程度ですが、調査の際になにか見つけた時には……」


そんな感じで、ざっと方針を伝えていく。

今日は元々、そういう話をしに来たわけではないので、さっさと希望を伝えます。

希望もそんなに難しいものではないので、ハイデン王やキャリー姫も特に反対するようなことはありませんでした。

まあ、見つけた物の金銭的価値に換算して2割をくださいという形ですからね。


「ふむ。まあ、色々安いと思うが、今はここまでだな。すまないが、キャリーの協力要請に付き合ってくれないか?」

「ええ。元からそのつもりです。ですが、一番の本命となるシーサイフォの復興支援軍はいつ頃到着予定で?」

「今、早馬をやっているから、それから移動を開始して、せいぜい30日といったところか」

「その移動期間を含めても、3か月といっていた話が、2か月半ですね。当初言っていた3か月というのは国家間の移動ですか? それとも王都に到着するまでに3か月ですか?」

「いや、国家間の移動で通常3か月はかかる。それが一か月半というのは異常だ。こちらの答えを聞く前にすでに移動を開始していたとしか考えられないタイミングだ」

「移動する距離の勘違いというのはない、か」

「案外、こちらの対応を見るためにやっているかもしれないな。こちらがちゃんと下を掌握しているのを確認するとかな」

「まあ、そういう可能性もありますね。とはいえ、迎えの準備が30日しかないというのは、今の状況ではかなり厳しいですね」


ユキさんはかなり言葉をぼかしていますが、1万人の兵士を受け入れるための準備が一か月、30日でできるわけがありません。

ウィードなら十分可能ですが、ここはハイデン。

物品の移動をするだけでも一苦労です。

一応、復興支援が目的ですから、対応も必要最低限でいいのですが、あまりに放っておきすぎるのもハイデンが失礼と取られます。


「うむ。早急に協力を得ないと、迎えの準備もままならん。キャリー頼むぞ」

「はい。お任せください。ユキ様、スタシア殿下、エノラ司教のご助力が得られるのでしたら、すぐにでも協力を取り付けてご覧にいれます」


そういう、キャリー姫はいい笑顔です。

これは、鬱憤を晴らすことも含めた協力要請になりそうですね。

本当にキャリー姫はいい性格をしています。

それを、ハイデン王も察したのでしょう、苦笑いしながら……。


「ほどほどにしておけよ。私に対しての不満がたまるのは避けたいんだろう?」

「ええ、その通りです。ですが、国益を損なうことをしているのですから、多少の意趣返しはいいでしょう。まさか、ユキ様やスタシアお姉さま、エノラに協力しないとは言わないでしょうし、なんで先ほどは断ったのかを聞いてみるだけですわ」

「その言い訳はこちらにちゃんと伝えろよ? 情状酌量の余地はあるかもしれん」

「ええ、もちろんです。本当に協力が厳しい方もいるでしょう。記録を取って陛下にちゃんとお届けいたします」


確かに、協力を渋った全員が全員、嫌がらせのためにしたわけではないでしょう。

とはいえ、あのキャリー姫の表情を見ると……。


「さ、皆様。さっそくで申し訳ありませんが、ご一緒していただけますでしょうか?」


満面の笑みだったのだから。


「……姫様。なんでそんなに嬉しそうに」


怖いモノ知らずなのか、それとも部下としての使命感に突き動かされたのか、カグラさんが意を決して、キャリー姫にその笑みの理由を聞くと……。


「嬉しいに決まっているじゃないですか。ユキ様たちと一緒に行けば愚か者共に割く時間が減るのですから。ああっ、どんな言い訳を聞けるのか楽しみです」

「「「……」」」


本当にうれしそうにそんなことをいう、キャリー姫。

よほど鬱憤がたまっているようですね……。

そんなキャリー姫の様子にハイデン王、ユキさんも含めて引いていると、アスリンとフィーリアがキャリー姫の近くによって……。


「キャリーお姉ちゃん。大丈夫だよ。アスリンたちが一緒だから」

「そうなのです。そんなに悲しい顔をしなくていいのです」

「……そうですね。私には頼りになる、こんなに優しい人たちがいます」


そう言って、キャリー姫はアスリンとフィーリアを抱きしめます。

……当然ですね。私より少し年上にすぎない人が、こんなキツイ状況が続いて何も思わないわけがありません。

誰も協力してくれない、一人でずっと頑張ってきた彼女は、あの笑顔の裏で、泣いていたのでしょう。



「よし、元気も出ましたし、さっさとバカ共を処刑してきます」

「いや、だから穏便にな」


とはいえ、笑顔の裏で怒っていたこともまた事実なんでしょうね。



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