第747堀:新たな脅威と対策

新たな脅威と対策



Side:エリス



「あら、ラッツ、ミリー」

「おー、エリス。奇遇ですね」

「そうね。こんなところでばったり会うなんて珍しいわね」


私たちは偶然、ウィードの街中で鉢合わせた。


「いつもなら、庁舎の中か、家だものね」

「ですねー。それぐらいでしか会う機会ないですし」

「私はギルド勤めだし、めったに会わないわよね。ラッツは納品とかで会うけど。エリスとか別部署勤務のみんなとは会うのは、家だけね」

「で、今日は二人ともどうしたの?」

「お兄さんが各自好きなお菓子でも食べながら会議をーって言ってたので買いものに来たんですよー」

「そうそう。連絡来たでしょう?」

「ええ。ハイデンから戻ってきたようですね。無事で何よりです」


ユキさんが無事に帰ってきて本当に何よりです。

仕事が一番できるからとは言え、ユキさんをドッペルだとしても危険な目に合わせるかもというのは心臓に悪いです。


「そして、また面倒なこともあったようですね」

「まあ、国を動かすようなことばかりですからねー。そういう面倒はあって当然でしょう」

「ユキさんが多忙なのは不満だけどね。ちゃんと娘たちを可愛がってはくれるけど、わたしたちとの触れ合いが減るわ」


ラッツの言う通り、問題があるのはしょうがないとは思うが、ミリーの言う通りふれあいが減って多少不満だ。

いい加減、他国の調整は他の人に任せて私たちは家でのんびり過ごしたいと思ってしまう。

まあ、実際それは難しいのだけれど。

はあ、一番大変なのはユキさんなんだから、我慢しないとね。


「ま、それは私も同じ意見ですよ。ここらへんは後でちゃんとご褒美をもらいましょう。お兄さんだってハグを希望すればしてくれますし、本当は休みたいはずです。その時は一緒にってやつですよ」

「そうね。まとめて休暇をもらって仲睦まじくしましょう」

「ユキさんは無理ばかりするからね。私が癒してあげるわ。というか、その前に私もギルドの方を何とかしないといけないのよねー」

「ミリーの所は後継者の目途が立っていないですからねー」

「私たちと違って大変よね」


ミリーの立場は、受け持つ冒険者区の管理が冒険者ギルドとの交渉事も含まれていて、ギルド長と対等か、それ以上の立場になっている。


「もともと、受付をやっていた経歴がここで足を引っ張るとは思わなかったわ。ここまで便利な人材はそうそういないみたい。って、私が便利屋みたいじゃない」

「まあ、ギルドの仕事をしていたって経歴の持ち主は私たちの中じゃ、ミリーだけでしたからねー」

「そこは我慢しなさい。それだけミリーが頼られているってことなんだし」


ミリーの立場は羨ましくもあるし、気の毒にも思う。

自分がぶらぶらの無職だったのを恨めばいいのか、それとも助かったと思えばいいのか、微妙よね……。

というか、奴隷メンバーの中でふらふら大陸歩いていた無職って私だけ?

アスリン、フィーリア、ラビリスはまだ小さかったから働くのは無理として、トーリとリエルは冒険者だったし、カヤは村の自警団所属、ラッツも冒険者をしながら行商人の真似、ミリーは言わずもがな、冒険者ギルドの受付嬢。

そして、エリスこと私、特に職に就くこともなくプラプラ旅。

……今更ながら、戦慄の職歴。

やっぱりエルフって駄目だわ……。

今からくるエルフの連中には働くことの尊さを教えないといけないわね。

そんなことを考えていると、ミリーは不満そうな顔でうなる。


「ううー。それは分かるけど、仕事ばっかりじゃなくてユキさんはもちろん、皆とのんびりしたいわよ。ほら、大陸間交流が始まるから、冒険者ギルドもイフ大陸に存在する傭兵ギルドとどう付き合っていくとかで、連日会議よ?」

「それを言ったら、私の交易部署も大忙しですよ。ウィードの商品というか地球の商品は大人気ですからねー。まーた、まとめ買い、買い占めの規制をどう呼び掛けていくかで頭を悩ませていますよ」

「私なんか、会計で連日、予算上げてくれって要求と、提出された資金管理のずさんさにテファと一緒に頭を悩ませているわよ」


昔はどうであれ、私たちは全員毎日忙しいということは間違いない。

そう思っていると、不意にミリーが空を見上げて呟く。


「あーあ。充実はしているんだけど……、本当にユキさんの言ったようになったわよねー」

「これから、奴隷の時よりも大変になる。でしたねー」

「懐かしいわね。最初は虐げられるかと怯えていたんだけど、別の意味で本当にそうなったわね」

「毎日忙しいわねー。本当に」

「まさか、ここまで大事を任せられるとは思っていませんでしたけどねー」

「そうよね。最初は精々、村を作るぐらいかと思っていたのに……」


いざ扉を開けてみれば、国どころか世界を飛び回ることになっている。


「よし、愚痴はおわり。さっさとお菓子買ってユキさんに会うわよ」

「「おー」」


ミリーの掛け声に合わせて、私たちは走り出して、スーパーラッツへと買い出しへ向かう。

さあ、ユキさんが好んで食べるお菓子って何だったかしら?



「おー、随分買ってきたな」


会議室につくと、ユキさんが迎えてくれた。

ハイデンから戻ってきたばかりと聞いたけど、疲れはなさそうですね。

まあ、ルルアにしっかり診察してもらいましょう。

と、それはいいとして、テーブルの上にお菓子を置かないと……。


「ええ。新作が入ってたので、試しにですね」

「なんか色々増えてました」

「ですね。お菓子ってあんな風に種類が増える物なんですね」

「あー、いや。日本の季節ものの生産能力は恐ろしい物があるからな。季節に合わせたものを作ることによって収益アップを狙っているんだよ」

「道理ですねー。でも、毎回仕入れる方は大変ですよねー。私は常々思いますよー」


確かに、季節ごとに服は増えるし、お菓子や食べ物もわんさか出てくる。

こっちの生活はぎりぎりだったんだけど。

まあ、季節感はあったかしら? 冬は食べ物が干物ばかりだったり……。


「ま、それはそれとして、今回、ハイデンであったことの報告と、これからの大陸間交流についての話だ。だが、まだ内々の話レベルでな。のんびりお菓子でも食べながら話をしよう」

「はい。でも、まだほかのみんなは来てないですね」

「だな。ミリーたちが一番だ。さ、俺もお茶の準備でもするか」

「あ、私たちも手伝いますよ」

「ありがとう」


そんな感じで、夫婦仲良く、お茶の準備をしていると、続々ほかのみんなが集まってきて、お茶の準備が終わるころには、全員が揃いさっそく会議が始まりました。



「みんなよく来てくれた。会議の内容は、ハイデンで起きたことについてと、今後の大陸間交流の予定についてだ。まあ、今は家族内だけの話だから、お菓子でも食べながらのんびり聞いてくれ」


お菓子をのんびり食べながら始まった会議でしたが、ハイデンに訪れたシーサイフォ王国の話を聞いてみんなお菓子を食べる手を止めて少し難しそうな顔になります。


「シャベルね。あなたがわざわざ内々にっていうのはよくわかったわ。このことをロガリ大陸やイフ大陸にいうわけにはいかないわね。銃の存在なんて理解できないだろうし、理解できるなら大戦乱の引き金にしかならないわ」


そう、シャベルという地球における現代の戦闘には欠かせない道具の出現が、シーサイフォ王国から認められた。

これは、かなりの大問題だ。

銃という兵器を使う国家がいるかもしれないということだ。

そんな国が相手となると、いろいろな意味で大変になる。


「ねえ。ユキさん。このことは、ハイデンやフィンダールの人たちは知っているの?」


リエルが不意にそう質問をする。

確かに、ハイデンとフィンダールがこの事実を知っているなら、混乱が広まる可能性や、戦争になったりしかねない。

それだけ、銃という兵器はすさまじいのだ。

何も訓練をしていなくても、引き金を引くだけで、子供でも大人を殺せる力を手に入れられる。

才能に関わらず、威力を発揮する武器というのは誰でも兵士にできるということになるのだ。

それを理解して、野心のある国が我慢できるのか?

それは、ハイデンやフィンダールといった私たちと関りのある国も同じだ。

過剰な力を持てばどうなるかなんてわからない。

リエルはそこを心配しているのよね。


「いや、ハイデンとフィンダールは、この事実を俺から伝えたが、反応は鈍かった」

「どういうことですか? 銃があるのに、反応が鈍かったって?」

「威力は確かに、キャリー姫やスタシア殿下が訓練で使ったから知っているが、それを生産できる能力があるとは思っていないようだ」

「「「あー」」」


確かに。あんな銃という兵器を生産するほど、工業能力があるとは思えません。

あるのなら、シーサイフォ王国がすでにあの新大陸を制圧しているはず。


「ついでに、魔術師がそれなりにいるから、ハイデン王とかはその脅威をあまり理解できてないようだな。見たこともない塹壕といわれても理解できる人はいないからな。地球でもその威力を確認したのは第一次世界大戦が起こってからだ。人は、実際体験しないとそこらへんは変わらないらしい。まあ、今までの戦争とやり方が全然違う物だからな。名誉もクソもない、弾丸と爆発の嵐を駆け抜けて、目的を攻略する。それを認めるのは色々大変だろうしな」


確かに、剣を持っての戦いを望む人たちからすれば、このような銃は真っ向から戦うという誇りを傷つける物でしょう。


「ま、私も当初は愕然としたわね。今まで剣と魔術で戦場を駆け抜けていたのに、銃に全てが塗り替えられたのよ。まあ、この世界ならまだまだ、私の剣も使えるからよかったんだけど」

「そうじゃな。妾の拳もさすがに、銃には届かん」


そういうのは、私たちの中でも武闘派のセラリアとデリーユ。

今まで先頭を切って戦っていた2人にとっては、レベルも鍛錬もほぼ無視して殺しにかかってくる武器は脅威といってもいい。今までの努力なんて全て無視してくるのだから。


「特にゴブリンに銃火器を持たせると最悪ね」

「うむ。本気でどこにおるか分からん。あの小柄な体格と、肌の色はゲリラ戦向きじゃのう」


特にスティーブたち相手をすると、銃と剣では全く歯が立たない。

数度ぐらいはよけられるのだけれど、それだけ。

あとは十字砲火に誘い込まれてハチの巣になる。

ということで、ゴブリンが弱いなどというメンバーは私たちの中にはいない。

そして、私たちもセラリアたちほどではないが、同じように銃火器の恐ろしさを教えられた。

あの戦い方は、今までの戦いとは何もかもが違う。

いや、狩猟に近い感じではある。いかに獲物を自分たちのフィールドに誘い込んで殺すかだ。

戦争になると、敵の陣地、フィールドに入り込んでの戦いになるから、どれだけ犠牲がでるか……。


「色々不安に思うところはあるが、現状、そこまで警戒するべきことではないとは思っている」

「なぜですか? 相手は銃を持っているかもしれないのに、警戒しない理由はないと思いますが?」

「ん。ジェシカの言う通り。銃を持つ国が出てきたとなれば、それは大問題」

「ユキ様は何を根拠にそのようなことを?」


流石に、ジェシカ、クリーナ、サマンサも銃のことには警戒していて、ユキさんが特に慌てていないことに疑問を抱いている。


「そうだな。俺たちの目的は大陸間交流だ。これは分かるな?」


みんな頷きます。

そのために今まで頑張ってきたのですから。


「この目的の達成の為に、まずは第一回目の大陸間交流を成功させることにある。これが行われて各国の認識もより深まるはずだ。だが、その前にシーサイフォ王国への対処を優先させれば、不安に思う国も出てくるし、俺たちの言葉に懐疑的になる連中もいるだろう」


それは、その通りです。

見たことも聞いたこともない脅威を言われて納得する人などはいません。


「幸い、シーサイフォ王国はウィードのことを取るにたらない国と見てくれているようだから、そこを利用して一気に大陸間交流を進める。わざわざ警戒していますという態度を取れば却って動き出してくるかもしれない」

「あー。だから、そう言う意味で、警戒する必要はないってことですね」


リーアがポンと掌を叩いて皆も納得する。


「却って刺激することになるということですね。向こうも機をうかがっているのであれば、気が付かれたと思えば動くかもしれません」

「ですねー。先輩と私はメイドさんですから、そういうところは分かります。相手が気にしていることを注視するのは当たり前ですから」


そう言うのはキルエとサーサリ。2人はメイドですから、よりユキさんの言っていることが分かるのでしょう。

しかし、その中で難しい顔をしているのが1人いる、ルルアだ。


「……話は分かります。しかし、受け身のやり方で大丈夫でしょうか?」

「懸念はわかる。俺たちが手を打つ前にシーサイフォ王国が動いたらという話だろう?」

「はい。後手に回れば、かなり被害が出るかと」


確かに、銃器相手の国に後手になるのは正直避けたい。


「とはいえ、こちらから攻め込むわけにもいかないから、調査と警戒を厳にするしかないな。そして、それを確実に行うためにも、大陸間交流の成功が必要なわけだ」

「……それしか、ないですね。はい、わかりました」

「ルルアにとってはけが人や死人が出るかもというのは、避けたいことだろうが、ここはこの手順しかない」

「いえ。私のわがままです。なので、少しでも早く大陸間交流を成功させて、次の嵐に備えましょう」


ルルアがそういって、私たちはうなずく。

医療に携わるルルアだけでなく、私たちだって、理不尽な戦争に巻き込まれるのは不本意だ。

それを防ぐために、大陸間交流を成功させましょう。


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